暗い。目の前が見えない。自分の手すら目で確認することができない。
本来持っているはずである両目の視力が使えないこの状況。普通の人ならば、たった一人で目標を打つなんてことはできない筈。でも、私なら……きっと上手くいく。問題なんてない。
両手で持っている得物を改めて強く握りこむ。そこに存在していると思われる目標へゆっくりと一歩一歩、確実に近づいていく。あともうちょっと、もうすこしで私の攻撃が届く距離に入れるはず──入った!
「ここかぁあああ!」
得物を上から下に気合いを込めて振り下ろす。そして確かな手応えを感じると共に、破砕音が耳に入る。
「ざっとこんなもんよ」
目隠しを取ると、目の前には綺麗に二つに割れたスイカがそこには存在していた。
8月5日、私たちは大赦からの恩賞として一泊二日のちょっとした旅行に来ていた。表向きには部活動の合宿となっているのか、朝に学校前に制服姿で集合。大赦の関係者が運転するミニバスに乗り込み、旅館へ向かいそこで荷物を預けて海水浴場へと来て遊んでいた。
「夏凜ちゃんすごーい! ほんとにヒント無しで割っちゃった」
「見ていて気持ちのいい太刀筋ね」
『お見事です!』
「ほほーう、初めてやるにしては中々やるわね」
私から少し離れた位置で様子を見守っていた四人が称賛してくれた。風だけは微妙に上から目線だけど。噂に聞いたスイカ割り、やってみれば単調だけど悪くないわね。本来なら周りの人が右だの左だの指示するものらしいけれど。
「さてと、次は何する?」
「まずはアンタが割ったそれ食べて片づけることからでしょー」
あー、そっか。割って終わりじゃないものね。割ることしか頭になかったから、風に指摘されるまでそんな当たり前のことを忘れてたわ。
みんなでスイカを食べた後は砂遊び、ビーチバレー、水泳勝負等で遊んだ。時間があっという間に過ぎて、夕方になったところで旅館に引き上げた。
旅館の夕食時には、海水浴場でのことを話したりそこでやったようにスマホを使って写真をみんなで撮る等して過ごした。楽しい食事も終わり、全員で旅館の温泉に入る。客は私たちだけなので、気楽にのんびりと湯につかりながらみんなと話すことができた。しばらくそうした後に一旦、髪を洗うために湯から出た。すると、髪を洗い終えたタイミングで──。
「はーい、お背中流しまーす」
「ひゃぁあああっ!?」
不意に背中を友奈からタオルでゴシゴシと擦られて驚いてしまう。
「急に何してるのよ」
「大丈夫! 背中流すの上手いってお母さんに褒められたこともあるんだよー」
「そんなことは聞いてないから」
「ダメだった?」
「聞きながら続けている時点で止める気ないでしょ。でもまぁ背中は自分じゃ洗いにくいし、お願いするわ」
「任せてー、お願いされたからにはしっかりやるからね!」
……そういえば。
「友奈は何度も私の家に泊りに来てるけど、一緒にお風呂ってのは初めてね」
「そうだねー。シャワーだから一緒に入るってことがなかったもんね」
彼女が言いながら私の背中を洗い続ける。こうして誰かにして貰うというのも気持ち良いものね。
「ねぇ、友奈はもう体は洗った?」
「まだだよ」
「それなら、今してもらってる代わりとして友奈の背中は私が流してあげるわよ」
「おおー、やったね」
部屋に戻ってからは、私たちが温泉に行っていた間に敷かれていた布団にみんなして寝っ転がった。
話題として風が恋愛話を持ち出したけれど、私を含めてみんな黙りこむ。すると風が「なによー、みんなそういう話ないの? それなら仕方ないわねー」と自分の(唯一の)モテ話を話したけれど、眠たかったしなぜか初耳であるはずなのに何度も聞かされたようなウンザリ感を感じたので話半分に聞き流してから寝たわ。
◇ ◇ ◇
【8月6日】
「んんぅ……」
目が覚めて体を起こし目を擦る。部屋に置いてある時計を見たが、旅館が提供してくれる朝食の時間まではだいぶ余裕がある。みんなだってまだ起きてない──違った。窓際に置いてあるイスに東郷が静かに座っていた。寝ているみんなを踏まないように気をつけながら東郷のもとに行く。東郷も私に気づいて朝の挨拶をしてくれた。
