流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
「レーダーミサイル!」
純白のフレームを纏った凶器が迫り来る。だが、満足に動かせなくなった手足では、この窮地を脱する術など無かった。
悔しさと共に歯をむき出した。
「ちくしょおううう!!」
霧散する電波粒子。電波変換が解けた男性を受け止め、ウェーブロードを降りた。取り憑かれていた彼を道の端に転がして置く。そのうち、犬のようにZ波を嗅ぎ付けた五陽田刑事が彼を逮捕してくれるはずだ。
「それにしても、最近どうなってるんだろう?」
ウェーブロードへと戻ったスバルは疲れたように愚痴をこぼした。
「一昨日は三体。昨日は五体。今日も早速一体。蟻みてえに湧いて来やがる」
たったの数日だ。その間に、九体ものジャミンガーを倒している。
スバルとウォーロックだけじゃない。ミソラとハープの元にも、ウィルス人間達は現れている。昨日のメールで、ミソラは疲れが詰まった文章を送ってきていた。昨日一日で、四体も倒したというものだった。ジャミンガーとの連戦で、不満も相当なものだったことだろう。もしかしたら、ウルフ・フォレストやクラウン・サンダーのところにも襲撃があったかもしれない。
「何があったんだろう?」
「FM星人の奴らも、焦ってるってことだろうな」
オックス達ほどではないが、電波ウィルスほど弱い相手ではない。今は個々で攻めてきているが、数が多くなってくると厄介だ。中には、電波ウィルスを従えた奴だっている。
こいつらをいちいち相手にしていると、連日の戦闘で疲労が溜まってくる。無視していたら、事件を起こされ、被害者が出るだろう。そんなことを正義感の強いスバルが見過ごせるわけも無い。
一番厄介なのは、スバルとウォーロックにはヒカルとジェミニという強敵が控えていることだ。いつでも戦えるように万全の状態を保っておきたい。二人にとってこの展開は望ましくない。
「誰かに協力してもらって、倒してもらおうか?」
「……誰に頼むんだ?」
尾上は働いているのでまず無理だ。それに、要求を対価に「血の疼きを止めろ!」とバトルを要求してくるかもしれない。本末転倒だ。まずありえない選択肢だ。
クローヌとクラウンは、愛も変わらずファンクラブの活動に躍起だ。昨日は特別に時間を作って模擬戦をしてくれたが、「いつも護衛してくれ」なんて言うわけには行かないだろう。
「ミソラしか選択肢がねえぞ?」
「……それ、情けなくないかな?」
「おう、女に守られるなんざたまったもんじゃねえ」
女性差別ではないが、女の子に守ってもらうのは、ちょっと情けない話だ。二人の男としてのプライドが許さない。何度も助けてもらっている身で言える言葉ではないが、できれば逆の立場でありたい。
「いいのか? 一日中ミソラといられるぜ?」
「それは関係ないでしょ!」
「照れるなって、だったら同棲したらどうだ?」
「だ・か・ら! テレビで変な言葉覚えてこないでよ!!」
頬と眉が怒りで痙攣している。それよりも、タコのように赤くなっているスバルが面白く、ウォーロックは抑えられない笑みで顔を歪ませていた。
「ククク! ほんと、お前ってすぐ顔に出るよな? 最近は昼ドラも面白くてな……」
「一番ドロドロしてるドラマだから、それ!!」
「あ~! もう終わっちゃったチョキか!?」
漫才をしている二人に、するりと声が割り込んできた。この特徴的な語尾を使うやつは一人しか思いつかない。
「千代吉? 君も来てくれたの?」
ウェーブロード上に、大きい顔で項垂れている三頭身ほどの電波人間がいた。コダマ小学校三年生の千代吉と、地球側に寝返ったFM星人のキャンサーが電波変換した、キャンサー・バブルだ。
活躍の機会を逃してしまい、残念そうにしている彼らに、ウォーロックは容赦の無い言葉を浴びせた。
「おせえんだよ、とっくに終わっちまったぞ」
「ち、ちえっ! オレっち達が倒してやろうって思ってたのに!!」
「ふふーんだ、おいら達にかかれば朝飯まえだったプクよ?」
ウォーロックの心無い言葉に少々頭が来たのだろう。意地を張る千代吉とキャンサーは腕組みして、互いを称え合うように頷いている。
