流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
黒い物体が動いていた。一目で分かった。広場に展示されていた機関車だ。
さっきまであったはずのレールの上に目をやると、やっぱり機関車はいなくなっていた。疑うべくもなく、今動いているそれが、飾られていたやつだ。
「な、なんで? 動かないはずなのに!」
「FM星から放たれた電波ウィルスのしわざだ。あいつら、あれを町にぶち込むつもりみたいだな」
嘘でしょ! と叫んだ。古い乗り物ではあるが、質量はある。それがスピードをつけて町中に突っ込んだら……簡単な物理法則だ。大惨事は免れない。
「と、止めなきゃ! 母さんが危ない!」
「止める方法は一つしかないぞ?」
「も、もしかして、電波ウィルスのデリート?」
「ああ」
「わ、分かった!」
「あ、おい!」
手を伸ばすウォーロックに構わず、階段を飛び降りるように駆け下りた。ウィルス退治なら自信がある。今日もここに来るまでに自動販売機のウィルスを倒したのだから。機関車のそばまで行き、トランサーを構える。
「バトルカード、ヒートボール!」
赤い球が書かれたカードを読み込み、機関車に送信した。
「これで……え?」
これで機関車は止まる。そう確信していた。しかし、それは裏切られ、予想外の展開が起きる。機関車が大きくUターンし、先端をスバルへと向けた。
「う、うわっ!」
慌ててまた階段を駆けのぼった。さっきと逆だ。巻き戻しだ。どうやら先ほどよりも強いウィルスがいるようだ。もしかしたら、単純に感染しているウィルスの量が多いのかもしれない。
「ど、どうしよう……止まんないよ……」
機関車はこの段差を登れない。階段のすぐ下で獲物を見失ったかのように動いている。だが、町へと降りる階段はそこまで段差が無い。あの機関車でも降りれるかもしれない。このままだと、機関車が町に向かうのも時間の問題だ。
「おい、スバル!」
さっきの宇宙人だ。ウォーロックがそばに来て話しかけてくる。
「おふくろさんを助けたいんだよな? なら、手を貸せ!」
具体的な指示は無い。しかし、母親を救える方法があるのなら……それを彼が知っているのなら……
「ど、どうすればいいの?」
「お前の体を貸せ!」
「……え?」
「シャクな話しだが、どうやら俺ら異星人は、地球じゃあ本来の力が出ない。だから、地球人と融合する必要がある。だからだ、星河スバル。お前の体を貸せ!」
「え、えと……融合って?」
「考えている暇は無いぜ?」
見ると、機関車はスバルをあきらめて、町へと方向転換しようとしていた。手段とか言っていられる状況ではないのは彼にも理解できた。
「や、やるよ! 僕の力が必要なら、使ってよ!」
「よく言った!」
そう言った直後、ロックの体は青い光に変わり、トランサーの中に入って行った。
「ち、ちょ……何してんの!?」
トランサーを開いてみると、ディスプレイにウォーロックの姿が映っていた。
「このままトランサーを頭上に掲げろ! そして、こう叫ぶんだ!」
まだ何をすればいいのかよく分からない。言われた言葉もちょっと恥ずかしい。けど、状況は待ってくれない。もう一度機関車を見て、スバルはウォーロックの言うとおりにした。
ウォーロックが入ったトランサーを、それをつけた左手を、めいいっぱい星空に突きつけた。
「電波変換 星河スバル オン・エア!」
スバルの体を青い光が包み込んだ。体が重量を無くし、足が地面から離れるのをかろうじて察することができた。その青い光がウォーロックだということを理解するのに、時間はかからなかった。頭から足まで。文字通り全身をウォーロックの光が覆う。
いきなり青い光が消えたと思った時には、体は投げ出されていた。しかし、すぐに地面に足がつく。今いる場所は……さっきと同じだ。
「……なんだ、この格好!?」
ようやく彼は自分の体の違和感に気付いた。赤かった服は青一色に染まっていた。いや、もう来ていた服の名残が一切ない。あるとすれば、父の遺品である星型のペンダントが胸にエンブレムとなってくっついているくらいだ。
