流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/4 改稿

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第九十六話.二人の実力

 収束するエネルギーを瞬時に研ぎ澄まし、右腕を掲げる。復讐心のままに展開したエレキソードを振り上げ、ウェーブロードを駆ける。

 対するは、バトルカードを片手に走るロックマン。

 

「バトルカード ビッグアクス!」

 

 意外なカードだった。接近戦で重要なのは一撃の威力ではない。スピードだ。

 ビッグアクスは大火力を秘めた斧だ。その一撃は、オヒュカス・クイーンの巨体を退けるほど。しかし、威力の代償としてスピードは低い。重量があるため、振るうのに時間がかかってしまう。

 どれだけ威力が高かろうが、攻撃する前に相手の攻撃を受けて封じられてしまっては意味が無い。

 ロックマンに何の狙いがあるのかは分からない。だが、斧を振る前に攻撃してしまえば先手を取れる。迷いや疑問があるが、それに囚われてチャンスを逃すわけにもいかない。肘から先だけを動かし、極力速く剣先をロックマンに斬り付けた。

 ビッグアクスが動く。柄が上になり、刃のある頭が地面に突き立てられる。巨大すぎる刃が盾代わりとなって雷の剣を受け止める。

 ビクともしない質量に、攻撃を仕掛けたジェミニ・ブラックの腕が弾かれる。軽く振ったことは幸いだった。しびれは小さく、直ぐに戦いの緊張へと溶けていった。

 歯軋りをし、斧の側面に回りこみながら左手の手首から先を切り離す。左手だけが自由に空を飛びまわるロケットナックルだ。

 ロックマンの前には盾となった斧があり、切っ先はこちらに向けられている。側面から見ると、ウェーブロードに佇んでいる鉄の壁だ。

 自分は斧の右側から回り込み、左手は左側からこっそりと攻めさせ、挟み撃ちにする。ロックマンを自分に引き付け、左手でロックマンを捉えるという作戦だ。

 思惑通り、目の前にロックマンが飛び込んできた。

 

「ブレイブソード! ベルセルクソード!」

 

 左手は重量のある長剣に、右手は軽いナイフのような短剣へと変わる。長剣が突き出すように繰り出され、エレキソードで受け止める。

 

「なっ!」

 

 ヒカルの右手が押し返された。ブレイブソードとなった左手一本にだ。

 初めてロックマンと戦ったときは、相手の両腕に対して片腕で追い込んでやった。スターブレイクして、ようやく腕力で互角になったロックマンを貧弱と見下したものだ。

 逆転だ。スターブレイクしていないロックマンに相手に、片手で追い込まれている。 

 はっきりと現れた腕力の差から、接近戦が不利だと悟る。焦りに押されながら、すぐさま左足でウェーブロードを蹴飛ばして距離を取ろうとする。後退すると同時に、わき腹に熱い線が描かれ、顔を歪めた。

 かろうじてベルセルクソードを避けられてしまった。だが、ロックマンに残念という気持ちはまったく無かった。この結果は予想の範囲内だ。これで仕留められるほど、彼らは弱い存在でないということを痛いほど良く知っている。むしろ、早速一撃を当てたられたことに歓喜していた。初手を取ったのだから。

 均衡した実力者同士の戦いにおいて、初手は大事だ。取ったほうは自分に自信を持って、積極的に攻めていける。取られたほうはその逆だ。戦いの流れはロックマンに傾こうとしている。

 有利に立ったロックマンは、目の前にいるジェミニ・ブラックの怒りの目に向かって、満足そうに笑ってやった。今のジェミニ・ブラックは重心が後ろに傾いている。剣を振っても、体重をかけられない不利な体制だ。接近戦において、追撃できる絶好のチャンスだ。力の限りに電波の地面を蹴飛ばし、別のウェーブロードに飛び移った。

 宙からジェミニを伺う。案の定、悔しそうな表情で自分の左手を受け止めていた。ロケットナックルで背後から狙う。やつの常套手段だ。先ほどの斬り合いで左手が無かったことから、とっくに見当はついていた。

 

「エアスプレッド!」

 

 ロックマンの意思により、銃口から高速の弾が速射される。

 追いかけようと、ウェーブロードを飛び移ろうとしていたジェミニ・ブラックは軌道変更。前にではなく横に跳ぶ。避けた弾は背後にあったビックアクスに命中。含んでいた細かい弾丸をあたりにばら撒き、ジェミニ・ブラックを巻き込む。

 あちこちに点在する新たな痛み。一つ一つは小さいが、右手に怒りを溜めさせるには十分だった。

 

「ジェミニサンダー!」

 

 ロックマンは空中だ身動きが取れない。大技を放つ最高のチャンスだ。

 ほくそ笑んでいるジェミニ・ブラックは観察力が低いのだろうかと、ロックマンは笑い返してやった。

 

「マジクリスタル」

 

 水晶玉を足元に召還し、足場にした。ジェミニ・ブラックと戦ったときにされたことと、同じことをしてのけた。ウルフ・フォレストと戦ったときも、彼の真似をして似たようなことをした。ウルフ・フォレストに戦いを仕掛けさせておいて、あれを見ていなかったのかと疑問が浮かぶ。

