流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第七十三話.デート前日

 太陽の休み時間が終わって数時間。つまり、日が空けた翌日の土曜日。朝早くから、スバルは普段ならばまず行くはずのない店の前へと来ていた。

 

「よし、行くぞ!」

「洋服屋って、そんな意気込んで行くもんなのか?」

 

 異星人はスバルが必死に固めた決意に、冷たい水を刺した。店の入口の前で、拳を固めていたスバルはがっくりと肩を落とす。

 

「あのね……誰だって初めては緊張するんだよ。僕、一人で服を買いに来たことなんて無かったから」

「なら、止めたらどうだ?」

「嫌だよ! ミソラちゃんと歩くときに、変な格好はできないだろ? まあ、この格好が変だとは思っていないけれどね」

 

 今のスバルの服装は普段と同じである。あまり見かけないファッションだが、スバルには似合っていると言える。

 

「だってよ~、バトルカード……」

「諦めてよ。僕だってCD我慢したんだから」

「結局、てめえのもん買うんじゃねえか!」

 

 昨日の夜のやり取りを思い出しながら、ウォーロックは怒鳴った。

 

 

 夕飯を食べ終え、あかねが「明日は赤飯でカツ丼作るからね」とからかって来た後のことだ。絶対に食べたくないと言い返して部屋に戻り、スバルは電子マネーを睨みつけるように提案したのである。

 

「決めたよ、ロック!」

「お、バトルカードを買う気になったか!?」

「CDもバトルカードも買わない」

「……あ?」

「僕、これで服を買うよ!」

「服だああぁぁぁぁ!?」

 

 驚きのあまりにウォーロックの目が別々の方角を向く。

 

「うん! これで、日曜日に着ていく服を買うよ! あ、靴も買わないと……」

「ふ、ふざけんなああぁぁっ!!」

 

 ウォーロックの言葉を聞いていたのは、苦笑いしているデンパ君とティーチャーマンだけだったと言う。

 

 

「まったくよ……ミソラに会ってから、ドンドン色気づきやがってるな、てめえは」

「べ、別にそんなんじゃないよ! おしゃれじゃなかったら、一緒に歩くミソラちゃんが迷惑でしょ?」

「なら、これはなんだよ?」

 

 トランサーの中で、現代のネットワーク技術を最大限に利用して集めて来た情報一覧を広げて見せる。そこには、「これでモテル!」「気になる女の子を振り向かせる技」「あの子とのデートにはこれ!」など、恋する男性達を狙いまくった文字達が並んでいた。その下に、ファッションモデルの男性達が色とりどりの服を着こなしている写真が並べられている。

 

「……さあ! 買いに行こう!!」

「おい、しらばくれんな!」

 

 ウォーロックがしゃべれないように、客が入り乱れている店内へと足を踏み入れた。

 スバルは真っ先にシャツが並んでいるコーナーに足を運んだ。ウォーロックも礼儀正しく黙ってくれたようである。画像データやそこに書かれている豆知識を見ながら、スバルは一つ一つの服を手に取り、自分に合わせていく。そして、写真の服装と確認する。

 

「う~ん、やっぱり、僕に黒は似合わないかな」

 

 そんな事は無いだろうが、スバルは黒いシャツを棚に戻し、白いシャツを手に取って鏡の前に立つ。

 

「どっちかって言うと、白かな?」

 

 大人しく、誠実なスバルの雰囲気を考慮すると、白っぽく、明るい服装の方が似合うだろう。黒っぽい服も使いようではあるが、春の暖かくて明るい雰囲気も考えて、まずは白いシャツを選ぶことにした。そこから、上に羽織るシャツとズボンを選ぶ事に決める。

 

「大丈夫、『アンドウロメダ占い』でも、明日のラッキーカラーは白だって言ってるし!」

「アンドロメダ占い?」

「アンド()ロメダ占いだよ。ロックが持っている変な鍵じゃないんだから」

「あ、ああ、そうか。で、なんだその占い? 当たるのか?」

 

