三好夏凜は勇者である   作:シャリ

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19話:結界の外

【Flashback(4)】

 それを見た時、風は泣いたり叫んだりすることはなかった。ただ、目の前にある現実を眺めたまま立ち尽くして動こうとしなかった。敵の攻撃が迫っても動く気配のない風を庇って戦った。しばらくすると、不意に風が動きだして止める間も無く敵に向かった。私が最後に聞いた声は、自分の死を望むものだった。これにより戦える者は三人だけとなった。

 私たちの精神も限界に近かった。大切な仲間を護れずに世界を護り続ける。そんなことに何の意味があるのだろうか。

 そう考えても……もう引き返すことはできなかった。

 

 

 

「今日が6月7日?」

 

 そんなわけがない今日は11月3日で文化祭がある日のはず。

 

「痛っ」

 

 頭痛が生じる。それと一緒に頭の中にある靄が晴れていくような感覚が起きる。なかった記憶が、なかったはずのない記憶を混乱しながらも徐々に把握していく。

 

「私は……」

 

 また戻ってきた。

 

 どこに? 

 ──過去に。

 

 何のために? 

 ──未来を変えるために。

 

「夢じゃない」

 

 文化祭途中のバーテックス出現。間違いなく私がこの目で見たことだった。夢じゃなくて、どうしようもない現実。

 

「終わる前に終わらせないと……友奈たちが……」

 

 また死んでしまう。

 

「私が戦わないと」

 

 なにと? 

 ──バーテックスと。

 

「バーテックスを滅ぼす……」

 

 どうやって? 

 ──元から断てばいい。

 

「敵は結界の外からやってくる」

 

 ならば、こちらから外に行けばいい。

 

「わからない」

 

 どうしてこうなっているのか、どうして戻ってこれたのか等がまだ思い出せない。右手で頭をガリガリと掻く。思考が安定しない。

 

「どうでもいい」

 

 私の意識の中で強く渦巻いているのは、バーテックスに対しての敵意。やるべきことさえ理解していればそれでいい、今は行動しよう。

 

 手に持ったままのスマホを操作して勇者システムを起動。勇者に変身して窓を開けて飛び出す。人の目なんて関係ない。

 移動しながら、マップを起動して縮小。どんなに縮小してもアイコンは私以外には映っていない、壁の向こうさえも。

 

「そんなの嘘よ」

 

 あと数時間もしない内に山羊座は結界を超えてこちらにやってくる。壁のすぐ傍とまではいかないにしてもそう遠くないところにいると思われる。だというのに、画面にはなにも反応がない。感知範囲は壁の中までなのだろうか。

 

 これ以上見ていても意味のないスマホをしまう。その後も町の上空を何度か跳んで海辺まで辿り着く。四国を囲っている壁までは海がある。壁に辿り着くにはこの海を越えなければいけない。だが流石に一度の跳躍では届かないだろう。かといって泳いで行く気はない。

 

 途中で上方向に大きくねじ切れた瀬戸大橋、アレを利用する。海辺から跳び、橋の上に着地。ねじれ始めている地点まで走り、ねじれた先まで昇る。ここまで距離と高さを稼げれば着水することなく壁まで移動することもできるに違いない。

 狙いをつけて、大きく跳躍。目論見通り一息に海を越えて、壁の上に着地した。

 

 

「この先が結界の外……」

 

 壁の外はウイルスに汚染されていて、何も無い荒野と山があるだけ。

 

「違う」

 

 両手に刀を呼び出して握りしめる。壁の外に向かって歩きだす。壁の中側の端から外の端までちょうど半分程で、全身にゼリーが纏わりつくような不快感を感じるもそのまま構わずに歩くと目に映る景色がガラッと変化した。

 変わった、というより真実の姿が露わになっていた。

 

 壁の向こうには荒野はない。緑の山もない。蒼い海もない。地面もない。明るい空もない。

 あるのはマグマだけで……紅い海があると言えた。

 

「私は知っていた」

 