 スバルが更に上にあるウェーブロードに飛び移っている間に、ウォーロックがバスターを乱射した。当たらなくて良い、相手の動きを少しでも鈍らせ、怒りを煽れればそれでいいのだ。

 渾身の一撃を難なくかわされ、ヒカルとジェミニの怒りが狂おしいほどに湧き上がる。バスターをかわしながら、ウェーブロードを飛び移って後を追う。ロックマンが次のカードを取り出した。この距離を考慮すると、遠距離攻撃が来る。

 

「ガトリング!」

 

 予想通り、そして問題は無いと判断した。初めて戦った時、この攻撃は全てかわしきってやったのだ。右に左にと飛び移れば弾は掠めもしない。

 突破を決意した彼の判断を砕くように、頬が悲鳴を上げた。続いて右足を弾が貫通。足を止めてしまったところに、胸を数回射抜かれ、崩れるようにその場に寝転がった。

 

「……狙いが、正確になってやがる!?」

 

 大群を相手にするときは、一体一体を確実に仕留めなければならない。手数の多さでこちらが不利になっていくのを防ぐためだ。大量の電波ウィルスを相手に戦ってきたのだから、射撃の腕は嫌でも上がる。油断しきっていたジェミニ・ブラックが倒れるのは当然の結果だ。

 目の前のウェーブロードを睨みつけていたジェミニ・ブラックに影が差し掛かる。何の影だと疑問を抱く前に、ジェミニが叫んだ。ただ、その場から逃れるためだけに身体を起こし、足を伸ばした。

 背後から立ち上る轟音と土煙。ウェーブロードに入った大きなヒビ。ジャンボハンマーに乗っかるように落ちてきたロックマンだった。

 内側から冷たくなった胸を押さえ、ジェミニに礼を言う。彼の指示が無ければ、今頃押しつぶされていた。

 

「おいおい、ずいぶんとかっこ悪い逃げ方だったな?」

「っ! てめぇえ!!」

 

 ここまで怒りをむき出しにするジェミニを、ヒカルは始めて見た。彼の黒い仮面は、表情を変えることは無い。だが、今も抑えられない悔しさと怒りで体が電気を放っている。

 スバルとウォーロックは互いを称え合った。毎晩、電波ウィルス達を相手に剣を振るい、銃を撃ち、様々なカードを駆使し、有効的な使い方を研究してきた。

 訓練の成果が挙がっているかが分からず、倦怠感から止めたいと思った夜もある。だが、一日も欠かさなかった特訓は、ちゃんと自分達の力に還元されていた。

 目の前の結果程度では満足しきれない。確実な勝利を欲し、短い距離を更に詰めた。

 

「タイボクザン!」

「エレキソード!」

 

 

 二振りの剣が戦場に姿を煌かせる。それらは互いにぶつかり合うことは無く、エレキソードが空を斬った。

 振り上げた剣を止め、左足を引いてエレキソードの剣先を掠めさせたのである。ヒカルの表情にも動きにも、焦りが見えたため、フェイントに引っ掛けるのはとても簡単だった。手を内側に振るように、タイボクザンを横薙ぎに振るう。

 ジェミニ・ブラックがしゃがんで避けると、顔が跳ね上がった。ロックマンの足の甲がジェミニ・ブラックの顔を捉えたのである。手を振ると同時に、反対側の足を振り上げる。身体の捻りを乗せた右足のシュートだ。

 痛みが顎から脳天まで突き抜ける。飛びそうな意識を捕まえ、がむしゃらに右手のエレキソードを振るう。

 狙いの定まっていない剣が当たるわけもない。振り切った直後に、ロックマンは飛び掛った。

 剣は囮だ。ジェミニ・ブラックはすぐさま振り切った右腕の肘を引いて、突きの構えを取る。飛び込んできたロックマンの胴に目掛けて剣先を向けて突き出した。

 その程度の狙いは分かりきっている。予定通り、左足を引くようにして半回転。空を突いたエレキソードをタイボクザンで打ち下ろす。伸びきった相手の身体は宙を泳ぎ、動きが取れない。その顎に、右フックをかましてやった。

 振動する脳に足が捕られ、ジェミニ・ブラックはウェーブロードから足を踏み外した。下のウェーブロードに落下。

 途端に、ジャンボハンマーの一撃と、全身を駆け巡った悪寒が脳裏を駆ける。記憶に押しのけられるように、すぐにその場から飛び離れた。数歩走って振り返る。

 いない。

 剣を上に掲げた。押しつぶされそうな斬激に右手が悲鳴を上げる。

 ジェミニ・ブラックの行動は予想と違わなかった。とっさに動くとなれば、前方に飛ぶのが人の心理だ。ヒカルが移動するであろう場所に目掛けて飛び降り、ブレイブソードで斬りつけたのである。

 

「おいおい、俺達が怖えぇのか?」

 

 ウォーロックの挑発だと分かりきっている。それでも、冷静でいられるほどヒカルもジェミニも穏やかではない。むしろ逆だ。怒りに任せて右手を振り切った。押し返され、ウェーブロードに足をつけたロックマンに剣を振り下ろす。

