流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
千代吉達と別れ、公園を出たスバルはまっすぐにバス停へと駆けだした。千代吉達としゃべってしまったため、数分のタイムロスが生まれたからだ。
「ロックの言うとおり、早めに出てきて良かったよ」
「まだまだ時間に余裕があるぜ。次のバスに乗り損ねても、間に合うくらいにな」
「うん、でも早く行きたいんだ」
どうやら、スバルの頭からは、最も早くヤシブタウンに行ける手段が抜けているらしい。電波変換すれば、ものの数分で待ち合わせ場所に足をつけることができるだろう。
ウォーロックも移動手段代わりに電波変換されるのが癪に障るため、黙っておいた。その判断をさっそく後悔する。バス停の目の前にある横断歩道でスバルが立ち止まったのである。赤信号なのだから、立ち止まって待つのは当然だ。だが、その間のスバルが気に入らない。落ち着かない足が幾度も交差し合い、トントンと爪先で地面を蹴っている。双眼はじっと、信号機が通過を許可する瞬間を待ち望んでいる。
「急がなくても、バスが来る時間は変わんねえだろ?」
「まあね。でも、なんか落ち着けなくて」
もう一度、自分の足を止めている歩行者用信号機に目をやって、車側の信号機の様子をうかがう。ちょうど、青から黄に変わったところだ。すぐに赤に変わると、スバルは立ちながら組んでいた足をほどいた。とたんに、正面の信号機が青に変わった。それを見て、立ち止まっていたロスを取り戻そうと足が駆けだした。
「だから、バスが来る時間は変わらねえって!」
バス停の隣に立ち、そわそわと時刻表の上にあるデジタル時計を見ているスバルに、ウォーロックは深いため息をついた。だが、その目は先ほどと違って穏やかだった。いつも冷めたような光を放っていたスバルの目が、少年っぽさを秘めていたからだろう。
当の本人はそんなことに気づかない。数字が変わる度に、踊ろうと飛び跳ねる胸を抑えるのに必死だ。
バス到着予定時刻数分前になると、時計から道路へと目を移す。どの角からバスが曲がってくるのかと探していると、手前から4つ目の角から現れた。ちょうど、時刻表ピッタリだ。道路の数十センチ上の空を走るバスが、空中ブレーキをかけてドアを開ける。フレームは掃除不足なのだろう、そこそこ汚れていたり、ペンキがはげている。無骨な四角い塊が扉を開くと同時に、ジャンプするように夢の時間へと誘ってくれる馬車へと乗り込んだ。
乗客はスバル一人だ。よって、バスはすぐに駆けだした。すぐ近くの木陰に隠れている少女に気付く理由はない。その少女は、バスが地平線へと消える手前でヌッと顔を出した。途端に、「コソコソコソッ!」と軽快な忍び足で時刻表に近寄った。これでは学級委員長ではなく、不審者である。時刻表と時計を確認し、先ほどスバルが乗ったバスを確認する。
「『ヤシブタウン直行便』ですって? まさか……もと引きこもりのくせに、本当にデート!?」
公園で鼻高々にふんぞり返っていたスバルの横顔が脳裏に走る。
「……次のバスは……途中で何駅か止まっちゃうのね。それでも、約数分遅れでヤシブタウンに行ける……か……」
鋭くて切れ長な目が、新たにやって来たバスを射抜いた。おそらく、操縦していたナビはビクリと肩をすくめたことだろう。
◇
「お前は痴漢を警戒する乙女かよ」
「別に、そんなんじゃないよ」
バスの中で服を気にしているスバルは、刑事ドラマで得た知識を披露しているウォーロックに突っ込みを入れていた。
「スカート履いてるわけでもねえだろ。変だぞ?」
「いや、服にしわがよっちゃ……って、ああ、もう!!」
ほぼ満員のバスの中、乗客の間に挟まった上着の裾を丁寧に引っ張り出す。
「ちっとくらい大丈夫だろ?」
「ミソラちゃんが気にするかもでしょ?」
「……まあ、好きにしろよ」
神経質なスバルに呆れ、ウォーロックはスバルの青いトランサーからのそりと抜けだし、隣の客の赤色のトランサーへと入って行った。どうやら、個人情報を見て暇をつぶすつもりらしい。悪趣味と思いながらも黙認し、窓へと目をやった。
