流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第七十四話.もう一つの土曜日

 目を覚ますと日光が目に入った。いつの間にか眠っていたらしい。重い頭を抱えて起き上がる。

 ゴトリと物音が聞こえた。

 ハッと、ベッドの下に置いてあった防犯スプレーを手にとった。この家にいるのは自分一人だ。物音がするということは、余所者がいると言うことに他ならない。そっと部屋のドアを開け、外の様子を窺う。廊下には誰もいない。物音はリビングから聞こえてくる。覗き見ようとノブに手を伸ばす。触れる寸前でそれは彼女の手から離れた。ヌッと大きい影がドアを手前に引いて立っていた。見上げた彼女は安堵のため息を吐いた。

 

「ママ!」

「ルナ、あなた何やってるの?」

 

 母親のユリ子だった。珍しく帰って来ていたらしい。防犯スプレーを持っている我が子を、縁の細い眼鏡の後ろから不思議そうな目で見ている。

 

「その、泥棒かと思って……」

「何を言っている。このマンションの警備は万全だ。そんなわけが無いだろう」

 

 部屋の中から出て来た、父親のナルオが呆れたように答えた。ほっそりとした妻と違い、肩幅が広い。口髭を蓄え、白髪混じりの灰色の髪の毛は四角い輪郭と合わさり、威厳を醸し出している。

 ユリ子の特徴としては、バリバリのキャリアウーマンという言葉がよく似合う。自宅だと言うのにもかかわらず、ピッチリと着こなした紫色のスーツから、冷淡な印象を受ける。

 父の言葉に、そういう問題ではないと抗議しようとする。

 

「そんな事より、お父さんとお母さんに言うことがあるんじゃないかしら?」

「あ、はい……お帰りなさい、パパ、ママ」

 

 言いたいことは、ユリ子の言葉でタイミングを逃してしまった。しぶしぶと帰宅を祝福するお決まりの言葉を口にする。

 

「11歳にもなって、そんな挨拶もろくにできないのか? それで本当に学級委員長が務まっているのか?」

「学校ではどんな教育をしているのかしら。今度、校長に訊きに行く方が良いかしらね」

 

 自分達だって「ただいま」と言っていないくせに。だが、そう言う言葉も飲み込んだ。言う気も起こらない。

 

「体はもう大丈夫なのか?」

「……うん」

「そこは『はい』でしょう?」

「……はい」

 

 律儀に言い直した娘に、ナルオは背中を向けて室内のソファーへと向かった。

 

「なら、すぐにピアノの練習を始めなさい」

「ピアノもろくに弾けないんじゃあ、エリートとしてかっこ悪いわよ」

「……はい」

 

 学校にいる時とはうって変わり、しおらしい返事だった。ルナの元気のない返事に、ユリ子はばたりと扉を閉めた。これが、一週間ぶりの親子の会話である。

 

「全く、コダマ小学校は何をしているんだ? ルナへの教育をちゃんとしているのか?」

「それに、今回の事件よ。この前も教員が事故を起こしたばかりなのに……」

 

 教員とは育田のことである。学習電波暴走事故として処理されたリブラ・バランスの事件も含めて、ユリ子は額に四本の指先を当て、深いため息をついた。夫も唸るように顎に摩る。

 

「学校の教育はあてにならないし、コダマタウンの治安も悪くなる一方か……」

「ねえ、あなた。転校させた方が良いんじゃないかしら?」

 

 ユリ子の言葉に、ナルオはすぐに首を振った。

 

「そうだな、それが良い。全寮制の女学院に通わせよう」

「私も同じ考えよ。さっそく手配しましょう?」

 

 廊下に立っていた一つの影は、フラフラとした足取りで部屋へと戻った。ドアが閉まると同時に、ペタリとその場に座り込んだ。

 

「私が……転校? そ、そんな……い、嫌よ……」

 

 震える首で必死に重い頭を持ち上げる。金色に輝く、大小のトロフィー達がまがまがしいほどに眩しかった。

 

 

 浴びせられる太陽の中で、男は満足げに手の得物を降ろした。

 

「こんなもんだろう!」

 

 男の目の前にあるのは木だ。春の温もりの中で育った、青々とした葉を無数に身に纏っている。そして、彼の仕事はそれをデザインしてあげることだ。

 

「相変わらずの腕前だな」

「まあ、それが俺の仕事だからな」

 

