流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
ばたりと大の字に寝転んだ。見上げた青い空はオレンジ色の道によって幾つにも切り裂かれている。少々息を整えてから首を動かし、側で倒れているウルフ・フォレストに目をやった。敗北したと言うのに、満足げな笑みでうつ伏せに横たえている。
「尾上さん……だったっけ? 満足……できました?」
「ああ、満足だぜ。血の滾りも収まった。ありがとよ」
牙をむき出し、ニッと笑って見せる。血の滾りが収まっているようには見えないが、ぎこちない笑みを返しておいた。
「だったら、もうデンジハボールなんて使わないでくれますか?」
何のために使っていたのかは分からないが、あんな危険な物は必要無い。今の尾上なら、話を聞いてくれるはず。了承してくれると思っていた。しかし、返ってきた言葉はまるで違ったものだった。
「あ? 俺はデンジハボールなんて使ってないぜ?」
「……え?」
すると、ウルフだ。ウルフ・フォレストの隣に姿を現した。
「おいおい、俺達はあんな物騒なもん使わねえぞ。あれを使ったら、戦えねえ奴らが電波ウィルスに襲われちまうだろうが」
「俺は戦えねえ奴を襲うような、変な趣味はねえぜ。だから、やり会う前に壊しといたろうが」
ウルフの言葉を、尾上が肯定した。どうやら、悪人のような顔とは違い、良識のある人物らしい。
困惑するスバルに代わり、ウォーロックがロックマンの左手を持ち上げて話しかける。
「じゃあ、なんでてめらがここにいるんだ?」
「俺達は聞いたんだよ。ここにつええ奴がいるってな。で、探しに来たわけだ」
ウルフの言葉を聞き、スバルの思考が回り始める。仕組まれたと言う言葉が導き出された。
「誰が……」
「俺だあ!」
ロックマンの体がくの字に曲げられる。無防備にさらされていた腹にドシリと圧力がかかり、全ての空気が押し出された。ゼーゼーと呼吸するスバルの視界に映ったのは黒いシルエット。
「ヒカル……!」
「久しぶりだな。スバル」
ジェミニ・ブラックだ。勝ち誇った笑みを携え、動けないロックマンの顔を足裏で踏みつける。
「てめえらが仕組んだのか!」
「そうだ。屑どもを陥れる最高の策だろ?」
ジェミニ・ブラックの隣に現れたジェミニがウォーロックの言葉を肯定する。黒い仮面は無表情だが、笑っているようにも見える。
「ジェミニ! てめえ、俺達を利用したのか!?」
唖然としている尾上ではなく、ウルフが怒鳴るように尋ねた。
「ああ、戦闘馬鹿の貴様を利用するのは容易かった」
「ウルフ・フォレスト、てめえは使えるから見逃しといてやる。負け犬らしくそこで這いつくばってろ」
負け犬と言う言葉に、尾上とウルフは唸りながら拳を握りしめる。しかし、ウルフ・フォレストは疲労とダメージにより、立ち上がることもままならない。何もできない二人を笑い捨て、ジェミニ・ブラックは足を持ち上げた。勢いをつけてロックマンを蹴り上げる。痛みに身を悶えるロックマンに、上を見ろと声をかけた。
言われるがままに見上げると、ウェーブロードの上に一つの影が見えた。
「デンジハボール!?」
先ほど、ウルフ・フォレストが壊した物とは別の、新しいZ波の塊が浮かんでいた。そして、そのすぐ近くに人影があった。大柄な男が、誰かを後ろから取り押さえているように見える。
「委員長!?」
「ロックマン様!?」
ルナだった。ジャミンガーに後ろ手を取られ、ウェーブロードの上に足をつけている。どうやら、デンジハボールの近くでは、ジャミンガーだけでなくウェーブロードまで実体化しているらしい。
ようやく、ヒカルとジェミニの狙いが分かった。彼らはデンジハボールを使ってスバルを誘い出すことで、ルナと別れさせた。ロックマンの噂をウルフ・フォレストに流し、二人が闘っている間にルナを人質にとる。後は、弱ったロックマンに人質を見せつけ、止めを刺す。行きすぎるほど仕組まれた罠だった。
ルナが電波ウィルスに襲われないようにと置いてきた二つの獅子舞も、一度デンジハボールが壊れた時に消えてしまったのだろう。守る物が無くなったルナを連れ去るのに何の障害も無い。
「抵抗しても良いんだぜ?」
「っく……」
悔しそうに、上空のルナとニヤニヤと笑っているジャミンガーを見る。
「委員長は関係ないだろ! 離せ!」
「お前には、恨みがあるから……な!」
ロックマンの顔が飛んだ。ジェミニ・ブラックが拳を振り下ろしたのである。
「簡単には終わらさねえよ」
◇
腹を蹴りあげられるのはこれで何度目だろう。左足には痺れるような感覚しかなく、右腕がギシリと悲鳴を上げる。目を開けることすら辛い。
「おい、悲鳴ぐらい上げろよ」
つまらなさそうに、ヒカルはロックマンの顔を殴りつける。しかし、息をこぼすような音がするだけだ。
「ジェミニ様! この女も気絶しちまいやしたぜ!」
上空のデンジハボールの側で、ジェミニの部下であるジャミンガーが手に抱えたルナをめんどくさそうに揺さぶる。彼女はぐったり頭を下げていた。視覚情報から飛びこんでくる悲惨なヒーローの姿を受け入れるなど、彼女には耐えられなかったのである。
