救いは犠牲を伴って   作:ルコ

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終わる前に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目にも留まらぬ速さで繰り出されたエストックは、彼のダガーによって動きを止めた。

 

知らぬ間に、腰から力が抜けて地面にヘタれていた私は彼の背中を見つめることしか出来ない。

 

 

でも、顔を見なくったって分かる。

 

 

暖かく私の心を溶かす声音と、細く中性的な体型の癖に大きく頼もしく感じる背中。

 

 

彼は私を騙し続ける殺人ギルドのリーダー。

 

 

それなのに……。

 

 

それなのに。

 

 

どうして彼の登場に私は涙を流しているの?

 

 

「ひ、比企谷さん……」

 

「…ん。ちょっと待ってろ」

 

「……っ」

 

「直ぐに片付ける」

 

 

彼はダガーを振り抜きエストックを弾く。

 

それと同時に、赤い眼の男はバックステップで距離を取った。

 

不敵な口角は変わらない。

 

なぜか楽しそうに。

 

 

「ふふ。くくくく。ようやく現れたか…、PoH」

 

「……」

 

「なぜ此処が分かった…?」

 

「…追体験に基づく直感」

 

「…ふん。偶然か」

 

「おまえの虚栄心が生み出した必然かもな。…ザザ」

 

 

彼はダガーをダラりと垂らし、赤眼のプレイヤーをザザと呼んだ。

 

その物言いから、比企谷さんは赤眼の……、ザザのことを知っていたようだ。

 

 

「…変わらずの偽善者め」

 

 

ザザはエストックを構える。

 

 

「…」

 

 

比企谷さんはそれでもダガーを構えようとしない。

 

ただ、静かに。

 

私に声をかける。

 

 

「…騙してて悪い。もう知ってるとは思うが……」

 

「…っ、殺人ギルドのリーダー、PoH…」

 

「…あぁ」

 

「…全部、嘘だったの?」

 

「……」

 

「…っ、フローリアで話した事も、頭を撫でてくれた優しさも…、全部全部、嘘だったの?」

 

「……」

 

 

彼は黙る。

 

黙りながら、こちらを振り向いた。

 

初めて見せる、悲しさを紛らわせるように眉を寄せる顔。

 

 

「……俺は…」

 

 

「…戦う最中に余所見とは余裕だな」

 

 

「っ!」

 

 

 

私と彼を遮るように、振り下ろされるエストックに、彼は冷や汗を浮かばせながら避ける。

 

細いエストックが与えたとは思えない程の衝撃が私を壁際に吹き飛ばした。

 

 

「…ちっ、空気くらい読めよ」

 

「貴様に言われたくないな」

 

「ぬ…」

 

「…その血に飢えたダガーを構えろ。おまえを殺して、俺がこの世界の象徴になる」

 

「象徴だ?」

 

「悪の象徴…。本物の悪意を持った象徴にな」

 

「……」

 

 

比企谷さんはザザを見下すように顎を上げ、前に見た青白いダガーとは違う、赤黒いダガーを構える。

 

まるで、血に飢えたように光るそのダガーは、彼の手にしっかりと馴染んでいた。

 

 

「…サチさん」

 

「…っ」

 

「俺は今からコイツを殺す」

 

「ひ、比企谷さん…っ」

 

「軽蔑してくれていい。侮蔑してくれていい。…俺のことも、忘れてくれていい…。だけど……」

 

 

寂しそうにも気丈に、彼は言葉を紡ぐ。

 

甘く切ない彼の香りも今は感じない。

 

冷たく、冷たく…、それでもどこか暖かく。

 

 

彼は呟いた。

 

 

 

「…もう、1人で膝を抱えるのは止めろ」

 

 

 

そう呟いた瞬間に、彼は走り出す。

 

ズルい言葉だけを残して、彼は走り出す。

 

私の心からそっと消えようとしているつもりなのだろうけど、私は彼がフローリアで約束してくれた事を絶対に忘れることはない。

 

 

「……私は…、私は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ!」

 

「っ!!」

 

