流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


五章.愛のカタチ
第六十四話.三つの夜


 シャンシャンと軽快な、でも優しい音達が部屋を駆け巡る。そんな彼らに包まれながら、スバルはベッドにごろりと寝転び、右手に持った平べったい物体を見ていた。四角いそれはプラスチックで構成され、表面のビニルの裏側には綺麗にプリントされた紙が閉じられている。スバルはそれをじっと眺めていた。

 

「おい、スバル。今日は宿題が終わったらずっとそうしてるじゃねえか? そんなにミソラに会いてえのか?」

「そ、そんなわけないでしょ!?」

 

 ウォーロックに指摘され、お約束通りに首の付け根まで真っ赤にしたスバルが起き上がる。トランサーから流れている曲はミソラのものだ。そして、ずっと見ていたのは、ついこの間買ったミソラのCDのパッケージだ。スバルはそこに写っているミソラを、無意識にじっと見ていたのである。

 ゲラゲラ笑っているウォーロックに枕を投げつける。しかし、投じられた物体は電波の体をすり抜け、壁にポスンと空しい音を立てるだけに終わった。スバルの目の前では、今も両手を顔の横でぶらつかせ、舌を出してからかっている異星人が宙に浮いている。

 スバルが悔しそうな表情を浮かべたとき、トランサーが鳴り出した。タイマー機能のアラームだ。

 それを止めている間に、ウォーロックがトランサーへと戻った。

 

「ロック、行くよ!」

「おう!」

 

 

「ただいま」

 

 カードキー式の鍵を開け、玄関へと押し入る。木彫りの装飾がフレームとなった鏡に、柔らかそうな絨毯、壁に掛けられている油絵は一般の家庭ではまずお目にかかることのない品々だ。それらに脇目も振らず、少女は靴を脱いで部屋の奥へと突き進む。予想通り、返ってくるのは彼女の足音だけだ。それでも、リビングへのドアを開けて一言付け加える。

 

「ただいま」

 

 返事は光だった。センサーが彼女の存在を認知し、ご丁寧に明りをつけてくれたのである。鬱陶しいほど明るい照明の下で、少女は深く息を吐いた。

 

「やっぱり、今日も仕事か……」

 

 彼女の両親は共働きだ。けっして家庭の懐が乏しいわけではない。大金持ちとまでは言えないが、両親の収入はこの国の水準を遥かに超えている。ただ、彼女の両親は根っからの仕事人なだけなのである。

 二人の仕事は、企業が行うイベントや企画を代理で引き受けるクリエイターだ。彼女の記憶が正しければ、今はヤシブタウンのデパートから、客寄せのイベントを依頼され、それに着手しているところだ。公開を始めたばかりなのにもかかわらず、かなりの人気が出ているらしい。まだまだ、仕事は忙しくなると思われる。

 

「……分かってるわ、しょうがないのよ」

 

 冷蔵庫の引き出しを開け、冷凍食品を二、三個取り出す。電子レンジに放り込み、慣れた手つきでダイヤルを回す。後五分もすれば夕飯の出来上がりだ。この家の造りから見て、ふさわしいとは言えないお粗末な光景だ。

 オレンジ色に染まる箱の中に興味を示すこともなく、ポケットから一枚の紙を取り出した。そこには青いヘルメットに茶色い髪をした人物の似顔絵が描かれている。一本一本の線が細かく描かれており、小学生の落書きとは遠く離れている。この絵に、彼女がどれだけ思いを入れているのかはよく分かる。

 

「ロックマン様……」

 

 描かれているのは彼女の憧れの人である。最近、寂しい時は自分で描いたこれを見て気を紛らわしている。コンクールで金賞を受賞した腕を惜しみなくつぎ込んだ傑作である。彼女にとって、数少ない心の寄りどころだ。

 だが、この絵は未完成だ。ところどころ、線が途切れており、完成まであと一歩と言うところだ。彼女の腕前なら後三十分もあれば充分に描き上がる。しかし、彼女はそれをしない。描こうとしても、手が動かないのだ。

 理由は分かっている。あの少年だ。学芸会の日以来、時々彼の横顔が浮かんでくる。ロックマン様の絵を描こうとすると、どうしても彼が出てきて彼女の手を止めてしまうのだ。

 ヒーローとは遠くかけ離れたモヤシごときに、何を感じているのか? 悪い病気にでもかかっているのではないかと自分を疑ってしまう。

 そんな事を考えながら見ていると、夕飯の完成が告げられた。絵をしまい、白い湯気が立ち上げているそれらをテーブルに並べる。もうすぐ、家庭教師用のティーチャーマンが来る時間だ。それまでにこれらを食べきってしまわなければならない。

