流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第六十七話.デンジハボール

 手がグイッとさらに強く引っ張られた。現状を把握できてなていないルナはなされるがままに足を前に出す形になる。彼女の後ろで、ドンと斧が床に振り下ろされた。

 

「す、スバル君!? あれ何!?」

 

 当のスバルは答えている暇などない。突如目の前で実体化した電波ウィルスに彼も驚いているのだから。ルナを助けたのは、ロックマンだったころに培った条件反射だ。電波ウィルスから、戦えない存在を庇おうとしたのである。

 今は、ウォーロックの言うとおり、ひたすら逃げ道を走るしかない。先ほど斧を振り下ろした奴の周りに、別の電波ウィルス達が徐々に形作ろうとしている。

 

「逃げるよ!」

 

 驚愕しているルナの手をさらに引っ張り、スバルは教室のドアへと走り出す。

 

「な、なんで私がアナタなんかの言うこと聞かなきゃならないのよ!」

 

 ルナが憧れているのはロックマンだ。モヤシじゃない。掃除の仕方もろくに知らないモヤシごときに指図されるなど、現学級委員長であり次期生徒会長になる予定である彼女のプライドが許さない。モヤシに、強がりな文句をぶつける。

 モヤシは彼女を無視してドアをがらりと開け、廊下に飛びだした。直後、今度は彼が自分に体当たりをしてきた。押し倒そうとして来た一応雄に、悲鳴を上げようとすると、仰向けになろうとしている自分の目の前を何かが通り過ぎた。黒い塊が飛んできた方向を見ると、タコの姿をした怪物がいた。どうやら、教室の出口ではち合わせてしまったらしい。

 逃げようと、タコがいる方向の反対側を見る。だが、退路は無かった。ホタルに人の足の甲が付いた様な、化け物と言うにはちょっとかわいい顔つきをした輩が床と天井の中間付近を浮遊している。それも、二体もだ。

 絶望に足を竦ませるルナに、どなり声がかけられた。

 

「委員長、しっかりして! 僕に付いて来て!」

「な、なんでアナタにそんなこと!!」

 

 ひょろりとしたモヤシにしっかりしろなんて言われたくない。しかし、そのモヤシと目は自分と違い、怯えも動揺も一切無い。茶色い瞳は頼もしさを感じさせる。いつもとは逆に、こちらが黙らされてしまった。

 それをルナの返事と受け止めたスバルは真正面にいる肌色のタコに向かっていく。危ないと忠告しようとしたルナの双眼が大きく開かれた。タコが口を窄ませたのである。おそらく、先ほどの攻撃を放つつもりなのだろう。

 

「逃げて!」

 

 頭を抱えて身をかがめ、必死に彼の無事を祈る言葉を叫んだ。ルナの視界がスローモーションになる。タコの口からは予想通りに墨の様な弾が放たれた。スバルにまっすぐに向かっていく。

 しかし、スバルは棒立ちでは無い。タコの攻撃を予測していたように、左に大きく跳躍していた。空中で右足を伸ばし、左足は折りたたみ、右手で支えた左手をまっすぐにタコへと向ける。

 

「バトルカード! サンダーボール!」

 

 トランサーから一筋の光を送り出し、バトルカードの情報をタコへと届けた。途端にタコの姿が瓦解し、粒子群となって溶けて行った。スバルは廊下の端にスタリと着地し、その様を見届ける。その横顔は、モヤシとは程遠い、キリッとしたものだった。

 一連の動きをあの人を重ねてしまう。ドキリとルナの胸が跳ねた。

 

「委員長! 早く!」

 

 また手を引っ張られた。だが、手を握られているのに文句の言葉が出ない。舌が回らず、引っ張られるがままに、エレベーターへと走り込んだ。

 全力で『閉』ボタンを押すスバルの視線を追う。さっきのホタルのような奴らが、白い羽をはばたかせて接近してきていた。

 

「キャー! は、早く閉めなさいよ!」

「やってるよ!」

 

 怯える少女の視界が徐々に灰色の壁で覆われていく。ドアがちゃんと遮断と言う役目を果たしてくれた時、二人は大きく息を吐きだした。

 

「……で、どこに逃げるの?」

「学校の外だよ。決まってるだろ?」

「わ、分かってるわよ! アナタが間違った判断しないか、心配だっただけよ!」

 

 嘘である。最後に付け加えた余計な一言にむかついたため、何も考えていなかったことを隠しつつ、モヤシに文句を垂れたのである。

 そうしている間に一階に着いた。スバルに連れられる形で、様々な姿をした化け物達の死角をつきながら走り抜ける。歩きなれたはずの廊下をこんな風に進むなど思いもよらなかった。

