三好夏凜は勇者である   作:シャリ

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13話:イネス

【7月29日・昼】

 

 東郷が退院をした週に行われた期末試験を無事に終えて(東郷の罰ゲームは回避できた)、その次の週には夏休み期間へと突入。そして今日、私と友奈の二人は巨大ショッピングモール・イネスに来ていた。乗ってきた公共のバスから降りて、外観から建物の大きさを感じながら入口へと入る。

 

「流石に店内も広いわね」

「だねー。まずはどうしようっか?」

 

 今日ここに来たのは、前に彼女に「何か買ってあげる」という約束を果たすためと、私が着る水着を買うためだ。先日、部室で過ごしていた私たち勇者部員全員に大赦からメールが届いた。

 何事かと思いきや、バーテックス討伐の褒美として一泊二日の旅行を企画したというお知らせだった。旅館の場所は学校から数キロとそこまで遠いところではないけれど、旅館からすぐ前にある海水浴場は貸し切りにするとのことで中々お金がかかっているらしい。

 

 もちろん私たちの話題は旅行のことで持ちきりになり、それは部活が終わってそのま

ま友奈が私の家に泊まり来た時も変わらなかった。その時に彼女から「どんな水着着ていくの?」と聞かれたので「どんなもなにも、学校のしか持ってないけど」と答えた。すると彼女が「それなら一緒に買い物に行った時に水着も選ぼうよ」と言ったことで今回は二つの買い物が目的となったのである。

 

「そうね、なら先に友奈の方からすませようじゃない。で、結局なにが欲しいの? 大赦から貰っているお金は無駄にあるし、なんでもいいんだけど」

 

 約束をしてから彼女に何が欲しいのか既に聞いたけれど「イネスに行ってから教えるね」としか答えなかったので、肝心の買う物がなんなのかまだ分からない。それがなんにせよ購入資金自体は問題ない。勇者の務めを果たすために引越してきて一人暮らしをしているので大赦から生活費が送られてくるが、ハッキリ言って中学生に渡す額とは思えない程に多い。

 まぁ彼女には色々と感謝しているから例えこの約束がなかったり資金がきつかったりしても、きっと何かしらのプレゼントはしていただろうけど。約束、なんて言ってるけれど口実を作るために私から言い出しただけなわけだし。

 

「私が欲しいのはねー、コップ!」

「そんなのでいいの?」

「うん。でも、ただのコップじゃないよ」

「ならどんなのよ?」

「それはお店に行ってから」

 

 それならばと早速、一階から雑貨店等がある二階へと上がり店に入る。

 

「こっちこっちー」

「はいはい」

 

 気持ち早足になっている彼女を追いかけてコップ(グラス、カップ)が陳列されている棚に移動。

 

「へぇ、結構色々あるのね」

 

 黄色いだけといった色が一色だけのシンプルな物、花やデフォルメされた動物が描かれている可愛らしい物、持ちやすさを考えてか持ち手が少し変わった形をしている物など様々ね。それらを眺めていると彼女に横から袖を引っ張られる。

 彼女の方を向くと、商品の方を指差しながら言ってきた。

 

「夏凜ちゃんはどういうのが好き?」

「友奈のを買いに来たのに私に聞いてどうすんのよ、ってペアカップ?」

 

 二つで一組のカップ、その商品が置いてある箇所を指差していた。棚に付いているポップアップには『友達、家族、そして恋人。これらのお相手と一緒に使うのにピッタリです』と書かれている。

 

「最近、夏凜ちゃんの家によく泊まるから私の物を置いてみたくなったの。そしてせっかくだからこういうセットのを二人で使っていけたら素敵だよねって思って……だから、その、どうかな?」

 

 言ってて照れたのか、彼女が言葉の後半をちょっと詰まらせる。

 

「私も良いと思うわ。友奈がそういうこと考えてたのは嬉しいことだし……ね」

 

 そうして二人でどのペアカップがいいか一緒に選び始めて少しした後、彼女が呟く。

 

「こういうの、なんかいいなぁって感じるね」

「……そうね」

 

 二人で決めたペアカップは片方に犬、もう片方には猫が座っているイラストが載っている物にした。それぞれの前片足には赤い糸がついており、カップを並べて置くとそれが繋がる可愛い仕組みとなっている(使うのは私が猫で彼女が犬ということになった)。

 支払いをする時に彼女が半分出すと言ってきたので「それじゃプレゼントにならないでしょ」と言ったのだけれど「だから、私が払うのは夏凜ちゃんの分。夏凜ちゃんが払うのは私の分。二人でお互いにプレゼントってことでこのペアカップを買いたい」というようなこと言ってきた。結局、友奈がそうしたいなら、と私が折れて二人で購入。

 一つ目の目的は済んだので、次の目的である水着売り場へと移動して、どういう水着にしようってところで競泳用水着に目が入ったので近づいて触ってみる。

 ふぅん、質感からして速く泳げそうでいいわね。

 

「夏凜ちゃん、それはどうかと思うよ……」

「えっ……い、いやちょっと見てただけだから」

「あ、そうなんだ。それ買いたいのかなって勘違いしちゃったよ」

 

 そんなにダメかしらコレ。スッキリとしていて洗練されているデザインに見えるのに。

 

「参考までに聞きたいんだけど友奈ならどんな水着を選ぶの?」

「うーん、そうだねー……あっ、これ可愛い!」

 

 彼女が手に取ったのはピンク色のビキニで、胸の間にはリボン、腰のところに白のフリルがついたタイプ。

 

「ビキニねぇ」

 

 こだわりとか特に無いので、揃えて掛けてあったビキニから適当に手に取る。白色がベースで首にかかる部分に赤いラインの入ったシンプルな物。可愛いすぎない感じで悪くない。

