流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第七十六話.デートに行こう

 横断歩道の白線だけを踏むように飛び越えながら、スバルはワイヤレスイヤホンから流れてくる曲に合わせて歌い始めた。ちょっとずれているが、ウォーロックは突っ込まなかった。ほっといてもそのうちマシになるはずだ。

 横断歩道を飛び越え、バス停まで近道しようと公園の中を通る。後をつけてくる、素早くこそこそと動く影には一切気付かなかった。

 中に入ると、まず見えてくるのがBIGWAVEの看板である。今はLEDのライトを消しているが、煌びやかな赤や青で作られたドでかい文字看板は、どうしても目立つ。ふと声に気付いて視線を下げると、砂場の側に三つの影がある。

 

「お、キャンサーがいるじゃねえか。ちょっとからかってくるぜ?」

「虐めたらだめだよ?」

「いじるだけだって」

 

 一応心配して、胸ポケットのビジライザーをかける。千代吉のトランサーから飛びだしたキャンサーが手を振っている。前回は八つ裂きにしていたが、二人はそこそこ仲が良いらしい。違うかもしれない。ウォーロックがラリアットをかましている。彼なりの乱暴なスキンシップかもしれないが、キャンサーがちょっと可哀そうだ。

 

「やあ、千代吉、久しぶり」

「おう! スバルじゃねえかチョキ! 元気にしてたかチョキ?」

 

 以前、キャンサー・バブルになって、ちょっとした騒ぎを起こした千代吉が偉そうにふんぞり返った。二歳も年上のスバルを呼び捨てとは、なかなか生意気な子供である。

 千代吉と一緒に話していたのはBIGWAVEの店長、南国ケンだ。派手なサングラスをかけた顔をしかめている。

 

「ねえ、スバル君も何か言ってあげてよ! ちょっときつめ的なのを!」

 

 ぶんぶんと両手の拳を胸元で振っている。彼にしては珍しく、ちょっと怒っている様子だった。

 

「そうだチョキ! スバルもなんか言えチョキ!」

「どうしたんですか?」

 

 二人に尋ねると、南国が応えてくれた。

 

「このおじいさん、朝っぱらからお酒飲んでるんだよ! 説得してよ!!」

 

 千代吉が話していた相手は南国ともう一人いる。

 

「おじいちゃん、昼間からお酒飲むのはあまり良くないって、母ちゃんも言ってたチョキよ?」

「ほっほっほっ、聞こえんのう」

「……あれ?」

 

 スバルは初対面のおじいさんをよく見てみた。ツバの短いハンテング帽を被っているから気づかなかったが、この声は最近聞いたことがある。もしかしたら、初対面じゃないかもしれない。

 

「さあ、お酒返して!」

「いやじゃ!」

「我がまま言わないで!」

 

 南国が力づくでお酒を取り上げようとした時、おじいさんは顔を上げた。それに身覚えがあった。

 

「あ、おじいさん……」

「ん? おお、君か?」

 

 おじいさんも気付いたみたいだった。

 

「売店で良く会うのう?」

「はい……」

 

 帽子の下から出て来た、しわだらけの顔の持ち主は、理事長のおばあちゃんの友人で、よく焼きそばパンを食べにくるおじいちゃんだった。あれから、何度か売店で会うので顔見知りになっている。ウルフ・フォレストと戦った日も、お昼休みに売店で顔を合わせていた。

 それにしても、逞しいおじいちゃんである。スバルに気付いて笑ってはいるが、酒瓶を手に吸いつけるようにして放そうとしない。

 

「もう、いい加減にして的な! 無茶しすぎなんですよ!」

「この前だって、ミソラっちのコンサートで、杖付くの忘れて走り回ったって言ってたチョキよね? 体に悪いチョキよ?」

 

 ちょっとだけ手加減している南国が怒鳴り、隣の千代吉が心配そうに尋ねた。

 それを聞いて思い出した。ミソラがコダマタウンで失踪した日、杖をつかずに走り回っている老人がいた記憶がある。どうやら、その時の老人が、このおじいちゃんらしい。

 

「知らん! ワシのハードトロピカルを奪うでない!」

「いや、これ僕のだから的な!? さあ、手を離して的な!」

 

 おじいちゃんの頭をちょっと抑え、とうとうハードトロピカルと言うお酒を取り上げた。

 

「ああ、ワシのハードト……」

「だ・か・ら! 僕のだから的な!?」

「おじいちゃん、ほら、ミソラっちの曲聞かせてあげるから、我慢するチョキ」

 

 

 すっと差し出された千代吉の小さい手には、ワイヤレスイヤホンが握られている。

 

「おお、ありがとうのう。う~ん、ミソラちゃんの曲は最高じゃ!」

 

 どうやら、もうお酒は良いらしい。この間に、南国はさっと酒瓶を戻しに店内に戻って行った。

 

「なんだ、お前らまでミソラのファンなのか?」

「そうプク! オイラも『ミソラちゃんファンクラブD』に入ったプク! これで、千代吉と同じ、ミソラっちのファンクラブ会員プクよ~」

 

 ウォーロックの呆れたような疑問に、キャンサーは白い花をまき散らしながら答えた。どうやら、千代吉も「ミソラちゃんファンクラブ」の会員らしく、キャンサーは、先日デンパ君の大軍が口走っていたDと名のつく謎の団体に入ったらしい。

 