「蟹座の落ちこぼれって言われたお前がなに言ってやがる。この星に来たのだって、大方捨て駒当然に飛ばされたんだろ?」
「ギクウゥ!」
どうやら、地球に来たFM星人達の中で、キャンサーだけは抜擢されたのではなく左遷されたらしい。彼の真っ白くて大きな目に波が泳ぎ、合わせるように朱色の輪郭が揺れている。
「そんな! FM星の危機を三回救った英雄って話は嘘だったチョキ!?」
「いや、それは流石に疑おうよ?」
疑うと言う言葉を全く知らない千代吉に、スバルも呆れて突っ込みを入れた。そして、スバルとウォーロックは同時に思った。こいつにだけは、頼りたくないと。
◇
ロックマンとキャンサー・バブルは学校の裏庭で電波変換を解いた。千代吉は今も直、落ち込んでいる。自分の相棒を英雄と信じていたのだから、当然かもしれない。
「ところで、千代吉。ヒカルってどういう人か知ってるかな?」
千代吉は以前、ヒカルに唆されてロックマンを襲った。スバルに照明を落とす前に、ヒカルと接触していたと言うことだ。彼ならばヒカルの顔を知っているかもしれないと考えたのである。
尋ねられた千代吉は宙を仰いだ。空とにらめっこしている彼がどう回答してくれるのかと、様子を伺う。
「教えてやっても良いけど……」
どうやら知っているらしい。ヒカルの情報が少しでも欲しい今、スバルは千代吉に飛びついた。
「本当! 教えてくれるの!?」
「う、うん。だから……その……」
「どうしたの?」
スバルの熱意に溢れる接近に、嬉しくなさそうに顔を反らす。可愛い女の子だったら、逆に喜んでいたことだろう。
数秒もったいぶり、徐に口を開いた。
「ぶ、ブラザーになってくれたら……」
その言葉に、ミソラの眩しいばかりの笑顔が脳裏をよぎった。続いて、ルナのちょっと不機嫌な顔が思い浮かぶ。孤独に取り残され、泣いていたミソラとブラザーを結んで強くなれたときのこと。学校に居場所をくれたルナのこと。二人との思い出が駆け巡った。
「それは……」
ブラザーとは本当に親しい人を指す言葉だ。ブラザーバンドとは心から信じられる者との間に結ぶ物だ。残酷な話だが、千代吉をミソラとルナと同じとは思うことは、スバルにはできなかった。
「こら! 減るものでもなんでもないんだから、ブラザーになるぐらい、いいだろうプク!」
しょんぼりとしている千代吉のトランサーから、キャンサーが飛び出してくる。すぐに宙を舞う。ウォーロックがアッパーをかましたのだ。
「代わりに、てめえらと気が合いそうなやつを紹介してやる。それで手を打て」
「え? でも……」
「手を打て? な?」
もはや脅迫である。子供に向かって鋭利な爪をギラつかせる様は、大人気ないにもほどがある。だが、情報が欲しい今、スバルも黙っておいた。
「分かったチョキ」
「ありがとう……で、どんな人なの?」
「そ、それが……」
なおも言葉を躊躇う千代吉。カチカチとイラついたウォーロックが爪を鳴らすと肩をすくめた。流石にスバルも止めさせた。
「実は……最初から電波変換していたから……」
つまり、知らないらしい。二人は感情を押しこめ、微妙な笑みを浮かべた。
「そっか……それじゃあ、僕は教室に戻るね。授業中だし」
「あ、あの……」
「安心しろ。ちゃんと呼んどいてやるから」
ウォーロックはトランサーに戻りながら手を振り、スバルも教室へと戻っていった。
「ど、どんな子チョキかな?」
「ミソラっちみたいなかわいい女の子なら歓迎プク!」
ミソラのCDを取り出した二人は目を輝かせ、パッケージに写っているミソラに見とれていた。二人の周りに合った花が消し飛んだ。大地を抉る音がなった背後に恐る恐ると振り返る。
「おお、キャンサーか」
目に飛び込んできたのはマントを羽織った骸骨だ。隣には長身の狼男がいる。
「ちょうどいい。俺達の血の疼きを止めるのに付き合え」
「カカカ、戦の始まりじゃの」
残虐な牙をむき出し、銀色に光らせる獣と、凶器の笑みを浮かべる髑髏。全身の震えを押さえ、千代吉とキャンサーはウェーブロードへと飛び出した。
「こ、こんな恐い友達は嫌チョキー!」
太陽が微笑む元で、ウルフ・フォレストとクラウン・サンダーに追われるキャンサー・バブルの姿があったという。