三好夏凜は勇者である   作:シャリ

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10話:決戦(後半)

「つぅ……」

 

 痛みを感じながら目を覚ます。私は何で壁にくっついてるのだろう、と一瞬疑問が湧いたがそうじゃない。これは壁ではなく地面であり、私が倒れているというだけだ。

 口の中で、どこかが切れているのか血の味がする。

 

「クソ、なに無様に倒れてんのよ私!」

 

 自分を叱咤しながら立ち上がり、血の混じった唾を吐き捨てて右腕で口元を拭う。そこに友奈がやってきた、どうやら私より先に立て直していたらしい。

 

「夏凜ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫、ちょっと油断しただけ。それよりも状況を手短に教えて」

「えっとね──」

 

 友奈から東郷が魚座、樹が双子座を討伐したことを知らされる。

 

「じゃあ、あの合体した獅子座で最後ってわけね」

「うん」

 

 見ると巫女服のような格好をした風が地に落ちた獅子座と対峙していた。あの姿が満開? そして樹と東郷の姿も普段の勇者姿とは違う。敵の目の前で萎縮して満開できなかった私と違ってみんなはできたんだ……。

 少し気落ちしていると獅子座の動きがあった。体から多くの光弾を射出。それらは私たちの所に飛ばすのではなく、獅子座は頭上で集めて小さな太陽のような塊を形成。私たちが予想外の動きに驚いていた短い間にそれは完成し、こちらに飛来する。

 

「勇者部一同、封印開始! アタシがコイツを相手しているうちに早く!」

 

 風がいち早く反応して、それに飛び込み大剣で抑えつけながら指示をだす。その叫びを聞き、私たちは了承の言葉をそれぞれ発して獅子座を取り囲む。四人による封印の儀により獅子座の周囲に花びらが舞い、地面には陣と封印の儀を維持できる時間が表示される。

 

 封印の儀を始めたタイミングで、耳を劈くような爆発音に襲われる。封印の儀を行ったことで、獅子座が小さき太陽を維持できなくなった為か、それが爆発したのだ。

 私たちは爆発で吹き飛ばされた風のことを心配する声を上げたが、帰ってきたのは「そいつを倒せぇぇぇっ!」という残りの気力を振り絞って出したかのような声。

 だから私たちは咄嗟にやりかけた、傷ついているであろう風の元に駆けつけるために封印の儀をやめる、といったことをせずに儀式に集中する。それにより御霊が出現したのだが──。

 

「こんなことって……」

 

 あまりにもそれは巨大だった、百メートルはあると思われる獅子座が比較にならない程に。大きすぎるせいか空を超え宇宙空間に出現しているようだったが、それだけ離れていても異様な大きさが目につく。

 私と東郷と樹が桁外れな大きさの前に狼狽えていたところに「大丈夫!」という友奈の声が届く。

 

「例えどんなに大きくても御霊なんだから今まで通りに倒すだけだよ! 東郷さん、私をあそこまで運べる?」

「もちろんよ」

 

 そう言う二人に手を伸ばす。

 

「待って、私……」

 

 私が行くから、と言おうとしたが辞めて手を下ろす。私は先程、満開できずに無様にやられたばかり。だから私より友奈が行く方が戦略的にも良い。友奈を行かせたくない、という気持ちがあるのにそれができずに歯噛みする。

 

「夏凜ちゃん!」

 

 友奈が儀式のために立っていた場所から私の傍にやってきて私の片手を取る。

 

「な、なに?」

「前に居場所の話してくれたよね?」

「ええ、友奈が泊まった時にね」

「それでね、えっと、待ってて欲しいんだ。私が夏凜ちゃんの居場所になる。だから夏凜ちゃんにも、私の居場所になって欲しい。そして今から行く私のことを待ってて欲しい。ダメ……かな?」

 

 そう言って友奈が私の顔色を伺う。

 

「そんなの……いいに決まってるでしょ! 信じて待っててやるからしっかりやんなさいよ」

「ありがとう、夏凜ちゃん。じゃあ行ってきます!」

 

 私の返事を聞き満足気に笑うと、それだけ言って素早く東郷の戦艦みたいな満開装備に飛び乗り、宇宙へと昇って行った。それにしてもさっきの言葉、お礼を言うのはアンタじゃなく私の方だっての……。

 友奈と東郷が行ってから残された時間を確認。時間は一分と少ししかない。このまま時間切れ、つまり力を使い切ってしまったら変身姿を維持するための力は失われ私たちと世界には死が訪れる。この状況で、今できるのはただ待つことだけ。信じて、無事を祈る。それだけだ。

 

 

 待ち続けて残り秒数は僅か、といったところで儀式の陣が消失。

 

「夏凜さん! これってつまり……」

「二人がやってくれたみたいね!」

 

