流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

66 / 144
第六十五話.学校生活

 空の主役が月から太陽へと替わっている時間に、スバルはもう一つの月とご対面していた。

 

「毎日毎日、この私を待たせるなんて、いい度胸してるわね?」

「別に、迎えに来てくれなんて頼んでないよ」

 

 眠気と鬱陶しさを交えた眼差しを彼女に送り、スバルは口から睡魔を振り払った。同時に目元に生まれた涙を指先で拭う。

 

「委員長は君のことを心配してくれてるんですよ?」

「そうそう。またお前が『学校に来なかったらどうしよう』ってな」

 

 ゴン太とキザマロがルナの後ろで腕を組んで「うんうん」と頷いている。ゴン太の足を蹴飛ばしたい気持ちに駆られるが、ここは我慢しておいた。

 

「フフフ、ルナちゃん、ゴン太君、キザマロ君、毎日ありがとう」

 

 息子と対照的にほほえみを送ってくれるあかねに、三人はピンと背筋を伸ばす。ゴン太とキザマロは美人なお母さんを相手にしているためか、頬を少し桃色に染めている。

 

「任せてください!」

「俺たちに任せてくれよ!」

「僕達、友達ですから!」

 

 玄関先で、見送ってくれるあかねに頭を下げ、三人は連行するように、スバルを引っ張って行った。

 四人の背中を見送ったあかねは、目に笑みを込めながらフゥと息を吐きだした。どうやら、息子は学校でうまくいっているらしい。個性的ではあるが、三人の友人に囲まれている。息子が話してくれた内容からすると、ツカサと言う少年とも仲が良いらしい。

 彼女の望みどおりだ。息子に友人ができた。晴れ渡る空の下で、彼は友達と一緒に学校へ行っている。

 だが、彼女の望みとは少し違った。自分が求めているのは息子に友達ができることだ。だが、それはあかねが最も望んでいる結果へ導くための一つの手段でしかない。

 

「大吾さん……あの子、未だに笑ってくれないわ。あの頃の様に……」

 

 三年前を思い出した。あの頃のスバルは当たり前のよう笑っていた。辛いことが合っても、年相応の無邪気な笑みを見ているだけで、あかねは励まされてきた。

 笑ってくれればいいのだ。あの頃の用に、見ているだけでこっちも笑いたくなるようなあの笑みを、また自然に……。

 

 

 スバルは舌を打ちたくなった。まだ眠い彼の頭に、ガンガン響いてくるゴン太の声にだ。無駄にでかいため、異星人すら耳を塞いでいる。

 

「まったく、スバルは寝ぼすけだな?」

 

 おまけにバンバンと背中を叩いてくる。彼の太い鞭は細身には応える。

 

「ゴン太、あなたが人のこと言えるのかしら?」

「毎朝、委員長と僕で起こしに行ってますからね?」

「げぇ! 委員長! キザマロ! ここは黙っていてくれよ~」

 

 どうやら、自分のことを棚に上げていたらしい。大きい体でおどおどするゴン太と、言い合いを始めるルナとキザマロの様子を見て、スバルは眉を吊り下げた。逆に、口元は少しだけ吊り上がっていた。

 トランサーから、フンと鼻を鳴らす音が聞こえた気がした。

 

 

 教室につき、クラスの皆におはようと言い、隣の席のツカサと昨日のテレビの話を始めた。

 休み時間にミソラのCDを聞いていると、「ミソラちゃんファンクラブ」のメンバーであるゴン太とキザマロが嬉しそうに話しかけてくる。すると、ルナとツカサも楽しそうに会話に加わってきた。どうやら、二人はゴン太とキザマロほどではないが、ミソラの曲が好きらしい。この事実を知って、スバルの気分が少し軽くなった。

 

 

 二時間目の授業の途中、スバルの肩がちょいちょいと叩かれた。顔を右に向けると、ツカサが申し訳なさそうに両手を合わせた。

 

「ごめん、ファイルが壊れたみたい……」

「もしかして、教科書が見れないの?」

「うん。見せてもらっても良いかな?」

「もちろん」

 

 感謝しつつ、ツカサはスバルの隣に座って、共に卓上の電子パネルを覗きこんだ。

 

 

 ゴン太が吠えて、キザマロが一生懸命になる時間と言えば、給食の時間である。

 ゴン太は余った給食を平らげようと、教室の前に並べられた配給用の鍋に向かう。大きい体で器用にスキップしているため、すぐ近くにいたルナはガタガタと揺れる椅子と机に顔をしかめた。

 そんなやり取りが教室前方で行われているころ、後ろ側では給食を食べ終えたキザマロが教室から出ようとしていた。

 

「あれ? 今日も出張?」

「はい、今日は2-Bに欠席者がいるらしいので、行ってきます!」

 

 これから、2-Bの教室に行って、余った牛乳を貰いに行くのである。カルシウムたっぷりのこの白い液体を、一本余分に飲もうという魂胆らしい。身長について切実に悩んでいることがうかがえた。

 

「後で、購買で合流しましょう?」

「うん、後でね?」

「スバル君も頑張ってくださいね?」

 

 キラリと意地悪そうにメガネが光る。それを見送り、スバルは真っ青になった。よりによって今日の給食のおかずは肉じゃがだ。定番とも言えるニンジンが点在している。トランサーから、ウォーロックがどうするのかと観察しているが、結果はある程度見えていた。

 スバルの顔は正面を向いているが、茶色い瞳だけがスーッと横にずれる。その先にいた人物が視線に気付いた。

 

