☆〜〜〜
夢を見ていた。
深い緑に囲まれた草原で、小さなレジャーシートに身を寄せ合い陽に当たる私達。
ふわりと香る太陽が、隣で小さく笑いかけてくれる。
白いシャツと黒のスラックスは高校の制服だろうか。
しなやかな風で揺れるシャツの裾をそっと握ると、彼は私の頭を優しく撫でてくれた。
ねぇ、比企谷くん。
ずっと、ずっと……。
私の横で
私を守ってね。
……………。
ガチャ
「っーーー!?」
いつのまにか眠ってしまっていたのだろう。
気づけばそこは、あの豊かな緑色を醸し出す草原でもなければ、大切な人が隣で暖かく見守ってくれてさえいない。
「やぁ。お目覚めかい?僕のティターニア」
「…っ、須郷…伸之…」
「ふふ。この世界での僕の名オベイロンだと何度言えばわかるのかな」
雲よりも高い空の一室に設けられた檻のカゴ。
ここで目を覚ましてからどれくらいが経っただろうか。
最後に彼と見た夕暮れに大地とは程遠く、ここには暖かさも、優しさもない。
あるのは歪んだ人間とその欲望だけ。
「……僕と君との婚約日が決定したよ。……明日だ。明日には僕が……」
「っ!」
歪みは大きく広がって、いつかは彩り鮮やに描いた未来をも支配してしまいそうな。
「…僕がレクト全てを手に入れる。……超えられるんだ。あいつを……、茅場 明彦をね…」
〜〜〜☆
どれだけの段数を駆け上がっただろう。
階段から下を見渡すと、そこにはもう下が見えないくらいに高く遠い。
それでも息一つ乱れない仮想の身体が妬ましい。
現実なら下駄箱から教室まで歩くだけでも息が上がるってのに。
「はぁ。遠回りには慣れていたつもりだが……。こうもぐるぐる歩かされると嫌気が指すな」
1000段を超えたくらいから、下を向くのを止めた。
1500段を超えたくらいから、最初に伝える言葉を決めた。
2000段を超えたくらいから、あいつの笑顔を思い出していた。
天辺にはあいつが居る。
そこが近づくにつれ、どこかテレパスのような意識が心に届く……。
……気がする。
「ん、扉だな。……」
白い両扉は重々しくそこで威圧し続ける。
本来ならようやくここまで辿り着いたと一息吐くところだろうが、あいにくチートまがいな攻略をしてきた俺には無縁なことだ。
ヒヤリとした扉の温度はどこまでも無機質で、仮想空間の中だと言うのに底知れない恐怖を俺に植え付ける。
ボスだとか、トラップだとか、そういう恐怖じゃないんだよ。
アイツが……。
結城がこの奥に居なかったと思うと。
腹の奥底に眠る冷たいナニカが壊れるんじゃないかって…。
「……なんてな。居なかったらまた探せばいい。…とりあえず、居なかった時は寝ているあいつの頭を叩いてやろう」
ギィーー。
と、如何にもな効果音と共に開いた扉の奥には空に覆われたドームの様な一つ空間が広がる。
例えるなら、世界樹の屋上に位置したSAOのボス部屋。
ただ、そのドームの空間にはボス部屋とは明らかに違う2つの異物が存在する。
一つは、金色に伸びる髪を振りまきながら小さく笑う人型のプレイヤー。
もう一つは……。
俺たちの思い出を取り囲む鳥籠。
SAOの時とほとんど変わらない。
しなやかに伸びる腕も、きめ細かい肌も、強気な視線も。
レイピアさえ持っていれば誰がみても血盟騎士団の副団長様。
……。
まったく、手を焼かせる女だ。
俺が心労で倒れても知らないよ?
あ、いやいや、別に心配してたとかじゃなくて…、まぁアレだ、なんだ…。
やっと見つけた…。
……おっと、ここではしゃぐのも俺らしくないか。
腐眼のPoHとしては、冷静に再開を喜ばなくてはな。
ごほんっ。んっ、んっ。
「……。よう、ゆ…「僕がレクト全てを手に入れる。……超えられるんだ。あいつを……、茅場 明彦をね…」
……。
あらら。
決め台詞が被っちまったよ。
……あぁ、暑くね?
この部屋、なんか暑くね?
めっちゃ額から汗が出るんだけど…。
「ふふ。ティターニア、その時まではここで大人しくしているんだよ?」
「だ、誰が貴方なんかと結婚をするもんですか!」
「聞き分けの悪い娘だ」
……え?
ここでもステルスヒッキー発動してんの?
結城ちゃん?
俺、ここに居るよ?
「…あぁ、そういえば、この前1人の男の子が君のお見舞いに来ていたな」
「っ!…だ、誰が…」
「おや、気になるのかい?」
「…、誰が来たの」
「……ふん。ご想像にお任せするよ」
皮肉な顔を浮かべる須郷、もとい、オベイロンは鳥籠の鍵を開けると中へと入っていく。
どうやらここからはR18指定のようだ。
……ってのんびり構えてるわけにもいかないか。
「……」
俺はダガーを腰深くまで振り被り、自らの移動速度に掛け合わせてソレを振るう。
キィィーーーン!!
「「!?」」
SAOの地下牢に迷い込んだとき、牢屋の檻へ、試しにソードスキルをぶっ放した事があった。
何のこともない、その檻も武器破壊の要領で壊せたもんだから笑ったぜ。
この檻も、茅場の創造が作った産物に過ぎないんだろ?
だったら壊せない理由もない。
「貴様…っ」
「いい加減にしろよロリコン野郎。シスコン侍を代表しておまえをぶっ潰してやる」