自宅近くまで流れる小川。無機物な世界に、そっと命を匂わす街路樹。その下で一休みしている散歩中の老婦人。窓の端っこでは公園内の樹の天辺が見え隠れする。自分が乗っているバスを映す店々のガラス戸。一つ一つが輝き、まるで祝福してくれているかのようだ。
右折左折を繰り返すたびに、段々と見なれない町並みへと変わっていく。段々と車道の幅が広くなり、対向車線から二車線へ道路が姿を変えていく。平行して走る車が多くなり、中には大型トラックの姿も見えはじめる。それでも輝きは薄れず、むしろ増して行く。
スバルの目の表面を、バスの外の光景が次々と駆け抜ける。映るものが変わる度に、双眼はランランと灯す煌きを強くして行った。
だが、それも時期が来れば終わりを告げる。それは、何度目かのバスの停止と共に送られてきた開閉音だった。運転していたナビが録音されていた音声を流し、目的地の到着を告げる。それに耳を傾けるそぶりすら見せず、出口付近の客達が一斉に降車を開始した。乗客たちの流れに乗るように、スバルも出口へと向かう。すっと足を降ろすと、そこはもうヤシブタウンだ。数歩歩んで空を仰いだ。
「うわあぁ……」
「ほう、こりゃすげえな」
いつの間にか戻っていたウォーロックも感嘆の声を上げた。見上げるビル群に小さい空、その間を拭うように翼を広げる飛行機。空を股にかけた高速道路とモノレール。目に映るもの全てが、二人がテレビでしか見たことのない光景だった。
「負けてたまるか!」
自分を飲み込まんとする世界を見上げながら、パンと頬を軽く叩いた。
「何にだよ? ところで、まだ時間あるからよ。そこらへんぶらつくか?」
トランサーとバス停の電光掲示板に映る時計を見ながら、スバルに提案した。街を見渡すと、チラリと目に入ったたものが彼の興味をそそったからだ。男性が自慢の筋肉を見せつけている看板だ。スバルもああなれば、戦闘も楽になると考えたのである。ちなみに、この看板は筋トレをメインにしたスポーツジムの物である。
「え~、早くミソラちゃんとの待ち合わせ場所に行きたいよ」
「はぁ、しゃあねえな」
「ごめんね。今日は一日付き合ってよ」
「今日
「で、デートじゃないってば」
「顔赤くしてたら説得力無いぜ?」
首筋をポリポリと掻いているスバルに呆れながら、ウォーロックは待ち合わせ場所である、バチ公象の方角を検索してくれた。どうやら、ここからすぐ近くにある長い階段を上った先にあるらしい。
ウォーロックのナビを受けながら足を向けてみると、確かに長い。建物の階段に例えれば、三階分はありそうだ。待ち合わせ時間を確認する。まだ三十分以上時間がある。バスはもう2,3個後の物でもよかったかもしれない。
そんなことは、スバルの高鳴る気分は抑える要因にはならない。一段一段踏み上がることすら我慢できず、「ダンッ! ダンッ!」と階段を蹴飛ばし、飛び越え、重力に逆らっていく。最後の一段を飛び越え、眼前に広がった光景に目を凝らした。
高さと幅が3メートルほどありそうな犬の石造が中央に映った。周りのベンチに腰かけている中高生くらいの者達が談笑し、そのそばを親子連れの若い家族や老夫婦、わき目もふらずに走っていく子供達など、様々な人々が右に左にと流れていく。
それらに見向きもせず、バチ公と呼ばれる犬の石造の真下に目をやった。髪の色ですぐに分かった。人ゴミをかき分けるように彼女の前へと進み出た。
「ミソラちゃん!」
その言葉で、キョロキョロとしていたミソラがスバルに気付き、目が合った。
「スバル君!? もう来てくれたの?」
「そっちこそ、もう来てくれて……」
ミソラの目の前まで来たスバルの言葉はそこで遮られた。今日のミソラはいつものピンクのコブ付きパーカーではなく、少し赤い7分袖のシャツに、グレーのノースリーブを羽織っている。黄緑色のホットパンツは黄色のひらりとしたミニスカートに変わっている。黄土色のチャッカ―ブーツが女の子らしさを更に引き立てている。
「ど、どうかな?」
スカートをひらめかせ、ミソラはひらり一回転してみせた。スバルはくるりとミソラに背を向け、顔に手を当てた。
