流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
都市風が煙を払いのける様を、ハープ・ノートはじっと見つめていた。もうクラウン・サンダーは立っていないだろうが、一応攻撃の姿勢をとっておく。目を凝らし、浮き彫りになって行くウェーブロードの様子をうかがっていた。
煙の中に黒い影が見えた。雲の上に王冠が乗っかったシルエットだ。その下には人影が見える。ウェーブロードに生身の人間が立つことは無い。つまり、まだクローヌの電波変換が解けていないことに他ならない。
「ミソラ!」
「ええ!」
ハープが警戒を促し、ミソラは二つのコンポを斜め前方に召喚する。すると、煙の中から雲の方だけが先行して出て来た。
「そう、身構えるな。もう降参じゃ」
冠座のFM星人、クラウンだ。ご丁寧に雲の一部が手を形作り、降参のポーズを取っている。
「なあ、クローヌ?」
「うむ」
煙に隠れてしまっているため、大まかな輪郭しか見えないが、クローヌも同意見だった。どうやら、彼の辞書にはちゃんと降参の文字が合ったらしい。ハープ・ノートがコンポを消すと、彼も安心したように手を下した。前に進み出て。その姿をあらわにする。
「キャーーー!!!」
ミソラは元アイドルだ。ちょっとやそっとのアクシデントでは動揺しないし、こんな悲鳴は上げない。だが、目の前に現れた彼は、ちょっとやそっとの存在では無かった。
クローヌはとっくに電波変換を解いていた。それにも関わらず、彼はウェーブロードの上にいる。なにより、彼の姿が異常だった。クローヌの背中には数本の矢が突き刺さっていた。体に食い込んでいる長さから見ても、明らかに致命傷だ。顔色は悪く、血が通っていないかのようだ。真っ青な顔でニヤニヤと笑いながら歩み寄ってくる。何より、一番異常なのは体が半透明なことだ。
「ま、まさか……幽霊っ!?」
突きつけられた幻の存在に気が動揺し、手と唇が震える。いや、足も含めて全身が痙攣するようにガクガクと振動している。ハープも唖然として声が出ない。そんな二人にクローヌは高らかに笑って見せた。
「カカカ、思った通りの反応をしてくれるわい」
頭皮がむき出しになってしまった頭をぺちぺちと叩き、クローヌは改めて自己紹介した。
「改めまして、お嬢ちゃん。ワシはジャン・クローヌ・ヴェルモンド・ジョルジョワーヌ14世である。お嬢ちゃんのファンであるぞ!」
「……へ?」
最期の言葉は聞き間違いだと感じた。当然だ。先ほどまで戦っていた相手にファンだと言われても戸惑わないような、神経の太い者などいないだろう。しかし、歌手として音感を鍛え上げられたミソラの耳が、聞き間違いなどするわけがなかった。
「えっと……今、なんて?」
「お嬢ちゃんのファンである!」
黒いサングラスから覗く瞳が、キラキラと眩しい光を放つ。頭の天辺だけが禿げあがった金色の髪と合わさり、需要の無い光景となってしまっている。
「あ、ありがとう……クローヌさん」
ぞっと背筋が凍ったが、ここは作り笑いで返すのがアイドルだ。条件反射で笑って返して見せる。無理やり作った表情がぎこちなかったのは言うまでもない。
「クラウンの呼び方を真似して、クローヌでもよいぞ?」
「あ、はははは……」
幽霊に自己紹介される経験は、これから五十年以上は生きるであろうミソラの人生において、これっきりのはずだ。貴重な体験にもかかわらず、たまらずに数歩後ずさってしまった。
ハープがひそひそと、逃げるように促してくる。そうしたいのもやまやまだが、問題を解決していないのでそうするわけにもいかない。
「お嬢ちゃんは最高じゃ! かわいいし、歌も上手いし、強い! ワシの戦に渇き、荒んだ心を潤してくれた! なんて刺激的! もう、ワシはメロメロになってしまったわい!」
ルンルンと鼻歌を歌いながら、両手を頭上にあげて高速回転している。
全部聞き流しておいた。クローヌのテンションについて行けないからだ。こんなファンは今まで何人かいたが、目の前で、一人で、ここまで騒がれるとちょっと辛い。多分、最後の攻撃で頭をぶつけてしまい、ちょっとおかしくなってしまったのだろう。きっとそうだ。そうだと決めつけよう。そっちの方が気が楽だ。
だからだ。ここは、ちょっとずるいが彼の心をもてあそばせてもらおう。戦いでは無く、交渉で決着がつくのならそれに越したことは無いのだから。それに、早く用事を終わらせて立ち去りたい。
「だったら……もう、FM星人側につかないでくれますか?」
「もちろんじゃ! さっきのような、お嬢ちゃんの歌が聞けなくなるなんて嫌じゃからのう!」
