流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/4 改稿

 一週間で、お気に入り登録件数が十件増えたんですけれど……何があったのでしょうか? 嬉しいけれど、びっくりしましたw
 と言うわけで、お気に入り登録件数が80件に達しました! 皆さん、ご愛読ありがとうございます!

 さて、お待たせしました。五章最終話です!


第九十二話.愛の形

 エレベータの動きが止まり、体が浮くような、慣性の法則の感覚に囚われる。それも直ぐに過ぎ去って、扉が開くと、明りの下から進み出る。冷凍食品が詰まった買い物袋を抱え、建物の中に穿たれた、黄色に照らされた廊下を歩き、自分の部屋まで歩みを進める。いつも通りに、トランサーを掲げて電子キーを外し、いつもどおりに期待の無い言葉を投げた。

 

「ただいま」

「お帰りなさい」

「……え?」

 

 返ってくるはずなんてない。そんなはずのものが部屋の奥から聞こえてきた。この声の持ち主を聞き間違えるわけなんて無い。生まれて真っ先に聞く肉親のものなのだから。

 

「えっと?」

 

 玄関で立ち尽くしている彼女の背後から音がした。そこには、オートロックを外して、扉を引っ張っている男性がいた。

 

「おお、ルナ。帰っていたのか。ただいま」

「パパ? お、お仕事は!?」

 

 今日、あんなことがあったばかりだ。企画を行ったナルオとユリコには、避けられぬ責任を背負わなければならない。103デパートで事後処理を追われているはずであろう二人が、バスでも数十分かかるコダマタウンのマンションでスーツを脱いでいるのだ。

 状況を受け入れられず、目と思考が迷子になっているルナに、ナルオはネクタイを外しながら説明した。

 

「早めに区切りがついたらから帰って来た。そうそう、お前の転校の話も白紙に戻しておいた」

 

 たっぷりと蓄えた口髭を揺らすナルオ。彼の白いひげの上には、疲れが青黒いクマとなって現れていた。どうやら、事後処理を急いで済ませて来たらしい。

 二人は首を竦めた。耳を引き裂くような騒音と金属音に紛れ、ユリコの悲鳴があがっている。方角からすると、ユリコはキッチンがあるリビングにいると容易に予測できた。

 

「ヤレヤレ、慣れないことをするからだ」

「もしかして、お母様は料理中?」

「ああ、なんでも二十年ぶりらしい。包丁を握るのは」

「私、手伝って……!」

 

 冷凍食品を廊下に投げ出し、埃一つ無い廊下を走りだそうとした。彼女の手が引っ張られ、背中を大きくそらす。ナルオのペン瘤だらけの手が、ルナの手首を掴んでいた。

 

「あいつは、『自分の手で作ってあげたい』と言っていたんだ。やらせてやってくれないか?」

「……大丈夫なの?」

「『ジャガイモを揚げるだけだから、簡単よ』と言っていたんだがな……」

 

 苦笑いをしたナルオは、ルナが投げ出した買い物袋を拾うとキッチンへと向かって行った。その疲れ切った背中を見て、ようやくルナは気付いた。

 なぜ、自分は今まで気付かなかったのだろう。あの背中に、ずっと守ってもらって来たのだ。母は自分に生を授け、ずっとその手で抱き締めてくれていたのだ。

 金曜日に、自分が学校で倒れた時も、両親は家に帰って来てくれた。あの時も、仕事を早めに切り上げてくれたのだ。

 大切な娘が無事に帰宅している姿を一目見る。たったそれだけのこと。されど、二人の親心に安堵をもたらせる唯一無二のこと。それだけのために、忙しい仕事をほっぽり出して、わざわざ家に帰宅してくれたのだ。

 その後、仕事の遅れを取り戻そうと、直ぐに職場に向かったのだ。愛想が無いかもしれないが、仕方のないことだろう。彼女の傍に寄り添わなかったのは、二人が娘は強い女の子だと信じていたからだ。

 

「パパ……ママ……」

 

 ユリコの声が聞こえてきた。夕御飯が出来上がったらしい。

 

 

 