「どうした? 鼻でも痛いのか?」
「いや、ちょっと……」
地球人の行動が分からないウォーロックは、鼻を必死に抑えているスバルを細い目で見ていた。
「あ……変だったかな? この格好……」
「変じゃないよ!」
振り向き直り、でかすぎる声で叫んだ。通行人が何人か驚いたように一瞬だけ振り返った。
「す、すっごく似合ってるよ! 可愛いよ!」
「ほ、ほんと!? う……嬉しいな……」
好きな男の子からこう言われて、照れない女の子はいない。波状にした口に両手を添えて、頬色の顔をうつむけた。目は嬉しさでちょっと潤んでいる。
「あ、あのね! スバル君のも、似合ってるよ。かっこいい」
「本当に! やった!」
好きな人に褒められた時、女の子が照れるのなら、男の子はガッツポーズをとるのが地球人の行動パターンらしい。スバルは両手でギュッと拳を握っている。
「来てくれて、ありがとう」
「来るに決まってるじゃん。ミソラちゃんの頼みだもん……」
「あ、ありがとう……」
ミソラが更に顔を赤くする。理由は言わずもながらだが、スバルは分かっていならしい。しかし、すぐに自分の発言に気付いた。これでは、自分がミソラに気があると言ってしまったようなものだ。負けずと顔をダルマの様に赤く染めた。
「……おい、ハープ! どうするんだよ。スバルもミソラも黙っちまったぞ?」
「良いから、アナタは黙っていなさい。ここは、そっと見守ってあげるのよ」
「それが地球人の青春か?」
「そう言うこと。ガサツ星人にしては物分かりが良いわね」
「誰がガサツ星人だ!」
二人の隣でウォーロックとハープは、地球人には見えない周波数で、聞こえない声の周波数でひそひそと会話をしている。
この膠着を切り開いたのはミソラだった。
「じ、じゃあ! さっ、さ……さっそく行こうか?」
「う、うん。行こうか?」
ミソラが歩き出し、後に続くようにスバルが隣に並ぶ。しかし、ふとミソラが踵を返した。
「ごめん、今から行く103デパートはこっちだった」
「あはは、うっかりさんだね」
「えへへ」
ぺろりと笑って見せるミソラに、スバルは穏やかな目で笑い返した。
「ポロロン! ミソラ! スバル君とお似合いよ!!」
両手で、キラキラとした銀箔を張り付けた、紙の束の様な応援用グッズを振りかざし、ハープは一心不乱にエールを送っている。その隣で、ウォーロックは呆れたように肩をすくめた。
「ほら! あんたも応援する!」
「あ? この……ヒラヒラした物を振るのか?」
「や~ね~、これは地球人の女の子が使うものよ。それとも、あんたも試しに使って見る?」
「誰が使うか!」
怒鳴るウォーロックをからかうように、ハープはヒラヒラの紙束を押しつけようとする。そこから少し離れた場所では、紫色のオーラが上がっていた。
「ど、どど! どういうことなの!? なんでスバル君が、あの響ミソラと!?」
先ほどこの街に到着した白金ルナである。ヤシブタウンの待ち合わせ場所と言えばバチ公像である。そこにスバルと、スバルの彼女がいるであろうと勘ぐって来てみれば、予想通りだ。予想外だった点と言えば、スバルの彼女があの響ミソラであったことである。
「なによ、スバル君もあんなに嬉しそうに!! 先に誘ってあげようとしたのは私よ! 私が先に誘おうとしたのに!!」
スバルに先約を入れていたのはミソラの方である。
「だいたい、スバル君と響ミソラにどんな関係があるって言うのよ!? 元引きこもりのくせして……」
その元引きこもりを遊びに誘おうとした自分の行動に気付いていないようである。
「こうなったら……小さいプライドになんて構ってなんかいられないわ! 徹底的に後をつけてやるんだから!」
小さいプライドどころか、人間を捨てていることに気付いていない。
「覚悟しときなさいよ、スバル君。フフフフフ……」
毒々しいオーラが禍々しく立ち上り、近くにいた4歳ほどの男の子が言い知れぬ恐怖を察し、泣きだした。
ルナは完全に忘れている。先日、スバルに言われた言葉を……
衛星女、ここに降臨である。