流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
今、スバルとミソラはヤシブタウンの街を二人並んで歩いている。その上空のウェーブロードにいるのはウォーロックとハープだ。ハープはミソラを応援しようと興奮しているが、ウォーロックは冷めた表情で街を見渡している。二人の関係よりも、珍しい物が無いか探しているらしい。
そんな4人より少し後方では、コソコソと動いているドリルがあるが、誰も気づいていない。
「きゃ!」
「あ、ごめんよ」
すれちがった男性の鞄がミソラの肩に当たった。男性は軽く謝罪して人波の向こうに消えていった。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。それにしても、人多いね?」
「そうだね。大都会ってこんなに人がいるんだね。びっくりしたよ」
「日曜日だからこんなに、きゃあ!」
今度はミソラのポーチが人波に巻き込まれそうになった。ミソラも斜め後ろに引っ張られてしまう。
「ミソラちゃん!」
伸ばしたスバルの手が、宙を泳いでいたミソラの手を掴んだ。グイッと引っ張り、ミソラとポーチを救出する。
「あ、ありがとう」
「よかっ……た」
ここで、二人は気づいた。今、互いの温もりが肌を通して伝わって来ていると言うことに。
「ご、ごめん!」
「手を離さなきゃ!」そう考えているのに、手は逆にミソラをしっかりとつかんで離さない。
「あ、あの……え?」
そっと、ミソラの細い指がスバルの手の甲に折りたたまれた。
「逸れちゃうの嫌だから、このままでいようか?」
チラリと上目を使ってくるミソラを見て、血液がスバルの顔に集中した。
「う、うん……」
スバルの言葉に、ミソラは嬉しそうに手を握る力を強くした。スバルの手はがっしりとしていてびくともしない。ほっそりとしているが、やっぱり男の子なのである。ドキドキと胸の高鳴りが強くなった。
そのまま、手を繋いで歩き出す二人。互いの顔が、火のように赤くなっていることには気づかなかった。
二人の姿を見て、「キャー!」っと興奮するハープを、ウォーロックは呆れたようにため息をついた。
ちなみに、二人の後方では禍々しいオーラが立ち上っていた。そんなことに気付く訳もないスバルはただ焦っていた。歩いているのは良いが、何も話題が見つからないのである。
「こんな時は……」
チラリと、左手のトランサーを見て記憶を呼び起こす。女の子との会話に困った時の話題をちゃんと検索しておいたのである。そのうちの一つを思い出し、話題にしようとする。だが、喉までしか出なかった。とたんに、手から汗がダラダラと流れ始める。
スバルが話題にしようとしたのはこれからの予定だ。だが、肝心な予定を立ててきていないのである。一番肝心なデートコースがノープランだ。これは致命傷である。
「ごめんね?」
「え?」
謝ったのはミソラだ。突然の謝罪に、スバルはヒョイッと顔を上げた。
「その、買い物に付き合わせちゃって……」
「え? あ、買い物……うん、買い物だね」
「あ、あの、やっぱり、迷惑だったかな?」
「そんな事無いよ! 絶対ないから!」
「そ、そう? なら、良かった!」
阿修羅の様に首を分身させているスバルにちょっとだけ引いた。でも、やっぱりそう答えてくれると嬉しい。少し胸がキュンと熱くなった。
対し、スバルの胸はしょげる様に冷めていった。そうだ、これはお買い物である。デートと思っていたのはスバルだけだ。ハァと小さく、スバルの失望が吐き出された。
隣にいるスバルのため息に気付かず、ミソラは高鳴る胸を抑えようと言葉を探し、口にした
「な、なんか! これって、で、デートみたいだよね~……って、忘れて!!」
もう片方の手で口と顔を押さえ、必死に赤い顔を隠そうとしている。スバルはそんなミソラの仕草を可愛いと思いつつ、デートという言葉に強く反応した。
「ぼっ僕は、デートでもいいかな~なんて……」
「ふぇ! いい、今なんて!?」
「あ、いや! ごめん、何でもない!!」
「あ、う、うん……」
やっぱり、口にするのは恥ずかしい。二人は地面を見て気を紛らわした。そっと顔を上げて相手をうかがう。その動きは、傍から見たら鏡のようにぴったりと動きも速度もそろっていた。よって、同時に二人の目が合う。バッと、再び二人は目を下に逃がした。手を繋ぎながらのこの行動はハープの微笑みを誘ってくる。だが、人によっては怒りを誘う行動である。
