三好夏凜は勇者である   作:シャリ

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中章
16話:演劇


【9月2日・夏凜宅】

 

 双子座のバーテックスの戦いの後、友奈を自宅に連れ込み、いつも過ごしているリビングにてお説教を行った。彼女は正座をしていて、私は目の前に立っている状態。一通り話したので、一言で纏める。

 

「とにかくもう勝手に一人で危ない行為はしないこと、いいわね?」

「はーい」

 

 本当に分かっているのかしら。

 正座はしているものの、ニコニコしながら返事をする彼女を見ると本当にわかっていてくれている気がしない。私は彼女の前に座り、両手で彼女の右手を包み込んでから話しかける。

 

「私は友奈に傷ついて欲しくないから言っているのよ。だから──」

「私も夏凜ちゃんと同じだよ」

 

 話している途中で遮られてしまう。彼女はさっきまでとは違い、真剣な表情をしていた。再び話そうとしたところでまた遮られそうだし、ひとまず彼女の話を聞く。

 

「夏凜ちゃんに……他のみんなに傷ついて欲しくない。もちろん自分が傷つくは怖い、逃げ出したいって思うよ。でも、私以外の誰かが傷つくのはそれよりもっと怖い。みんなが辛い思いをするくらいなら私が頑張りたいんだ」

「友奈……」

 

 これが彼女の本心。分かってはいた、彼女がこういう娘だってことを。彼女がみんなのために戦うのなら──。

 

「それに夏凜ちゃんだって最初一人で飛び出して行ったでしょ? やってることは最後の私と一緒だよ」

「アレは戦略的にそうした方が良いって考えてやっただけよ。満開ゲージだって溜まりきっているからもう溜まることはないしね。自己犠牲精神でやったわけじゃない」

「じゃあ次があったらどうするの? また……その戦略的にってので私やみんなを置いて一人で行っちゃうの?」

「それはその時に考える。だから友奈もその時はどうしたらいいか一緒に、みんなで考えようじゃない」

「……うん」

 

 ──私は彼女のために戦おう。

 

 

 次の日の朝、いつもより早い時間に目が覚めた。意識は完全に起きれていなく頭の中に靄がかかっているような気分。

 

「重い……」

 

 友奈が私の体に左から抱きついて、というより少し乗っている体勢で寝ていた。起こさないようにゆっくり右腕で体の上から退ける。重みがなくなり動けるようになったので、横になったまま体を左に向ける。彼女の口からは規則正しい寝息を立てていた。

 

「本当によく寝ているわね」

 

 試しに頬を右手の人差し指でつついてみた。当たり前だけれど柔らかい、そして反応はない。もう数回つついてみたが変化なし。ふと、彼女の口元に目がいく。

 起きる気配もないし──つい唇を人指し指で撫でるように触ってしまう。それは艶めいて見えて、感触は頬よりも柔らかい。触るのを止めて、その指で自分の唇に触れた。

 ……って私は何をやってるのよ!

 なんとなくやった今の行為がとても恥ずかしくなり、それを忘れようとして、目覚まし時計にセットした時間まで二度寝をすることにした。

 

 

 

【9月10日】

 

 学校の授業が終わり、放課後。私たちはいつも集まっている部室ではなく、体育館の壇上に居た。

 この前、役決めを決めてからは台本の調整を行った。その結果、友奈はお城に居るお姫様から、お姫様ではあるけれど勇者と共に闘う仲間と言う位置づけになっていた。お姫様なのに冒険についてくるってどうなの? とは思ったが、そうしないと友奈の出番が少なすぎるという理由だったので納得はした。

 

 勇者の仲間にした理由が単に出番を増やすためということと、風の「最終決戦は仲間に見送られて一対一で戦う方が盛り上がるってもんよ!」という力説により魔王との戦う場面には出てこないことにはなっている。

 そして今日は一部のシーンの練習を行うために、ここにいる。いくつかの場面練習を行い、次は最終決戦に向かう勇者をついてきていたお姫様が見送る場面の練習だ。

 

 白が基調のデザインで清楚感を持たせつつミニスカートで動きやすくして、ネックレス等で小道具でお姫様っぽさを出した衣装を着た友奈。いつもの勇者服とは程遠く、演劇感のある勇者衣装を着た私。向かい合って立ち、会話する。

 

「本当に一人で行くのですか?」

「姫殿下を巻き込むわけには行きません。それに、この旅は私が一人で始めたことですから私の手で決着をつけさせて欲しいのです。どうか私が魔王相手に勝利を収めることを信じて、この町で待っていて下さい」

「……わかりました。私には貴方程の力はない故に、魔王との戦いに参加したところで足手まといになることはわかっていますから。貴方の勝利を信じて待つことにします。ですが、一つだけ約束して下さいな」

「約束、ですか?」

「はい。必ず私の元に無事に戻ってくる、と。誓いではなく約束ですよ?」

「かしこまりました。約束します」

 

 友奈に近寄って両腕で抱きしめる。彼女の方も強く私を抱きしめ返す。右手を離して彼女の頬に触れて、そのまま見つめ合う。彼女の顔は薄化粧によっていつもより綺麗になっていて……ずっと見ていたい。そんな思いが出てきてしまう。しかし、そういうわけにもいかない。

 