 この光景を。地球は燃えていて、四国以外の土地は存在していないことを。

 

「そしてアレがバーテックスたちの真の姿」

 

 紅く燃えたぎる地獄。そこには白く、大きなカプセル状の物体(微妙に透き通っており、中心に黒いなにかが入っているのを視覚できる)が無数に漂っていた。

 近くに漂っていたいくつもの白いカプセルが次々とバリバリ殻を破くような音を立てて変形していき、壺の開口部が口となったような見た目をした白い巨体の化物となった。

 

 化物達がその口で私を食らおうと突撃する。そいつらを一体一体、斬り伏せていると右から衝撃を感じた。

 体ごと動いて見ると山羊座が浮遊していた。あいつが私に向かって光線を射出して、それを義輝が受け止めてくれたということらしい。

 

 襲いかかる化物を動き回っては回避して、一振りで片づけながらも山羊座に小刀を二本投擲。それらは胴体部分に当たって爆発、その部分を破壊する。すると化物たちが私を襲うのを止めて、山羊座の傷ついた箇所に向かい、接触して合体。私が攻撃した箇所はまたたく間に修復されてしまう。

 

 私たちがバーテックスと呼んでいた奴らは、あの化物が合体したものに過ぎない。化物たちがいる限り、バーテックスは何度も生まれ続けては結界を越えてくる。

 

「このまま続けても埒が明かない」

 

 私が壁の上から動けないため、浮遊している山羊座に近づいて封印の儀を行うことはできない。それに多少の攻撃をしたところですぐに修復されてしまう。こうなると、一度の攻撃で倒す必要がある。

 左腕の満開ゲージを確認したが、まだ半分も溜まっていない。

 

「大丈夫」

 

 友奈がよく言っていた言葉を口に出す。

 

「私が守るから」

 

 ここにはいないあの娘の未来を守れるならば全てを捨てることだってできる。

 私が知覚した記憶の中には満開に関することもあった。満開ゲージと満開の関係性の真実。本来、満開というのは──。

 

「……満開」

 

 ──ゲージを必要とはしない。

 

 

 

 満開した状態になり、山羊座に向かって飛び立つ。私を撃ち落とそうと射出してきた光線を最低限の軌道修正で回避。高速飛行で接近。そのまま相手の右横を抜ける際に四本の大太刀で深く斬りつけて、剣道で残心するかのように間合いを取って振り返りすぐさま構え直す。

 

 いまの攻撃で山羊座は消滅したが、まだ残っている化物たちが襲いかかってきた。四本の巨腕を上手く使い、向かってくるそいつらを処理する。処理を続けていると離れた位置に漂っていて反応のなかったカプセル状の物体が一斉に化物へと変貌してこちらに向かってきた。

 

「かかってこい! 私が全部倒してやるっ!」

 

 四本全ての巨腕を正面に突き出して二本の光波剣を生成。正面から右側の腕なら右へ、左側の腕なら左へと横に動かして広範囲に敵を薙ぎ払い、向かってきた全ての化物を殲滅。

 敵はいなくなった……なんてことはなく、更に遠距離から化け物たちが新たに波のように押し寄せてきていた。相手が私に辿り着くまで待つのは満開継続時間が無駄になるので今度はこちらから突撃。波を割る様に斬り込んで、襲ってくる敵を斬り倒し続ける。

 

 まだ半数も倒せていない内に満開が解除。『両腕の感覚』が失われ、補助機能が両腕に現れる。

 

「まだまだぁっ!」

 

 再び満開を行う。

 

 満開はゲージを必要とはしない。満開とは神樹様から供物を捧げて対価して力を借りる行為。つまり対価となる物を持っていればいつでも満開できる。

 

 なら、ゲージがある理由とはなにか。その理由は供物として支払う対価を軽減するため。戦いにおける『経験』をゲージとして溜めて供物とすることで、体の機能が一気に失われることを防ぐために存在している。だが、この経験を溜めても一度に多くの身体機能(両脚等)を持っていかれることはある。あくまでも軽減される可能性が発生する、という気休めに近い。