 そんな事を考えながら玄関に着く。しかし、そこには大量の化け物達がいた。とても通り抜けれそうにない。スバルの提案に従い、素直に来た道を引き返した。

 

 

 化け物達の目をかいくぐり、一つの教室の中へと二人は身を潜めた。

 

「どうするの?」

 

 この事態を把握しきれないルナは、ただおろおろとすることしかできない。不安そうな彼女に、スバルは無慈悲な答えを出した。

 

「委員長はここにいて」

 

 くるりと踵を返すスバルの背中に、ルナは掴みかかった。しかし、ゴン太やキザマロに見せる威厳ある表情ではなく、怯える猫の様なものだ。

 

「ちょ、ちょっと! 女の子を置いてく気!?」

「大丈夫だよ、委員長」

 

 対し、スバルはルナの目に向き合って答えた。

 

「僕がなんとかするから」

 

 その目はモヤシじゃなかった。男の子らしい真剣な瞳に、ルナはびくりと体をこわばせる。肩に乗せられたルナの手をほどき、スバルは教室の外へと飛び出した。消えていく背中を、そっと見送った。

 

「な、なんなのよ! モヤシのくせして……」

 

 どぎまぎとする胸を抑え、教室を見渡す。あの化け物達はどこにもいない。しかし、少しでも見つかる可能性を低くするために、隠れる場所を探す。

 真っ先に目に着いたのは掃除箱だ。しかし、綺麗好きな彼女は埃っぽい鉄箱の中に入る気にはなれず、隠れるには心もとない教師机の下へと身を潜めた。

 そこで、ようやく気付く。

 

「べ、別に、スバルのことを信用しているわけじゃないわ。今日のところは……頼りにしてあげてるだけなんだから……」

 

 彼女が一人で文句を言っているころ、教室の外で、ロックマンは作業を終えていた。

 

「これでよし……と」

 

 ルナが隠れている教室の周りに、スバルは獅子舞の様な物体を二つ設置した。この二つはクエイクソングとトリップソングというバトルカードの力で生み出された立派な道具だ。色違いの獅子舞達は大きく口を開け、耳を塞ぎたくなるほどやかましく歌っていた。前者が流す音楽は聞いている電波ウィルス達の動きを止め、後者は体の動きを狂わせて混乱させる。この二つがある限り、ルナの身は大丈夫だろう。

 

「だいたい、なんで電波ウィルスが実体化してんだよ!」

 

 廊下の角を曲がって来た、両腕に刃をつけている骸骨のようなウィルスをバスターで打ち抜きながら、左手のウォーロックに質問をかけた。

 

「『デンジハボール』の仕業だな」

「なにそれ?」

 

 初めて聞く言葉に、スバルは首を傾げた。よそ見しながら、遠くから頭の大砲を撃とうとしていた岩のようなウィルスを仕留めた。

 

「デンジハボールっつうのは、俺達の体から放たれているゼット波が集まってできた塊だ。デンジハボールからあふれ出る強力なゼット波の影響で、現実世界と電波世界の境界が曖昧になっちまってな、電波ウィルス達が実体化してきやがったのさ。ちなみに、強力なゼット波を長時間浴びたら、物や人間まで電波化しちまう。早めに壊した方が良いぜ?」

 

 そんな物騒な物を残しておく理由などない。スバルはウェーブロードに上がりデンジハボールを捜しに向かった。

 

 

 トランサーにカードを通し、頭にマンホールを被った怪物を撃ち倒した。この非常事態に動揺したものの、すぐに本職を思い出し、退治しているにいたる。

 

「何なのだ、この現象は!?」

 

 トランサーを開き、Z波を示す数値を確認する。強力な反応を示す方向に、五陽田は走り出した。

 

 

 ロックマンはため息をついていた。めんどくさそうに視界に映ってしまった奴を見る。

 

「急いでるから通してほしいんだけれど?」

「ギャハハ、お前頭悪いな」

「通さねえように、通せんぼしてるに決まってんだろうが」

 

 それは二体のジャミンガーである。ウェーブロード上に居座り、ロックマンを通せんぼしている。

 

「どうやら、今回はFM星人の仕業みてえだな」

「FM星人なら、その『デンジハボール』を作れるの?」

「ああ、自由にってわけじゃねえが、可能だ」

 

 つまり、この二体のジャミンガーはFM星人の手下であり、指示に従って動いていることになる。

 

「誰の指示で動いてるの?」

「言うわけねえだろうがよ、ば~か」

「そうだよ、ば~か」

 

