流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

64 / 144
第六十三話.二人の決意

「じゃあ、育田先生は復帰できるんだね\(゜▽゜)/」

 

「うん。校長先生も折れたよ(^^)b あの時の光景、ミソラちゃんにも見せてあげたかったな~」

 

 おじいさん二人から逃げるように立ち去ったミソラは、無事に家に帰宅した。帰宅した時は夕方だったが、今の時間帯は夜だ。戦闘の疲れもあり、スバルとのメールが終われば、すぐにベッドへと潜り込んだ。もちろん、ハープも一緒だ。

 

「おやすみ」

「ええ、おやすみ」

 

 すぐにミソラが夢の中へと落ちる。その横顔をハープはじっと見ていた。

 ミソラは自分が必要だと言ってくれた。だから、彼女のそばにいるつもりだ。だが、こんな扱いで良いのだろうか? 自分は、彼女が歌わなくなってしまった原因だと言っても過言では無い。そんな自分が、彼女のそばで笑っていても良いのだろうか?

 その思考は中断される。うめき声が聞こえたからだ。どうやら、今晩は早々にあの夢を見てしまっているらしい。

 

「い、行かないで……」

 

 違った。毎晩彼女のうめき声を聞いていたハープはすぐに分かった。彼女はうなされているとき、暴走する自分を抑えるために「止めて」とは言うが、「行かないで」などと言わない。

 

「行かないでよ……ママ……」

 

 どうやら、母を亡くした時のことが夢に出ているらしい。夢の内容は違っても、自分にできるのは頭を撫でてあげることだけだ。

 

「スバル君……スズカ……」

 

 母と重ねて、スバルとスズカを思い出しているらしい。彼らを亡くした夢なのだろう。慰めようと、そっと手を伸ばした。

 

「ハープ」

 

 ピタリと手を止めた。ミソラの顔を窺う。タヌキ寝入りではない、本当に寝ている。寝るふりをすることは簡単だ。しかし、全身から冷や汗を流しながら、痙攣するように震えるなど、簡単に演じれるものではない。これができる者など、一流の俳優でもそうはいないだろう。目元から零れ落としている涙は、彼女には似合わない化粧となっている。ぽたりと枕に落ちゆく雫は、月明かりを浴びて一瞬の宝石と化した。

 

「ごめんなさい、ミソラ……」

 

 そこに、ハープの宝石が重なる。

 

「あなたにとって、私は……もう、家族だったのね?」

 

 ミソラは母を失い、大きな心の傷を抱えている。ハープがしでかしたのは、その繰り返しだ。たった一人の家族を失うと言う、ミソラのトラウマを呼び起こしてしまった。

 ハープの双瞼が悲しみに伏せられ、頬に一筋の川が流れる。

 

「……いや……一人にしないでよ……ハープ……ハープ……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 自分の愚かな行為を受け止め、ハープはミソラの頭を抱きしめた。

 

 

 翌、明朝。この時間は、夏ならば蝉が活動を始めるころだろう。だが、今は五月。蝉の騒音に悩まされる日々はもう少し先だ。代わりに、雀たちが眠そうに翼を動かしている。

 ハープはベイサイドシティのとあるスロープの上にいた。小高い丘の上に建ち並ぶ、マンション群に向かうために設けられた道路だ。いつもはここを乗用車が走るのだが、サラリーマン達が出勤する時間にはまだ少し早い。今は塗装が少し禿げた白いガードレールの上に腰かけている。

 

「ねぇ、眠いよハープ。なんでこんなところに来たの?」

 

 隣にいるミソラは空に向かって口を大きく開いた。ちょうど、水平から45度の角度だ。90度下にずらせば、じゃっかん霜がかかり、陽の色に染められた街全体が見渡せれる。

 

「ミソラ……」

 

 景色を楽しんでいたハープは、ミソラの不満顔に向き直った。無理やり叩き起こされた上に、理由を教えられずにここまで連れてこられたのだから、その不満顔は相当なものだ。背負っているギターのディスプレイは鏡の役割を果たし、桃色になって膨らんだ頬が映っていた。

