【7月8日】
私は病院の一階にあるロビーで四人掛けのテーブルに一人で座っていた。時間帯としては朝だけど天気が曇りなせいで少し薄暗い。
バーテックスとの戦いを終えた私たちは、大赦と繋がりがある病院で治療と検査を受けて、一日入院となった。個室の病室で味気のない健康的な
看護師は私に友奈たちもすぐここに来ることを伝えると、そそくさとどこかに立ち去ってしまったので今は私しか居ない。することがないので、ロビーに設置されているテレビを視聴しながら足をぶらつかせてしばらく待っていると、後ろの方から話しかけられる。
「一番乗りは夏凜だったか〜。早いわね」
この声は風ね。ゆっくり振り向くとそこにはいつもの姿とは違った風が立っていた。
「どうしたの、その目?」
風は左目に眼帯をつけていた。当然の疑問としてそのことについて聞くと、手のひらを眼帯に当てカッコつけたような謎のポーズをしながら語り出す。
「この目が気になるか? これは魔王と戦った際に──」
「そういうのいいから」
「はい」
風が向かいの席に座り、病院の先生から受けた説明を私に話す。左目が戦いの疲労によって視力を失っていること(勇者になると凄く体力を消耗するらしい)。目は一時的なもので直に治るということ。
「とにかく、そのうち視えるようになるからそれまでの我慢ってわけ」
「そう、治るのなら安心ね」
話をした後、私と風はテレビのニュース番組を見ていた。内容が私たちの戦いと関係があったからだ。男性ニュースキャスターが昨日の起こった出来事について話す。
「昨日起こった工事中の高架道路が落下した事故に関する続報です。犠牲者はいませんでしたが、事故現場周辺では大規模な──」
画面下側のテロップには『事故の原因は調査中』と書かれていたが、いくら調査したところで原因がわかることはないだろう。何故なら原因は樹海が傷ついたことによる悪影響なのだから。
「あれだけのバーテックスと戦闘して犠牲者はゼロってのは何よりの結果ね」
「そうよねー。流石はアタシ達! って感じよね」
そんな感じで二人で話をしていると、私たちを見つけた友奈がやって来た。
「きっちりしっかり血を抜かれちゃいましたーって、風先輩その目はどうしたんですか?」
友奈から目について聞かれると、不敵な笑みを浮かべながら席を立ち、謎のポーズを再び取る。
「この目が気になるか? これは魔王と──」
「左目の視力が落ちてるんだって」
「ちょっ、夏凜! アタシまだ最後のセリフまで言い終えてないのに!」
風のボケと私のボケ潰しに関しては触れずに、友奈が心配した顔で尋ねる。
「それって、もしかしてバーテックスのせいで……?」
風は「違う違う」と手を振って否定をして、私に話した説明を友奈にも話す。その説明を終えた位のタイミングで、樹と樹に車椅子を押されている東郷もロビーに現れて全員集合となった。二人がやってきた時、風が樹に声を掛けたが言葉でなく首を振って答えた。風がそれに対して不思議そうな表情していると、東郷から戦いの疲れで一時的に声が出せなくなっていることを告げられる。
「ふーん、アタシの目と同じってわけか」
そのやり取りの後は勝利のお祝いをしよう! という流れになり、みんなで院内にある売店に行ってジュースやお菓子を買ってもう一度ロビーに集まった。四人掛けのテーブルに買ってきたそれらを広げ、椅子は他のテーブルから一つ持ってきたことで準備を終える。当たり前の話だけど看護師から許可を取り済みである(ロビー内でなら多少騒いでも問題ない、とのこと)。
それぞれ缶ジュースを手に持ち、風が行う乾杯の音頭に続く。
「みんなよくやった! アタシ達勇者部の大勝利を祝って……カンパーイ!」
『カンパーイ!』
その後はお菓子を食べながら今までの戦いのことや今後の勇者部としての活動について話したり、大赦にメンテナンスということで一旦預かられた今までの端末の代わり(代替機)をみんなで受け取ったりといった感じだった。
このちょっとした祝賀会。それ自体は良かったけれど……乾杯の直後、友奈がジュースを口にした時に怪訝な顔をしていたことが少しだけ気になった。でもまぁ、その後すぐに笑っていたからそう気にする必要はないかもしれない。
【7月10日】
「夏凜ちゃん、おはよー」
「おはよう」
退院した二日後の朝、通学路の途中で私と友奈は一緒にいた。学校のあるいつもの朝なら友奈と東郷、二人と合流して三人で登校しているが今日は違う。まだしばらく検査がかかる、ということで東郷がまだ病院にいるからだ。対して既に退院した私たちは身体の事を考えて一日置き、今日から学校と部活に復帰という話だ。
合流したので早速歩き出そうとしたら、私の右隣に来た彼女が左手を差し出してきた。それを無言で取り手を繋ぐ。
「そういえば登校する時にこうするのは初めてね。繋いだまま登校したら学校のみんなに見られるかも」
「そうだねー。そしたら私たちが仲良しさんだってアピールになるのかな」
