三好夏凜は勇者である   作:シャリ

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18話:運命の日付

 前回の戦いがあってからは、勇者部は劇の練習をする以外はすることがなくて暇になることが多くなった。もともと初めの頃よりは少なくはなっていた。

 

 原因は私たちの体にある。

 7月にあった戦闘、その時に友奈たちに満開の後遺症が発生したこと。事情を知らない周りから見れば、五人いた部員のうち三人が当然同時に身体機能の異常が発生したように思えるのだ(友奈は味覚喪失なので気付かれてはいない)。気味が悪く思われても仕方がない。

 

 そういったわけで、なんとなく関わりたくないって感じに勇者部に依頼をしなくなった人もいたのだ。まぁそれでも依頼はまだそれなりに来ていたけど……続いて私の腕が動かなくなったことで依頼が中々こなくなってしまった。

 

 部員の殆どがおかしくなっているような部活に近寄りたくない、とハッキリ言われたわけじゃないけど雰囲気で分かるくらいには私たちは周りから距離を置かれていた。

 

 私の右腕は動かなくなったが演劇には大した影響を与えなかった。劇で風と私が扱う剣を両手剣から片手剣に変更するだけで良かったので殺陣の内容もそう変わらずに済んだからだ。

 

 そして満開をしたことで私にも精霊が追加された。

 名前は卑弥呼。雛人形に白い着物を着せて、義輝のようなデフォルメチックにしたような見た目。ただ、この精霊を私は絶対に使わない。なぜならこの精霊は友奈たちの追加精霊と違ってバーテックスではなく人に使うものだったから。この精霊が持つ力は使用した対象に暗示をかける、というもの。

 

 精霊を追加するために大赦に預けた端末が箱に入れられて自宅の前に置かれて戻ってきていた。箱には端末だけではなく一枚の紙も入っていた。

 紙に書かれていた内容は『犬吠埼風を含めた勇者四名が精神的に不安定な状況になっていることが確認されています。戦闘に支障をきたす場合、三好夏凜、貴方が他の勇者を導きなさい』というもの。

 

 ふざけるな、としか言いようがない。大赦に不信感を持っていることも、この先のことに不安を感じていることも分かっていてその解決策がこれだ。

 導きなさい、なんて立派な言葉が書いてあるけれど、要するにいざとなったら精霊を使って心を操れということに他ならない。そんなことをするわけにはいかない。だからこの精霊は使えない……。

 

 バーテックスに関してはいつ頃に出現するだろうという大赦の予測が来なかったので、残りの五体がいつ来ても良い心構えでいたが現れないまま日々が過ぎていき、とうとう文化祭が行われる日が来た。

 

 

 

【11月3日・舞台の上手袖】

 

「そろそろ私たちの出番ね」

 

 勇者衣装を着た私が言うとお姫様衣装を着た友奈とメイド服を着た樹がそれぞれ反応する。

 

「うう、緊張するー。でも私たちでみんなをしっかり楽しませなくちゃね!」

『……!』

 

 今の樹はいつものスケッチブックを持っていないので言葉を伝えることはできないが、気合いが入っていることは雰囲気と顔つきから見てとれる。私も一度深呼吸して気合いを入れなおしてから、下手袖で待機している風と東郷に手を振る。手を振り返す二人の表情を見るにあちらも準備万端のようだ。

 司会進行をしている娘の声が耳に入る。

 

「続きましては、勇者部による……」

 

 司会の言葉が途中で途切れ、観客たちのザワザワした声も聞こえなくなり辺りが静まり返る。

 

「まさかこのタイミングで?」

 

 袖からそっと顔を覗かせる。予想通り観客たちは皆動かなくなっていた。静まり返ったこの空間に樹海化警報が鳴り響く。

 すぐに世界が切り替わったが近くにいたので全員集合している形になった。この世界に移り変わって早々に風が叫ぶ。

 

「もうなんなのよー! ちょっとは空気読みなさいよ! 今から私の圧倒的演技力で観客を魅了するところだったのにぃ!」

「今からって、あんたの出番はまだまだ後だったでしょ」

 

 よっぽど邪魔されたのが悔しいのか風は地団太を踏む。

 

「そりゃまぁ、私としてもふざけたタイミングだとは思うけど」

 

 私がそう言うと友奈と樹がウンウンと頷く。風みたいに騒ぐ気はないらしいが気持ちとしては同じらしい。東郷が騒がしい風へ冷静に発言する。

 

「とりあえず変身しませんか? 暴れるにしても衣装が汚れたり傷ついたりしてはいけませんし……」

 

 風がピタリと動きを止める。いい加減冷静になったかしら?