 そんなミソラに微笑みながら、ハープは提案した。

 

「ここで歌ってみない?」

「……え?」

 

 予想もしていなかった言葉に目を丸く開いた。内容を理解し、ゆっくりと首を横に振った。

 

「ハープ、言ったでしょ? 歌う意味を見つけるまでは、私は歌わないよ」

 

 ハープを探すために歌ったのは特別だ。だから、今度こそ歌わないとミソラは改めて決意を固めていた。

 

「いつまで?」

「いつまで? って……見つけるまで……」

「いつ見つかるの? どれだけ時間をかける気なの?」

「どれだけって……」

 

 今度は何も言えなくなってくる。

 

「自分から見つけに行かないと、いつまでも見つけれないわよ。少なくとも、今のままじゃ見つけられるとは思えないわ」

「……なんで?」

「歌を歌う理由を、歌わずに見つけるなんてできないわ。スバル君が学校に行って、学校に行く理由を探しているようにね?」

 

 気になっている彼の顔が思い浮かぶ。

 

「だから、こっちからドンドン歌いましょ! あなたが歌った時、それを受け入れてもらった時、きっと、あなたの歌う理由が見つかるわ!」

 

 笑って励ましてくれるハープは、朝を告げる光を浴びて頼もしく輝いていた。それでも、ミソラは渋ってしまう。

 歌わないと言う決意は、誤った道を進んでしまった自分を戒めるものだ。その決意を自分で破ってしまったら、また道を外してしまうかもしれない。自分と言うものを見失ってしまうかもしれない。

 春の朝は、まだまだひんやりとした風を届けてくる。ミソラの頬を撫で、フードをパタパタと鳴らしてくる。その隅で、道の端に投げ捨てられた空き缶が風に煽られてみすぼらしく坂道を転がって行く。

 

「勇気を出して! ミソラ。私がいるから」

 

 俯くミソラの顔を両手で挟み、ハープは顔を覗き込んだ。

 

「これからどんなことがあっても、私はいつでもあなたのそばにいて、あなたと一緒に歩いて行くわ」

 

 指の無いハープの手は無機質なほど丸い。しかし、そこにはっきりとある温もりでミソラを包み込んでくれる。その上に、そっと手を重ねた。

 

「……ハープ……」

 

 一度目を閉じ、大きく息を吸い込む。ちょっと冷たい春の空気が、ミソラの心を満たし、落ち着かせていく。ゆっくりと、吐きだした。

 

「ハープ、私……」

 

 瞳をのぞかせたミソラを見て、ハープは強く頷いた。

 

 

 だるそうに体を起こした。昨日も仕事が遅くまであった。真夜中に帰って来たため、汗を流して寝るしかでき無かった。遊ぶ時間も無く、もう会社に行かなくてはならない。一人暮らしには辛い。サラリーマンの敵はストレスなのだと改めて認識し、カーテンを開いた。

 

「あれ?」

 

 続けて窓を開いた。聞き間違いじゃない。向かいのアパートの住人も顔を覗かせていた。目が合う。今まで似たような状況はあっても、互いに無視していたが、今日はそれがむず痒かった。お愛想程度に頭を下げ合った。

 

「曲ですかね?」

「ギターですよね?」

 

 二人がそう話していると、隣の部屋の住人まで顔を出した。寝ぼけているようで、かけた眼鏡が傾いている。

 

 

 ピックが踊り、弦が楽しそうに跳ねまわる。リズムに乗って足と体を揺らす。大丈夫だ。引退するまでは、毎日練習していたのだから。舞台も屋内から、とても広い屋外へと変わっただけだ。人生最大の舞台に向かって、声を張り上げた。曲はミソラの代表曲、「ハートウェーブ」だ。