鎧と言えばいいのだろうか。それとも、SF映画とかに出てくる戦闘スーツだろうか。青いタイツで身を包んでいるようにも見える。口では説明できない格好をしていた。とにかく恥ずかしいという気持ちが湧きあがってくる。
あの宇宙人に文句を言ってやろうと、まだトランサーにいるはずのロックを見ようと、左腕を持ち上げた。
「う、うわあああ!!」
「うるせぇぞ!」
左手の先にウォーロックの頭が付いていた。しかもそれが文句を言った。言葉を発する自分の左手に顔をしかめる。
「な、なにこれ!」
「いちいち大声出すな!」
確かに、今日のスバルは久しぶりに叫んでばかりだ。だが、文句は言えないだろう。これだけの異常事態が続いて起きたら、叫ばない方がおかしい。宇宙人に出会っただけでも驚きなのに、そいつと融合とかしてしまっているだから。
「時間がない、簡単に説明するぞ!? お前は電波の体を持つ俺と融合した。だから、今のお前の体も電波だ。電波人間ってところだ。分かったな?」
分かったな? と訊いたが、スバルが何かを言う前に、ウォーロックは続けて口を開く。
「とりあえず、今から俺達であの黒いやつの中にいるウィルスを倒すぞ?」
「えっ? 君が戦うんじゃないの?」
スバルが聞いたのは体を貸すとかいう部分だけだ。
「バカ野郎! 俺はお前に力を貸してやるだけだ。戦うのはお前だよ!」
「ぼ、僕も戦うの!?」
「お前の体だろうが!」
スバルは3年間学校に通っていない。つまり、ろくな喧嘩経験すらない。
「む、無理だよ! 僕なんか、何の役にも……」
「グダグダ言うな! 良いのか? おふくろさんを助けるんだろう!?」
「う……」
また機関車を見た。段差のある階段を、安全に、ゆっくりと降りようとしているみたいだった。
「戦い方なら俺が教えてやる! 行くぜ!」
「……う、うん」
もうやけくそだった。どうにでもなれと、はんば投げやりだ。
「……ど、どうすればいいの!?」
「あの黒いやつを制御しているコンピュータ……電脳世界ってやつがあるはずだ。そこに入るぞ?」
「え? 入るの? 機械の中に?」
言葉の意味が理解できない。ハテナマークがスバルの頭上に掲げられる。
「ああ、今のお前は俺と同じ電波の体だからな。可能だ」
スバルは夕方の自動販売機の事を思い出した。トランサーから電波でデータを送信した。おそらく、あれと同じ要領なのだろう。
「ど、どうやるの?」
「こうやるのさ!」
「え? わあああああ!」
左腕……ウォーロックに引っ張られるように、スバルの体が細くしぼんだ。機関車の中に吸い込まれている。と、なんとか理解できた。
それは、一瞬の出来事だった。
また地面の感触だ。今日は何回も空中に体が浮いてるなと思い、顔を上げる。と、景色が一変していた。
「なに? この世界?」
水色の世界の中に、浮島のようにポツンとある地面。辺りでは電気信号が生まれては消えていくような渦がいくつも確認できた。良く見ると、その世界は波を打っているように見える。色もゆっくりとではあるが変わっているようだ。
不安定さを感じさせる。これが電波で出来上がった世界なのだろうか。だが、この世界において、自分が立っている足場だけはしっかりと形を保っていた。強く踏むと、しっかりと反発力を返してくれる。その大地の上には色々と何か物体が配置されている。これが何なのか良く分からないが、何か目的や役目があるから配置されているのだろう。
「前を見ろ!」
「え?」
左腕にくっついているウォーロックに言われて前を向く。
「うわ!」
びっくりして、横っ跳びにそれを避けた。ガツンとたたきつける音と、えぐられれた地面の破片が飛ぶ。見ると、黄色いヘルメットをかぶった黒い顔に、ペンギンのような足をとりつけた簡単なフォルムをした奴が、つるはしを振りおろしていた。
「な、なに、これ!?」
「そいつが電波ウィルスだ!」
ひと際声を荒げ、ウォーロックは叫んだ。
「戦え! スバル!」