 舌を出しながら、「や~い、や~い」と両手を上げて挑発している、小柄な二人にもう一度ため息をつく。どうやら、この二人は今の自分の姿を鏡で見たことが無いらしい。

 そして、電波ウィルスと電波変換しているのは、おそらく子供だ。身長から、自分より数歳年下に見える。おそらく、千代吉と同じくらい、この学校の小学三年生くらいだろう。

 

「なあ、もうやっちまおうぜ?」

「そうだね」

 

 短気なウォーロックが早々に痺れを切らした。スバルもその意見に賛成し、すっと前に進み出る。

 

「やんのかよ!?」

「やっちゃえ!」

 

 無防備に前に進み出たロックマンに、片方のジャミンガーが素早く左手をバルカン方に変え、弾丸を撃ち込んでくる。それを合図に、もう一人が両拳を固めてまっすぐに踏み込んでくる。相棒のバルカン砲を援護射撃にし、ロックマンに強力なパンチを叩き込むつもりらしい。

 だが、そのバルカン砲は役に立たなかった。

 

「バトルカード、ジャンクキューブ!」

 

 ロックマンの眼前に立方体が生成される。それの正面には赤い球がめり込むように取り付けられている。迫って来ていたジャミンガーを捕らえると、ピッと明りを灯した。センサーが反応し、まっすぐに突っ込んできていたそのジャミンガーに、ジャンクキューブもまっすぐに突っ込んだ。綺麗過ぎる正面衝突であった。同時に爆発を起こし、ジャミンガーを押し戻した。

 空を飛んで戻ってきた相棒に巻き込まれ、二人はウェーブロード上に横たわる。

 

「ば、馬鹿! どけよ!!」

「馬鹿! お前が避ければ良かったんだろうが!!」

「んだと!?」

「やんのかよ!!?」

「その必要はねえぜ」

 

 すぐ側でかけられた三人目の言葉に、取っ組みあっていた二人の子供ジャミンガーは顔上げた。二人の目の前で、三つ目の言葉の主が、青色の巨大な拳に姿を変えたところだった。

 

「フリーズナックル!」

 

 

「これだね!?」

「ああ」

 

 大した邪魔も無く、ウェーブロードを伝って屋上にたどり着いたスバルはウォーロックに確認を取った。やはり、目の前にあるこいつがデンジハボールらしい。

 デンジハボールは名前通り球体をしており、ウェーブロード上に浮かんでいた。直径はスバルの身長より少し大きい。おそらく、150cmほどだろう。表面には紫色の閃光がパチパチと走り、奥に渦巻く黒と紫が物騒な印象を伝えてくる。

 

「これを壊せば、電波ウィルス達は消えるんだね?」

「ああ、さっさと終わらせようぜ」

 

 スッとウォーロックの顔を前に突き出し、右手を添えて構えた。途端にデンジハボールが切り裂かれた。エネルギーは行き先と留まる場所を失い、爆発へと変わり、自分達の存在を抹消した。

 ロックマンはふと顔を上げ、爆炎の向こう側に立っている、代わりにデンジハボールを破壊した者の正体を探る。野性味あふれる牙と爪をぎらつかせた緑色の電波体がいた。長い顎の中にしまっていた、赤い舌をべろりと出し、銀色の爪を舐めた。ウェーブロードでよく見かける汎用人型ナビとはまるで違う雰囲気から、スバルは気づいた。

 

「電波人間!? ……まさか、FM星人!?」

「ああ、そうだぜボウズ」

 

 見かけを裏切らず、低く、ワイルドさを感じさせる声で電波人間が答える。彼の隣に緑色の塊が現れ、ロックマンの左手を見てゲラゲラと笑いだした。

 

「おいおい、ウォーロック! てめぇ、間抜けな姿になったな?」

「うるせえ! ったく、てめぇとは会いたくなかったぜ、ウルフ」

 

 名前通り、狼のような姿をしたウルフは直もウォーロックに喧嘩を売ってくる。

 

「なんだ? だせえ姿を見られたくねぇってか? 気にすんな、大して変わってねぇからよ?」

「スバル、あいつを黙らせるぞ!?」

「おお、やんのか!? 良いぜ! 俺達、ウルフ・フォレストが相手してやるぜ!? 尾上(おがみ)、やっちまえ!」」

 

 どうやら、このウルフと言う電波体はウォーロックに引けを取らぬほど好戦的な輩らしい。相棒の尾上は待ってましたと進み出る。

 

「俺は尾上十郎(じゅうろう)。俺の血の疼きを止めて見せろ!」


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