流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
ミソラは宙を舞うように体をひねり、向かってくる奴らを睨みつけた。相手はそんなに大きくない。せいぜい、バスケットボールほどだろう。だが、危険な得物を片手に持っている。ドリルだ。持ち主と同じくらいの直径があり、鋭い切っ先がミソラへと向けられる。
「パルスソング!」
オレンジ色のオーラを纏っているそいつは、音の塊に押しつぶされるように顔を歪ませて消滅した。だが、相手はこの一体では無い。消滅した奴の後ろから、今度は緑色をした、そっくりな奴がハンマーを振り下ろしてくる。めんどくさそうに攻撃範囲から逃れ、事なきを得た。
こいつらの相手をしている場合じゃない。本当の相手はこいつらではないのだから。
「先ほどの威勢はどうした? 逃げてばかりではないか?」
本来戦うべき相手、それはクラウン・サンダーだ。そのクラウン・サンダーは、防戦一方となっている非力な女戦士を嘲笑っている。それに合わせるように、先ほどから攻撃を仕掛けてきている髑髏達がケタケタと歯を鳴らす。本来眼球が入っているはずの穴を細めると言うおまけつきだ。先ほど消したはずのオレンジ色の髑髏も復活し、紫と緑の髑髏と一緒に笑っている。
それが癇に障ったのだろう。ミソラはテレビカメラの前では絶対に出さない罵倒の表情を見せた。
「そっちこそ! 戦闘になった途端に自分から手を出さなくなったじゃない! 女の子を苛めることしかできないの! 卑怯者!!」
ミソラファンが聞いたら絶望に沈むこと間違いなしの言葉の数々だ。だが、それだけミソラも頭にきていると言うことだ。ハープをあれだけ傷付けた奴が、自分から手を出さずに、手下である髑髏幽霊達に戦闘を任せている。これは卑怯者と言わずにはいられない。ミソラは仏では無いので、怒るのは当然の反応だ。
「カカカ! 何を言うか? これは
だが、それを肯定するのが、クラウンと電波変換しているクローヌと言う男である。
「戦において、指揮官が前に出るなど言語同断。指揮官は安全な後方から指示を出し、前線にいる部下に敵を仕留めさせる。用兵の基本中の基本じゃ。卑怯者呼ばわりは敗者が自分を肯定するための良いわけにしかならぬわ」
どうやら、彼は一対一で戦っていると言う考えでは無いらしい。この三色の髑髏達も彼の力の一部なのだが、あくまで一対四だと思っている様子だった。
だが、結局自分から近づいてこないのだ。やっぱりミソラはクラウン・サンダーの行為を肯定したくなかった。パチンコを放って来る紫色の髑髏を攻撃しながら叫んだ。
「何が指揮官よ。自分から近づくのが怖いんじゃないの!? 臆病者!」
髑髏三体の動きが止まる。一体一体が幽霊なのに冷や汗を流し、怯えるように両目の端を下げている。唐突な静寂にミソラとハープが硬直していると、髑髏三兄弟がクラウン・サンダーの元へと下がる。入れ替わるように、ノシノシと司令官自らが後方から前線へと出てきている。用兵の基本はどこへやらだ。
「臆病者は聞き捨てならぬな。よかろう。ここはワシが相手をしてやろう」
今度はクラウン・サンダーが癇に障ったらしい。
「指揮官さんは、安全な後方で指示を出すんじゃなかったの?」
「カカカ、指揮官同士が戦う一騎打ちと言うものもある」
ピッと立てた人差し指の先にバチバチとエネルギーが溜まりだす。ビー玉程度だった球はあっという間に巨大化し、彼の顔ほどまで大きくなる。
「古来より、一騎打ちは馬上で剣や槍を振るうと言う接近戦が主であった。だが、キサマは遠距離戦が得意であるのだろう? 特別じゃ。同じ土俵で戦ってやるぞ、小娘」
クラウン・サンダーにあるのは怒りではなく、余裕だった。それが尚更ミソラの怒りを煽る。
「さっきから……ううん。昨日のジャミンガーだってそう。私を小娘小娘って、皆で馬鹿にして! 私だって戦えるんだから!」
乱暴にコンポを召喚し、精いっぱいの弾丸を撃ち放った。
「ショックノート!」
力の限りに二つのエネルギー弾を放つ。しかし、彼女の精いっぱいはクラウン・サンダーにとってはおままごとだった。マントを翻し、華麗な横っ跳びだ。避け切った直後に指先の雷を空に向かって放った。
「フォールサンダー!」
人差し指から解放された電気は五本の落雷となりハープ・ノートに降り注いだ。避け切れず、そのうちの一本に捕まってしまう。
「きゃあ!」
回避しようと動いていたところに攻撃を受けてしまったのだ。転ぶように地に伏せる。
「カカカカカ! 一騎打ちはワシの勝ちじゃ! どうじゃ、臆病ものに敗北した気分は?」