 ウォーロックの言葉に、スバルはキリッと眉を引き締めて答えた。

 

「二百年前から続いている最強の恋占いだよ! あの光熱斗の奥さん、光メイルさんだって、愛用していたらしいんだから!」

「……いや、知らねえけどよ……って言うか、『らしい』かよ……」

 

 呆れるウォーロックを無視して白い服を選んでいると、ふと、隣を男性が側を通りかかる。おそらく、大学生くらいだろう。中々おしゃれに気を使っているらしく、色のバランスが取れている。彼のデニムの腰辺りに目が留まった。皮のベルトを見て、スバルはピンと閃いた。

 

「あ、そうだ。ベルトも買おうかな? ちょっと、大人っぽく見えるかも!」

 

 小学生の男の子からすると、皮のベルトを巻くと言うのは大人のステータスらしい。ちょっと背伸びをしたくなったのである。

 

「なあ、スバル」

「なあに?」

 

 上機嫌で、けれど小声でトランサーに返事をした。ウォーロックの言葉は先ほどと同じく、暇そうなものだった。

 

「いつまでかかる?」

「今日一日は付きあってよ」

「はぁ!? おい、聞いてねえぞ! そんなにかかるもんなのか!?」

 

 ウォーロックはトランサーから飛びだし、天井付近まで高度を上げて店内を見渡した。大ホールのパーティー会場を思わせる広さの大きな店だ。しかし、店内全てを見て回っても、今日一日かかるとは思えない。

 

「おい、全部見ても……」

「何度も手にとって、色々比べるからね。それに、気に入ったのが無かったら、もう何件か回るつもりだから」

「いや、適当でいいだろ! 適当で!」

「服着てない異星人には分からないよ」

 

 無視してスバルは別のシャツを手に取った。こっちは白いことは白いが、袖が明るいオレンジ色だ。もう片方の手には胸と腹辺りに赤いラインが4,5本入っている。このようなアクセントもオシャレには欠かせない。

 上機嫌なスバルと相反して、ウォーロックはがっくりと肩を落としてため息をついた。今日は家で留守番でもしていた方が良かったかもしれない。

 

「なあ、なんでそこまでするんだよ? お前、やっぱりミソラが好きなのか?」

 

 ピタリと手が止まった。

 

「あ、違うぞ、スバル! 今のは違う!!」

 

 今回はからかったわけではない。ウォーロックの素朴で純粋な疑問から出た質問である。それがスバルを怒らしてしまったのかと慌てていた。

 

「分からないんだ」

「……あ?」

 

 予想外の答えだった。首を傾げるウォーロックに目もくれず、スバルは心ここにあらずと言う表情で答えた。

 

「僕は、母さんが好きだよ」

 

 マザコンだとウォーロックは確信した。以前テレビで知識を得た時から、もしかしたらと思ってはいた。だが、さっきの発言は確実にそれである。

 

「それとは少し違うけれど、委員長も、ゴン太も、キザマロも、ツカサ君も、育田先生も、天地さんも皆好きだよ? けどね……違うんだ……」

 

 冷たい視線に、ビジライザーをかけていないスバルが気づく訳もなく、そのまま天井を仰いだ。

 

「ミソラちゃんへの好きは、なにか違うんだ」

 

 おそらく、それが地球人の恋というものなのだろう。ハープの言葉を思い出していた。ここは、からかうべきなのかと考えるが止めておくことにした。スバルを怒らした時のことを思い出したからだ。

 

「まあ、それより、服を選んだらどうだ?」

「あ、そうだね。そうしよう」

 

 別のシャツを手に取るスバルを見て、ほっと一息ついた。今日は素直に付き合ってやろう。これで、少しは早く帰れるはずだ。

 

 