 

全速のスピードで俺はザザに剣戟を叩き込む。

 

月と星の光しか届かないこの場所で、剣と剣が打つかる火花はやけに目立った。

 

 

「…ふ、流石に速いな」

 

「……」

 

「俺がラフィン・コフィンを辞めたときに、貴様は俺を殺すべきだった」

 

「…あ?」

 

「偽善に腑抜けた貴様に、本物の悪意を持った俺は殺せん」

 

「……そんな感情論がココで通用すると思ってんのか?」

 

「少なくとも、このエストックがおまえを貫くことに時間は掛からんよ」

 

「…」

 

 

 

ザザは過去にラフィン・コフィンに所属していたことがある。

 

人を殺したいと思う一心でギルドに入団したザザを、俺は危うく感じつつもどこか軽視していた。

 

レベルが全てを語るこの世界で、ザザは弱すぎたのだ。

 

ただ、奴の悪意は徐々に大きくなっていった。

 

ザザは言う。

 

 

『PoH、俺は偽善活動がしたいんじゃない。純粋に欲望を満たしたいんだ』

 

 

ラフィン・コフィンはプレイヤーを殺さない。

 

…殺させない。

 

少なくとも、俺を慕う連中から成るこのギルドは、偽物の悪の象徴なのだから。

 

 

 

 

「…ザザ、おまえが人を殺したいってんなら、俺はおまえを殺す」

 

「…」

 

「この世界で人を殺すプレイヤーは…、俺一人で十分だ」

 

 

 

ザザは小さく口角を上げる。

 

仮面で分かりづらいが笑っているのだろう。

 

 

「大した自信だな」

 

 

「…あ?」

 

 

ふと、気付けばザザのエストックが目の前に迫っていた。

 

ダガーで防ぐには間に合わない。

 

俺は身体を目一杯に捻りそれを回避する。

 

 

「…っ!?」

 

「ほぅ。これを避けるか」

 

「…っ、おまえ…」

 

 

油断はしていない。

 

気は張り詰めたままに、俺はザザの動きを確実に観察していた…。

 

それなのに、剣が見えなかった…。

 

 

「…休んでいる時間はないぞ?」

 

「っ!」

 

 

そしてまた、ザザは俺の前に接近するや見えない程に速い剣戟を繰り出す。

 

……そういうのは俺の専売特許なんだが…。

 

空気を切り裂く音と同時に数回に渡るエストックの攻撃を紙一重でかわしつつ、俺は1度距離を取る。

 

 

「…ふふ。逃げるばかりか?…お似合いだな」

 

「……その戦い方。モンスターを狩る戦い方じゃないな」

 

「貴様がそう思うのなら、そうなのかもな」

 

 

俺の感知を超える程の速さに、真正面から距離を詰めるスタイル。

 

エストックと言う、細くて軽い武器にしたってそうだ。

 

こいつの戦闘は……。

 

 

「対人用に特化した戦い方…」

 

 

俺はダガーを力強く握り直す。

 

そうしないと、手から溢れる汗で滑りそうになるから。

 

……ヤバいな。

 

少なくとも、モンスターのアルゴリズムに合わせた戦いを主戦場にしているプレイヤーに、対人戦闘を心得たプレイヤーを倒すことは難しい。

 

 

「…っ!」

 

 

尚も迫るザザの連撃を避けながら、俺は奴のエストックの刀身を睨みつける。

 

なんで見えない……。

 

自惚れではなく、俺の敏捷はSAO内でも抜けているはずだ、

 

その俺より速い攻撃……。

 

……。

 

 

「くくっ!どうした!PoH!!もっと骨のある奴だと思っていたがな!!」

 

「ぬっ…」

 

 

……待て。

 

どうして防げる?

 

目にも留まらぬ速度の剣戟に、なんで俺は合わせられているんだ?

