流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
五分ほどだろうか。ズーッと音を立ててジュースを飲み干すと爽やかに手を合わせた。
「ごちそうさまでした!」
「……よく入ったね」
ミソラ一人で自分の家の冷蔵庫は空っぽになりそうだと、スバルは目を丸くした。ゴミの山を抱え、隣のゴミ箱に捨てて、ミソラの元に戻る。
「あれだけ食べたから、ちょっと休憩して行こうか?」
「うん、ありがと!」
「それにしても、本当によく入ったね。いつもあれだけ食べるの?」
「うん、今日は軽いほうかな?」
「そ、そう……」
腰かけ、雑談を始める二人。お互いの話に夢中な二人は気づいていない。近くに電波ウィルスすら恐れて近づかないモンスターが迫って来ていることに。
「ミ~ツ~ケ~タ~ワ~ヨ~」
一メートルほどの高さがある白い花壇と、そこに植えられている丸くカットされた緑の植物に身を隠し、嫉妬のオーラを立ちあげる影が一つ。コダマ小学校5-A組の学級委員長、白金ルナである。だが、今の彼女を見て委員長と思う人はいないだろう。コソコソと隠れて覗き見している姿は変質者以外の何者でもない。
彼女の視線の先では、ミソラがもじもじとポーチに手を伸ばした。
「何あれ? ……まさか!?」
そのまさかは的中していた。
「あのね……く……クッキー焼いて来たの」
「くっ、くくくくクッキー!?」
「そ、そんなに驚くことかな?」
気になっている女の子からの手作りクッキーだ。これで興奮しない男はなかなかいないだろう。スバルも例外にもれず、羽をつけて天へと飛びあがってしまいそうだ。
「も、貰っていいんだよね?」
「もちろん! スバル君に、その……食べてもらいたくて……その……」
白いタッパーを、自信なさげに前へと突き出す。スバルは体から抜け出てしまいそうな意識を必死に飲み込み、キリッと眉を吊り上げる。
「じゃあ、いただこうかな」
「ど、どうぞ!」
ミソラも覚悟を決め、タッパーを開いた。途端にふんわりとした香ばしい小麦粉の匂いが広がる。鼻の穴をめいいっぱいに広げ、たらふくに味わう。
「では、いただきます!」
「……はい!」
中のクッキーを一つ摘まみあげる。形はちょっと崩れているが、薄茶色い星型だ。ミソラの努力がうかがえるそれを、パクリと口に放り込んだ。
「どう?」
スバルの答えが無い。ボリボリとクッキーを砕く音がするが、それだけだ。スバルは何も言わない。ごくりと飲み込み、にっこりと笑ってくれた。
「おいしいよ!」
嘘だ。ミソラは一発で見抜いた。本当においしいのなら直ぐに言ってくれる。なにより、スバルの笑顔と声のトーンががわざとらしい。今日、ずっとスバルの笑顔を見ていたからそれくらい分かる。だが、スバルなりの気遣いを素直に受け止めた。
そして気づく。スバルの笑顔をずっと見ていた。つまり、スバルは自分といるこの時間を心から楽しんでくれていると言うことだ。
「良かった」
ミソラのこの笑みの真意を、スバルは勘違いした。嘘を貫き通せたとホッとし、もうひとつクッキーを摘まんだ。母の物比べれば美味しいとはとても言えない。しかし、不味いわけでもない。なにより、ミソラが作ってくれたクッキーだ。残すなんてしたくない。口の中がパサパサになろうとも、スバルはミソラのクッキーを幸せそうに口に頬張った。
ミソラのクッキーを綺麗に平らげたスバルは、喉を潤すために買って来たジュースをゴクリと飲んだ。
「美味しかったよ、ミソラちゃん」
「本当? 良かった」
「また作ってね」
「……うん!」
幸せそうに、けれど恥ずかしくて赤くなった顔を俯け、ミソラは頷いた。チラリとスバルの顔色をうかがうと、目が合った。ミソラからすれば、ただ目が合っただけだ。しかし、スバルからしたら上目遣いという強烈なパンチを真に受けてしまったことに他ならない。たまらず、スバルまでもが俯いてしまう。
彼らのすぐ近くで、刃の様なオーラが大きく膨れ上がっていることには気づいていない。
「そう言えば、それってなんなの?」
ミソラが指差したのは、椅子にかけてあるスバルの上着だ。その胸ポケットにある白いサングラスがお目当てのものだ。スバルは自慢げにそれを手に取った。
「これはビジライザー。電波世界が見えるんだよ」
「え、電波世界って、私達が電波変換しているときに見えるあれ?」
「そう、その電波世界だよ。かけてごらん」
ビジライザーを受け取ってかけると、閉じていた目を開いた。
「うわあ! 何これ、凄い!!」
ビルの合間を縫うように、または突き刺さるように広がるウェーブロード。そこを忙しそうに歩くデンパ君やナビ達。見上げた世界は、ウェーブロードに立つときはまた違った感動を与えてくれる。
「ね、すごいでしょ」
「うん! ……あ、スバル君、見てみて!」
「何?」
ミソラがビジライザーを外して、スバルと半分こするように覗き見る。スバルも片方のレンズを通して、その先の光景を見る。
「プッ! ロックも楽しんでるじゃないか」
「楽しくねえよ……」
先にあったのは、先ほどまで若いカップルが座っていた席だ。その二人の真似をし、ジュースのデータを飲んでいるウォーロックとハープがいた。
「なんで俺がこんなことを……」
「ポロロン、こう言う地球人の雰囲気を味わってみたかったのよ。他に相手もいないしね」
「おい、俺は仕方なくで付き合わされてるのか!?」
「あらあら、こんな美人とお茶できるんだから、感謝しなさい」
「俺が感謝するのかよ!?」
ウォーロックとハープのやり取りを見て、クスクスとスバルとミソラは笑いあった。互いに顔を向けようとすると、コツリと音が鳴った。近い。めちゃくちゃ近い。一人でかけるビジライザーを二人で見ているのだ。近くないわけがない。互いの鼻がぶつかってしまうほど近くに、二人の顔があったのである。
シュバアッと音速の壁を破る音が鳴る。二人は慌てて姿勢を正して席に座った。
「ご、ごめん! 気づかなくって!」
「わ、私の方こそごめん! ……ビジライザー、返すね?」
「う、うん」
共に顔を全力で下に向けながら、スバルはミソラからビジライザーを受け取った。鼻先に残っている熱と感触がドンドンと心臓を叩き、息苦しさを与えてくる。
相手を怒らせてしまっているのではないか。二人が考えていたことは同じだ。それを確かめようと、恐る恐る顔を上げる行為も同時だった。チラリと互いに目が合ってしまった。バッと、再び全力で下を向いた。
互いに顔から湯気を立ち上らせ、ウサギのようにと羽回る心臓が落ち着いてくれるのを、ただひたすらに黙して待つしかなかった。
「何よあの二人……人前でいちゃいちゃするんじゃないわよ!!」
ビジライザーも電波の体の異星人も知らないルナからすると、今のスバルとミソラはいちゃいちゃしているようにしか見えなかったのである。嫉妬の炎はヘビの頭が無数に蠢くように揺れていく。そんなルナを、通行人達はおどろおどろしいものでも見るような目で見ていた。