それを見て、ジェミニもつまらなさそうに息を吐いた。
「興冷めだな」
「なら……」
ヒカルは右手に雷の剣を生みだし、振り上げた。
「終わりだ」
うっすらと開けた瞼の向こうで、光が振り下ろされた。
「ぎゃああああぁぁ!!」
悲鳴がロックマンとジェミニ・ブラックの頭上から届いた。ジェミニ・ブラックが見上げると、今も悲鳴を上げながら真っ逆さまに地上に落ちていくジャミンガーが目に入った。その途中に聞こえてくる爆発音。それはデンジハボールのものだった。広がる爆風の球の側で、一つの影が見える。それは空を滑り、人質ととされていた少女を抱え、クネクネと蛇行運転をしながらこちらに向かってくる。
「パルスソング!」
影からハート型の弾が大量に放たれた。一つ一つは小さく、剣で捌くのは難しそうだ。バッとその場から飛びのいた。その隙に、空からの乱入者はロックマンを抱えるように救出した。屋上の端で乗っていた音符型のボードを消し、ロックマンとルナをその場に降ろした。
「大丈夫、ロックマン!?」
聞きなれた声だ。まさかと思い、期待に胸を膨らませて顔を上げた。そこにいたのは、ピンク色の少女だった。ワンピースの様な服と一体化したミニスカートに、胸元にあるシンボルマークのハート。金色の髪と、首にかけた白いマフラーをなびかせ、水色のギターを抱えている。その姿を見て、スバルは蔓延の笑みで彼女の名を叫んだ。
「ミソラちゃん!?」
「助けに来たよ、スバル君!」
そう、ロックマンの目の前にいたのはハープ・ノートである。スバルにとって初めての、そして唯一のブラザーであるミソラが、ハープと電波変換した姿だ。思わぬ救援にスバルは勇気づけられるように立ち上がった。
ジェミニ・ブラックは苦渋に顔を歪めた。特に、ジェミニは苛立ちが頂点に来ているのだろう。表情の変わらぬ仮面から、彼の内心をうかがうことはできない。しかし、雷の塊のような体の表面で、雷光がバチバチと跳ねまわっている。
「ハープ……屑以下の分際で、よくも邪魔してくれたな」
「ポロロン。なんとでも言うと良いわ。私はミソラが笑えるのなら、何にだってなれるんですから」
ギターと一体化し、ミソラの両手に抱えられたハープは楽しそうに笑っている。それが、ジェミニの体から発せられる音を更に大きくさせた。
「おいおい、人質庇ったまま闘えるのか?」
最初は焦ったヒカルだが、落ち着きを取り戻していた。ルナがこの場にいる以上、ハープ・ノートはルナを庇いながら闘わなくてはならない。今頃、人間に戻って地面で昼寝しているジャミンガーなど必要ない。
「ヘッ、焦ることねぇな。屑ばかりじゃねえか。すぐに消してや……」
「屑はてめえだ!」
背後から掛かってきた声と同時に、ジェミニ・ブラックの背中が切り裂かれた。ウルフ・フォレストだ。今にも倒れそうなほどふらついてはいるが、利用された怒りをその左爪に乗せて、一矢報いたのである。ヒカルがスバルを足蹴にしている間に、ある程度体力を取り戻したらしい。
「よくも俺をコケにしてくれやがったな……」
フーッ、フーッ、と荒い呼吸を繰り返し、瞳が見えぬほどの紅を目から滲みだている。
ヒカルは状況を分析した。自分に武器を向けてくる三人の中で、全力を出して戦えるのはハープ・ノートだけだ。ロックマンも万全ではないが、ハープ・ノートの救援に励まされたためか、戦えるという表情をしている。ウルフ・フォレストはぼろぼろだ。だが、怒りが体の限界を超えているのだろう。一歩ずつ、足を前に踏み出してくる。
ジェミニは諦めたようにヒカルに告げた。
「畜生が!!」
ダンと屋上を蹴飛ばし、ウェーブロードへと跳躍した。三つ、四つとウェーブロードを飛び移りながら屋上の様子をうかがう。ウルフ・フォレストががっくりと膝をつき、ロックマンとハープ・ノートが駆け寄っていた。だが、大丈夫だったのだろう。ウルフ・フォレストをハープ・ノートに任せ、ロックマンはルナの側にしゃがみ込む。
どうやら、追っては来ない様子だった。彼にとっては幸運だったろう。しかし、胸にはどす黒い悔しさが生まれていた。
「俺なんざ眼中にないってか……」
これでは、負け犬は自分の方だ。事実、敗北し、逃げると言う屈辱的な選択をしている。
「畜生! 畜生っ!!」
吠えるヒカルを見ても、ジェミニは何も言わなかった。ただ黙していた。彼はFM星王の右腕、雷神ジェミニだ。そのプライドを汚された怒りは、常人では計り知れない。ただ、怒りを押し潰そうと身を震わせていた。
◇
ルナが無事であることを確認し、ロックマンはハープ・ノートと向き合った。
「ミソラちゃん!」
「フフ、久しぶりだね。スバル君」
「うん……ありがとう、助けにきてくれて」
「私達はブラザーだよ。気にしないで」
ハープ・ノートは首を傾けニッコリと笑って見せる。それだけで、スバルの疲労はどこかへ飛んで行ってしまった。ただ、モジモジと痒くなった首の後ろに手をやった。
尾上はスバルの初々しく分かりやすい仕草に内心笑っていた。そして、首を傾げる。声からこの少女の正体には気づいている。なぜ、響ミソラがここにいるのだろう?