 

「それもそうね! みんな変身してさっさと倒すわよ! はい変身!」

 

 そんなことはなく、半ばヤケクソな変身だった。

 

 

 先に変身し終えてNARUKOを起動しようとしている風に続いて私たちも変身を行う。変身を終えて風に声をかける。

 

「で、今回の敵は何体? 五体纏めてとか?」

「…………」

「風? ちょっと、ねぇどうしたの」

 

 風は返事をせず、緊迫した表情でただスマホを見たまま固まっていた。先程までの威勢はどこにいったのやら。私たちもNARUKOを起動してマップ画面を見る。

 

「え?」

 

 画面に表示されていたのは信じがたい、というより現実だと信じたくないものだった。

 画面には乙女座、射手座、双子座、蠍座、蟹座、牡羊座、山羊座、魚座、獅子座、天秤座、牡牛座と全てのバーテックスの名前が存在していた。

 しかも獅子座は『獅子座(水瓶座、天秤座、牡牛座)』と名前が表示されていることから既に三体と合体をしていると思われる。

 

「なんでまた同じやつが……」

 

 呟いてからみんなを見ると、風と同じく困惑しているようで黙り込んでいた。私もなにを言えばいいのか分からなくて口を開けない。

 

「戦うしかないよ」

 

 沈黙を破ったのは友奈だった。

 

「このままじっとしていてもなにも変わらないよ。相手がいっぱいでも私たちが戦わないと四国にいるみんなが……大変だから」

 

 確かに、この状況を打開するには戦う以外の選択肢はない。逃げるところなんてないのだから。でも状況は最悪だ。一度倒されたバーテックスは強くなって現れる。つまりあいつらは全て強化されていることになる。ただでさえ残り一体の状況から倒すのに苦労した合体獅子座が強化されて、他のと一緒に襲ってくるとなんて厄介なんてものじゃない。

 

 そして三回目として現れた奴らは二回目の時よりも強くなっているはず。前回の戦いで友奈たちの満開ゲージが溜まりきっていることを考えても……勝てるのだろうか、犠牲を出すこともなく。

 

 仮に、無事にこの戦いを切り抜けたとしてもこれで終わりだとは思えない。三回目の敵が現れた以上、また四回、五回と続く可能性は高い。って、今は先の心配より纏めて出現したバーテックスをどうにかすることを考えないと。

 

「友奈の言う通りね、こうして立っていても仕方がないわ。悩み続けても事態は解決しないし先にやるべきことをするべきよ」

 

 他の三人はまだじっとしている、と思いきや東郷が言葉を発する。

 

「そうね。私たちが行動しなければ国は滅びてしまう。そんなこと、認めるわけにはいかない。それに──」

 

 東郷が私に向かって微笑みかける。

 

「なせば大抵なんとかなる。私たち勇者部ならきっと大丈夫。そうよね?」

 

 私からも東郷に微笑み返す。そこに風が気力を出すためか大きな声を出す。

 

「あぁもう、しゃーないわね! あいつらさっさと纏めてぶっ飛ばしてから学校に戻って文化祭の続きやるわよ!」

 

 風はそう言った後、樹の傍に寄ると諭すような優しげのある声で言う。

 

「樹、戦いの時も私の傍にいなさい。今回は本当に危ないから……」

 

 樹が頷くの見てすぐに風は樹を強く抱きしめた。ほんの少しの間だけ抱き続けた後に離れて、みんなの顔を一度見渡してから声をかける。

 

「それじゃみんな! 今回も勝つわよ!」

『おー!』

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 自分が瞳を閉じて横になっているのが分かる。ゆっくりと瞼を開けると、見覚えのある天井。

 

「私の部屋?」

 

 上半身を起こして周りを見ると間違いなく私の部屋だった。樹海化した世界じゃない。時計を見るとまだ朝の時間帯。

 

「夢?」

 

 夢にしては鮮明に覚えている。

 朝起きて演劇の準備をして、学校に行って……演劇が始まる直前でバーテックスが現れた。そこには、なぜか二回倒した奴らもいて、友奈たちが協力してなんとか倒せた合体獅子座の強化体もいた。

 

 私たちは勝てるのか分からない戦いを挑んだ。戦いの途中、ボロボロになっているみんなを庇うように前に出た友奈が集中的に攻撃を受けて──いやそんな悪夢を振り返る必要はないか。それにしても、文化祭途中で敵が現れるなんて夢を文化祭当日に見るなんて縁起でもないわね。

 ベッドから降りて、立ち上がる。

 

「んん?」

 

 私の部屋ってこんな感じだったかな。なんだか昨日までと雰囲気が違うような気がする。

 謎の違和感を感じたまま、ベッドの傍に置いていたスマホを手に取った。電源を入れて起動。

 ロック画面が表示されたが……そこに映っていた日付は6月7日。

 

 私が初めてバーテックス、山羊座と戦闘を行った日付だった。

 


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