「なに?」

「ツカサ君、ごめん。頼んで良いかな?」

「良いよ。気にしないで」

 

 ツカサは身をかがめ、スッと器をスバルに差し出す。ルナに見つからないように、スバルは素早く差し出された器にニンジンを放り込んでいく。残せばルナが鬼のように怒ることは目に見えている。アマケンの時は見逃してくれたが、学校に来てからは容赦が無い。一通り放り込み、糸こんにゃくとじゃがいもの森をかき分ける。どうやら、もう奴らはいないらしい。最後に、大きい肉の塊をおまけしておいた。

 

「良いの?」

「良いの。ニンジンのお礼」

「ありがとう」

 

 女の子をいとも簡単に落としてしまいそうなスマイルを返し、ツカサは再び給食に戻る。ツカサが喜んでくれたことに満足し、スバルは肉じゃがに箸を突っ込んで持ち上げた。その中に、糸こんにゃくを被っている、まだ一個だけ残っていたニンジンを見て、ゲェと口角を下げた。左手でガタガタと大爆笑しているウォーロックにいらつき、トランサーを机に軽くぶつけておいた。

 

 

 給食を食べ終えたゴン太に連れ去られ、キザマロと合流するために購買に向かった。売店の窓口に座っている理事長のおばあちゃんと、その友人であるおじいさんに頭を下げたら、男だけでドッチボールだ。ツカサも足が治っているので、ちゃんと参加している。

 ちなみに、スバルはゴン太と肩を並べるエースである。皆は口をそろえて「意外」と言うが、当然だろう。飛んでくるゴム球など、キグナス・ウィングの羽弾やリブラ・バランスの火球に比べたら、文字通りおもちゃだ。痛いを恐れて逃げ惑う皆と違って、スバルは真正面からそれを受け止めている。

 チームバランスを考慮して、スバルとゴン太は毎回別のチームになっている。しかし、結局最後は二人の一騎打ちだ。ゴン太の剛腕から放たれるボールは中学生にも劣らない。スバルが負ける要素などまるでない豪球だが、毎回スバルが勝ってしまうとつまらない。そのため、彼はときどきわざと負けてあげている。今日は勝ちを譲ってあげた。

 チャイムが休み時間の終了を告げてくる。ふんぞり返っている調子の良いゴン太に、キザマロと数人の男子が「ゴン太様」と、ふざけて相手をしている。スバルはツカサに励まされながら、肩を並べて教室へと戻った。

 

 

 放課後、王様だったゴン太を待っていたのは鬼だった。

 

「な・ん・で! 宿題を忘れたのかしら?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 数時間前にふんぞり返っていたゴン太様はどこにもおらず、ガクガクと怯えて縮こまっている少年がいた。ちなみに、小さすぎて分かりにくいが、彼の隣ではキザマロがとばっちりを受けている。怒るルナ、怒られるゴン太、二人の暴走に振り回されるキザマロ。いつもの三人の光景に、スバルとツカサはクスクスと笑っている。

 

「スバル君は掃除当番?」

 

 スバルが片手に箒を持っていることから、ツカサはそう予測したのである。

 

「うん。今日が初めてなんだ」

 

 それを聞き、ツカサがピクリと両肩を持ち上げた。

 

「そっか、じゃあね?」

「うん。じゃあね?」

 

 手のひらを振って、ツカサは足早に教室の出入り口へと向かった。廊下へと出ると、とたんに、一目散に走り出していた。校則違反をするなど、大人しい彼にしては珍しい。

 

「トイレにでも行きたかったのかな?」

「かもな」

 

 ウォーロックと軽く会話をした直後、ゴン太とキザマロの悲鳴が上がった。

 

「そ、そんな!?」

「なんで僕まで!?」

「男のくせに、ギャーギャーうるさいわよ!」

 

 スバルが振り返るのと、男二人の抗議が軽く潰されたのは同時だった。

 

「今日中に宿題を提出なんて、ゴン太一人でできるわけないじゃない! 私は学級委員長として、スバル君に掃除を教えなきゃならないわ! だから、キザマロ! あなたが手伝いなさい!」

「ひ~ん!」

「それは僕の台詞ですよ、ゴン太君!」

 

 珍しく怒って怒鳴るキザマロをよそに、ルナが一括する。

 

「早くなさい!」

 

 びくりと飛びあがり、二人は逃げるように教室を飛び出した。その光景を苦笑いで見送っていた。だが、ウォーロックがひそひそと嫌な事実を突きつけて来た。

 途端に、ツカサの行動の本当の目的が分かった。彼は危険地帯から避難したのである。危ないオーラを纏っているルナが近づいてくるのを見て、今日も宿題を忘れて来たゴン太に憎悪の念を抱いた。

 

「さてと……スバル君。掃除の仕方、ビシビシと教えてあげるわよ?」

 

 今度、ゴン太にやきそばパンでも奢らせようと固く誓った。

 

 

「星河、ちょっと良いか?」

 

 掃除の途中に、モジャモジャ頭が教室に割り込んできた。スバル達の担任教師、育田だ。この間まで入院していたとは思えないほどの元気な足取りでノシノシと近づいてくる。

 

「ちょっと、放送室へ来てほしいんだが、良いか?」

 

 「良いか?」と尋ねられても、教師に頼まれたのなら断るわけにはいかない。理不尽な内容ならば別としてだ。ルナに掃除当番を代わってもらい、スバルは育田について行った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。