流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
大蛇の電脳内に、ロックマンとハープ・ノートは舞い降りた。その世界はジャングルそのものだった。うっそうとした緑が立ち並び、足場は整備とは無縁な健康的な土が敷き詰められていた。自然に覆われた世界の下で、目の前の装置を動かし、ヘビ達の動きを活発化させているオヒュカス・クイーンがいた。
「委員長!」
振り返ったその目はどす黒い闇で曇っていた。ハープ・ノートは息を呑み、ロックマンは視線をぶつけ合わせた。
「止めようよ、委員長!」
「お願い、委員長!」
ハープ・ノートの言葉は逆効果だ。ルナの嫉妬が、狂いそうな怒りを増幅させる。その様にほくそ笑みながら、オヒュカスは姿を現した。
「久しぶりだな。ウォーロック、ハープ」
「オヒュカス……人間の心は奪ってないみたいだな」
「ああ、こいつの嫉妬と憎しみはかなり深かったからな。そんな人間がいきなり力を手にしたら? その様を見るのも一興というものだ」
「ポロロン、悪趣味ね」
オヒュカスは静かに笑い、ルナに指示を出した。
「さあ、暴れてやれ。お前の望むままに全てを拒絶しろ!」
「嫌い……嫌い! 皆大嫌いよ!!」
オヒュカス・クイーンが両手を広げた。彼女の周りに電子が集まり、ヘビの姿を形作る。
「スネークレギオン!」
召喚された数匹のヘビ達は弾丸だ。オヒュカス・クイーンが手を振り下ろすと当時に、宙を一直線に突き進み、ロックマンとハープ・ノートに襲いかかった。
「パルスソング!」
「ヘビーキャノン!」
無数のハートマークがそれを迎え撃つ。双方に蓄えられていたエネルギーが爆散した。それを突き破って来た弾丸が一つ。
「きゃああ!」
オヒュカス・クイーンの腹で爆発が起こる。くの字に曲げた長い体を起こすと、キッとハープ・ノートを睨みつけた。
「アナタがいるから……」
ヘビ状の尻尾だけがとぐろを巻いた。それを地面につけ、ハープ・ノートに向かって体を蹴飛ばした。
「クイックサーペント!」
跳躍力に遠心力を加えたタックルだ。体そのものを弾丸と化した体当たり。ハープ・ノートは空へと跳躍して避けた。そのため、標的を見失ったオヒュカス・クイーンの体は木々の中へと突っ込んでいった。大木達が破壊音と共に倒れゆく様に、ハープ・ノートは目を見開いていた。
「凄い……」
木々が横たわり、土ぼこりが舞う中で、オヒュカス・クイーンはムクリと体を起こす。今もなお、ゆっくりと倒れる木に隠れるように、近づいてきた影は左手をふるった。
「リュウエンザン!」
「きゃっ!」
炎の剣がまっすぐに振り下ろされる。それを、オヒュカス・クイーンは腕に巻きついているヘビで、かろうじて防いだ。
「離れて!」
押し退けようとする腕の力を利用し、ロックマンも上空へと跳躍した。
「ショックノート!」
狙い澄ましように襲いかかってきた二つの音弾がオヒュカス・クイーンを捕らえた。あまりにもの激痛に空を仰ぐ。そこには、空中で左手を構えるロックマンがいた。
「バトルカード ファイアバズーカ!」
◇
足に絡みついてくる土、頬を撫でる木の枝、支えにする木の幹の感触。それら一つ一つが彼にストレスを与えてくる。
「まったく……どこなんだ、ここは?」
顎にまで垂れて来た汗を拭きとりながら、男性が吐き捨てる様に言葉を吐いた。隣の女性は男性に手を引かれながら、ハイヒールで不慣れな土の上で必死にバランスをとる。なんとか女性が一歩足を踏み出した時、木々の影から指す光が二人の顔を映し出した。それはルナの両親、ナルオとユリコのものだった。
「ねえ、あなた……」
「大丈夫だ。きっと出口が……」
ナルオは言葉を止めた。大気を引き裂く音が聞こえて来たからだ。
「何の音だ?」
「行って見ましょう!」
音がすると言うことは人がいるかもしれないと言うことだ。二人は足を早め、に木々の中を進んでいく。徐々に視界を塞いでいた木の影が少なくなり、光が差し込んでくる。切り開かれる視界に飛び込んだ。
「なっ!」
「あれは……」
広がった光景は戦場だった。爆発でも起きたのだろうか? 真っ黒に染まった大地の上にルナがいた。ヘビの化け物へと変わってしまった彼女は、傷だらけで倒れていた。
◇
「ねえ、委員長。もう止めてよ?」
「い、嫌よ!」
