怯えた黒猫は下を向く
【怯えた黒猫は下を向く】
私達、月夜の黒猫団は現実世界で同じ部活に所属していたケイタ、テツオ、ササマル、ダッカー、そして私の5人で形成され、攻略組に混ざれるほどのレベルではないが、中層エリアでコツコツとモンスターを狩り、コルを稼ぐ、そんなギルドだ。
上昇志向が特別高いわけではないが、ギルドを束ねるリーダーのケイタとしては、いずれ攻略組の仲間入りを…、なんて事も考えているらしい。
デコボコなギルドメンバーを束ね、ギルドホームを購入出来るだけの資金を貯めたことには素直に感心した。
すごいなぁ…。と、モンスターと目を合わせることすらままならない私にはただただため息を吐くことしか出来ない。
それは27層迷宮区での出来事だった。
その日は、ケイタが貯めたコルで念願のギルドホームを購入しに行く日だった。
ケイタはホーム購入資金を持ち、意気揚々と転移門に飛び込む。
すると、普段からお調子者気質のあるテツオが、残った私達で家具を買えるくらいのコルを稼ぎに行こうと言い出した。
狙いは27層の迷宮区。
最近ではコル稼ぎに適した狩場だともっぱらの噂であったために選んだその層は、正直、ケイタの居ない4人のメンバーで臨むには心許なかった。
それでも、ギルドホームの購入に気分を良くしているメンバーはそれに了承する。
サチ、大丈夫だよ!
いざとなったら転移結晶で逃げればいいんだからさ!
もともとハッキリと物事を伝えることが出来ないタイプの私は、彼らの意見に従った。
仲間だから信頼していた、なんて理想的な偽りを貼り付けて。
……。
その時に、私はなんでもっと反対することが出来なかったのか。
耳障りな警告音と同時に飛び出した高レベルのモンスター達に囲まれ、ようやく私は自分の愚かさを悔いたのだ。
コレはゲームであってゲームではない。
始まりの街で聞いたゲームマスターの言葉を思い出す。
逃げまとうメンバーを追い詰めるよう、徐々にモンスターの数は増えていく。
必死に転移結晶を掲げても、それが私達に反応することはなかった。
大鉈を振り被る野獣型モンスターが目の前に迫る。
あぁ、私はここで死ぬんだね。
肉と肉が斬り刻まれる音が鮮明に聞こえ、赤いエフェクトが次々に飛散していく。
……痛みを感じない?
思わずつぶった目を小さく開くと、そこには真っ二つになったモンスターと、赤くて黒いダガーを持った1人の少年が……。
「っーー」
「おい、アホ共。こんな見え透いたトラップに引っかかってんじゃねぇよ」
途端に静まる空間で、フードとマントで姿を隠した彼は悠々とモンスターの前に立ちはだかる。
しなやかに動く彼の身体は目にも止まらぬスピードで、次から次へとモンスターを切り刻んでいった。
数を減らしていくモンスターを他所に、月夜の黒猫団のメンバーは1人、また1人と彼に投げ飛ばされ、隅へと集められていく。
ようやく4人が全員、無事に集められた所で、最後の1匹になったモンスターが頭から一刀両断、叫び声を発することもなく倒された。
「ぅ、ぅ…、た、助かったのか?」
「あ、あぁ。みたいだな…」
テツオとダッカーが腰を抜かし、何も言えずに佇むササマルは唖然としている。
私なんて、足が震えて腰を下ろすことすら出来ない。
頬を滴る涙が生暖かく、生きていると実感させてくれる。
生きてる…、まだ生きてる…。
私は両手の震えに気がつき、それをまじまじと見つめると、堪えることを忘れた涙腺から涙が溢れ出していた。
「っ…、ぅぅ、ぅ…」
「…おい。安心するのは後にしろ。早くここから出てクリスタルを使え」
冷たく言い放たれた声に、私を含め、全員がその人へ視線を向ける。
あれだけのモンスターを1人で倒したにも関わらず、彼は息を荒くするどころか、傷一つ受けてはいない。
「あ、あの、助けて頂いて…」
「礼はいらん。はよ出ろ」
「あぅ…。すみません」
私達は促されるままにトラップ部屋を後にした。
最後に出てきた彼が、重々しく苦々しい扉を閉めると、あらためて最大にして最恐の猛威が去ったと実感する。
「…ギルドリーダーは?」
彼の冷めきった声に、私は背筋を凍らせた。
思わず腰が引けてしまうくらいに彼の声には恐ろしい何かを感じたから。
「あ、り、リーダーは不在なんだ」
テツオの返答に、彼は静かにため息を吐く。
「…。安易に塔へ潜るのは止めた方がいい。それと…」
彼は静かに、フードの奥からチラリと見えた冷たい視線を私に向ける。
「そこの槍使い。……あんたはもう外に出るな」
「…っ」
「いつか、あんたが原因で全員が死ぬことになる」
「…わ、私は…」
心の柔らかい所を遠慮無しに叩かれる。
まるで私の叫びが聞こえているかのように。
あまりに冷酷で無慈悲な物言いに、私は……。
どこか安心感を覚えてしまっていた。
「…あ、あの…」
「おい!おまえ!助けてくれたからって調子に乗んなよ!」
「そうだ!仲間のことを悪く言うなら俺たちだって黙ってねえぞ!」
私の前にダッカーとササマルが身を乗り出す。
テツオも剣を構えてそれに続いた。
仮想世界でも、現実世界でも、いつも私は一歩踏み出すタイミングが遅れてしまう。
意見があっても言えず、ただただ流されるがままに。
だから、テツオ達3人と対峙する彼に言われた事が、心を読まれていたかのように確信を突かれ、私は少なからず安堵してしまったのかもしれない。
「……。仲間なら気付いてやれよ」
「?」
彼はフードを脱ぎ去り表情を露わにした。
最初に抱いた印象通り、やはり私達と同じくらいの年齢の少年は、見下すように私達を睨みつけている。
背筋を凍らせるような雰囲気とは対照的に、頭に乗っかるアホ毛がヒョロヒョロと揺れて可愛らしい。
「……そいつの本心に、誰か耳を傾けてやれ」
それが、私と彼のーーー
初めての出会いだった。
短編。
ちょくちょく更新していきます。