 冷凍食品とは素晴らしい物だ。例えばコロッケだ。レンジのダイヤルを回すだけで、黄金色の衣、神がかり的に整えられた大きさ、庇ってあげたくなるほどの柔らかさ、ジャガイモが吸い込んできた大地の香り、そして、人の舌を喜ばせる旨味をもたらしてくれる。

 これを作る製造工程が特に素晴らしい。ほとんどを機械が行ってるにもかかわらず、これだけの料理を大量に作れるのだ。人類の英知がもたらした奇跡の食べ物である。一流のシェフには及ばずとも、その機械達は一人前の人工料理人と言えるだろう。少なくとも、今ルナの目の前にあるコロッケを作った者より、料理上手だと言える。

 黒く焼け焦げた衣、石ころから野球玉程の個体差、ゴツゴツとした丸い突起が生えており、脂臭さが広がっている。側にあるキャベツは千切りではない。包丁を差し込んだ形跡が一切なく、『線』ではなく『葉』の状態で敷かれている。白米ではなく、ロールパンが側に添えられている。どうやら、お米を炊き忘れたらしい。

 一般のものとは遥かにかけ離れたコロッケ定食を前にして、ナルオは後悔したように頭を抱えた。彼の隣、つまり母を正面にする位置にルナは座った。

 

「じゃあ、食べましょうか?」

「あ、ああ……」

 

 悲壮な表情をする父と、明らかに「やってしまった」と顔を暗くしている母。そんな二人の視線は、無表情に黒い塊を見ている娘へと注がれる。視線に気づいているのかいないのかは定かではないが、ルナはそっと箸を持った。箸で切り分けようとすると、コロッケモドキの塊が硬く、箸が曲がりそうになってしまった。

 

「まずいと思うけれど……」

 

 料理をしているときは思考している余裕が無かった。いざ、娘の口に入ると思うと、弁明の言葉が喉を叩いてくる。

 異臭を放つ、これまた異様な形をした塊。比較的小さい物を選んでかぶりついた。前髪に隠れて目元が窺えない。娘の反応を気にかける両親。二人の目に留まったのは、テーブルに落ちた雫だった。

 

 

「おはようございます! 委員長」

「お、おばじょう、びびんじょう!」

 

 ピシッと背筋を伸ばしているキザマロと、欠伸混じりのゴン太に交互に目をやる。スバルの提案に、二人は思いっきり乗っかったらしい。

 

「ええ、おはよう二人とも。そのまま待ってなさい」

「え?」

「お、おう……」

 

 反応に困っている二人を、壁につけられた来客通信用モニターから消し、ルナは玄関で回れ右をした。

 

「パパ、ママ……行ってきます!」

「ああ、行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい、ルナ」

 

 両親に手を振り、ルナはドアを閉めた。

 いつも通りにエレベータを降り、暗号ロックがかかった自動ドアをくぐり抜け、二人と合流した。

 

「あ、委員長! 驚いてください! なんと、今日はゴン太君が宿題して来たんです!」

 

 キザマロが体を踏ん反り返し、ゴン太の偉業を高らかに主張した。ゴン太も横でふんぞり返っている。手にはパンのカスが、口周りにはマヨネーズと卵がついている。どうやら、ギリギリに起きたのだろう。朝食の、卵のサンドイッチを片手に、ここまで走って来たらしい。走って来たと思った理由は、二人が全身に汗をかいているからだ。

 

「あら、今日はちゃんとやって来たのね? さ、行くわよ」

「……え?」

「ちょ、委員長。なんで驚かないんだ?」

「当然のことでしょ?」

 

 二人の間を通り抜け、迷いの無い足取りでマンションの外へと踏み出した。ゴン太とキザマロはおぼつかない足取りで、口を力なく開いて目元を青くしている。背中ごしに、二人に意地悪く笑ってやる。昨日の出来事に、思いをはせるように目を閉じて、風に言葉を溶かした。

 

「ありがとう」

 

 

 いつも通りだ。袖に縞模様のあるパーカーに黄緑色のズボン。トランサー機能を兼ね備えたギターを背負う。

 いつもしている最低限のおしゃれ。今日はこれでいい。昨日と違って、大好きなあの人に会うことは無いのだから。

 

「それはつけていくのね?」

 

