流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第八十七話.対称的な二人

 大蛇の電脳内に、ロックマンとハープ・ノートは舞い降りた。その世界はジャングルそのものだった。うっそうとした緑が立ち並び、足場は整備とは無縁な健康的な土が敷き詰められていた。自然に覆われた世界の下で、目の前の装置を動かし、ヘビ達の動きを活発化させているオヒュカス・クイーンがいた。

 

「委員長!」

 

 振り返ったその目はどす黒い闇で曇っていた。ハープ・ノートは息を呑み、ロックマンは視線をぶつけ合わせた。

 

「止めようよ、委員長!」

「お願い、委員長!」

 

 ハープ・ノートの言葉は逆効果だ。ルナの嫉妬が、狂いそうな怒りを増幅させる。その様にほくそ笑みながら、オヒュカスは姿を現した。

 

「久しぶりだな。ウォーロック、ハープ」

「オヒュカス……人間の心は奪ってないみたいだな」

「ああ、こいつの嫉妬と憎しみはかなり深かったからな。そんな人間がいきなり力を手にしたら? その様を見るのも一興というものだ」

「ポロロン、悪趣味ね」

 

 オヒュカスは静かに笑い、ルナに指示を出した。

 

「さあ、暴れてやれ。お前の望むままに全てを拒絶しろ!」

「嫌い……嫌い! 皆大嫌いよ!!」

 

 オヒュカス・クイーンが両手を広げた。彼女の周りに電子が集まり、ヘビの姿を形作る。

 

「スネークレギオン!」

 

 召喚された数匹のヘビ達は弾丸だ。オヒュカス・クイーンが手を振り下ろすと当時に、宙を一直線に突き進み、ロックマンとハープ・ノートに襲いかかった。

 

「パルスソング!」

「ヘビーキャノン!」

 

 無数のハートマークがそれを迎え撃つ。双方に蓄えられていたエネルギーが爆散した。それを突き破って来た弾丸が一つ。

 

「きゃああ!」

 

 オヒュカス・クイーンの腹で爆発が起こる。くの字に曲げた長い体を起こすと、キッとハープ・ノートを睨みつけた。

 

「アナタがいるから……」

 

 ヘビ状の尻尾だけがとぐろを巻いた。それを地面につけ、ハープ・ノートに向かって体を蹴飛ばした。

 

「クイックサーペント!」

 

 跳躍力に遠心力を加えたタックルだ。体そのものを弾丸と化した体当たり。ハープ・ノートは空へと跳躍して避けた。そのため、標的を見失ったオヒュカス・クイーンの体は木々の中へと突っ込んでいった。大木達が破壊音と共に倒れゆく様に、ハープ・ノートは目を見開いていた。

 

「凄い……」

 

 木々が横たわり、土ぼこりが舞う中で、オヒュカス・クイーンはムクリと体を起こす。今もなお、ゆっくりと倒れる木に隠れるように、近づいてきた影は左手をふるった。

 

「リュウエンザン!」

「きゃっ!」

 

 炎の剣がまっすぐに振り下ろされる。それを、オヒュカス・クイーンは腕に巻きついているヘビで、かろうじて防いだ。

 

「離れて!」

 

 押し退けようとする腕の力を利用し、ロックマンも上空へと跳躍した。

 

「ショックノート!」

 

 狙い澄ましように襲いかかってきた二つの音弾がオヒュカス・クイーンを捕らえた。あまりにもの激痛に空を仰ぐ。そこには、空中で左手を構えるロックマンがいた。

 

「バトルカード ファイアバズーカ!」

 

 

 足に絡みついてくる土、頬を撫でる木の枝、支えにする木の幹の感触。それら一つ一つが彼にストレスを与えてくる。

 

「まったく……どこなんだ、ここは?」

 

 顎にまで垂れて来た汗を拭きとりながら、男性が吐き捨てる様に言葉を吐いた。隣の女性は男性に手を引かれながら、ハイヒールで不慣れな土の上で必死にバランスをとる。なんとか女性が一歩足を踏み出した時、木々の影から指す光が二人の顔を映し出した。それはルナの両親、ナルオとユリコのものだった。

 

「ねえ、あなた……」

「大丈夫だ。きっと出口が……」

 

 ナルオは言葉を止めた。大気を引き裂く音が聞こえて来たからだ。

 

「何の音だ?」

「行って見ましょう!」

 

 音がすると言うことは人がいるかもしれないと言うことだ。二人は足を早め、に木々の中を進んでいく。徐々に視界を塞いでいた木の影が少なくなり、光が差し込んでくる。切り開かれる視界に飛び込んだ。

 

「なっ!」

「あれは……」

 

 広がった光景は戦場だった。爆発でも起きたのだろうか? 真っ黒に染まった大地の上にルナがいた。ヘビの化け物へと変わってしまった彼女は、傷だらけで倒れていた。

 

 

「ねえ、委員長。もう止めてよ?」

「い、嫌よ!」

 

