【7月16日】
土曜日に部活をサボって、休日明けてからは月曜火曜と学校を無断欠席。水曜日の今日もそう。何をするわけでもなく、ただ家に籠って明かりも点けずにベッドに寝転がっているだけ。時計を見るともう部活があっている夕刻となっていた。
元々私が讃州中学に来て勇者部に入ったのはバーテックスを倒すため。戦いが終わった今、大赦としても私をここに残す理由はないはず。しかし、大赦からは『帰還せよ』や『撤収の手続きや日程について』等のような連絡は来ていない。連絡のない大赦と違い、友奈たちからは何度もメールや電話が来ていたがそれは無視している。私が彼女と、みんなと居る必要はない。
でも……本当は一緒に居たい。必要がない、なんて考えは只の逃げる為の言い訳に使っているだけ。傷を持った彼女たちが、一人だけ傷ついていない自分をどう思うのかが恐い。それに自分が、傷のない自分を許せていない。
グルグルと何度もそこへと行き着く思考をしていると、玄関のインターホンの音が鳴った。少し迷ったが出ることを選び、扉を開けると制服姿の友奈が居た。
「何しに来たの?」
「部活へのお誘い。最近、夏凜ちゃんが学校も部活もサボりまくっていたからね」
「……そんなことしなくていいのに」
「部活、来ないの?」
「私は」
答えようとしたところで、彼女が汗をかいていることに気づく。
「ここで話すのもなんだし、入りなさいよ」
「あ、うん。それではおじゃまします!」
冷房の効いたリビングに入らせて、水を入れたグラスと汗を拭くようにタオルを渡す。
「ありがとー、夏凜ちゃん」
彼女から空になったグラスと使用したタオルを受け取り、それらを片づける。タオルを洗面所にある洗濯機に放り込んでからリビングに戻ると友奈が立ったまま待っていた。
「それじゃ部活行こっ」
「行くとは言ってないでしょ」
「部活に来たくないの?」
「もう行く必要がない。そもそも、私は戦うために大赦から派遣されてきたんだから」
「必要がなくても来ていいんだよ。風先輩と樹ちゃんも夏凜ちゃんが来るの待ってるから」
「それだけじゃない。友奈、風たちみたくおかしくなっているところがあるわよね。その箇所は──」
彼女が病院でジュースを口にした時の表情。あれから察するに……。
「味覚が無くなってるんでしょ?」
「知ってたの?」
「風から知らされたの。満開を起こした私以外の全員、どこかがおかしくなっていることを」
「そうなんだ……」
「私だけ傷を負っていない、私だけがみんなと違って何も背負えていない。だから、私にはみんなと一緒にいる資格なんてないし居ない方がみんなにも良い。そう考えたからみんなに会おうとしなかったのよ」
「資格なんて必要ないよ! 夏凜ちゃんは立派な勇者部員だから一緒に居てもいいって、ううん、居てもいいじゃない、居て欲しい! ってみんな思ってるよ」
少し興奮しているのか、早口で私の言葉を否定する。
「私以外に夏凜ちゃんが居て、東郷さんが居て、風先輩が居て、樹ちゃんが居る。みんなが居ないと勇者部じゃない。夏凜ちゃんが居ないと私は寂しいし、私は夏凜ちゃんと一緒に居るの楽しいし、それに……」
「それに、何よ?」
言葉の続きを問う。すると彼女は正面から私を抱きしめてきた。
「ゆ、ゆうな?」
突然のことに驚いていると、彼女は先程までの早口ではなく今度はゆっくりと告げる。
「私、夏凜ちゃんのことが好きだから」
「なっ……」
予想していなかった言葉で動揺させられる。
「だから一緒に居たい。ダメ……かな?」
「もういい。わかった、わかったから。そこまで言われたからにはちゃんと部活にも学校にも行くわよ。それと……」
「それと?」
「私も友奈のこと、好きよ」
言いながら両腕を彼女の背中に回して抱きしめ返すことで言葉と行動、両方で気持ちを示す。
自分の心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。
「えへへ、嬉しいなぁ」
「ねぇ、友奈」
「なぁに?」
「もうちょっとだけ、このままでいていい?」
「うん、いいよ」
私のお願いを聞いて、彼女が更にしっかりと抱きしめてくる。
……それにしても抱き合っている状態で良かった。だって今なら相手の顔が横にあるから自分の顔を見られずに済む。彼女から「好き」と言われてから赤くなっている顔を見られるのは恥ずかしいもの。
短いようで長い時間の抱擁も終わり、今から勇者部に行くことになった。それに対して、私が「勝手に休んでたし少し顔合わせ辛いかな」とボヤくと「なら、風先輩たちにお土産持っていこうよ」と提案してきた。なんでも讃州駅前にシュークリームが美味しいケーキ屋があるらしい。