家に帰っても誰もいない。ゴン太とキザマロも自分に構ってくれない。スバルはミソラと楽しそうにしている。それに加えて、ロックマンの隣には見知らぬ女がいる。自分を見てくれる人のいないこの世界。
「委員長……家に帰ろうよ?」
「嫌! 絶対に嫌! 私、家になんて帰りたくない!!」
ロックマンは歯を食いしばった。ルナをこれ以上傷つけるなんてしたくない。だが、説得の言葉が見つからない。ウォーロックは黙しながらも、内心焦っていた。名の知れた戦士であるオヒュカスは強敵だ。一刻も早く倒してしまいたい。しかし、スバルの気持ちを無視するわけにはいかない。
戸惑う二人に、オヒュカス・クイーンは再び攻撃を再開した。
「スネークレギオン!」
今度は上空に向かって手を伸ばした。手の周りから召喚されたヘビ達は放物線を描き、雨となって二人に降り注ぐ。
「バトルカード ブラックホール!」
ロックマンとハープ・ノートの頭上に黒い球体が現れた。それは自身の姿を薄く大きく変えた。中央で渦を巻いている円が生じる吸引力は、降って来たヘビ達に有無を言う暇すら与えず、飲み込んだ。その間、頭上を一切窺うことの無かったハープ・ノートは、空に手を伸ばしているオヒュカス・クイーンに弦を弾いた。
「パルスソング!」
今度のハートマークは段々と広がっていくタイプのものだ。その分、広範囲を攻撃できる。範囲外に逃げようとするオヒュカス・クイーンに、ロックマンは新たなバトルカードを取り出した。
「ゴーストパルス!」
こちらも同じだ。広がるように迫ってくるリング状の光線だ。二つ合わせて広い範囲をカバーしてくる。オヒュカス・クイーンは隙を見つけた。ロックマンの照準が甘い。パルスソングとゴーストパルスの間に、充分通り抜けられるだけの隙間がある。
「クイックサーペント!」
間を縫うように、自分を竜巻と化して突っ込んだ。それが二人の狙いだとも気づかずに。
「マシンガンストリング!」
クイックサーペントが止められた。五本の弦がオヒュカス・クイーンの体に食い込むように巻き付き、彼女の体をがんじがらめにした。網にかかった鳥だ。空での自由を失った彼女は地に伏した。
身動きの取れない彼女に、ロックマンはリュウエンザンを身につけ地を駆けた。
「い、いやー!!」
空気を震わせる絶叫。押し返されるように、ロックマンは足を止めた。ハープ・ノートも追撃の手を緩めてしまった。
「いや! 縛らないで! もう、もう嫌よ!!」
がむしゃらだ。弦を引きちぎろうと力任せに弦を引っ張り、身を捻っている。
「もう、縛られたくない! パパやママに縛られるのはもう嫌なの!! お願い、止めて!!」
戦っていることすら忘れているのだろう。目をむき出し、肌に食い込む弦に悶えながらも、長い体を曲げて脱出を図ろうとしている。
「……ごめん、委員長!」
オヒュカス・クイーンの体を熱が走り抜ける。
「い、いや!」
炎の剣と解けた拘束具から逃れようと飛びのいたオヒュカス・クイーンに向かって、ロックマンは新しいカードをウォーロックに渡し、手を上げた。
「アイスメテオ!」
追い打ちは氷塊の嵐だ。氷の岩石が雨のように降り注いでくる。幾つか避けた時、パルスソングが体を貫いた。
「クラウドシュート!」
傷ついて行くルナの姿に罪悪感を感じつつも、スバルは次の攻撃に移る。雲を召喚し、オヒュカス・クイーンに投げつけた。
ゆっくりと近づいてくるそれを、痺れる体でかろうじて避けきった。だが、次の攻撃があった。音符が雲を追いかけて、自分の横を通り過ぎていく。標的を間違えて進んでいくそれを見送って、オヒュカス・クイーンはクスリと笑った。途端にそれが歪む。背中から襲ってくる雷に、全身がのたうちまわった。
ハープ・ノートの狙いは、最初からロックマンが放ったクラウドシュートだ。雲は音符に打ち抜かれ、内部に蓄えていた雷のエネルギーを辺りにまき散らしたのだ。当然、それはオヒュカス・クイーンを巻き込む。
続けて加えられた波状攻撃に、ついにオヒュカス・クイーンはガクリと力尽きるように倒れた。
「委員長! 分かったでしょ? もう、これ以上戦っても、お互いに傷つくだけだよ! だから……」
「嫌……嫌……」
それでも、ルナは決して首を縦には振らない。
「お父さんとお母さんがいないから?」
「そうよ! 家に帰っても、パパもママも……誰もいないもの!! それに転校よ。もう、あの二人に縛られるのは嫌なのよ! 私は、お人形じゃない!!」