 家に帰っても誰もいない。ゴン太とキザマロも自分に構ってくれない。スバルはミソラと楽しそうにしている。それに加えて、ロックマンの隣には見知らぬ女がいる。自分を見てくれる人のいないこの世界。

 

「委員長……家に帰ろうよ?」

「嫌! 絶対に嫌! 私、家になんて帰りたくない!!」

 

 ロックマンは歯を食いしばった。ルナをこれ以上傷つけるなんてしたくない。だが、説得の言葉が見つからない。ウォーロックは黙しながらも、内心焦っていた。名の知れた戦士であるオヒュカスは強敵だ。一刻も早く倒してしまいたい。しかし、スバルの気持ちを無視するわけにはいかない。

 戸惑う二人に、オヒュカス・クイーンは再び攻撃を再開した。

 

「スネークレギオン!」

 

 今度は上空に向かって手を伸ばした。手の周りから召喚されたヘビ達は放物線を描き、雨となって二人に降り注ぐ。

 

 

「バトルカード ブラックホール!」

 

 ロックマンとハープ・ノートの頭上に黒い球体が現れた。それは自身の姿を薄く大きく変えた。中央で渦を巻いている円が生じる吸引力は、降って来たヘビ達に有無を言う暇すら与えず、飲み込んだ。その間、頭上を一切窺うことの無かったハープ・ノートは、空に手を伸ばしているオヒュカス・クイーンに弦を弾いた。

 

「パルスソング!」

 

 今度のハートマークは段々と広がっていくタイプのものだ。その分、広範囲を攻撃できる。範囲外に逃げようとするオヒュカス・クイーンに、ロックマンは新たなバトルカードを取り出した。

 

「ゴーストパルス!」

 

 こちらも同じだ。広がるように迫ってくるリング状の光線だ。二つ合わせて広い範囲をカバーしてくる。オヒュカス・クイーンは隙を見つけた。ロックマンの照準が甘い。パルスソングとゴーストパルスの間に、充分通り抜けられるだけの隙間がある。

 

「クイックサーペント!」

 

 間を縫うように、自分を竜巻と化して突っ込んだ。それが二人の狙いだとも気づかずに。

 

「マシンガンストリング!」

 

 クイックサーペントが止められた。五本の弦がオヒュカス・クイーンの体に食い込むように巻き付き、彼女の体をがんじがらめにした。網にかかった鳥だ。空での自由を失った彼女は地に伏した。

 身動きの取れない彼女に、ロックマンはリュウエンザンを身につけ地を駆けた。

 

「い、いやー!!」

 

 空気を震わせる絶叫。押し返されるように、ロックマンは足を止めた。ハープ・ノートも追撃の手を緩めてしまった。

 

「いや! 縛らないで! もう、もう嫌よ!!」

 

 がむしゃらだ。弦を引きちぎろうと力任せに弦を引っ張り、身を捻っている。

 

「もう、縛られたくない! パパやママに縛られるのはもう嫌なの!! お願い、止めて!!」

 

 戦っていることすら忘れているのだろう。目をむき出し、肌に食い込む弦に悶えながらも、長い体を曲げて脱出を図ろうとしている。

 

「……ごめん、委員長!」

 

 オヒュカス・クイーンの体を熱が走り抜ける。

 

「い、いや!」

 

 炎の剣と解けた拘束具から逃れようと飛びのいたオヒュカス・クイーンに向かって、ロックマンは新しいカードをウォーロックに渡し、手を上げた。

 

「アイスメテオ!」

 

 追い打ちは氷塊の嵐だ。氷の岩石が雨のように降り注いでくる。幾つか避けた時、パルスソングが体を貫いた。

 

「クラウドシュート!」

 

 傷ついて行くルナの姿に罪悪感を感じつつも、スバルは次の攻撃に移る。雲を召喚し、オヒュカス・クイーンに投げつけた。

 ゆっくりと近づいてくるそれを、痺れる体でかろうじて避けきった。だが、次の攻撃があった。音符が雲を追いかけて、自分の横を通り過ぎていく。標的を間違えて進んでいくそれを見送って、オヒュカス・クイーンはクスリと笑った。途端にそれが歪む。背中から襲ってくる雷に、全身がのたうちまわった。

 ハープ・ノートの狙いは、最初からロックマンが放ったクラウドシュートだ。雲は音符に打ち抜かれ、内部に蓄えていた雷のエネルギーを辺りにまき散らしたのだ。当然、それはオヒュカス・クイーンを巻き込む。

 続けて加えられた波状攻撃に、ついにオヒュカス・クイーンはガクリと力尽きるように倒れた。

 

「委員長! 分かったでしょ? もう、これ以上戦っても、お互いに傷つくだけだよ! だから……」

「嫌……嫌……」

 

 それでも、ルナは決して首を縦には振らない。

 

「お父さんとお母さんがいないから?」

「そうよ! 家に帰っても、パパもママも……誰もいないもの!! それに転校よ。もう、あの二人に縛られるのは嫌なのよ! 私は、お人形じゃない!!」

 