私の言葉に軽い調子で答える。繋いでいるのを見られることを彼女が嫌に思わないのなら、私も気にしないようにしよう。全く気にならないわけじゃないけれど、私の手よりもずっと柔らかいこの感触からできれば離れたくないからそう考えることにする。……結局、下駄箱で靴を脱ぐまでその状態だった。
退屈な授業を終えた放課後。二人で部室に向かい、辿り着いたところで友奈が元気よく扉を開ける。
「結城友奈、来ましたー」
「来たわよ」
既に部室に来ていた風と樹との挨拶を終えると、今日の議題について風が切りだす。
「そろそろ劇のことも考えないとねー。最近は他に優先するべき仕事があったけど、今は暇だからゆっくり話せるし」
「そもそもどんな話をするのか決めてるの?」
劇の脚本作成は風の担当になっていたはず。役を決めるにも練習するにも、まずは土台となる物語ができていないと練習しようがない。
「んー、それがまだテーマも決まってないのよねぇ。だから今日は、その辺のことをみんなで考えない?」
というわけで、どんな話をするのか考えることになった。しかし良いイメージはすぐに思い浮かぶはずもなく、ただ時間だけが経過していく。そうしていると友奈が手を挙げたので、風が尋ねる。
「おっ、なにか思いついた?」
「はい! 私たちは勇者部ですよね。だからこそ、勇者が主役の劇とかどうですか? こう、勇者が頑張って魔王を倒してやったー、みたいな感じで!」
「なるほど、単純かつ分かりやすくていいわね。アタシはもう友奈のでいいと思うけど、二人はどう思う?」
風が私と樹に友奈の案について聞いてきた。多分「他に案があるなら今言ってね」という意味も含んでいると思う。何も思いつかないし、否定する理由もないので賛成しておく。
「いいんじゃない。たしか文化祭って子供も観に来るのよね? だったら変に凝ったものよりそういうのが喜ばれそうだし」
『私もそれでいいと思うよ』
樹も私と同じく賛成することをスケッチブックに書き、それを見せることで伝える(声が出ないからこうして意思疎通をしている)。
「それじゃ、決まりね。劇の役割とかは東郷が退院してから話そっか」
こうして話が纏まり風が東郷に決まった劇のことをメールで教えるためにスマホを取り出したところ、依頼メールが届いていることに気づき、その内容を私に話してきた。なんでも剣道部から私ご指名の依頼で、練習試合をして欲しいとのこと。
「そう、なら行ってくる」
運動部の部活終了時間は文化部扱いの勇者部より少し遅い。なので、風たちに「また明日」と別れの挨拶をして部室から出て行った。
剣道部の依頼を終えて、校門から出るとそこで友奈が立っていた。
「お疲れ様!」
「わざわざ私のこと待ってたの? そんな必要なかったのに」
「必要あるよ。だって私が夏凜ちゃんと二人で帰りたかったから」
「そう。まぁ友奈と帰るのは好きだから私はいいけど」
「私も夏凜ちゃんと帰るの好きだよ、一緒だねっ」
手を繋いだお馴染みの状態になり、歩きながら話す。
「剣道部との練習試合、どうだったの?」
「もちろん全勝してやったわ」
「おー、夏凜ちゃんすっごい。私も夏凜ちゃんみたいにすっごくなれたらな~」
彼女が空いている右手を剣を振るうように動かす。彼女のこういう動きは見ていて微笑ましい。
「当然よ。勇者ってのはすっごいんだから。……だから、私と同じく勇者な友奈も凄いのよ」
「そうかな?」
「そうよ」
「うーん、そっかぁ」
そうやって帰り道の途中まで二人で話しこみ、名残惜しさを感じながらも手を離して今度こそ「また明日」と別れの挨拶をしたのだった。
【7月11日】
学校と部活が終わった夕方の時刻、私はいつもの有明浜で二刀流の訓練を行っていた。全てのバーテックスを倒した今、訓練をする必要性は存在しない。けれど、何もしていないと私の中にある不安のような何かが顔を覗かせてくる。だからそれを振り払うかのように、木刀を振るう。しばらく訓練を続けた後、背中から砂浜に倒れこむ。
「戦い、終わっちゃった。それなのに私は……」
なんでこんなことをしているのだろう。なんで不安になるのだろう。
オレンジ色に染まっている空を見上げているとスマホの着信音が鳴り、取り出して確認すると風からのメッセージが届いていた。
『バーテックスとの戦いの後、身体におかしなところない?』
『ないわよ、何かあったの?』
『満開を起こした人は、身体のどこかがおかしくなっている』
それって私以外の全員……友奈と東郷もどこかがおかしくなってるの!? 傷ついていないのは私だけ。満開できなかった──いや違う、できなかったんじゃない。しなかっただけなんだ。あの時、恐怖心で固まらずに満開をしていれば他の誰かが満開せずにすんだかもしれない。誰かが傷つかずにすんだかもしれない。でも今更後悔しても遅い。私が役立たずだった現実は変わらない、変えようがない。
明日は土曜日で学校は休みだけど部活はある。けれど明日の部活に参加する気にはなれない。だって傷ついていない私に……みんなと一緒に過ごせる資格があるようには思えないから。