 頬を触れていた手を彼女の頭の後ろに回して顔を近づける。そのまま本当に唇を重ねるのではなく、観客側からそうしているように見える程度で止める。お互いの息がかかっていることを意識すると更に緊張してくる。少しだけなのに長く感じるような間、それを続けてから顔を離す。

 そこまでやったところでこのシーンの練習は終わった。ただ、これをやった直後は私も友奈も直前のシーンを意識してしまい相手の顔をマトモに見ることができなかった。

 試しに自分の胸に手を当ててみたら鼓動が早くなっていた。

 

 

 お次は魔王と勇者が戦う場面の練習。しかし、部活終了の時間までそんなに無いので、魔王と勇者が対峙して会話をする場面からではなく実際に戦い始める場面から行うことになった。

 観客側から見て左の方に魔王の衣装を着た風、右の方に勇者である私が立つ。風、いや魔王が剣を構えてこちらに声をかけてきて私が答える。

 

「いつでもいいわよー」

「それじゃ早速いくわよ」

 

 腰に付けた鞘から両手剣を抜き、構える。それから魔王に向かって駆け出して飛び上段切りを繰り出す。魔王は危なげもなくこれを防いで右に切り払う。すぐに体を捻るように動き左からの横一閃。これは上に弾かれる。

 

 魔王が右から振るってきた剣が体に届く前に、上に伸びている腕を引き戻して剣の腹で防ぐ。受けた勢いに逆らわずに下がり、三メートル程の距離を取る。今度は魔王の方からこちらに斬りかかってくる。

 

 観客が楽しめるように、少しでも派手に見えてぶつかり合う音が大きくなるよう先程よりもお互いに剣を大振りしてかちあわせる。

 一合、二合、三合、四合と繰り返していき十五合目で鍔迫り合いの状態に持ち込む。

 その状態で押し合っているように見せながらもステージ中央に移動。相手を睨みつけながら会話をする。

 

「足掻くな。お前はここで負けて人間たちは魔物によって滅ぼされる運命だ。人間に明るい未来は来ない!」

「運命なんて関係ない! 私はお前を……魔王を倒して平和な世界を、未来を勝ち取って見せる!」

 

 お互いを力で弾き飛ばすような形で離れる。剣が地面と平行になるようにしつつ、剣先が左後方に向くように構える。

 

「そんなにも世界を救いたいのか?」

「世界を救うのはもちろんだけれど、それだけが戦う理由じゃない。一番の理由は私を信じて待ってくれているあの娘のために戦っている。私はお前を倒して全てを終わらせる!」

 

 一度力を抜いて体を前に倒して、倒れきる前に渾身の力で踏み出して私の出せる最速で接近。

 魔王が左上段から剣を振り下ろし、対して私は引き絞った状態から放つようにして剣を叩きこむ。金属音が大きく鳴り、魔王の剣が私から右に、観客側から見てステージ奥へと弾き飛ぶ。

 

「これで最期だぁぁぁっ!」

 

 踏み込み、無防備になった魔王の腹を磨るように右から剣を当てて魔王を通り過ぎてから剣を左へと振りぬいた。こうすることで相手に痛みを与えず、かつ観客からはそれっぽく見えるという寸法だ。

 魔王が片膝をついて呻く。

 

「馬鹿な……我が遅れを取るとは」

「誰かを思えば、大好きな人が居れば人は何倍にも強くなれる。それが分からなかったから負けたのよ」

 

 魔王は「そうか」と一言呟くとそのまま倒れ伏した。

 

 

 場面練習を終えて、先程の殺陣の出来について私が東郷に聞く。

 

「さっきの動きどうだった?」

「二人とも素晴らしい動きで見ていて興奮したわ」

 

 とても満足気な笑顔で東郷が答えた。私と魔王、じゃなくて、私と風による殺陣の指導担当は東郷となっている。私も風も特訓によって剣の扱いは馴れてはいるが、魅せるような斬り合いは知らない。なので、侍同士の斬り合いのある時代劇が好きな東郷が殺陣を考案して動きを見るということになっていた。

 そこに、倒れたまま軽く休憩をするという女子力の欠片もない行動を終えた風がやって来て東郷に話しかける。

 

「これなら良い感じに盛り上げれそうねー」

「そうですね。でも時間はまだありますから、もっと良い動きも考えれるかもしれません」

「ほうほう、例えば?」

「そうですね……例えば、鍔迫り合いの状態で半回転するように動くことで立ち位置を入れ替えて見せる、といった手法を入れるのもありかもしれません」

「なるほどねぇ。その辺もまた今度に試してみよっか」

「はい」

 

 私は残り二人の観客に聞いてみる。

 

「友奈と樹にはさっきのはどんな感じに見えたかしら?」

「二人ともカッコ良かったよ! 見ててこう、ウワーってなる位に!」

『アクション映画のワンシーンみたいな迫力でした』

「それなら良かった」

 

 友奈の感想の方は感覚的で若干反応に困るけれど、二人からも好感触であることは分かった。風からの号令がかかる。

 

「はいはーい。そんじゃ時間もだいぶ来てるし本日の劇の練習はここまで! というわけで、みんな着替えるわよー」

 

 みんなで劇の練習についてわいわい話しながら着替えて、今日の部活を終えた。

 


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