 自分でも恐いくらいに落ち着いていた。氷のように冷たい思考に従い、火照る体で剣を受け流し、ジェミニ・ブラックのわき腹に右拳を叩き込む。空気の塊がヒカルの体内から飛び出す。

 戦いにおいて、呼吸は生命線だ。激しい運動をしているのだから、酸素の消費が激しい。補給を怠れば動きが鈍ってしまう。

 つまり、ロックマンにとっては攻め時だ。動きが止まった相手に斜め上から剣で斬りつける。

 それでも、なおも抗おうと振り払われるエレキソード。

 ぶつかり合う剣と剣。飛び散る火花と火花。あの時と似ている。ジェミニ・ブラックがリブラ・バランス消した直後の剣劇と。

 今度はロックマンの方が速い。一撃を放った後、次の一撃を放つまでの時間が短い。乱れた呼吸で迎え撃つジェミニ・ブラックに対抗する術は無い。一歩一歩、逃れるように下がっていく。

 

「なんで……なんで、てめえごときがここまで……?」

「ゴン太とキザマロは委員長のブラザーだ。委員長が悲しむ姿がは見たくない!」

 

 完全に出遅れた。ジェミニが剣を振り切ったときには、怒りを乗せたロックマンの剣が、冷静に切り上げられた。

 ジェミニ・ブラックの体に太い線が描かれる。

 

「や、やめろ!」

 

 右手のエレキソードを消し、体を伸ばしきっていたロックマンの左手を抑えるように掴み掛かった。もう、これでロックマンは剣を触れない。

 

「ダッシュアタック!」

 

 これは、少し離れたところから放つことが多い中距離から遠距離用のカードだ。加速と共に相手に体当たりを食らわせる単純な攻撃方法だ。スピードも威力も高いが、バーナーを噴射するまでに時間がかかる。近距離戦には少々向かないカードだ。そんなカードをあえて選択したのである。

 意図が読めず、全開にされたヒカルの目の中で、ロックマンの右手が角ばった鳥の形に変わる。バーナーを全力で噴射しエネルギーを全て燃やし尽くす。自身のスピードをマッハへと上げ、ロックマンの手を引っ張った。

 引っ張ったのは手だけだ。体はその場にある。引っ張らなければならない荷物が、体一つから腕一本に減れば、反比例するようにスピードが速くなる。それは、音速の拳となって至近距離にある顔面を捉えた。

 ウェーブロードを跳ねる様に転がるジェミニ・ブラック。勢いのままに追撃をしようとしたロックマンの足が止まる。相手の右手に灯る光が彼をそうさせた。ジェミニサンダーが放たれ、ロックマンはウェーブロードから飛び降りた。迷わずジェミニサンダーの前に躍り出る。

 

「バトルカード バリア!」

 

 ロックマンを覆った群青色の球体。雷撃は青い壁に阻まれ、空気に溶けていった。

 

「ケッ! 堕ちたか、ジェミニ? ガキを狙うなんてな」

「ふんっ、何とでも言え」

 

 呆れと怒りを交えた悪態をつきながら、ウォーロックは背後を伺った。未だにゴン太とキザマロの喧嘩を止めようとしているルナとクラスメイト達がいた。どうやら、彼女達に怪我は無いらしい。

 

「お前はどうせ、『僕がここまで強く慣れたのは、絆の力だ』とか言いたいんだよな?」

「当たり前だ!」

 

 ミソラと出会えたから、学校に行けたし、笑えるようになった。

 ルナ達がクラスメイトだから、学校に行くのが辛くなくなった。

 皆大切な人達だ。彼らを傷つけさせたくないという思いがあったから、ヒカルに負けぬようにと毎日の特訓を欠かさず続けてくることができた。

 全て、スバル一人では成せなかった事だ。以前、手も足も出なかったヒカルと立場が逆転しているのが証拠だ。

 それを鼻で笑うのがヒカルという男だ。

 

「違うな。今のお前はあの時……俺が育田を消そうとしたときと同じだ。怒りに身をまかしているだけだ」

「……なんで、そこまでして絆を否定するの?」

 

 息を呑んだ。ジェミニ・ブラックの瞳の奥を見たからだ。

 大きく開かれた目の中に浮かぶ黒。光が無く、闇だけが生き物のように(ひしめ)く黒。

 

「憎しみがこの世で最も強い力だからだ。そして、人間の本当の姿だからだ。所詮、人間なんざ自分のことしか考えられない、醜い生き物なんだよ」

 

 そんなことは無い。そう言いたかった。だが、ヒカルの無表情の中に秘められた闇に飲み込まれ、何も言い返すことができなかった。

 

「見ていると良いぜ。この世界の本当の姿をな」

 

 足元がざわめいた。ゴン太とキザマロの喧嘩が終わったらしい。彼らについていた+電波がなくなっている。

 一瞬だけそっちに気をとられた隙だった。見上げたウェーブロードに、ジェミニ・ブラックの姿はどこにも見当たらなかった。


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