 これで後は二人が戻ってきたところを迎えて終わり。ってアレは……? 二人の姿が見えないものかと、上を見上げたことで隕石のような塊が落ちてきているのを視認する。

 

「もしかして!?」

「どうかしたんですか?」

「少し待ってて」

 

 スマホを呼び出して勇者アプリを起動。位置確認機能を使い、上から見下ろした図が表示される。それを見る限りではあの二人の反応が少しずつ移動している。

 次に上からではなく横から見た図、敵や自分達の高度や高低差を確認できる表示に切り替える。すると、とてつもない早さで地面に向かって反応が移動していることが判明する。

 

「間違いない、あの中に友奈と東郷がいる!」

「えぇ!? それじゃあ……」

「このままじゃマズイわね」

 

 あの勢いで地面に衝突なんてしたら樹海にどれほどのダメージを与えてしまうかわからない。それにどう考えても精霊で防げる許容範囲外だろう。例え勇者化をしていることで体が頑丈になってはいるとはいえ、それで死なない保証なんてどこにもない。

 

「樹! ワイヤーで二人を受け止めなさい! 今、二人を救えるのは樹だけよ!」

「私が二人を……わかりました。絶対に友奈さんと東郷先輩を助けます!」

 

 樹は普段では考えられない力強い声で答えて、落下してくる二人を見据えて構える。私はというと、邪魔にならないように樹の少し斜め後ろに立つ。もしも樹がワイヤーで二人を受け止めれなかった場合、負傷する覚悟で私が二人を受け止めてみせる。

 だんだんと落ちてくるものが近づいてくることで外観を確認することができた。紫色の大きな花弁に二人は入ってるらしい。そして射程範囲にまだ落ちてきたことで、まだ満開が解除されてない樹が大量のワイヤーを飛ばす。

 

「いっけえええぇ!」

 

 ワイヤーを繋げて重ねることで網を作ったが二人を乗せた花弁は容易く貫通する。樹は「まだです!」と手早く網をつくっていく。それも作ったそばから貫通されて破かれるが──。

 

「止まれええええぇぇ!!」

 

 樹は諦めずに何度も何度も網を作り落下の勢いを殺していき、地面まで間も無いところでなんとか捕まえる。それがゆっくり置かれたところで、花弁が開き二人の姿が見えた。

 

「ナイス根性! 凄いよ樹! アンタが止めたのよ!」

「はい……。それより二人のところに……」

「わかってる。よく頑張ったわね」

 

 満開が解除され、そのままその場に倒れそうになった樹を抱き支えてゆっくり横たえさせる。花弁が開いてからも倒れたまま動きがない二人のもとに走って向かう。

 

「友奈! 東郷! 二人ともしっかりしろよぉ!」

 

 返事も反応もない。まさか獅子座の御霊を破壊する際に反応できないほどのダメージを負って……。

 不安になってると友奈が咳き込み、こちらに顔を向けてきた。

 

「大丈夫……だよ」

 

 続いて東郷も痛みがあるのか呻きながらも「私も……無事よ」と返してくれた。遠くから風の「なんとか生きてるわー」という声も届いてくる。

 

「なんだよ、みんなもう……早く返事しなさいよぉ」

 

 皆の無事に安心したことで涙が出てきてしまい視界が歪む。声だって情けない涙声になってしまう。

 

「えっへへ、ゴメンね」

 

 申し訳なさそうに友奈が笑う。私は腕で乱暴に目元を拭い、一番言いたかったことを言う。

 

「それと、おかえりなさい」

「……ただいま! 待っててくれてありがとう」

 

 今度は見てる方も嬉しくなるような友奈の笑顔を見ることができた。本当に無事で良かった。

 

 

 樹海化が解除され、私たちは讃州中学の屋上に出ていた(樹海化が解除されると、近くにある樹様の祠の傍に出現するようになっている)。

 私以外のみんなは地べたに転がっていた。それも仕方のないこと。なんたって今回の戦いは残り全てのバーテックスと戦うなんて大事だったのだから。

 私もひとまず座り込んで休もうかと思ったが、私のスマホが鳴ったので取り出す。画面を見ると大赦からの電話だった。座らずに立ったまま電話に出て、まずは負傷者がいるから医療班を寄越すよう伝える。それから一番大事な報告を、私たちが成し遂げたことを興奮気味に言語化する。

 

「なお、今回の戦闘で全てのバーテックスを殲滅しました! 私達、讃州中学勇者部一同が!!」

 

 

 これで私たちの戦いは終わったんだ。世界も神樹様も私もみんなも無事でこの上ない結果。全てが上手くいった幸せの展開、幸せの結末。それは間違いない。間違いない筈なのに、私は何か拭いきれない嫌なものを感じていた。

 


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