流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


 お気に入り登録件数が40件を突破しました! 皆さん、応援ありがとうございます。

 最近、個人的に色々と考えることがあり、執筆を止めることも考えていました。
 しかし、これだけの方が読んでくださっています。応援のメッセージもいただきました。
 だから、これまで通り書こうと改めて決意しました。

 やっぱり、我々執筆家に必要なのは読者様ですね。

 読んでくださっている皆様、ありがとうございます! どうか、これからも応援とご愛読をお願いします!


第七十話.夕暮れの一時

 重々しく瞼を開いた。目に映る世界には霞がかかり、辺りの状況をうかがうことができない。

 

「こ、ここは……?」

「気がついた?」

 

 男の子の声が聞こえた。その方向に首を曲げる。茶色いツンツン頭に緑色のレンズの白いサングラス。モヤシのように細い体。こんな奴一人しかいない。

 

「……スバル君? ここは……?」

「委員長の家だよ」

 

 言われて自分がいる部屋を見渡してみる。電子ピアノに大きい化粧台。ガラス戸がついた棚の中には幾つもの受賞記念のトロフィーが並んでいる。まごうことなき、自分の部屋だ。

 瞼を半開きにしてボーっとしているルナに、スバルは状況を説明しようと口を開いた。しかし、それより先にルナが質問してきた。

 

「……あら? なんでスバル君が私の家に?」

 

 それを聞き、スバルはギクリと身をこわばらせた。

 

「あ、その……委員長のトランサーを見て、住所調べて……」

「この変態!!」

 

 病人のように寝転んでいたはずのルナがガバリと身を起こした。先ほどまで、彼女が使っていた枕が顔の横を通り過ぎる。ウルフ・フォレストと闘っていた時以上の恐怖に背筋を凍らせた。だが、同時に少々安心した。

 ルナはロックマンが殴られている光景を見て気絶してしまった。精神的な負担が大きすぎたのが原因だろう。その疲れが残っているのではないかと思い、一時的にミソラと別れたスバルはこの場に残ったのである。だが、どうやら心配はいらなかったらしい。

 部屋の隅に飛んで行った枕を迎えに行くスバルに、ルナは追撃する。

 

「乙女のトランサーを見るなんて、何考えてんのよ! それに、教室でいつまで待っていても戻ってこないし!」

「あはは、ごめん」

 

 ルナを助けるために身を粉にしたと言うのに、この言われっぷりは散々である。だが、ルナはロックマンの正体を知らないのだから仕方ない。スバルも自分の正体を明かすつもりはない。そんな目立った存在になるのはごめんだ。なにより、ルナを無事に助けだせたのだ。これ以上望むものは無い。

 

「まあ……途中まで助けてくれたことにはお礼を言うわ。ありがとう。こうやって、無事に送り届けてくれたわけだし」

「ははは、どういたしまして」

 

 スバルの愛想笑いにも気づかず、差し出された枕を奪い取った

 

「それにしても、ロックマン様はご無事かしら……」

 

 今度はそれを抱きしめ、祈るように手を握っている。もう、モヤシに興味は無いようだった。元気そうなルナを見て、ほっとしたスバルは帰宅することにした。いつまでもお邪魔していたら悪いし、ミソラを外で待たせているのだから。

 

「僕達が無事だったんだから、きっと無事だよ……じゃあ、僕はそろそろ行くね? もうちょっと寝てた方が良いよ?」

「アナタに言われなくても、そうするわよ!」

 

 枕を元に戻し、ドサリと乱暴な音を立てて寝転んだ。ロックマンの前でなら、猫を被ってもっと女の子らしい行動をするのだろうと思いながら、スバルは自分の鞄を背負った。

 

「あ、お父さんとお母さんはすぐに帰って来るの?」

 

 ふと気付いた問題を口にした。「すぐに帰ってくるわよ」とか「余計なお世話よ」と言われるかと、スバルは身構えた。

 しかし、帰って来たのは怒鳴り声ではなく、無言だった。

 

「委員長?」

 

 振り返ると、ルナは天井の一点を見つめ、ギュッと唇を噛み締め、ただ黙していた。夕方を知らせる日の光が、静かに部屋を彩る。

 

「帰ってこないんじゃないかしら」

「……え?」

 

 いつもの、威風堂々としたものと違い、今のルナの声はか細く消えてしまいそうだった。

 