ロックマンの言葉に、オヒュカス・クイーンはただ苦しそうに叫んだ。矛盾した言葉は彼女が冷静な思考ができていない証拠だ。ロックマンは何も言えず、右拳を握りしめた。スッと、隣の影が前に進み出た。ハープ・ノートだ。
「私は、委員長が羨ましいな……」
ハープ・ノートの唐突な言葉。それは静寂を導いた。シンと静まりかえった世界で、ピリピリと不快な空気が電流のように流れる。
「なん……ですって……?」
オヒュカス・クイーンは寝そべる体を腕で支えながら、静かに怒りの眼差しを向けた。心の隙間からしみ込んでくるような殺気を前にして、ロックマンは緊張で、唾が喉を通って行った。しかし、ハープ・ノートは怯む気配を一切見せなかった。
「だって、私、パパとママがいないもの。もう、会うことも、お話しすることもできないんだもん」
ルナの思考が停止した。なんとか出てきた言葉は、先ほどまでとは違い、聞き取れぬほど小さいものだった。
「……どういうこと?」
ハープ・ノートの斜め後ろで、ロックマンは小さい背中をじっと見つめていた。
「私ね、物心ついた時から、パパがいないの。だから、パパに抱き締めてもらった事も、お話したことも無いんだ。だから、ママが私のたった一人の家族だった。」
ハープ・ノートが一度呼吸を置く。眼を閉じ、深呼吸するようにだ。それを見て、ロックマンは拳を強く握りしめた。
「けれど、少し前に天国に行っちゃったの。もう、私の歌を聞いてもらうこともできないの」
淡々と語るハープ・ノート。だが、ハープは自分を握るミソラの手に、力が籠っているのを感じていた。ただ、スバルと同じく無言でミソラにエールを送った。
「委員長のパパとママは? 今日も言葉を交わせたし……こうやって、触れることだってできるんだよ」
そっとルナの側に近寄り、片方の手を取った。彼女の手を両手で包み込むように。
「だから、私は委員長が羨ましいの」
地面に目を落とすルナ。頭についている装甲が目元を隠し、彼女の表情は窺えない。それでも、今のルナが何を感じているのか、ロックマン達には分かった。
「だから、委員長。お話してみたらどうかな? パパとママと。まだ、お話できるんだよ? 触れ合えるんだよ? だから、諦めないで。パパとママだって、委員長さんのことが好きなは……」
「役に立たんな」
ハープ・ノートの言葉を突き放すように放たれた言葉。場に似つかわしくない、冷淡な言葉だった。
「え?」
暴言を吐いたオヒュカス・クイーンが面を上げた。目の前のハープ・ノートを捕らえたその目には、紫色の光が溢れんばかりに蓄えられていた。
「危ない!」
「ゴルゴンアイ!」
光線だ。一筋の光が両目から放たれた。ハープ・ノートを後ろに引き倒すように庇ったロックマン。ウォーロックは素早くシールドを展開した。それは無残に破壊された。同時に、ロックマンの左肩を熱が掠めていく。
「何するんだよ! 委員長!」
「委員長とやらではない」
ゆっくりと体を起こし、倒れている二人を見下ろすオヒュカス・クイーン。その口調は、ルナのモノとはまるで違っていた。
最初に現状を理解したのはハープだった。
「オヒュカス、精神をのっとったのね!?」
「ああ、この委員長とやら、思った以上に役に立たんな。ここからは、私が相手をしてやる」
傷ついた体を起こしながらも、自信に満ちた笑みを浮かべるオヒュカス・クイーン。両手をかざし、素早く二人に手を向けた。
「スネークレギオン!」
「ロックバスター!」
「ショックノート!」
ヘビを数匹放つ技だ。打ち落とそうと二人は弾数の多い技を放った。
「え?」
視界を覆う緑に、ロックマンの判断が遅れた。煌く無数の銀は牙だ。
「うわああ!」
「きゃああ!」
ヘビ達に突き飛ばされた二人。うつ伏せに倒れたハープ・ノートの側で、ロックマンは足を懸命に奮い立たせる。
「な、なんで数が?」
「言ったであろう? 委員長とやらは私の力を使いこなせていないとな」
「これが、お前の本当の力ってことか?」
さきほどまでと比べると、倍以上の数のヘビを放ったオヒュカス・クイーン。どうやら、今の彼女が本当の力らしい。
「ククク、攻守交替と言ったところか?」
見上げた二人の前に立ちふさがるオヒュカス・クイーン。その姿は、まさに絶望そのものだった。
今回は戦闘がめちゃくちゃ辛かったです。オヒュカス・クイーンのバトルって書きにくいな……