 真っ黒だ。目の前の物がでは無い。部屋が真っ黒だ。だが、火事で焼けたわけではない。本人の世界が黒いのである。

 

「ミソラ、落ち込まないで?」

「だって、明日だよ? これじゃあ、台無しだよ」

 

 女の子らしく、クマやウサギを模した可愛いグッズが並べられているキッチンの中央で、ミソラは両手を床につけて四つん這いになっていた。頭は大きく項垂れ、身につけているエプロンと同じように、床に擦れてしまいそうだ。

 

「でも、こうやって塩をちょちょいとまぶせば……」

 

 ハープは小瓶を二、三度振って、黄色い塊をミソラの口元へと運んだ。パクリと咥え、モグモグと噛み締めるミソラに尋ねた。

 

「どう?」

「ダメ、味がしない……なんで? 卵焼きなのに……」

 

 卵焼き。それは、誰がつくっても一定の味がする初心者向けの一品である。フライパンに油を敷き、溶いた卵を放り込む。それだけで出来上がってしまう

 

料理である

。このお手軽さから、お弁当にはまず入っているであろう黄金の塊だ。しかし、ミソラにとってはあまりにも高いハードルだった。

 

「まずくは無いけれど、美味しくもない。ダメ、これじゃあスバル君には出せないよ……」

 

 ミソラが挑戦しているのはお弁当作りである。初恋の相手に、美味しい手料理を振舞いたいと言う、少女の健気な思いだ。しかし、残念だがそれは叶いそうにない。

 

「なんでかしらね? レシピ通りに作っているのに、見た目だって綺麗なのに……」

 

 ミソラが作った卵焼きは綺麗な黄色である。ところどころ、焼き後となった焦げ目が食欲を誘ってくれる。だが、蓋を開けると味はあまりにも平凡だった。

 

「そこらへんで売ってる安いお弁当でも、もうちょっとはマシだよ!」

 

 お弁当屋さんに謝罪すべき発言である。頭を抱え、ぶんぶんと左右に振っている。

 

「ミソラ、今回はお弁当は諦めたら? ご飯はそこらへんで適当に食べたら良いじゃない。今日は、明日着ていく服とかを選びましょ?」

「でも……『アンドウロメダ占い』でも、明日のラッキーグッズはお弁当だって言ってるんだよ!?」

「分かってるわよ。服選びが終わったら、クッキーに挑戦しましょ? お昼ご飯は無理でも、クッキーならおやつってことで振舞えるし。持って帰ってもらうことだってできるわ」

 

 それに、砂糖をふんだんに使えば味もごまかせるだろう。自分の料理の才能の無さを恨みながら、力無くハープに頷いた。

 

 

 ウォーロックはがっくりとうなだれている。その隣で、スバルはガッツポーズをとっていた。

 

「よし!」

 

 スバルの服装は大きく変わっていた。白と言うよりはクリーム色の半袖シャツの上には、赤と白のチェックシャツ。長いジーパンには皮のベルトもしっかりと締めている。買ったばかりのスニーカーは落ち着いた紺色である。今の間だけ、ビジライザーは額から外し、そっと胸ポケットに置いている。今の姿は誠実なスバルの雰囲気を引き出していると言える。

 

「長ズボンって、ちょっと大人っぽいと思わない?」

「知らね」

 

 スバルの偏見である。半ズボンだろうが長ズボンだろうがそこまで大差ない。半ズボンでおしゃれを決めている人などそこら辺にいる。だが、スバルの白くて細い足が見えない分、ちょっとだけ大人っぽく見えるかもしれない。

 

「あらあら、おめかしなんてしちゃって」

「ゲッ!」

 

 鏡の前でポーズをとっていたスバルは、ギクリと母親に振り返った。

 

「わざわざ服を買いに行って来たの? よっぽど明日が楽しみなのね~?」

 

 クスクスと笑っている母親に駆け寄り、グイッと腰を押した。

 