 

「これにするわ」

「夏凜ちゃんに似合いそうでいいね。じゃあ、決まったことだし試着しよう!」

「……へ?」

「あれ? しないの?」

「もう買う水着は決めたんだし、そんなことする意味ないでしょ」

「まぁまぁせっかくだから着ようよー」

 

 結局、彼女に流されて水着を持って試着室に入る。そして私に続いて彼女も──。

 

「って、何で同じ所に!?」

「だってこうしないと他の誰かに見られずにお互いの水着を確認できないよ?」

「なるほど──いや待って。まず見せ合う必要もないような」

「そうかなぁ」

 

 言いながら彼女は服を脱いでいく。こうなったら仕方ない、彼女の方をあまり見ないようにしながら私も手早く脱いでいく。

 体育の時とか同じ教室で着替えたりはするけど、それとはわけが違う。ここはあまりにも狭いし近い。とにかく、さっさと下着姿になりその上に水着を着重ねることで着終える。

 

「ねぇねぇ、どうかな?」

 

 彼女が自らの水着姿を見せつけてくる。今の姿を見て感じたことを一言で言うなら、とても彼女らしくて良いってところね。

 

「よく似合ってるわ」

「もう一声お願いします!」

「……可愛いわよ」

「えへへ、良かったー。夏凜ちゃんも可愛いよ!」

「あぁそう」

「むぅ、どうでもよさそうな反応」

「実際にどうでもいいのよ」

「……私はそうでもないんだけどなぁ」

 

 そう言われても、よくわからないわね。見せ合いも済んだので、着替えなおして水着を購入。彼女もさっきの水着が気にいったのか、私の後に購入していた。二人揃ってお店を出たところで、ふと思ったことを口に出す。

 

「そもそも海水浴場で着るのに試着室で見せ合う必要あったの?」

「もちろんあったよ」

「そうなの?」

 

 彼女が、水着の入った買い物袋を軽く持ち上げて嬉しそうに話す。

 

「だってこれで夏凜ちゃんの水着姿を一番最初に見れたのは私で、この水着を着た私を一番最初に見たのは夏凜ちゃんになったんだからね」

 

 聞いてるこっちが恥ずかしくなりそうな言葉ね。でも──。

 

「確かにそう考えたらちょっと嬉しいことかも」

「ちょっとだけ?」

 

 彼女が少し頬を膨らまらかせて言ってきたので訂正する。

 

「……やっぱり、いっぱいで」

 

 

 二人で笑った後に、次はどうするかを話した。すると、彼女は「一緒にジェラートが食べたい」と言ってきたので、二階からフードコートのある一階へと移動することにした。

 今の彼女は味覚が無いので、食べ物も飲み物も味がわからない。かといってそれで特別扱いされたり、周りから気を使われるのは嫌らしい。別に「嫌だ」なんて彼女がハッキリ言葉に出したこと自体はない。でも、見ていてそうだと分かる位には私たち勇者部のみんなは彼女のことを分かっている。だから、私たちもそういったことはせずになるべく今まで通りであるようにしていた。

 ジェラートを売っている店に入って私はしょうゆ味を、彼女はイチゴ味のジェラートを購入して店内のテーブルに座る。さっそく、透明で小さなプラスチック製のスプーンで掬い口に入れる。

 

「なかなかイケるじゃない」

「この冷たさとこの舌触り、たまりませんな~」

 

 しばらく食べ進めていると、気になったのか彼女が話しかけてきた。

 

「しょうゆ味、好きなの?」

「ちょっと気になったから、これにしただけよ。しょうゆ味のデザートなんて食べたことなかったし」

「そっかー。あっ、せっかくだし一口ちょうだい」

「……しょうがないわね」

 

 味が分からないのに? と思いそうになったけれど、気分的に違うのかもしれないしここは素直に彼女のお願いをきいておこう。

 

「やった」

 

 彼女が、あーんと口を開けた。食べさせてあげる、とは一言も言っていないんだけど。しかし彼女は既に目をつぶって、待ち受け体勢になっている。

 あぁでも、味がわからないからこういう形でしか楽しみようがないとかそういう……ってそんな深いこと考えてる顔じゃないわね。ただ単に、そうしたいからなんでしょうし。

 そこまで考えが行きついて一人納得してから、ジェラートを一口分スプーンで掬って彼女の口に運ぶ。彼女それに食いついて飲み込むと幸福感溢れる様子で感想を述べた。

 

「うん! 味は分からないけどなんだか甘いね!」

「どういうことよそれ」

「やれば分かるよ」

 

 今度は彼女が自分のジェラートを掬って私に差し出す。

 

「はい、夏凜ちゃん」

 

 彼女に食べさせた時点でこういう流れになりそうだったからこの行為は予想どおりね。しかしまぁ、いざするとなると恥ずかしさからちょっとした抵抗感が……けれど彼女とこういうことをするのは嫌じゃない。それどころか嬉しいことだと感じてはいる。中々それを口には出せないけれどね。

 私が彼女が差し出して来たものに食いつく。

 

「どう?」

「確かに甘いわね」

 

 今の行為というか一連のやり取りというかこう、色々と。

 

 ジェラートを食べ終えた後は適当にお店を回ったり、アミューズメントコーナーにあるゲームで遊んだりプリクラを二人で撮ったりなどをして過ごし、夕方にイネスを出た。二人でバス停で帰りのバスを待つ。

 

「今日は楽しかったー」

「私も楽しかったわ。たまにはこういうの所に来るのも良いものね」

「またいつか二人で来ようよ」

「また二人で……か。うん、そうね」

 


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