 とにかく、対価を多く持っていかれる覚悟さえあれば連続で満開を行うことだってできる。

 

 群がる化物たちを光波剣等の攻撃で応戦。大して時間をかけずに全ての敵を片づける。

 

「他の敵はどこに」

 

 辺りを見渡す。もう近くに敵はいなく、遠くから近付く奴らもいない。辺りが嫌に静かになっている。一旦、落ち着いて構えなおす。

 

 間もなく、下から、紅き海から大量に、視界を埋め尽くす程に化物たちが湧いて出てきた。個ではなく集団で襲いかかる敵を迎え撃つ。刀を振るい、小刀を飛ばして、また刀を振るう。ひたすらその行為を続けていると時間切れで満開が解除。

 

 次は両脚の感覚を失い、補助機能が両脚に現れる。それを気にも留めずに三連続目の満開。再び殲滅行為を続ける。しかし、いくら倒してもその分、いやそれ以上に敵は湧き、襲いかかってくる。

 

「私は諦めない」

 

 バーテックスの元であるこいつ等が全ていなくなれば友奈たちは戦わずに済む。死なずに済む。こいつ等さえいなくなれば。

 

「……あれ?」

 

 バーテックスはこいつ等が合体して生み出されたもの。なら、こいつ等を生み出しているのは?

 

「なんだっけ」

 

 それをどうにかしないとこいつ等を完全に殲滅できないかもしれない。でも、それを知っているような気がするけれど思い出せない。

 

 悩みながらも戦っていると、化物たちが私を襲うのを止めて距離を取り始める。様子がおかしい。離れていく敵を追いかけずに周囲を警戒。私の真下でマグマが波立つように動いたことに気づき、後ろへ下がる。

 

 直後、私がついさっきまでいたところに大きな火柱が立つ。火柱による熱を肌で感じながらも回避できたことに安堵する。例え満開状態といえどコレに接触したらただでは済まない。

 

 また火柱が立たないか視線を下に向けようとしたところで、回避した目の前の火柱がグネグネと動き出す。私を熱で溶かすつもりなのか、ねじれるように大きく動いて襲いかかってきた。挙動が大きく分かりやすかったので危なげもなく回避。

 

 すると二本目の火柱が出現。今度は二本の火柱が蛇のような動きで私を飲み込もうとする。それらも回避、次は新たに三本出現。迫りくる計五本の火柱をなんとか避ける。

 そして新たに十本の火柱が出現。全十五本で私の周りを囲む。

 

 急いで隙間を抜けようとしたところで火柱が太くなって完全に隙間が埋まり、火柱は灼熱の壁と化した。上から脱出しようと高度を上げにかかった……が、脱出するより早くに壁が動いてそのまま屋根を形成してしまう。ドーム状の中に完全に閉じ込められた形となる。

 

 火柱の明らかに意志のある動き、太陽のように変質している地球から生まれてくる化物。

 

「思い出した……なにもかも」

 

 化物を生み出している私が倒すべき敵は、天津神である天照であり──今は地球を完全に取り込み一体化をしている。

 

 私は全ての記憶を取り戻したところで、下から噴き上がってきたマグマに飲みこまれて意識を失った。

 

 

 

【Flashback(5)】

 視力に対しての補助機能はレーダーのように感知できるというだけで、視るという行為はできない。だから私には友奈の表情が分からない。分かるのは左腕で抱いている命の灯火が消えようとしていること。彼女の手が私の頬を撫でる。弱々しく震えている力のない手。

 視ることはできなかったけれど、最期に彼女は私に微笑んでくれたような気がした。

 私たち勇者部は、私だけに変わってしまった。

 




 今回、夏凜がおかしい感じなのは頭の整理がついてないからです。満開にゲージが必要ないというのはアニメ本編11話、12話で夏凜と友奈がゲージ無しで満開していたことから持ってきました。

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