流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/4 改稿


第九十一話.プレゼント

 ミソラに案内されたカフェで特大パフェを奢らされたのは、ルナと別れてからすぐ後のことだ。クリームに舌舐めずりするミソラを食い入るように眺めながら、スバルも苦いコーヒーをすする。見栄を張って、ブラックにしたことをちょっとだけ後悔した。

 共にいるだけ。ただそれだけの幸せな時間。だが、それももうすぐ終わりだ。ちょっと大人へと背伸びをした二人に、「子供へ戻れ」と促すように、日が落ち始め、街に明りが灯って行く。ここからは大人の時間だ。

 広場に植えられている大樹。それに絡みついた無数のライトは、手を繋いで直線的な光の波を作り出す。ショッピングモールの四階からそれを見下ろしていた二人は、道行く人に時刻を知らせる大時計を確認した。

 

「今日はありがと、スバル君」

「ううん、僕も楽しかったよ。ありがとう、ミソラちゃん」

 

 スバルの言葉に、嘘は微塵も含まれていない。彼女の手を離さんとする彼の手がその証拠だ。

 

「今日はね、新しい私を見て欲しかったの」

「新しいミソラちゃんを?」

「そう。私、コダマタウンであんなことしちゃったじゃない?」

「……うん」

 

 ミソラの目の光が小さくなった。彼女の胸に渦巻く後悔の念。スバルはそれを察し、多くの言葉を紡がずにおいた。

 

「だから、見て欲しかったの。私、新しく歩きだせたから。ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、強くなった私を見て欲しかったの」

「うん……強くなったと思うよ。ミソラちゃん、前よりも、もっと明るくなったから」

「ほんと!? 良かった」

 

 心から祝福するスバルと、両手を口に当て、目を細めて喜んでいるミソラ。二人とは対照的に、ウェーブロードのハープは目に暗い影を落としていた。

 

「ミソラ……あれは、私の責任よ?」

 

 あの時、ミソラを謝った道へ誘ったのは自分だ。

 

「私がいなければ、あなたはここまで苦しまなかったのかもしれないのよ。なのに……」

 

 ハープの目から星が飛び散った。右側頭部からは、鈍い痛みが熱と共にズキズキと広がって行く。何をされたのか直ぐに分かった。

 自分の右側には、やっぱりウォーロックがいた。左拳が握られているあたり、利き腕とは逆の方の手で女をぶったらしい。

 

「痛いじゃない! レディーに何すんのよ!?」

「てめえこそ、何してる?」

 

 手を上げた本人は謝罪の一言も発さない。これはたいていの者が頭にくる。ハープも例外に漏れない。

 

「どういう意味よ?」

「笑えよ」

「え?」

 

 ウォーロックの思考が読めず、怒りを忘れてしまった。キョトンとするハープにウォーロックはため息をついた。

 

「てめえはミソラの家族なんだろ? 家族が笑ってねえのに、自分が笑うなんてできるわけねえだろ」

 

 今も目を丸くして固まっているハープにウォーロックは当然のごとく告げた。

 

「お前ができることは、ミソラの隣で笑うことだろうが。違うか?」

 

 最後に軽く首を傾げ、ハープと視線をぶつけ合わせる。ポカンと開いていた口が、ふわりと結ばれた。それは躊躇いも迷いも完全に捨て去った者が出せるものだ。

 

「ポロロン、あなたに説教されるなんて思わなかったわ」

「ケッ! てめえは一言多いんだよ」

「あんたにだけは言われたくないわよ」

「なんだと!?」

「ポロロ~ン」

 

 指の無い手で口元を押さえながら、ハープはからかうように笑って見せた。

 

「それにしても、意外だわ」

「何がだ?」

「故郷を裏切ったあんたが、家族なんて言葉を口にするなんてね」

 

 肩をすくめるようにしながら、ハープは笑って尋ねた。

 

「あなたの家族も、向こうで元気だと良いわね?」

「ああ……まあ、あっちで元気にしてるだろうぜ」

 

 この星の遥か彼方、空を突き破った更に先に広がる世界を見上げた。下では、今も二人が会話を楽しんでいる。

 

「僕をテーマにした曲、作ってくれてるんだよね?」

「うん! 勉強の傍らだから、なかなか進んでないけれど、ちゃんと作ってるよ。曲名も考えてるんだから!」

「なんて名前なの?」

「う~ん、幾つか候補があるんだけれど、今のところは『流れ星』かな」

「……流れ星?」

「うん!」

 

 自分をテーマにした曲の名前は流れ星らしい。だが、流れ星との接点が思い浮かばない。胸にある流星型のペンダントに目を移した。自分と流れ星との間に関わりの深い物と言えば、この父の形見だ。後は、自分の趣味ぐらいしか思いつかない。天体観測と流れ星が無関係とはいわないが、曲名に抜擢される理由としては説得力が薄い。