 ハープが指を差す胸元では、銀色のチェーンが僅かに顔を覗かせている。

 

「うん! だって……スバル君に貰ったんだよ。つけていきたいじゃない!」

 

 人は共通するもの、共感するもがあれば、そこに喜びを感じる。いつもペンダントをぶら下げているスバルと同じく、自分もペンダントをしている。ただそれだけの事で、朝の眠気なんて紙切れのように吹っ飛んでしまった。

 

「これで、おそろいのペンダントだったらなおさら嬉しかったわね?」

「お、おそろい? ……スバル君とおそろい……」

 

 数秒の妄想で脳が限界に達した。電子機器が破裂するような音が漏れ、顔から湯気が立ち上った。おそらく、今のミソラが氷水に顔を突っ込んだら、一瞬で沸騰するだろう。

 

「もう、純粋すぎるのよ、ミソラは」

「……で、でも……そうなったらうれしいかな?」

 

 氷をお湯へと変えてしまう顔を隠すように、フードの端を掴んでいる。隠しきれるわけも無く、覗き込んできたハープから逃げるようにしゃがみこんでしまった。

 

「さ、さあ! 学校に行こう?」

「ええ、行きましょ」

 

 跳ね除けるようにドアを開き、スバルとの絆の証を揺らした。

 

 

「昨日は思いっきり、はしゃいできちゃったのね?」

「そんな事無いよ」

 

 母のちょっと収まって来たからかいに愛想悪く返し、スバルは鶏肉を頬張り、白米に箸を伸ばした。目はだらりと垂れ下がり、疲れが明らかに滲み出ている。

 昨日は帰ってご飯を食べ、お風呂に入ったら直ぐに寝てしまった。もしかしたら、時計の短針は8に差し掛かっていなかったかもしれない。時計が一周したころに起床したものの、頭と体が重い。こんな時に鬼委員長の雷を落とされたら、頭が割れてしまうかもしれない。

 本当に頭が割れそうになった。インターホンの呼び鈴だ。

 

「え!? 早いよ!!」

「さあさあ、急いでしたくしなさい」

「分かったよ」

 

 残った朝食をかきこむ。急に食べたせいか、頭が更に痛くなってしまた。脳の中心からノックしてくるような痛みを抑えつつ、リビングから飛び出す。部屋へと駆け上がり、昨日のうちに母が洗濯してくれていたパジャマを脱ぎ捨てた。

 

「なんで今日はこんなに早いんだよ」

「昨日、ゴン太とキザマロにあんなこと言ったからだろ?」

「あんなこと……? ああ、あれか……」

 

 

 余計なことを言わなければよかったと後悔しても、もう遅い。服に袖を通していると、クローゼットに目が留まった。昨日、一日だけ来た服だ。CDとバトルカードを我慢してまで買った服だ。乏しい知識を一夜漬けで補い、一日かけて選び、手に入れた電子マネーをつぎ込んだ服だ。ミソラと大切な半日を過ごした思い出を、脇に押し退けた。

 

「もう着ないのか?」

「いや……ただ、今日はこれで良いかな?」

 

 あの子に会うことは無い。今日会うのは、中学生と見間違えそうな大男と、低学年と並んでいても違和感の無い少年。そして、昨日ブラザーになってくれた女の子だ。後は、隣の席に座っている男の子を始めとするクラスメイトと、担任の先生だけだ。いつもどおりの服でいいと考え、赤い長袖を手に取った。

 服を着終え、ウォーロックが映っているトランサーを左手にはめ、鞄を手に取って階段を駆け降りた。いつもの赤いブーツに足を突っ込む。

 

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」

 

 玄関まで見送りに来たあかねに手を振り、スバルは三人の前に躍り出た。

 

「今日は早いんだね?」

「これが普通の時間よ!」

「そうだぞ、スバル。自分で起きろよな!」

「それは僕と委員長の台詞です!」

 

 今朝、結局三人分の家を回ることになったキザマロが、疲れ切った顔で訴えた。軽口で騒ぎながら学校へ向かう四人の背中を見送り、あかねは笑みを浮かべた。

 

 

「ねえ、委員長」

「なに?」

 