「うちは共働きでね、いつも家にいないの。今も大きい仕事をしていて忙しいらしいから、休日にも仕事してるの。多分、今日で一週間は帰ってきてないかも」

 

 スバルは動くことすら忘れて、じっと聞いていた。彼の視線が気に障ったのか、ごろりと背中を向けた。

 

「あの、ご飯とかは?」

「冷凍食品がたくさんあるから、大丈夫よ。足りなくなった時のためにって、電子マネーも渡されてるし。あんたが心配することじゃないわよ」

 

 確かに、ここからは家庭の問題だ。スバルが関与するところでは無い。

 

「じゃあ……また明日ね?」

「明日は土曜日よ?」

「あ、そっか。じゃあ、来週ね?」

「ええ……」

 

 踵を返し、部屋の戸口を潜った。その際、もう一度ルナの様子をうかがう。見えたのは彼女の二つの後ろ髪だけで、表情がうかがえない。

 

「スバル、行こうぜ?」

「うん。そうだね……」

 

 スバルは考えるのを止め、ウォーロックの提案に従って玄関に向かった。

 

 

 ルナが住んでいる場所は、コダマタウンには似つかない高級マンションだ。万全なセキュリティが行きとどいており、部外者は入れない。電波変換すれば容易に入れるが、ミソラは外で待機していた。

 ガラス戸の向こうにスバルの姿が見えたため、手を振って迎える。スバルも手を振り返そうとするが、その手が止まる。ミソラの隣にいる男を見たからだ。

 その男は高い身長をもっており、長い深緑色の後ろ髪を後頭部付近で、ゴムで束ねている。顔には水平な一本の太い傷があり、目元まで伸びている。服装は薄緑色のエプロンの様な物を着ており、コン色の長いズボンとゴム長靴だ。どうやら、普段は屋外でなんらかの作業をしている職人と思われる。なにより目を引くのが彼の目だ。攻撃的な目と言う言葉をそのまま形にしたようなものだ。

 「近づいてはいけない。この悪魔の様な男と関わってはいけない」と、スバルの脳内で信号が鳴る。しかし、彼のすぐそばにミソラがいるのだ。今も、分厚いガラスの向こうで、天使のような笑みと共に手を振っている彼女を置いて逃げるなんてできない。ビクビクと自動ドアをくぐった。

 

「お帰り、スバル君」

「お、おまたせ……」

 

 この場にいるのがミソラだけなら、スバルの顔はほんのりと赤くなっていただろう。しかし、今は彼女の真後ろにいる余計な存在のせいで真っ青である。ミソラから男へと目を移すと、ぴったりと視線が合ってしまった。ヒィと小さく悲鳴が漏れた。

 それを、ミソラの聴覚が拾わないわけが無かった。心境を理解してくれたのだろう。スバルと目つきの悪い男性二人が見えるように横にずれ、間に立ってくれた。

 

「あ、スバル君。この人が、尾上(おがみ)十郎(じゅうろう)さん。ウルフ・フォレストだった人だよ」

「あ、え……尾上さん?」

「ああ、そうだ。尾上十郎、植木職人だ」

 

 頷いた尾上の口の裏からは、長い犬歯がギラリと輝いた。どうしようとスバルは頭を抱えた。正確には、目を反らしてその場から逃げたかった。好戦的な人だったとは思っていたが、想像以上に見た目が恐い。なんでこんなでかい犬歯が生えてるんだろう。削ってほしい。植木職人なんて繊細な技術が必要とされる職も似合わない。絶対に格闘技の方が似合っている。そんな失礼すぎる言葉が浮かんでくる。唇が波打ち、ダラダラと首を汗が走っていく。

 

「悪かったな」

「い、いえ! めっそうもないです!」

 

 びくぅっと背筋から髪先までがまっすぐに伸びた。もしかして、尾上に対する感想が顔に出ていたかと慌ててしまう。

 

「いや、俺が悪い。あのジェミニって奴らにまんまと利用させられちまった」

「まったく、今思い出しても腹が立つぜ」

「あ、そんなことですか」

 

 尾上とウルフの言葉からすると、自分は失礼を犯していなかったようだった。見当違いをしていたことにほっとし、吐いた一言がさらなる誤解を生む。

 

「ボウズ、あんな目に会ったってえのに、俺を許してくれるのか」

 