 

「なんで、その名前にしたの?」

「もちろん、ちゃんと理由があるよ」

 

 そっと、瞼で翡翠色の瞳を隠す。せわしなく道行く人々。その種類が変わっていく世界を背景に佇むミソラ。彼女だけが隔絶されたような世界。スバルもそこに足を踏み入れた。

 

「私ね、あの日、流れ星を見て祈ったんだ」

 

 コダマタウンでライブを行う2日前、町に着いて、寂しさを紛らわそうと星空に一番近い場所に行った。その時、闇を切り裂いた一筋の光。

 

「『助けて』って。『一人ぼっちから助けて』って」

 

 瞼から滴り落ちようとする熱い物を、堪えるのが精いっぱいだった。

 

「そしたら、次の日にスバル君に会ったの」

 

 本番に向けての練習。木々や風、虫達に曲を披露していた。気がつけば、一人観客が増えていた。自分を知らなかったことに少し驚いたが、新鮮な会話だった。あの時は、優しそうだが、世間知らずな男の子だと内心笑ってしまったものだ。

 

「そして、本当に助けてもらったわ」

 

 それだけでは無かった。泣いている自分を見つけてくれた。手を引っ張ってくれた。そして、誤った道に進もうとした自分を、身も心もボロボロになって、止めてくれた。

 

「スバル君は、私の前に颯爽と現れて、私を助けてくれた。私の願いを叶えてくれた」

 

 全てを一からやり直す。茨の道を進もうとする自分に、勇気をくれた。自分の心の傷を抉りながら。

 疑いようなんて無い。目の前の少年を見つめた。

 

「一人ぼっちだった私の前に颯爽と現れて、私を助けてくれた。私にとって、スバル君は流れ星のヒーローなんだから!」

「ヒ、ヒーローか……」

 

 痒くもないのに、鼻先をポリポリとかいてしまった。今まで何度かこの言葉を言われてきた。彼女からの言葉はスバルをむず痒い気持ちにさせる。

 

「どういたしまして……かな?」

「フフッ」

 

 頬をピンク色にして、決まらないスバル。でも、そんな控え目な彼がミソラのヒーローだ。大好きなヒーローに、ミソラは意地悪そうに目を細めた。

 

「あ! そういえば、スバル君の二つ名を考えてあげるって約束だったよね?」

「え……つけるの?」

「うん! 『戦う芸術家 ハープ・ノート』がつけてあげるよ」

 

 少し前にしたメールと電話を思い出した。どうやら、今から仕返しされてしまうらしい。

 

「スバル君の電波変換中の名前は、ロックマンだったよね? だから……流れ星を言い変えて……そう!」

 

 ピッと指を立て、ミソラは星のように笑って見せた。

 

「『流星のロックマン』」

 

 ミソラがつけたスバルの二つ名。それは、彼の存在そのものを言葉で表したものだった。

 

「かっこよくない!?」

「そ、そうかな?」

 

 悪い気はしなかった。むしろ、かっこいい。首筋から後頭部までと、頬に手が行く。照れているのがまる分かりだ。

 

「……うん、かっこよくて良いかも」

「ほんと? 良かった!」

「流星……か……」

 

 ペンダントを手にとり、手の中で玩ぶ。ミソラとブラザーになれたのは、父のおかげだ。こんなに大切と思える人と出会い、絆を結べたのは、父の形見が合ったから。あの時も、このペンダントから勇気をもらったのだ。

 かっこいい二つ名を与えられた喜びにふけっていると、ふとした疑問が浮かんだ。

 

「ところで、見ていた流れ星って、青い奴?」

 

 前触れのない質問。ミソラは細めていた目を丸くした。

 

「え? なんで分かったの?」

「それ、僕も見ていたんだよ!」

 

 とたんに、ミソラはスバルと同じく驚いたように目を見開いた。

 

「本当!? 私達、同じ流れ星を見つけていたの? これってすごくない!?」

「すごいと思うよ!? ものすごい確率だね!!」

 

 天地と宇田海からブラザーの素晴らしさを教わったあの日、スバルはぽっかりと空いた胸を満たそうと、春の夜空に目を凝らしていた。だが、それは無意味だった。静かにもがいた手が掴んだのは空気だけだった。星空に溶けてしまいそうだったスバルの前を横切ったのは、青い流星だった。それを見て、スバルは無意識に求めてしまった。ひっそりと、人々の頭上を横切った青い流れ星。あの一瞬の煌きを、ミソラも見ていたらしい。

 

「スバル君は何を願ったの?」

「うん……ブラザーができますようにって。そしたら、次の日にミソラちゃんに会ったんだよ」

 

 目を益々大きくして、ミソラははしゃぎだした。

 