「なんなんだ、Dって?」

「電波の略プク! つまり、電波世界の『ミソラちゃんファンクラブ』プクよ! ただ、最近『ハープ・ノートちゃんファンクラブ』が急速に成長してきてるプク! 負けるわけにはいかないプクよ~!!」

 

 メラメラと闘気を発するキャンサーの隣で、ウォーロックは呆れたように目を細めた。

 

「お前、名前からして気づかねえか? ハープ・ノートの正体に」

「気づいてるプクよ! あの口うるさいハープが、地球人と電波変換してるプク!」

「……そこまで分かってて、まだ気づかねえか?」

「何がプク?」

「……いや、良いや……」

 

 どうやら、キャンサーは電波変換している地球人がミソラだと気づいていないらしい。めんどくさいので、ウォーロックはキャンサーを軽く小突いて話を終わらせた。

 

「そうだ! ウォーロック、『ミソラちゃんファンクラブD』に……」

「入んねえぞ!!」

 

 おじいちゃんがルンルンと体を揺らしている横で、千代吉は徐にスバルに話しかけた。

 

「ところでスバル、お前今日暇か?」

「え、今日?」

「おう、どうせ暇なんだったら、遊んでやっても良いチョキよ……」

 

 最後は照れくさそうに目を横にずらした。戻って来た南国は千代吉の本心に気づいている。いつもBIGWAVEで遊び相手を探している千代吉を、声に出さずに応援していた。

 

「ごめん。僕、今から出かけるんだ」

「そ……そうチョキか……」

 

 明らかに落ち込んでいる千代吉に、南国はポンと肩に手を置いてあげた。

 

「スバル君にしては珍しい的な? どこに出かけるの?」

 

 南国もさりげなく失礼である。普段とは違うスバルの服装を見ながら尋ねた。

 公園の入り口に身を隠しながら、ルナはナイスと南国に賞賛を送った。ここからではほとんど会話を聞き取れないが、この台詞はしっかりと聞いていた。

 

「ぼ、僕ですか? それはですね……」

 

 こう言う時、背伸びをして自慢したくなってしまうのが男の子である。腰に手を当てて胸を張り、言わなくて良いことを言ってしまった。

 

「ヤシブタウンで、今からデートです」

「で……」

「デ~ト~!?」

 

 驚いた千代吉の声は、ルナにまで届いてしまった。

 

「んな、なんですって~っ!?」

 

 ルナが驚愕して歯をガチガチと鳴らしていることも知らず、目を丸くしている千代吉と、拍手を送ってくれている南国に、スバルはふんぞり返っていた。

 

「スバル君、おめでとう的な! それでその格好?」

「うん、変……かな?」

「いやいや、似合ってるとも! その子のハートを射止めるための気合十分的な!?」

「い、いやあ……そんな事無いですよ」

 

 ピンク色に笑っているスバルの遥か後ろで、黒い炎が激しく立ちあがっていた。

 

「じゃあ、バスが出ちゃうから……」

「うん、今度、お話聞かせて的な!?」

「ば、バイバイチョキ……」

 

 元気に手を振ってくれる南国と力なく手を振る千代吉、そして、未だにミソラの曲を聞きながら踊っているおじいちゃんに手を振って、スバルは走り出した。

 

「じゃあな」

「ウォーロック、『ミソラちゃ……』」

「いや、興味ねえから」

「今度は入ってプク~よ~」

「あ~あ~、別の機会にな!」

 

 あれから、ウォーロックはずっと勧誘を受けていたらしい。入会を拒否しながら、スバルを追いかけた。スバルが公園から出ていき、ほぼ同時にウォーロックがスバルに追いつく。それを見送りながら、キャンサーはシュンと自分の会員カードに目を落とした。

 

「ミソラっちの良さが分からないなんて、ウォーロックは人生損してるプク」

 

 ハァとため息をついた時だった。嵐が舞い降りた。千代吉と南国も、キャンサーの後ろに振り返った。そこには、とぐろを巻き、竜巻のように立ち上る漆黒の烈火。その周りの空気は熱気で歪み、蜃気楼のように景色を折り曲げる。業火の中央に、一つの影がゆらりと立っていた。

 言葉を失い、顎を全開に開いた千代吉が南国の方足を両手で掴む。南国も同じだ。本当は逃げだしたい思いを抑え、しゃがんで千代吉を抱き寄せた。

 

「え、エイリアンプクー!!」

 

 自分が宇宙人だと言うことを忘れた発言である。

 

「ちょっと良いかしら?」

「ヒィ!?」

 

 キャンサーの姿は見えていないはずである。だが、ちょうどピッタリの位置とタイミングで彼女は口を開いた。

 

「さっき、スバル君がいたはずだけれど、どこに行くって?」

「や、やや、ヤシブタウンです……」

「そう、どうも……」

 

 ビュゴオオと人間では無い音をまき散らし、ズシリズシリとスバルが消えた方角へ歩きだした。

 エイリアンが消え、『的な』という口癖すら忘れていた南国は空を仰いだ。

 

「スバル君、ごめん……的な」

 

 空でキラリと浮かぶスバルの笑顔に両手を合わせると、千代吉とキャンサーも習って冥福を祈った。今も変わらずにはしゃいでいるおじいちゃんを背景に。




 キャンサーはアニメでは大のミソラファンです。クラウンと同じく、千代吉と一緒にファンになってもらいました。

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