流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第九十話.二人目のブラザー

 屋上では未だに人々が騒いでいる。しかし、逃げている者はいない。とぐろを巻き、石造のように動かぬマムシ達。それらに囲まれるように倒れた者や、その側でうずくまる者達。皆、マムシ事件の被害者たちだ。だが、あらかじめ用意されていた血清が順次配布されて行く。

 

「もうじき救急隊も到着するはず……まぁ、大事には至らぬだろう」

「大蛇に食われた者もおらん。まあ、悪くて入院ぐらいじゃろうて」

 

 眼下で広がる結果を見て、両手を組んだクラウン・サンダーが首を縦に振ると、隣のクラウンも頷いた。

 

「けどよ、なんでヘビ達は急に冬眠しちまったんだ?」

「ワシが知るわけ無かろう。まあ、結果が大事だ。結果がな」

 

 ウルフ・フォレストの疑問に首を横に振るクラウン・サンダー。ウルフの提案により、彼ら四人はウェーブロードを伝ってその場を後にした。真下にいる者の存在に気付くこともなくだ。

 

「ヘビ達に埋め込まれたチップには、保険が掛けてあったみたいだな」

「保険? 意味分かんねえよ」

「あの大蛇のモニュメント。あれから出ている指令電波が届かなくなると、ヘビ達を自動的に冬眠状態にさせるプログラムが入っていた。というところだろうな」

「俺達があの機械を壊したのは失敗だったということか。ちっ! もっとヘビ達を暴れさせてやりたかったのに……」

 

 今もなお、救急活動を続けるビルのスタッフ達や、屋上の端で休んでいる客達。鳴き声や怒号が交差する中、ヒカルは階段を静かに降りて行った。

 

 

 こちらも同じだ。手当てを受けた被害者たちが、友人や家族に支えられ、スタッフの案内を受けて展示室を後にしていく。今、一人の女の子が父におぶられ、母に頭を撫でてもらいながら帰路に付く。その背景には、三つの人影が合った。

 

「ルナ……ママ達、夢を見ていたわ……」

「すまなかったな、ルナ。『心を絞めつけられるのは、体を絞め付けられることよりも苦しい』お前の気持ち、少しだが、分かった気がする」

「パパ……ママ……」

 

 今、父母と初めて向き合った少女。その目を少し大きく開くと、すぐに細めた。金色の瞳が滲みだす。

 

「私……感じたの」

 

 記憶はあちこち飛んでいる。両親の言う、自分が人を傷つけようとしたことなど、まるで記憶に無い。でも、覚えている。これだけは間違いようも、疑いようもない。父と母がくれたもの。

 

「抱きしめてくれた……嬉しかった。情けなかったの。私、パパとママの気持ちも分からないで……」

「それは私達の方だ」

「ルナ、泣かないで」

 

 父と母から改めて抱擁を受けるルナ。その様子を少し離れた所から窺っていたスバルとミソラは、気配を消してその場を後にした。

 

 

 デパートの周りには人だかりができていた。駆けつけたパトカーに救急車、不必要なヤジウマ達。それらをすり抜け、目の前の、広場に降りる十段程の階段を降り切ったときだった。

 

「待ちなさい!」

 

 ビクリとして振り返ると、元気すぎる高い声の持ち主が、階段の上で仁王立ちしていた。腰に当てた手を放し、ゆっくりと降りてくる。

 

「スバル君……その……」

 

 一瞬目を反らす。しかし、まっすぐにスバルを見て尋ねた。いつもの、金色の獅子を思わせる鋭さはどこにもない。

 

「あなたが、ロックマン様なのよね?」

「……うん……そうだよ」

 

 正直に答えたスバルに、ルナは頭を抱えた。夢じゃなかった。憧れのヒーローとこのモヤシの間に等号が成り立ってしまった。そこに斜め線を引きたかったのに、それは叶わぬ願いとなってしまった。いつもオドオドしていて、ロクに掃除もできない元登校拒否児があのヒーローなのだ。夢描いていた人物像がガラガラと音を立てて崩れていく。

 

「はぁ……」

「どうしたの、委員ちょ……?」

 

 トランサーが騒ぎ出した。ウォーロックではなく、携帯端末がだ。話を中断して開いてみると、狭い画面に二人の男の子の顔が映った。

 

『スバル! 助けてくれ!!』

『お願いです、スバル君!!』

「どうしたの? ゴン太、キザマロ?」

 

 今、スバルは左手を持ち上げ、トランサーの画面に映る二人と電話している状態だ。ルナとミソラを正面に構えるため、二人の姿が映らない。声は聞こえてしまうが、まだ二人にそこら辺を配慮する必要はないだろう。

 

『委員長にお詫びがしたいんだ!』

『委員長がびっくりするようなものを用意したいんですが、相談に乗ってください!』

 

 配慮すべきだった。ばっちりとルナに聞こえている。隣では、声を押させて笑っているミソラがいた。スバルも釣られてしまいそうな笑みを必死で抑え、画面の二人をからかうことにした。

 

「お詫びって、何の話し? またゴン太が何かやらかしたの?」

『『また』ってなんだよ!?』」

「いつも宿題忘れているくせに?」

『ぐにゅうううう!』

 

 悔しそうに目を回すゴン太を必死に押し退け、キザマロが前に出る。後ろでもがいているゴン太に押しつぶされそうだ。トランサーを踏みつぶしてしまわないだろうか。

 