「夏凜ちゃん、おはよう」
「おはよう、もう起きてたのね」
小さなテーブルを挟んで、東郷の対面に置いてあるイスに座り込む。
「一人で海を見ていたの?」
「うん。それと考え事をしていたの」
「考え事って?」
「…………」
私の質問に東郷は答えるべきかどうか悩むような素振りを見せ、視線を窓の外へ向けた。つられて私もそちらを見る。窓の外から見えたのは、朝日を反射させて綺麗にきらめいた海と……その先にある、この世界を守っている壁。
「ねぇ、夏凜ちゃん」
「ん?」
呼びかけられて東郷の方を向くと、彼女は真剣な顔をしていた。
「バーテックスって十二星座がモチーフになっているのよね」
「ええ、大赦からの説明だとそうなっているわね。そうは見えないようなのもいるけど、なんとなく元の星座のイメージがつくような外見のバーテックスもいたし」
「つまりバーテックスは全部で十二種類にいるということでいいのよね」
「まぁそうなるわね。実際、十二種類のバーテックスを倒したことで戦いが終わってこうして過ごせているわけなんだから」
「それなら、バーテックスは全部で『十二体』で終わりってことでいいの……?」
「そんなの」
当たり前じゃない、と言いきる前に声に出すことを止めてしまっていた。バーテックスはもういない。なのに、私はずっと前から心の奥底に違和感なような不穏な予感のようなものがあるように感じていた。きっと思い違いだ、考え過ぎだと自分に言い聞かせて沈めているがそれを消すことは今もできていない。
「ごめんなさい。変なことを言ってしまって」
私が黙りこんだせいか、東郷が謝る。
「謝る必要なんてないわ。ちょっと別のことが頭によぎってボーっとしただけで東郷の言葉は関係ないのよ」
「あら? 人と話している最中に別のことを考え始めたの? 悪い娘ね」
「え? あ、いや、その……」
私が答えに困っていると、東郷がクスクスと笑う。
「少しからかっただけだから本気で焦らなくてもいいのよ」
「あんたねぇ」
と、そこで東郷が手に持っているリボンが気になった。
「そのリボンいつも使っているよね」
私の言葉で東郷はリボンに視線を落として話しだす。
「記憶を失くしていた間に握りしめていたものらしいの。誰の物なのかも分からない。でもね、とても大切な物、そんな気がしてならないの」
どこか寂しそうで、悲しそうな声に聴こえた。私はイスから立ち上がり、歩いて東郷の後ろに回り込む。
「あの、夏凜ちゃん?」
「それ貸しなさい」
私の行動に少し困惑している東郷に私はリボンを渡すように言い、リボンを受け取る。髪をリボンで纏めて、それを後ろから前にやりいつもの彼女の髪型にする。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
お礼に答えながら私は東郷の後ろから前に行き、微笑みかける。
「そのリボン、よく似合ってる」
「……!」
東郷は一瞬だけ今にも泣きそうな顔をしてから笑顔に変わり、私に微笑み返してきた。
「ありがとう、夏凜ちゃん」
「お礼ならさっき言ったでしょ」
「ううん、さっきのとは違う。なんとなくだけど、言いたくなったの」
「そう。なら素直にその気持ち、受け取っておくわ」
二人で海をしばらく眺めて、朝食の時間に近づいたところでみんなを起こした。
樹が一番のお寝坊さんで中々起きようとしなくて困ったわ。
朝食を取り終えて、旅館をチェックアウト。旅館に来た時と同じミニバスに乗り、学校の前へ移動して解散。これでみんなと楽しく過ごせた旅行も終わり。明日からはまた部活と部活のない休みの日が続く。平凡ではあるけれども幸せな日常が続いていく。私も含めたみんながそう思っていた。でも現実は違った。
楽しかった旅行が終わった次の日である八月七日。私たちは再び勇者システムを手にすることとなる。