「私、その青い流れ星を見た時、展望台にいたんだよ!?」

「本当に!? しかも、その展望台で僕達出会ったんだよね!?」

「きゃは! これって、本当にすごい偶然だね?」

 

 偶然という言葉で済ませられるものではない。幾つもの、少ない確率でおきる出来事が、二人の間で連鎖的に起きたのである。

 

「もしかしたら……運命だったのかもね?」

「え、運命?」

「そう、運命……!?」

 

 この単語はあまり使わない方が良かったかもしれない。変な意味に捕らえてしまい、沸騰しているミソラ。スバルも自分の言葉にようやく気付いたのだろう、顔から火が出ている。

 また気まずくなってしまった二人。それを破ったのはミソラだ。スバルの手が熱くて柔らかいものに包まれる。ミソラの手だと気付き、更に体温が高くなった。

 

「こ、このままいて良いかな?」

「う……うん……」

 

 チラリと目を合わせる。エメラルドと茶水晶の瞳が互いを映し出す。その中にいる自分。さらにその奥にある相手の瞳。そこにいる自分。奥へ奥へと自分を誘っていく。二人の首が曲がって行く。前へ前へと、目の前の相手へ。

 鐘が鳴り響く。定刻を知らせようと、ご丁寧に大音量をまき散らした。それは二人を現実へと引き戻す。目の前にある宝石に、自分の顔が大きく映し出された。

 

「わあ!」

「きゃあ!」

 

 糸で引っ張られるように、首が元の位置へと引き戻された。直も鳴り響く大時計の音のおかげで二人は一世一代のチャンスと、事故を免れたのである。

 

「ごっごごごめんなさい!!」

「ああたしこそごめん! なんか、変になっちゃって……」

「僕のほうこそ! その……ごめん……」

 

 一体、自分達は何をしようとしていたのか。目をグルグルと回し、頭がこんがらがっている二人。しばらくして落ち着いた二人は、時間を見て歩きだした。

 がっかりしたハープがスバルのトランサーへと降りてくる。頭にいくつものタンコブをつけたウォーロックを蹴とばし、中に放り込んでおいた。どうやら、先ほどのシーンでハープを怒らせる発言をしてしまったらしい。一仕事終えたハープは、微かに微笑んだ。

 

「まだこの子達には早いわよね? それに、進展もあったわけですし」

 

 互いを離さぬ手を見て、ハープはポロロンと笑って見せた。

 

 

 『ベイサイドシティ行き』と掲げられたバス停が近づいてい来る。夕陽に照らされたこの下り階段は夢への出口だ。だから、この手前でスバルは足を止めた。ミソラも並んで立ち止まる。

 

「今日は本当にありがとう」

「僕の方こそありがとう。とても楽しかったよ」

 

 ミソラを掴んでいない方の手で、ポケットに手を突っ込んだ。

 

「それでね……」

 

 不思議そうな顔をしているミソラ。名残惜しそうに彼女の手を放し、手のひらを上に向け、開く形にさせる。ゴソゴソと、ポケットの中身を引っ張りだした。

 

「これ……プレゼント」

 

 声が出なかった。手の上に乗せられた綺麗な包装紙。小さいながらも確かに感じる重量感。

 

「開けてみて良い?」

「うん!」

 

 湧き上がる期待が手を早める。それでも、包装紙を破かぬように、シールを丁寧に剥がして口を開いた。中にあったのは赤虎目石のような輝き。期待は確信へと変わり、ミソラの純粋な心を暖かくさせ、心拍数を上げていく。手の上へと滑らせると、銀色のチェーンが付いていた。

 

「これって……」

「うん、ミソラちゃんに似合うと思って……」

 

 スバルも同じだ。クールに振舞おうと、平静を装ってミソラの手からそれを取り、チェーンを広げる。震える手を無理やり押さえ込み、一歩ミソラに近づいた。賑やかな心音が彼女に聞こえてしまうのではないかと心配になってしまう。悟られないように、すばやく彼女から離れるために、けれど、大切なプレゼントをぞんざいに扱わないために、ゆっくりと、彼女の首にそれを通した。前に進んだ分だけ後ろに下がり、彼女を見つめた。

 胸元で、ハート型のペンダントが日の光を弾いていた。数秒、ミソラに見とれてしまった。

 

「嬉しい……」

「……良かった……似合ってると思うよ」

「ほんと? ありがとう、スバル君!」

 

 今日見た、最高の笑顔だった。ペンダントに負けじと赤くなってしまいそうだ。

 

「ミソラちゃん……これからも、ブラザーでいてくれるかな?」

「うん! もちろんだよ!! ずっとブラザーでいようね!?」

 

 大切な約束を交わしたスバルとミソラ。微笑み合う二人の胸元で、流星とハートのペンダントが輝いていた。


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