 

…歴戦の感だなんて言うつもりはない。

 

少なくとも、俺の身体はしっかりと瞬速な剣戟に反応しているのだ。

 

 

「ふっ!」

 

 

そしてまた、奴の剣戟は気付けば俺の目前へと迫っていた。

 

ただ、俺はそれにダガーを合わす。

 

 

「くくくくく、いつまで保つかな?」

 

 

……。

 

…はぁ、アホくさ。

 

気付けばなんてこともない。

 

目にも留まらぬ速度の剣戟?

 

違う、奴はそう見せているだけで、剣戟の速度は通常のソレだ。

 

 

「死ねっ!PoHーーー!!」

 

 

「…ふん」

 

 

キーーーン…。

 

と、俺はダガーを右に流す。

 

そのダガーの流れに逆らうように打つかったザザのエストックは、見るも無惨な姿に、刀身の真ん中から二つへと折れた。

 

 

「……っ!?」

 

「…そんなに驚くことも無いだろ」

 

「き、貴様…っ!」

 

「目にも留まらぬ…。…違うよな、目にも留まらぬじゃなくて、実際におまえのエストックは見えなくなっていたんだ」

 

「…っ!!」

 

「刀身を透明にするスキル…。五感で動くモンスターには通じないが、対プレイヤーにならうってつけのスキルってわけか」

 

「そ、それに気付いた所でっ!!」

 

「茶番に付き合うつもりはない。おまえの折れたエストックが物語っているだろ」

 

「くっ…」

 

 

折れたエストックは無情にもエフェクトとなり消え去った。

 

ラフィン・コフィンを去った時にも見せたその表情。

 

 

「…種が分かれば、おまえ程度は目をつぶってでも斬り裂ける」

 

「っ!」

 

「…歯痒いか?思い通りにならないこの世界が」

 

 

俺は狼狽えるザザに本物の速度で近付き蹴り飛ばす。

 

ザザの身体は紙切れのごとく吹き飛んだ。

 

こいつは痛めつけた後に殺す。

 

恐怖を植え付け、命を乞わせ。

 

 

「…くっ、ぅっ!?」

 

 

殺すーーーーー。

 

 

 

 

……あれ?

 

 

なんだか頭に靄が掛かっているような…。

 

 

ザザの身体を切り刻む光景が、まるで映像を見ているような…。

 

 

 

「……死ね。ザザ」

 

 

 

俺はダガーを振り上げる。

 

後はこいつを振り下ろせばこいつの首は飛ぶ。

 

そして、俺はまたレッドプレイヤーとして名をーーーー。

 

 

 

「やめてっ!!」

 

 

「っ!」

 

 

 

突然の叫び声。

 

どこか機械的に動いていた身体に血が廻る。

 

振り上げられたダガーから冷たい感触を得られた。

 

 

ふと、ダガーを降ろして後ろを振り返る。

 

 

「…やめて。…その手で…、あなたの優しい手で…、人を殺さないで…っ!」

 

 

聞こえる。

 

サチさんの声が。

 

 

 

「……帰ろ。比企谷さん…」

 

 

 

気付かぬ内に達していた怒りの沸点をゆっくりと、彼女の声が下げていく。

 

 

「…ふぅ。…もう終わったよ、サチさん。…立てるか?」

 

 

俺はなるべく、出来る限りに普段の声音を取り戻して声を掛ける。

 

一つ、息を吐く。

 

そして、ゆっくりと息を吸い込み頭に血を廻らせた。

 

 

 

 

帰ろう。

 

 

サチさんをフローリアに送って、二度と彼女の前には現れない事を誓う。

 

 

彼女のためだ。

 

 

できれば、もうダンジョンには出向かないように釘を刺して。

 

 

 

 

 

 

 

 

すっーーー。

 

 

 

 

と、見覚えのあるエストックが俺の側を横切った。

 

 

 

 

それは投擲スキルによる投剣で、俺はその剣先を眺めることしかできない。

 

 

 

 

「…えっ……」

 

 

 

 

小さなサチさんの声。

 

 

 

 

 

気付いた時には遅かった。

 

 

 

 

 

投げられたエストックは

 

 

 

 

 

 

彼女の胸に突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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