「その考えは良いけど、友奈は……」
味覚がない彼女自身が提案してきたこと。それはつまり「私のことは気にしなくていいよ」という意味も含むと思う。それでも気になりはする。
「私は大丈夫だから」
私に向けて、困ったように笑いながら言う。それならば、と私からも彼女へと提案を行う。
「なら友奈にはお土産の代わりに、私が今度なにか買ってあげるわよ。何か欲しいものとかある?」
「ほんと? でも欲しいものかぁ。うーん、急には思いつかないし……じゃあ今度一緒に買い物に行って決めるってのは良い?」
「友奈がそうしたいならそれで良いけど」
「やった」
彼女に下で待つように言って外に出した後、制服に着替え、財布と家の鍵を入れたウエストポーチを持って家を出る。
「よーし、行こう!」
入口まで降りると、待っていた彼女が左手を出してきたけれど、それを取らずに一応確認。
「もしかしてここから歩いていくつもり?」
「そうだけど?」
当然のことのように答える。しかし、駅前の店まで行きそれから学校までとなると結構な距離になる。歩いて行けないわけではないけど時間がかかり過ぎるわね。
「ちょっと待ってて」
駐輪場から、いつも有明浜に行く時に使うスポーツ型の自転車ではなく、買い物に行くときに使っている荷台付自転車(所謂ママチャリ)を持ちだす。前カゴにウエストポーチを入れて自転車にまたがる。
「ほら、後ろに乗りなさい」
「いいの?」
「もちろんよ」
私の言葉を聞いた彼女が後ろの荷台部分に跨って乗り、私の腰に両腕を回す。それにしても後ろから密着されている状態になるので、少し顔が熱くなるというか緊張するというか……なるべく気にしないようにしよう。
「しっかり掴まってなさい」
「うん」
彼女の分だけ重くなったペダルを踏みこむ。漕ぎ出しのふらつきを抑えて、自転車の動きをしっかり安定させてから背中越しに話しかける。
「ところで友奈、学校から私の家まで歩いてきたのよね?」
「ちょっと違うかな。最初に学校から夏凜ちゃんが特訓している所に行って、いなかったからそこから走ってきたよ」
「結構距離あるんだし、風から自転車借りてくれば楽だったのに」
「ハッ! その手が……あ、でも歩いてきて良かったなーって今感じているよ」
「なんでよ?」
「なーいしょ」
笑みを含んだ声でそう答えると、彼女が私の背中に顔をグリグリと押し付けてくる。その行為の可愛らしさと感触で私の口元は自然に緩んでしまっていた。
そのままケーキ店につき、風と樹の分だけのシュークリームを購入。それから、来るまでと同じように二人乗りをして、学校へ向かった。学校に着いてから部室に行き、そこで待っていた風と樹に、私は無断で休んでいたことを謝罪した。すると二人は私を怒ることもなく、笑顔で迎えてくれた。結局、私一人勝手に気にしすぎて悩んでいただけに過ぎなかった。
この日の夜、何も連絡してこない大赦に『戦いは終わったけれど、このまま讃州中学に居たい』という旨を書いた内容のメールを送りつけた。直後のタイミングに、五人で共有しているチャットアプリの通知音が鳴ったので開いてみると、退院の日付がきまったという東郷からの連絡。しかも明日とのこと。
次の日、四人で迎えに行き、そのまま勇者部室に行き東郷の退院と勇者部完全復活祝いと称してお菓子やジュースの飲み食いを行った。
時間が経ち空が夕焼けに染まった頃、風の「屋上に行って、アタシ達が守った町を眺めてみない?」という言葉を受けてみんなで屋上へ上がった。みんなで町を眺めて感慨に浸っていると、私のスマホにメールが届いた。
内容は『三好夏凜、あなたは卒業まで讃州中学にて勉学に励みなさい』というもの。みんなと居られるということがハッキリしたことで、つい笑顔になっていることが自分でもわかった。それと、その様子を東郷と友奈に見られてしまう。
「夏凜ちゃん嬉しそう」
「どうかしたの?」
「ちょっと良い知らせがあっただけよ」
一緒にいられることが嬉しい、なんて口に出すのは流石に恥ずかしいので詳しくは答えない。私の答えに対して二人は「良かったね」と言い、深くは聞いてこないでくれた。また景色を少し眺めた後、横にいる友奈に改めて言う。
「あのさ、友奈」
「んー?」
「これからもよろしくね」
「私こそ、これからもずっとずーっとよろしくね」
私たちの世界では讃州駅ではなく観音寺駅ですが、ゆゆゆ劇中の讃州中学=観音寺中学なので、観音寺市ではなく讃州市と捉えていますので名称を変えています。