 いそいそと箸でコロッケを掴み、小さい口に送り届ける。火傷しそうなほどほくほくとした甘みが広がる。だが、それは彼女の胸までは温めてはくれなかった。

 

 

 剣を振り下ろす。ロングソードに切り裂かれた蟹の姿をした電波ウィルスが消えていく。近づいてきた騎士の姿をした電波ウィルスの剣を掻い潜り、ポイズンナックルで粉々に打ち砕く。砲口から爆弾を放とうとしていた緑色の大砲には、その口にバスターを撃ち込んで仕留めた。背後から近づいて来ていた一輪バイクを振り向きざまに、モジャランスで貫いた。続いて、頭上から滑空してきた鳥を、タイミングを合わせてホタルゲリで仕留めた。

 静寂が響く。

 

「こんなところかな?」

「ああ、疲れただろ? 今日はこれぐらいにしておこうぜ?」

「うん」

 

 左手のウォーロックと相談し、今日の訓練を終えることにした。

 

「ねぇ……こんな訓練で、ヒカルに勝てるのかな?」

「……さあな。とりあえず、ジェミニは強い。ジェミニ・ブラックは俺達の予想以上だった。スターフォース無しでもある程度戦えるようにはならないと、話しにならねぇ。だから、できるかぎりのことはやっていようぜ?」

 

 スバルとウォーロックは忘れていない。あの戦いを。ジェミニ・ブラックとは三度戦い、二度敗北した。最後の一戦は勝つことはできたが、辛勝だった。次に戦って、勝てるという確証は全く無い。

 あの日から、二人はウェーブロードに上がってウィルスを退治する日々を送っている。だが、強くなっているという実感がわかず、不安と焦りだけが二人の背中を押す。

 

「FM星人達は地球を潰そうとしてるんだよね?」

「ああ、そうだ」

「なら……」

 

 彼はスッと眼下の光景を見下ろす。いつも通りの闇色に溶けそうなほどひっそりとしたコダマタウンだ。

 

「僕達が負けるって言うことは、この町が消えちゃうってことだよね?」

「……そうだな」

 

 ウォーロックの言葉を最後に、二人の会話が途切れる。スバルの茶色い双眼と赤いバイザーに、幾つもの光が点となって走る。ただ、唇を噛み締めるスバルを見て、ウォーロックも地球人達の世界を見下ろした。

 

 

 手のひらよりも小さい金色のお椀に白米を盛付け、そっと遺影の側に置く。背筋をまっすぐにのばして正座し、鈴を鳴らす。渇いた金属の音が鳴り響き、両手のしわを寸分無く合わせて目を閉じた。隣の電波体も白球の様な手を合わせて目をつぶった。彼女のパートナーである少女が三ヶ月間、毎日欠かさずに行って来た習慣である。

 

「ママ、私は今日も元気に生きています」

 

 これを言えるようになったのはつい最近だ。あの日からだ。

 

「それでね、ママ……」

 

 水色の電波体はチラリと片方の目を開けて彼女を見た。いつもと違う言葉が出て来たからだ。少女は顔を上げて瞼を開き、碧の瞳に遺影の中の母を映した。

 

「私ね……好きな人ができたみたいなの……」

 

 少女が考えることは、いつも母のことでいっぱいだった。しかし、いつからだろう。親友と遊びに行く少し前からかもしれない。ずっと、彼のことが頭から離れない。気づけば、四六時中彼のことを考えている。

 

「スバル君なんだ。前に話した、ブラザーになってくれた人……私を助けてくれた人よ」

 

 両手で左胸を抑え、高鳴る鼓動を確認する。

 

「これって……恋……なのかな? ママ?」

 

 

 ガバリと顔を上げた。

 

「どうした?」

「いや、なんか……胸がキュンとしたと言うか……ミソラちゃんのこと思い出したって言うか……」

「……病気か? 病院とかいうところに行った方が良いぞ?」

 

 ここで「恋か?」と聞かないあたり、ウォーロックが地球人の恋愛事情に疎いことが分かる。だが、当然と言えるだろう。彼は元々恋愛に興味が無い。ミソラのことを話題に出すのは、必ず動揺するスバルが面白いからだ。彼自身は恋愛と言うものが分かっていない。彼が興味を示すのは戦いと刑事ドラマ、スバルをからかうネタぐらいだ。