「勝手に入ってこないでよ~」

「はいはい、ごめんなさいね。そろそろ夕飯だから、着替えて下りて来なさい」

「はーいっ!」

 

 相変わらずニヤニヤと笑っている母にぶっきらぼうに返事をしながら、バンとドアを閉めた。そして、もう一度鏡の前に立つ。

 

「……よし、これならきっと……大丈夫だよね!?」

「知らね」

 

 

 

 荒々しく鼻息を立てているスバルに、ウォーロックは欠伸で返しておいた。気にせず、しわがつかぬよう丁寧に服を脱いでハンガーにかける。素早く今日着ていた服に袖を通しながら部屋を出た。階段を下り、リビングのドアを開ける。目に飛び込んできた夕飯はトンカツだった。その隣には、赤飯がイジワルそうに添えられていた。

 

 

「明日……なんだよね?」

 

 ベッドで布団にくるまれながら、スバルは天井を仰いでいた。

 

「明日……ミソラちゃんと……」

 

 ごろりと体を90度回転させた。頬をほんのりとピンク色にし、口元を緩めた。更に90度回転し、枕に顔を押し付ける。

 

「で、デート……か……」

 

 やっぱり、この言葉は首筋をかゆくさせる。もぞもぞと体を動かした。

 

「おい、うるせえぞ……」

「あ、ごめん」

「早く寝ろよ? 寝坊して遅刻とか、話にならねえぜ?」

「そうだね。ありがとう」

「ああ」

 

 その後、聞こえて来たのはグーといういびきだった。もう寝付いたらしい。今日付き合ってくれたお礼に、今度バトルカードを買ってあげよう。それで機嫌を直してくれるはずだ。でも、今は早く寝よう。明日、寝不足で楽しめなかったら勿体ないし、ミソラに申し訳ない。

 部屋の隅に目を移す。クローゼットの側には、今日買った服がハンガーに掛けられている。明日の眩しい一日に微笑み、スバルは目を閉じた。

 

 

「これで良し!」

 

 慣れた手つきで肌の手入れを澄まし、美容クリームをポンと化粧台の横に置いた。お化粧はあまり好きではないし、若い肌を持つ自分にはあまり必要ないとも感じている。しかし、より自分を美しく見せるため、好きなあの人に自分だけを見てもらうため、そんな小さいプライドは捨て去った。アイドル時代に培った化粧技術に心から感謝しなければならない。

 

「明日は……スバル君と……」

「スバル君と?」

「……た、ただの買い物だもん!」

 

 耳まで真っ赤にして、首をすくめた。顎に隠れてしまって見えないが、多分首まで真っ赤だろう。

 

「さ、さあ! 寝ちゃおうよ、ハープ!」

「ええ、明日は勝負ですものね?」

「そ、そんなんじゃ……無いもん……」

「なら、これは何かしら?」

「も、もう! 意地悪!」

 

 ポーチに入れてある四角いタッパーを指差すハープに頬を膨らませながら、ミソラはベッドへと潜り込んだ。ハープも横に並ぶ。

 

「明日は、頑張りましょうね、ミソラ?」

「……うん……」

 

 微笑みあった二人は、コトリと眠りについた。

 

 

 

 明日は、お互いにとって忘れられない、大切な日なる。そう信じ、スバルとミソラは眠りについた。

 その時間が、ちょうど同じだったことは星達しか知らない。




用語説明

アンド()ロメダ占い:
 元ネタは、アニメ『ロックマンEXEストリーム』
 売れない占い師、アンドウロメダ(女性)が確立させた恋占い。これで、メイルは段々疎遠になっていく熱斗と、再び距離を近づけるきっかけを掴む。
 また、メイルの励ましを受け、アンドウロメダ自身も占い師として自信を持ち、大勢の女の子から指示を受けるようになる。
 この小説では、伝説の恋占いになっている。

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