 既に会社へと向かっていた男性は足を止めた。透き通るような声に肩を掴まれたような気分だ。

 別の男性はナビに命じ、車を止めた。聞いたことのある曲だったからだ。道端に車を寄せ、外に出た。すると、真似するように数台の車が彼の隣に駐車した。

 散歩をしていた主婦は、愛犬の反応から気付き、耳を澄ました。

 気付けば、街中にいる人物は足を止め、あちこちの民家やアパートやマンションの部屋から顔が覗いている。そこに、世代の壁は無かった。

 もう、皆が気付いていた。引退したあの子だ。国民的アイドルだったあの子だ。もう、聞くことは無いと諦めていたあの歌声だ。

 ギターを下ろし、ほっと一呼吸ついた。途端に街が揺れる。あの静かだった街の朝とは思えない。早朝からのサプライズイベントに街の住人達は天をひっくり返すかの如く興奮していた。

 ギターからハープがすっと出てくる。自らの力を使い、ミソラが奏でる歌を街全体へと届けていた彼女は、満足げにその光景を眺めていた。

 

「ハープ」

「なあに?」

 

 一応尋ねたが、返ってくる答えにはだいたいの予想が付いていた。朝日をも飲み込む碧色の太陽があったからだ。

 

「ありがとう。私、見つけられたかもしれない……私が歌う理由……」

「フフ、当然のことをしただけよ。ポロロン」

 

 ミソラは広がる世界に目を向け、誰にも見えないハープと共に手を振った。

 

 

 

断章. 二人の戦い(完)




注意:後書きが()長いです。

 ミソラとハープが本当の意味でパートナーとなるまでの物語、いかがだったでしょうか?
 ミソラとハープってどんな風に仲良くなったのだろう? 今章はそんな疑問から生まれたお話しでした。クラウン・サンダーもこのお話に交えたかったため、敵キャラとして登場してもらいました。もちろん、これからは仲間キャラになります。
 ミソラとハープ、それぞれの葛藤とすれ違い。ハープ・ノートが原作で一回しか使わなかったボードを戦闘で応用する。など、オリジナリティを組み込んだ物となりました。反省するところが多々あります。やっぱりオリジナルって難しいですね?
 あ、この六十四話でミソラが歌っていた歌は、アニメのOP曲です。ミソラが歌っていると言う公式設定なので、オリジナルじゃないです。

 なぜ、このようなオリジナルストーリーを入れたのかと言うと、コンプレックスがあったからです。
 私以外の流ロク作者様の作品は、オリジナルストーリーです。自分でストーリーを考え、敵キャラを作り、その世界を描いています。
 対し、私は原作に沿って書くだけです。オリジナルではなく、借り物ストーリーです。原作のキャラや雰囲気をできる限り壊さぬようにしたり、アニメ要素を盛り込んでみたり、原作を愛する皆さんに楽しんでもらえるように私なりのアレンジを加えたりしています。
 しかし、どこまで行っても借り物です。
 だから、自分で作ってみたかったんです。オリジナルストーリーを。今回、断章と言う形で加えさせていただきました。コンプレックスを解消できたかはちょっと分かりません。ほんと、一から物語を考えている皆様は凄いって、心から感じます。

 断章はいかがでしたか? 皆さん、楽しんでいただけましたか? 少しでも楽しんでいただければと思います。

 断章にお付き合いくださり、ありがとうございました。



補足(2013/11/13追記)
ミソラが歌うシーンにアニメ版のOP曲、ハートウェーブの歌詞を載せていました。
しかし、ある読者から著作権侵害に値するのではないかと指摘を受けました。
ゲームの著作権を持つカプコン。
アニメ版の著作権を持つ小学館。
音楽の著作権を管理するジャスラック。
三社に問い合わせたところ、著作権侵害であることが分かりました。
著作権使用料を支払う申請をすると同時に、歌詞を削除しました。

指摘くださった方、ありがとうございました。
二次創作を書く身でありながら、最も大事な著作権を軽んじ、侵害してしまいました。
読者の皆様にもご迷惑をおかけしてしまったことを、この場を借りて謝罪させていただきます。

大変申し訳ありませんでした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。