 ロックマンの言葉に、オヒュカス・クイーンはただ苦しそうに叫んだ。矛盾した言葉は彼女が冷静な思考ができていない証拠だ。ロックマンは何も言えず、右拳を握りしめた。スッと、隣の影が前に進み出た。ハープ・ノートだ。

 

「私は、委員長が羨ましいな……」

 

 ハープ・ノートの唐突な言葉。それは静寂を導いた。シンと静まりかえった世界で、ピリピリと不快な空気が電流のように流れる。

 

「なん……ですって……?」

 

 オヒュカス・クイーンは寝そべる体を腕で支えながら、静かに怒りの眼差しを向けた。心の隙間からしみ込んでくるような殺気を前にして、ロックマンは緊張で、唾が喉を通って行った。しかし、ハープ・ノートは怯む気配を一切見せなかった。

 

「だって、私、パパとママがいないもの。もう、会うことも、お話しすることもできないんだもん」

 

 ルナの思考が停止した。なんとか出てきた言葉は、先ほどまでとは違い、聞き取れぬほど小さいものだった。

 

「……どういうこと?」

 

 ハープ・ノートの斜め後ろで、ロックマンは小さい背中をじっと見つめていた。

 

「私ね、物心ついた時から、パパがいないの。だから、パパに抱き締めてもらった事も、お話したことも無いんだ。だから、ママが私のたった一人の家族だった。」

 

 ハープ・ノートが一度呼吸を置く。眼を閉じ、深呼吸するようにだ。それを見て、ロックマンは拳を強く握りしめた。

 

「けれど、少し前に天国に行っちゃったの。もう、私の歌を聞いてもらうこともできないの」

 

 淡々と語るハープ・ノート。だが、ハープは自分を握るミソラの手に、力が籠っているのを感じていた。ただ、スバルと同じく無言でミソラにエールを送った。

 

「委員長のパパとママは? 今日も言葉を交わせたし……こうやって、触れることだってできるんだよ」

 

 そっとルナの側に近寄り、片方の手を取った。彼女の手を両手で包み込むように。

 

「だから、私は委員長が羨ましいの」

 

 地面に目を落とすルナ。頭についている装甲が目元を隠し、彼女の表情は窺えない。それでも、今のルナが何を感じているのか、ロックマン達には分かった。

 

「だから、委員長。お話してみたらどうかな? パパとママと。まだ、お話できるんだよ? 触れ合えるんだよ? だから、諦めないで。パパとママだって、委員長さんのことが好きなは……」

「役に立たんな」

 

 ハープ・ノートの言葉を突き放すように放たれた言葉。場に似つかわしくない、冷淡な言葉だった。

 

「え?」

 

 暴言を吐いたオヒュカス・クイーンが面を上げた。目の前のハープ・ノートを捕らえたその目には、紫色の光が溢れんばかりに蓄えられていた。

 

「危ない!」

「ゴルゴンアイ!」

 

 光線だ。一筋の光が両目から放たれた。ハープ・ノートを後ろに引き倒すように庇ったロックマン。ウォーロックは素早くシールドを展開した。それは無残に破壊された。同時に、ロックマンの左肩を熱が掠めていく。

 

「何するんだよ! 委員長!」

「委員長とやらではない」

 

 ゆっくりと体を起こし、倒れている二人を見下ろすオヒュカス・クイーン。その口調は、ルナのモノとはまるで違っていた。

 最初に現状を理解したのはハープだった。

 

「オヒュカス、精神をのっとったのね!?」

「ああ、この委員長とやら、思った以上に役に立たんな。ここからは、私が相手をしてやる」

 

 傷ついた体を起こしながらも、自信に満ちた笑みを浮かべるオヒュカス・クイーン。両手をかざし、素早く二人に手を向けた。

 

「スネークレギオン!」

「ロックバスター!」

「ショックノート!」

 

 ヘビを数匹放つ技だ。打ち落とそうと二人は弾数の多い技を放った。

 

「え?」

 

 視界を覆う緑に、ロックマンの判断が遅れた。煌く無数の銀は牙だ。

 

「うわああ!」

「きゃああ!」

 

 ヘビ達に突き飛ばされた二人。うつ伏せに倒れたハープ・ノートの側で、ロックマンは足を懸命に奮い立たせる。

 

「な、なんで数が?」

「言ったであろう? 委員長とやらは私の力を使いこなせていないとな」

「これが、お前の本当の力ってことか?」

 

 さきほどまでと比べると、倍以上の数のヘビを放ったオヒュカス・クイーン。どうやら、今の彼女が本当の力らしい。

 

「ククク、攻守交替と言ったところか?」

 

 見上げた二人の前に立ちふさがるオヒュカス・クイーン。その姿は、まさに絶望そのものだった。




 今回は戦闘がめちゃくちゃ辛かったです。オヒュカス・クイーンのバトルって書きにくいな……

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