 

「そんなことよりも……この金、何に使うんだ?」

「僕の体をそんな事呼ばわりしないでよ」

 

 文句を垂れながらトランサーを開くと、負けないほどに瞼を開いた。

 

「な、何!? この金額!?」

「お前、今更気付いたのかよ?」

 

 そこには、小学生が持ち歩いていはいけない金額が示されていた。

 

「いつの間に!?」

「毎晩、ウィルスを倒していたからだろ?」

 

 電波ウィルスはなぜか電子マネーのデータを持ち歩いている。デリートしたときに残ったそのデータを、もったいないと言う理由でコツコツ回収していたのだが、その結果が数字となって示されていた。

 

「ところでスバル、この金でバトルカードを買おうぜ!? 南国も喜ぶぜ!?」

 

 ウォーロックには、「エクセレント的な!?」と騒いでいるサーファーの姿が目に浮かんだ。

 

「え? なんでバトルカード?」

「なんでって……ジェミニの野郎と闘う時、強いカードがあると有利じゃねぇか?」

 

 ウォーロックの言うとおりである。戦いのために戦力増強をしている今、最も賢い選択と言えるだろう。

 しかし、スバルを首を横に振った。

 

「やだよ」

「な!? なんでだよ?」

「だって、このお金があれば、ミソラちゃんのCDが買えるよ!」

 

 そう言って、彼は棚の上を指差した。そこには、三枚のCDが並んでいる。

 先日、ミソラのCDを買うことにしたスバルだが、まだコンプリートはできていない。理由は金額が高いからだ。引退した今も、ミソラの人気は衰えることを知らない。そんな人気歌手のCDの値段は一向に下がらず、小学生のお小遣いでは買いそろえることはできない。先日、「ミソラちゃんファンクラブ」の会員であるゴン太とキザマロに相談し、比較的安く売っているCDショップに連れて行ってもらった。しかし、それでもミソラのCDの値段はとてつもなく高い。簡単に手を伸ばせる金額では無かった。

 

「これだけあれば、全部買えるよ!」

 

 キラキラと星を瞳に秘めている呑気なスバルに、ウォーロックは目を吊り上げた。

 

「CDなんざいつでも買えるだろうが!」

「嫌だよ! いつ売り切れちゃうか分からないんだよ!? ミソラちゃんの人気ってすごいんだから!」

「バトルカードだっていつ売り切れるか分からねえぞ!」

「カードなんて、いくらでも出回ってるよ! それに、買っても使わなかったらもったいないよ。だから、CDだよ! CDだったら絶対に聞くし」

「CDこそいくらでも出回ってんだろうが! CDよりもカードだ! 買っても戦闘じゃ使わねえだろ!」

「CDだよ! どうしてもそろえなきゃ!」

「歌なんざどうでも良いだろうが!」

「ガサツ星人には、地球人の歌の良さなんて分からないよ!」

「分かりたいとも思わねえな! だいたい、てめえが好きなのは歌じゃなくてミソラだろうが!」

 

 途端に耳まで火照らせ、スバルはウォーロックに掴みかかった。

 

「そ、そんなんじゃないよ! この曲だって、歌詞全部覚えたんだよ!」

「ミソラに気に入られてえからか?」

「曲が好きだからだって言ってるだろ! 自分だってハープがいるくせに!」

「馬鹿言うな! あいつはただの口うるせえ顔なじみだ!」

「本当に? 怪しいな~?」

 

 スバルは責める方向と趣向を変えてみる。以前から、ウォーロックとハープの関係については気になっていたこともあるからだ。しかし、この作戦は失敗した。どうやら、先ほどのウォーロックの言葉は本音だったらしい。

 

「ああ? ミソラのストーカーが何言ってんだ? てめえの方がよっぽど怪しいだろうが!」

「だから、あれは不可抗力だって言ってるだろ!」

「でもストーカーだろうが! ストーカー!」

「ストーカーじゃないよ!」

「なら、バトルカード買え!」

「なんでそうなるんだよ! 嫌だ! ミソラちゃんのCDを買うんだ!」

「カードだ!」

「CDだよ!」

 

 ウォーロックが周波数を変え、人間に触れる体になり、いつの間にか取っ組み合いの喧嘩になっていた。

 互いに一歩も引かない子供じみた我儘な喧嘩。それの遥か上空で月がおおらかに笑っていた。




 この小説はスバミソで展開します。今章からも……むしろ、この章からその趣向が強くなります。それでも構わないと言う方、どうぞお付き合いください。

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