「まさか、つええ奴がいるって噂を聞いて来たのか?」
「なわけねぇだろ。お前じゃねぇんだ」
尾上の頭が、ウルフの手によってポカリと軽快な音を立てた。直後、ロックマンの後ろで、エレベータが止まった。
「ご、ごようだ~」
開いた扉から出て来た人物が1人。サテラポリスの五陽田である。しかし、今の彼は優秀な人材が集まっているサテラポリスの一員には見えなかった。
彼に似合っていたベージュのコートはぼろぼろになり、ズボンにはところどころ穴が空いている。靴はどこかで落としてきたのだろうか? 右側しかない。その靴も大きく裂かれており、ビリビリになった靴下と、青くなった五指が見えている。右手に持った十手は折れ曲がり、シンボルである頭のアンテナがポッキリと折れている。実体化した電波ウィルス達との激闘を物語るかのように、顔はボコボコに膨れ上がってしまっている。
ウルフはまずいと感じた。サテラポリス達がZ波の調査をしているのは知っている。もしかしたら、彼らのトランサーに加えられている機能、Z波を感知する機能で、自分の周波数を記録されたかもしれない。確証は無いが、警戒するに越したことは無い。
「尾上! あいつのトランサーを壊すぞ!」
「いや、どうするんだよ!」
尾上にはただの人間を傷付けるなどできない。彼が戦う理由は血の疼きを鎮めるためだ。弱者をいたぶるためではない。
「生身の人間を傷付けるなんざ……」
「ゴメン、ヘイジのおじさん! ロックバスター!」
「パルスソング!」
躊躇するウルフ・フォレストの前に、二つの影が躍り出た。掛け声とともに容赦のない攻撃を放ったのである。五陽田が飛んだ。彼はエレベータの横の壁に、顔からベチャリと張り付き、ズルズルと滑って行く。床にまでたどり着いた時、パタリと仰向けになって寝転がった。真っ白になった目から、完全に気を失っていることが窺える。
ウルフ・フォレストとウルフの口がアングリと開かれる。
「スバル君!」
「うん! やろう、ミソラちゃん!」
アイコンタクトで互いの考えを確認し、頷き合った二人は五陽田のトランサーへと飛び込んだ。尾上とウルフが見守る中、ロックマンとハープ・ノートが入ったトランサーがガタガタと揺れる。
「スバル君、このデータも消しとく?」
「うん、全部壊しちゃおう? バトルカード、ガトリング!」
「分かったよ! ショックノート!」
「スバル、もっと広い範囲を攻撃できる奴無いか?」
「う~ん、なら……スターフォース! ロックマン・グリーンドラゴン!」
「うわ! スバル君、なにそれ!?」
「スターフォースって言うんだ、壊しながら説明するよ。スターフォースビックバン! エレメンタルサイクロン!!」
「す……すごい! あっという間にデータが消えてってる!!」
「ミソラ、負けてられないわよ!」
「勝負じゃないよ~。けどいっか、それ! パルスソング! 連射!」
二人がジッと見守る中、五陽田のトランサーからはそんな声が聞こえてくる。どうやら、容赦無く全てのデータを破壊しているらしい。ボカンと小さな爆発音が鳴り、トランサーがパカリと開いた。ネジや基板など、機械の部品が散らばる。
数十秒後、二人はトランサーから飛び出してきた。呆然としている尾上とウルフに、可愛らしい無邪気な笑みを浮かべる。
「安心してください尾上さん」
「あなた達の周波数データも消しておきましたから」
「あ、ああ……ありがとうよ」
呆然とするウルフ・フォレストの側で、ロックマンとハープ・ノートは今も横になって眠っているルナに駆け寄った。
「スバル君、どうするの?」
「そうだね……とりあえず、委員長の家に連れて帰ろう?」
「分かった」
ロックマンがルナを抱えてウェーブロードへと飛びあがる。ハープ・ノートも後に続いた。
それを見送った尾上はぼそりと呟いた。
「今の小学生って……」
しばらくして、五陽田が目覚めた時のことを考慮し、慌ててその場から立ち去った。
後には、雀達が横たわるぼろ雑巾を啄む光景だけが残されていた。
スバルのキャラが違うと思った方もいらっしゃるでしょう。自分も、スバルってこんな酷いことするかな? と思っています。まあ、気にしないでください。