『今日、僕達用事が合って、委員長の誘いを断っちゃったんです。それで、何かお詫びがしたいんですけど、何も思いつかなくて……』

「そっか~、それは困ったね~?」

 

 チラリと目をルナに移した。両手を口元に当て、その目には涙が潤んでいるようにも見える。

 

「ゴン太、宿題は終わった?」

『え? まだだけど?』

「なら、それを明日までにやってきなよ」

『え! なんで!?』

 

 尋ねる以前の問題である。突っ込みたい気持ちを抑えつつ、スバルはゴン太に指を立てながら説明した。

 

「いつも宿題をやってこないゴン太が、宿題をやってきたら? きっと、委員長は驚くし、喜ぶと思うよ。あ、だったら、明日は委員長を迎えに行ってあげたら? いつも起こしに来てもらってるんでしょ?」

 

 金曜日の登校時の会話を思い出しながら、スバルは一日絶食したような顔をしているゴン太に意地悪く提案した。

 

『スバル君、ゴン太君が明日までに……』

「もちろん、キザマロが教えてあげるんだよ」

『また僕ですか!?』

「ゴン太を起こしてあげるのもキザマロだよ」

『僕何時に起きなきゃならないんですか!? うああ! 今日の『身長ノビノビセミナー』で、睡眠をたくさんとれって教わったばかりなのに!』

 

 セミナー名がものすごく胡散臭いが、スバルはスルーしておいた。

 ポトリと雫が光った。スバルはちゃんと自分を見てくれていたのだ。自分が一番ゴン太にやって欲しいことを理解してくれている。二人も、ちゃんと自分を見てくれていた。オヒュカスに取りつかれた時の自分を思い出し、ハンカチを取り出して目元をぬぐった。

 

「じゃあね?」

『あ、待ってくれスバル!』

『手伝ってください! お願……』

「また明日ね」

 

 無慈悲に会話終了ボタンを押した。暑苦しいぐらい接近していた二人がプツリと消える。

 

「明日はゴン太とキザマロが起こしに来てくれるって。楽しみだね、委員長?」

 

 背中を向けているルナに話しかけるが、返事が無い。ただ、ずっと地面を見つめている。ミソラも心配そうにその背中を見ている。クルリと二つの縦ロールが半回転し、スバルに詰め寄って左手を突き出した。

 

「な、何?」

 

 見下ろしてくる威厳のある瞳に射抜かれ、カエルの様に縮こまる。察しの悪さにムッとしてしまう。

 

「出しなさい」

「え?」

「っ! ブラザーになってあげるって言ってんのよ!」

 

 聞き間違いではないかと疑問が廻った。自分にブラザーを申し込む者がいる事実がだ。

 

「えっと……」

「出しなさい!」

「う、うん!」

 

 トランサーを開いてボタンを押す。向き合わせると、直ぐに登録が終わった。ミソラの隣に、ルナの顔写真が載っている。

 

「この私のブラザーでいられることに感謝しなさい!」

「あ、ありがとう」

「それと、ちゃんと朝は起きなさいよ! 学級委員長の友達が寝坊魔だったら示しがつかないんですから」

「友達?」

「当たり前でしょ! じゃ、私は行くわね」

 

 もう用は無いと踵を返して歩きだす。ミソラの近くを通るのを忘れなかった。

 

「悪かったわね」

 

 今も人々の賑わいが飛び交う街中。ボソリと告げられた謝罪を聞いていたのは一人だけだ。

 

「うん」

 

 街中に消えていくルナの背中を見送る。そんなミソラには笑みが宿っていた。

 

「友達……か……」

「嬉しいのか?」

 

 やっとしゃべれるとウォーロックが出て尋ねてくる。

 

「うん、嬉しいよ。だって、僕、学校で友達って言える人居なかったから」

「あら? ミソラは違うのかしら?」

 

 からかってくるハープ。隣ではミソラが不安そうな目で見ている。絶体絶命だ。ミソラのことは友達だと思っている。しかし、それ以上の感情が自分の中にあるのだ。隠し通さなくてはならない。

 

「あ、ミソラちゃんは……その……えっと……」

「む~、はっきりしないな~」

「えっと、ほら、学校じゃ会えないから!」

 

 必死に手を横に振って誤魔化すスバル。だが、ふくれっ面は元に戻らない。それどころか、「フン」と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

 

「あの、機嫌直してよ」

「じゃあ、パフェ奢って!」

 

 振り返って来た表情は、スバルの予想を裏切る満面の笑みだった。

 

「今の演技?」

「エヘヘ~、アイドルの匠の技を思い知ったか!」

「……まだ食べるの? もうすぐ夕方だよ?」

「女の子に甘いものは別腹なの! さ、直ぐ近くのカフェだよ。行こ行こ!」

 

 ここで、女の子専用の奥義だ。あまりにも単純で破壊力抜群のその技の名は、抱きつきだ。スバルの腕に抱きついたのである。腕いっぱいに広がる女の子の柔らかさと体温。スバルの頭があっという間に沸点に到達する。

 

「あの、僕、女の子とカフェなんて……」

「わ、私についてきたら大丈夫だよ」

 

 大丈夫というが、説得力が無い。ミソラも気が遠くに飛んで行ってしまいそうなほど赤面しているのだから。ふらつきそうになる足を前に進めながら、二人はカフェへと歩き出した。


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