FM星人側に付くと言うことは、地球を潰すと言うこと。それは、ミソラも消えると言うこと。ハープを見つける時に歌った、ミソラの歌がもう聞けなくなると言うことだ。欲望に忠実な幽霊は二言返事でミソラの言葉を承諾した。もう、このお爺さんは大丈夫だろう。できれば、その他者に理解しがたい、テンションに任せたスピンも止めてもらいたい。
だからだ、もう一人を懲らしめなければならない。ずっと黙って成り行きを見ていたクラウンを見上げた。彼もミソラの視線に気付いたのだろう。目の高さまで降りてくる。
「もう、悪さはしないで。そうしたら、見逃してあげるから」
地球を攻撃しているFM星人だ。ここで消滅させるのが一番確実で安全な方法だ。だが、ミソラは優しすぎる。確かにハープを酷い目にあわせた憎い相手だ。しかし、消えて良いとまでは思えない。だから、彼が改心してくれるのならば、今回のことは水に流そうと考えているのである。
「……条件がある」
電波人間であるハープ・ノートが、電波体のクラウンを始末するのは簡単だ。いま、クラウンは命を握られている側だ。それにも拘わらず、彼は静かに細い目を閉じて、逆に条件を突き出してきた。よほど譲れぬ内容なのだろう。ミソラとハープもそれを理解し、落ち着いた雰囲気を纏っているクラウンが何を言い出すのかと、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「……サインをおくれ……」
空気を読んだ一陣の風がその場を通り過ぎた。春まっさかりなのに肌寒い。瞼を大きく開き、目が真っ白になったミソラとハープはヒョコリと首を傾げた。
「実は、ワシ……ミソラちゃんのファンなんじゃ!!」
真っ白だった雲が紅に染まった。電波体に血液があるのかは定かではないが、彼は告白したことにより、血圧が急上昇している様子だった。
人間からファンだと言われたことは多々ある。辺り一面からその言葉を投げかけられるので、聞いた数はカウントできないほどだ。しかし、FM星人から言われるとは思っていなかった。
「この通り、ミソラちゃんファンクラブDにも入会しとるんじゃ」
顔を恥ずかしさで隠しながら、ピラッと電子データでできたカードをみせて来た。
ハープは唖然とした。旅行会社に勤めているデンパ君が見せたものと同じだご丁寧にクラウンの顔写真が貼ってある。
驚いたように見ているミソラを気にせず、クローヌがテンションを上げる。
「おお、そんなモノがあるのか! 入るぞ! ワシも入るぞ!」
「うむむ!? クローヌ、やはりお主はわしのパートナーじゃ!」
「もちろんじゃ、友よ!」
騒がしいおじいさん二人を見て、ミソラとハープは力無く笑い合った。
◇
老人二人はだらしなく鼻の下を伸ばしていた。通信販売専用ナビから購入したお酒のデータを飲みかわし、友の誓いをしているところだ。データを飲むため、クローヌは電波変換してクラウン・サンダーになっている。
「周波数が合うとは分かっとったが、ミソラちゃん好きまで合うとはのう!」
「うむ、これはワシの宝物じゃ!」
クラウンがミソラのサイン入り会員証を持ち上げ、月明かりに照らして見せる。その字が怯えた様に小さく震えているように見えるのは、クラウンが酔っているからだろう。
「ワシも入りたかったのう……」
「仕方なかろう。ミソラちゃんファンクラブDは電波体しか入れんのじゃから」
クローヌは人間の幽霊だ。人間世界で未だに勢力を増しているミソラのファンクラブはもちろん、電波世界のクラブにも入れない。
「ミソラちゃんを慕う気持ちがあれば、皆同士よ!」
「嫌じゃ! ワシはクラブに入りたいのじゃ! 仲間外れは嫌じゃ!」
子供のように駄々をこねるクラウン・サンダーの絵は、あまり気持ちの良いものではない。長年、幽霊として一人彷徨って来た彼にとって、仲間外れは辛いことらしい。
クラウンは、どうやってクローヌを静かにさせようと頭を捻っていた。しかし、それは必要なかったらしい。クローヌは前触れもなく、勢いよく立ちあがった。
「そうじゃ! ワシがファンクラブを作ってしまえばよいのだ!」
「作るって……もう、人間世界にも、電波世界にもミソラちゃんのファンクラブはあるぞ?」
尋ねてくるクラウンに、クローヌはニヤリと笑って返して見せた。
アニメ版のクラウン・サンダーはキャンサー・バブルと同じくミソラファンです。この小説では、クローヌと共にファンになってもらいました。
ノリで動く三枚目キャラって書いてみたかったんです。ちょいとキャラを崩し過ぎたかなと思っています。