 トランサーから聞こえて来た声に、彼はふんぞり返った。トランサーの住人も微笑みながら外に身を乗り出した。

 

「で、これがヒメカお嬢様がリクエストしたリスか?」

「ああ、画像調べてや……」

 

 言葉を途中で塞いだ。視界の隅に人影が映ったからだ。彼の話し相手もさっとトランサーに逃げ込んだ。

 

「十郎様、また独り言ですか?」

「あ、聞いてらしたんですか、お嬢?」

 

 尾上に話しかけて来たのは清楚な雰囲気を纏った一人の女性だった。尾上よりも二、三歳年下と言ったところだろうか。彼女が、ウルフが話題に出したヒメカお嬢様である。

 ヒメカは、尾上の雇用主である。正確に言うと、雇用主の娘だ。尾上の雇い主はかなりの資産家である。その証拠に、尾上の職場となっているこの庭園を見た者は誰もが言葉を失ってしまう。

 広大な敷地には色とりどりの草花が所狭しと溢れかえっており、中央には豪華な装飾品をつけた噴水がそびえ立っている。そんな、お金持ちの家を絵に描いた様な広大な敷地の中には、数え切れないほどの樹木が植えられている。

 その全ての世話をしているのが尾上である。尾上の仕事はそれらの木々の健康管理と、デザインだ。つい先ほど、ヒメカのリクエストに応えて、一本の木をリスの姿にしたところだ。

 

「まあ、かわいい! 流石、十郎様ですね」

「い、いえ、滅相もないです」

 

 ウォーロックと一緒にいた少年も分かりやすいが、尾上も分かりやすい。それがウルフの感想である。ヒメカと同じく、尾上の頬は少し火照っている。陰ながらに応援してやるのがウルフにできる唯一のことである。

 

「ところで、十郎様。明日、時間は空いていますか?」

「え、あ、はい。お暇をいただけるのならば……」

 

 仕事さえなければ大丈夫だと尾上は答えた。すると、ヒメカはパンと手を叩き、太陽を照らす泉よりも明るく笑って見せた。

 

「なら、一つお願いごとを頼まれてくださいますか?」

「お嬢の頼みなら」

 

 思いを寄せている女性の頼みだ。尾上は快く引き受けた。

 数分後、尾上の態度は一変していた。お嬢のお願いを聞いて、顔を真っ青にして手と首を振った。

 

「む、無理ですって、俺には!」

「お願いします。十郎様ならできますわ!」

 

 決して賢くないわけではないし、世間知らずなわけではない。自分なんかには釣り合わない立派な方だと敬っているほどだ。しかし、やはりこのお嬢様はどこか抜けていると尾上は頭を抱えた。そんな高度なこと、尾上にできるわけがない。

 

「尾上君、そう言わずにヒメカの頼みを引き受けてくれんかね?」

 

 象の姿をした木陰から、豊満な笑みを携えて出て来た男性が一人。ヒメカの父親、つまり尾上の雇い主である。金持ちであることを鼻にかけることも一切無く、尾上にもわけ隔てなく接してくれる心優しい人物である。

 

「ちょ、旦那様! 俺なんかに頭下げないでください!」

 

 そんな人にこんなことをされれば、断ることなどできるわけがない。

 

「なら、引き受けてくださるのですね? 十郎様!」

「あ……えっと……」

 

 また頭を下げようとする旦那様を見て、尾上はあたふたと了承した。そんな尾上を、ちょっと損はするが幸せな人間だとウルフは笑っていた。

 

 

 再び上った日を、ルナはぼんやりと眺めていた。昨日の夜のできことが、鮮明に思い出される。ルナが部屋に戻ってすぐ、両親は仕事へと出かけて行った。珍しく休日を家で過ごすのかと思っていたが違ったようだ。土曜日の朝からまた大好きなお仕事らしい。

 おそらく、両親の楽しみは仕事なのだろう。一体何しに帰って来たのだろうか。そんな両親は、その日の晩に、ルナ宛てにメールを送ってきたのである。それを見て、呆れたように鼻で笑ってしまった。書かれていた言葉はたったの一行だ。再来週からとあるお嬢様学校へ通いなさいという命令だった。

 

「どうせ、こうなるとは思っていたけれどね」

 

 今日もやらなければならない習いごとがたくさんある。だが、それは無視することにした。

 