今度はぐうの音も出ない。ただ、悔しさで瞳を滲ませることしかできない。
小娘相手に勝ち誇っているクローヌに、クラウンが呆れたように語りかけた。
「クローヌよ。そろそろ良いじゃろう?」
「うむ……まあ、小娘にしてはなかなか楽しめたわい。ほめてつかわすぞ。じゃが、そろそろ終わりにしてやろう」
「……あまり乱暴にはするなよ? ワシの趣味では無い」
クラウン・サンダーがぱちりと指を鳴らすと、一騎打ちを見守っていた髑髏三人衆がユラユラと近づいて行く。オレンジ色の炎に身を包んだ髑髏が、ドリルの先を突きつける。
「さあ、ウォーロックの居場所を言え!」
これから始まるのは戦では無い。尋問だ。ミソラとハープは身をこわばらせた。だが、ハープは自分の身に掛る痛みに怯えているのでは無く、ミソラが傷つくことを恐れていた。
「ごめんなさい、ミソラ。また、私のせいであなたを傷付ちゃうわ。本当に、ごめんなさい」
ウェーブロードに鼻先を押し付けるように俯いていたミソラの目が、ハープと合った。たまらず、ハープは負い目を感じて目を逸らす。
「なにそれ? ハープ、そんなこと気にしていたの?」
「え?」
「もしかして、ハープが出て行った理由ってそんなことだったの?」
ハープは逸らしていた目をミソラに合わした。
「そんなって……だって、私があなたの側にいたら、怪我させたりしちゃうから……」
「それはハープのせいじゃないよ」
フォールサンダーの強力な雷の作用で、ミソラの体は自由に動かせない。それでも、ハープと面と向かって話そうと首に力を入れる。
「怪我をするのは私が弱いからだよ。だから、ハープが気にすることじゃないよ?」
「で、でも、私がいるから……ミソラは戦っちゃうんじゃない!」
「フフフ、ハープもあのジャミンガーと同じだね。被害妄想強いよ?」
これから尋問を受けると言うのに、ミソラは笑ってみせた。それだけハープの言い分がおかしかったのだろう。
「私は戦いたいの。スバル君の力になりたいし、私の手の届く範囲で誰かを守れるのなら、守りたい。ハープのおかげでその方法も範囲も増えたんだよ。だから、私はハープと一緒に戦えることが嬉しいの」
「こんなことになっても?」
二人を囲む、それぞれの武器を持った三体の髑髏に目を移す。後方で様子を窺っているクラウン・サンダーの指示を待っている様子だ。
「うん。でもね……私はあの人の悪趣味に付き合うつもりはないよ?」
「ほう? では、ウォーロックと……そのスバルと言うのがウォーロックの相棒であるな? そやつらの居場所を吐く気になったのだな?」
クラウン・サンダーが確認の意味を込めて尋ねてくる。だが、彼は勘違いしている。ミソラは彼の予想を上回る頑固者であり、良い意味で諦めが悪い。
「言うわけないじゃない! スバル君は今、自分と戦ってるの。邪魔なんてさせないわ!」
スバルは自分のトラウマを超えようと戦っている。今はとても大事な時だ。このような男にスバルの邪魔をさせたくない。それに、場所を教えると言うことは片棒を担ぐと言うことだ。ミソラにできるわけがない。
ミソラの健気な言葉にハープは瞼と唇を噛み締めた。ミソラの言った言葉が、ハープを駆け巡る。
クラウン・サンダーは呆れたように額に手をやる。
「やれやれ……小娘、キサマには、敗北者には選択肢が無いと言うことを教えてやらねばならぬな」
「負けてなんかないわよ!」
答えたのはハープだった。ギターの首を捻じ曲げ、ミソラに振り返った。
「私達はまだ負けてない! そうでしょ、ミソラ!?」
「ええ、ハープ! 私、まだ戦えるわ!」
痺れる手足を必死に支え、平たいウェーブロードに必死に足を引っ掛けるようにして立ち上がる。
「ハープ」
「なあに?」
「スバル君は私を助けようと必死になってくれたわ。きっと、今みたいに辛かったはず。だから、私だって、ここで倒れてなんていられないわ!」
「うん、うん……」
「だからね……私、勝ちたい!」
髑髏達に囲まれ、獲物を向けられている。ここから希望を見出すなど、普通ならできるわけがない。だが、今のミソラにはハープがいる。ミソラの気持ちを受け入れてくれたパートナーがいる。
「この人に勝って、今度は私がスバル君を助ける!」
「ええ、やりましょう、ミソラ! 私たちならきっとできるわ!」
現実が見えていない二人に、クラウン・サンダーは完全に呆れたようだ。
「夢を語るのは結構。だが、今は現実を見るのだな、小娘」
馬鹿にした目で小娘を見る。そこで認識を改めた。彼女の瞳を見たからだ。
「小娘じゃないわ」
強風一つで曲がってしまいそうな細い体で、相棒を抱えて佇んでいるのは小娘では無かった。
「私は……私達はハープ・ノートよ!」