 どうやら、『そんなこと』の指している場所が食い違ってしまったらしい。尾上達がヒカル達に利用されたことなど、スバル自身全く気にしていない。そのため、このまま失礼を隠してしまうことにした。したたかである。

 

「ありがとうよ。恩にきるぜ」

 

 ニッと犬歯をむき出して笑って見せた。その表情は、ウルフ・フォレストだった時のような残虐な物とは違い、爽やかにすら見えた。顔が恐いから気づかなかったが、ワイルドな顔立ちは女性受けしそうである。

 

「また相手をしてくれ!」

「それはお断りさせてください」

「ハハハ、流石にこっちはダメか」

 

 ハハハじゃないと訴えるような視線を送った。

 

「ケッ、ウォーロックの相棒ならこの程度か?」

「おい、そりゃどういう意味だ?」

「臆病者はてめえとお似合ってことだよ」

「飼い犬に言われたかねえな!」

「んだとこら! オックスみたいな呼び方しやがって!」

 

 ウルフとウォーロックが喧嘩を始めてしまった。好戦的な二人らしいが、今は止めてもらいたい。

 喧嘩をよそに、ずっと見守っていたミソラとハープが会話をしている。

 

「ウルフさんって、そのオックスっていう人と仲悪かったの?」

「ええ、戦闘馬鹿同士の同族嫌悪って奴よ。いつも、『犬!』『カルビ!』って悪口言いながら喧嘩してたわ」

 

 まるで子供の喧嘩だとミソラは感想を漏らした。

 

「お、ウルフ! 喧嘩すんのか! 俺も混ぜろ!」

「よし、尾上! 電波変換だ!」

「ならこっちもだ! 行くぜスバル!」

「いや、やらないから!」

 

 さっきの戦闘をもう一度など、絶対にやりたくない。だいたい、あれは喧嘩という枠組みで収まるものではない。

 スバルの発言に尾上と異星人二人は興ざめしたように肩を落とした。

 

「まあ、明日も仕事あるし、邪魔しちゃ悪いしな。じゃあな」

「あばよ」

 

 スッパリと話を切り上げ、尾上は二人に軽く手を振って歩き出した。ウルフも彼の緑色のトランサーに戻った。その際、ウォーロックに舌を出してからかうのを忘れなかった。

 

「てめっ!」

「パルスソング!」

 

 怒って掴みかかろうとするウォーロックを、ハープが頭の弦群から音符弾を打ち出して止めた。どうやら、ハープ・ノートになっていなくとも、彼女自身パルスソングは使えるらしい。

 怒りの矛先をウルフからハープに変えたウォーロックが怒鳴り始める。女性に手を上げなかったことは評価するべきだろう。

 そうしている内に、尾上達の姿が見えなくなった。尾上に別れの言葉を伝え、手を振っていた二人もその手を下した。

 

「いい加減にしなよ」

 

 ツンと目を反らしているハープに、今も怒鳴っているウォーロックを、スバルは言葉で抑え込んだ。機嫌の悪いウォーロックはハープを睨みながらミソラに忠告した。

 

「ケッ! おい、ミソラ。この女を信用すんなよ? 性質が悪いったらありゃしねえ! いつFM星人側に裏切るか……」

「それは絶対にないよ」

 

 ウォーロックの忠告は、ミソラにあっさりと切り捨てられた。

 

「ハープが裏切るなんて。そんなこと、絶対無いもんね~?」

「当り前よ。私はミソラの家族ですもの! ね~? ミソラ~!」

「ね~」

「ね~」

 

 二人で身を寄せ合い、目を細くして笑って見せる。二人の間にはポワポワと優しい桃色の光が点滅している。日光すら入る余地が無い女の子の世界を、男二人は理解できないと見つめていた。

 

「あの二人、何かあったのかな?」

「さあな……」

 

 異世界を眺めていた二人だが、ウォーロックは本当に機嫌が悪くなったのだろう。「チッ」と舌打ちしてトランサーに戻ってしまった。

 

「ところで、ミソラちゃん。尾上さん、何を『邪魔』って言ったんだろうね?」

「う~ん、なんだろうね? ……って、あ……」

「あ……」

 

 二人は同時に気付いた。互いの顔を見て俯いた顔は夕陽に照らされるまでもなく赤かった。




 ウルフとオックスの喧嘩はアニメネタです。アニメでは、「犬!」「カルビ!」とよく喧嘩しています。面白かったので、この小説でも採用しました。

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