「何いちゃいちゃしてんのよ……」
ルナの手に握られてコンクリートの壁が、ピシリと悲鳴を上げた。
「あれ?」
ルナの背後から男性の声が聞こえた。思わず振り返ると、高校生くらいの男の子が突っ立っていた。その数歩離れた先では、同じくらいの年の男の子が二人いる。二人が彼に振り返っていることから、おそらく三人で遊びに来ているのだろう。
「あれって、響ミソラじゃね!?」
「え!?」
「まじで!?」
三人目の声が特別にでかく、ちょっと聞き取りにくい発音の持ち主だった。通行人からしたら、うるさいが何を言っているのかは分からなかっただろう。しかし、当の本人であるミソラと、彼女を気にかけていたスバルにはハッキリと聞き取れた。声の方角を見ると、人混みの向こうから、こっちを指差して目を丸くしているお兄さんがいた。
「やばっ!」
「逃げよう!」
スバルが走り出し、ミソラが引っ張られるように走り出す。買い物袋の脇や、すれ違う人の隙間を縫うように、スバルとミソラは全速力で駆け抜けていく。ふと後ろを振り返ると、人混みをかき分けてくる三人の高校生が見える。どうやら、彼らもファンらしい。六つのハートマークをした目が追いかけてくる様は、ちょっと恐い。ここでスバルは逃げられないと察した。人混みをかき分ける力も、歩幅も、彼らの方が上だ。逃げる手段が無い。だが、それは二人が普通の小学生だったらの話だ。
「スバル!」
頼もしい声が隣にいる。それを確かめたスバルは、ビルとビルの隙間に滑り込んだ。
「ここだ!!」
「ミソラちゃ~ん!!」
先に追いついた二人が、滑り込むように裏路地へと飛び込んできた。
「……あれ?」
眼前に広がっていた光景に、二人は目をハートマークから円に変えた。そこにいたのは、男の子に引っ張られて逃げるミソラではなく、ゴミ袋を漁っている野良猫だった。
「おい、ミソラちゃんは?」
ちょっと遅れ来た三人目が「ぜぇぜぇ」と二人に尋ねた。
「いや、いねえ……」
「え、なんで!?」
「確かにミソラちゃんだったよな!?」
二人に続いて、裏路地の光景を確かめている三人目。彼の隣で、でかい声の持ち主が最初にミソラを見つけた視力の良い友人に尋ねた。
「のはずだよな?」
「見間違いとか?」
「かな~?」
首を傾げている三人。彼らの少し上空で、ほっと一息がつかれた。
「……危なかった……」
「あ、ありがとう。スバル君」
「どういたしまして」
ウェーブロードに立っているロックマンの手の中で、ミソラは彼の首に手を回している。今のミソラはロックマンに抱きかかえられている状態だ。まさか、お姫様だっこしてもらえるとは思っていなかったのだろう。ミソラは照れたように頬を赤くしている。スバルも同じだ。ミソラの柔らかくて温かい体を腕いっぱいに抱えて気が気では無い。
「重い……よね?」
「そんな事無いよ! ものすごく軽いよ!」
仮に、本当に重かったとしても「うん」と言えるわけがない。
「あ……あの! 電波変換! 響ミソラ オン・エア!」
ミソラも電波変換し、ハープと一つになったハープ・ノートへと姿を変えた。
「これで私もウェーブロードを歩けるから、降ろしても良いよ?」
ミソラなりの気遣いである。スバルに負担をかけまいと、腕をほどいた。流石にこれ以上続けると変態なってしまうため、素直にハープ・ノートを降ろした。
そんな二人の足元では、高校生三人が足早にその場を後にしていた。理由は単純、恐いものから逃げたのである。メラメラとすさまじい炎を纏っている鬼が来たら、誰だってそうする。
「スバル君……私を巻くとは、やってくれるじゃない! 良いわ、とことん追いかけてやるんだから……」
ゴミ箱をあさっていた野良猫が、悲鳴を上げて逃げて行った。そんなおぞましい光景が足元で繰り広げられていることにも気付かず、ロックマンとハープ・ノートは歩き出した。
「このまま103デパートまで行っちゃう?」
「……できれば、寄り道して行きたかったんだけど……」
「じゃあ、そうしようか」
「時間大丈夫?」
「大丈夫だよ。どこに寄りたいの?」
しばらく話をした二人は、ウェーブロードを歩きだした。ちなみに、一連の二人のやり取りを見て、鼻血を出してショートしているデンパ君が数人倒れていたと言う。
「……スバルの奴、俺への礼は無しかよ……」
「ポロロン、今日の私達はこういう立ち位置よ。我慢なさい」
「……ケッ、面白くねえの」