「どうせ、来週の今頃は……会えないものね」

 

 トランサーを開き、ブラザー一覧からぽっちゃりとした男の子の顔を押す。聞きなれた呼び出し音が鳴る。彼のことだ、朝のこんな時間から起きているわけがない。このまま数分は待つだろう。再来週からは毎日遅刻してしまうのではないだろうか? そんなことを考えていると、パッと画面が明るくなった。

 

「どうした、委員長。こんな朝早くから」

 

 もうすぐ九時だと言いたくなったが、止めた。今日が最後の日曜日なのだから。

 

「ゴン太、今日あんた暇でしょ? 今からキザマロと家に来なさいよ」

「え? ちょ、ごめん、委員長!」

 

 まさかの返事にルナの小さい堪忍袋がぷっつりと切れた。ピクリと眉が釣り上がる。

 

「ど、どういうことよ!?」

「今日、母ちゃんと船上タコヤキパーティーがあるんだよ! 来週なら……」

 

 素晴らしくコアなイベントである。よく見つけたものだ。

 

「タコヤキと私と、どっちが大事なのよ!」

「だ、だって! ずっと前から予約してて……母ちゃんも楽しみにしてて……」

「もういい!」

「あ、委員ちょ……」

 

 おろおろとしている少年に怒鳴り、一方的に回線を切った。慌てて手を伸ばしたゴン太がプツリと消えた。

 

「何が来週よ……多分、今頃は……」

 

 新しい学校のある町で一人暮らしするべく、とっくに飛行機に乗っているころだろう。

 二本の後ろ髪をぶんぶんと振りまわし、気を取り直した。もう一人のブラザーに電話をかける。こっちは予想通り、すぐに出てくれた。

 

「キザマロ、今日あんた暇よね?」

「え? 今日ですか? すいません。身長のびのびセミナーがあるんです!」

 

 胡散臭すぎるセミナー名である。

 

「ちょっと、何よそれ!?」

「ひぃ! ごめんなさい! らら来週なら……」

 

 今度は無言で電話を切った。

 

「なによ、ゴン太もキザマロも……今日が、最後なのに……」

 

 怒りよりも、行き場のない寂しさで声が段々とか細くなっていく。そっと、ポケットに手を伸ばし、あの紙を取り出した。

 

「ロックマン様……」

 

 数秒間、ボーッと眺めていると、はっと目を大きく開いた。

 

「そうだわ! スバル君を誘ってあげましょ! どうせ、元引きこもりで、私達以外に友達もいないはずだし、遊びに行く予定もないはずよ! 誘ってあげたら喜んでくれるはずだわ!」

 

 何とも失礼で自意識過剰な発言である。

 

「そうと決まれば、さっそく行……」

 

 はっと、手に持っている紙を見て、空に弁明しながらしまい込んだ。

 

「な、なんでロックマン様を見ながらスバル君を思い出すのよ! それに、あいつが寂しがってるから誘ってあげるだけなんですからね!」

 

 乱暴にドアを蹴飛ばし、ずかずかと玄関に向かう。靴を履いていると、ふと玄関の大きな鏡が目に留まった。靴をはき終わると、くるりと一回転して見せる。完璧だ。いつもと同じ格好だが、服にしわは無いし、お肌の調子も良好である。髪の手入れなんてパーフェクトだ。当然だ。女の子として、身だしなみに手を抜いたことなど一度もないのだから。満足げに頷き、玄関のドアをゆっくりと開いた。

 

 

 何をしている。毎朝やっていることだ。なのに、なぜできない。

 

「押すわよ! ……って、インターホン押すだけじゃない!」

 

 朝っぱらから、他人の玄関の前で手をバタバタと振って動揺している様は変質者以外の何者でもない。だが、今のルナにはそんな些細なことに構ってなどいられない。

 

「落ち着くのよ、私! 深呼吸、深呼吸……」

 

 スーとハーの呼吸を数回行った後、息をごくりと飲み込んだ。

 

「行くわよ……」

 

 そっと、細い人差し指をボタンへと近づける。

 

「行ってきます!!!」

「え?」

 

 押すより早く、ドアからスバルの声が発せられた。




 ゲームの戦闘狂な尾上も好きですが、アニメ版の身分違いの恋をする尾上も好きです。と言うわけで、両方の設定を足しました。アニメの尾上とヒメカお嬢様の関係、素敵ですよね?

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