 登校中、軽い喧嘩しているゴン太とキザマロから距離を置いたスバルは、ルナに話しかけた。

 スバルは目立つことが苦手だ。だから、ずっとロックマンであることを隠してきた。しかし、ルナには正体がばれてしまった。彼女がゴン太とキザマロにしゃべってしまわないように、釘を刺そうと思ったのである。

 

「僕の正体なんだけ……」

「勘違いするんじゃないわよ!」

「ヒィッ!?」

 

 話しかけただけなのに怒鳴られた。ウォーロックも少し驚いたように見上げている。ルナは素早くポケットから紙きれを取り出し、獅子を前にしたように怯えているスバルに、見せ付けるように広げて見せた。

 

「私が好きなのはロックマン様よ! そこのところ、間違えるんじゃないわよ!?」

 

 紙に描かれていたのはロックマンだ。ルナが以前から描いていたものだ。どうやら、昨日のうちに完成させたらしい。

 

「は、はい……」

「フン!」

 

 丁寧に折りたたむと、ヒーローの前では絶対に見せない、不機嫌そうな足を音を立てて先に行ってしまった。

 

「あれなら、誰にも言わなさそうだね」

「ミソラというものがありながら、二股でもかけるつもりだったのか?」

 

 成長が無いとウォーロックは鼻で笑った。恥ずかしさと照れくささでスバルの顔から火が出ているからだ。

 

「そんな訳ないでしょ! っていうか、どこでそんな台詞覚えたんだよ!?」

「最近、昼ドラの再放送を……」

「見なくていいよ!」

 

 冗談にならない言葉に反抗していると、ゴン太とキザマロが追いついてきた。二人と歩幅を合わせ、ルナを追いかけた。

 

 

 生徒の波に混ざり、校門を潜るスバル達四人。手すりに身を委ね、それを見下ろしている一人の少年の姿が合った。彼を除いて、人の影が映らない屋上に別の声が響く。

 

「ちっ! 駄目だ」

「繋がらねえか?」

「ああ。ゴートのジジイ、裏切りやがったか」

 

 古老戦士の名をぼやき、悪態を吐き捨てた。

 クラウンと同じく、FM星軍に長年勤めている山羊座のFM星人だ。典型的な、威厳のある澄ました武人。それが、誰もがゴートに対して抱く印象だ。堅物である彼が裏切る可能性は、ある程度考慮していた。だが、いざ現実となると腸が煮えくり返ってくる。

 

「もう、やられちまったんじゃねえか?」

「あのジジイに限って、それはない」

 

 呆れたように項垂れる地球人に、FM星人は深いため息を吐いた。

 オックス達は、FM星の戦士たちの中でも優秀な方だった。今回の任務は、いわゆる少数精鋭で挑んでいたのである。しかし、彼らの半分はウォーロックに敗れ、半分は地球側に寝返ってしまった。

 

「どいつもこいつも、役にたたねえ連中だな」

「ああ、だからこそだ……」

 

 トランサーから飛び出し、運動場を横断しているスバルと、彼の左手に付いているトランサーを視線で射抜いた。

 

「もうこれ以上、星王様の御心を(わずら)わせるわけにはいかん」

「じゃあ……」

「ああ……待たせたな」

 

 大きく頬を持ち上げ、むき出しにされた歯が光を帯びて猟奇的に光る。地球人の相棒に頷き、FM星王の右腕は頷いた。

 

「俺達の、復讐を果たすときだ」

 

 

 

五章.愛のカタチ(完)




 長かった……いや~、今章は長かったです!

 この五章の連載を始めたのが……六月十六日だと!? 五ヶ月もかけていたのか……

 この間に、二次ファンは閉鎖され、移転するはめになり、連載中止を考え、スランプに陥り、一周年を迎えたり……と色々なことがありました。
 なんとか、皆様の応援のおかげで、五章完結まで持っていくことができました。ありがとうございました!

 さて、次の章は、ストーリーが濃厚な「流星のロックマン」で、一二を争う名シナリオです!
 作者の私も大好きなのですが……あの神がかり的なシナリオを小説化するので、大変です。
 だからこそ、やりがいがあるというもの! 頑張ります!

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