流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第五十九話.信じてる

 水色だった体のあちこちにできた黒い焦げ跡。それはまるでミソラの手にできてしまったあざの様で、自分の罪深さがめぐり巡ってそのまま返って来たようで、逆に清々しかった。だが、痛くないわけではない。現に、意識が遠のきそうだ。優しく包み込んでくれる春風の優しさすら、今は傷口を抉る迷惑でしかない。

 

「さあ、そろそろ観念するのじゃ」

 

 クラウン・サンダーがツカツカと歩んでくる。彼の黒くぽっかりと開いた目は少々ひょうきんな印象を与えてくる。しかし、ハープに散々撃ち込んだ雷を手に滞留させているため、そんな雰囲気は一切感じられない。

 

「言うわけないじゃない……」

 

 それでも、ハープは口を割らない。

 

「例え、ここでデリートされても、私は言わないわ」

「……キサマ!」

「クローヌ、もうよさんか? 女を傷付けると言うのは気が引けるのじゃが」

 

 先ほどから相棒の行為を良く思っていなかったクラウンが提案した。どうやら、FM星人の中でも比較的温和な人格の持ち主のようだ。だが、クラウンと電波変換しているクローヌ聞く耳持たない。

 

「ええい! ワシは早く戦いたくて、うずうずしとるのだ! 待つのは苦手なのだ!」

「どちらかと言うと、待つのが嫌いなのじゃろう?」

「どっちでもよい! とにかく、ワシは早く戦いたいのだ! 鍵なぞ、どうでもよい! 豪の者と戦えさえすれば、理由なんざどうでもよい!」

 

 対し、この人間はかなりの戦闘狂らしい。このクローヌと言う男が望むのは、強者との戦いだけだ。よって、脆弱なハープには価値が見いだせないらしく、直も尋問を続けようとしている。

 不思議とハープに恐怖心は無かった。このままデリートされても良い。どこか達観した感覚を覚えていた。クラウン・サンダーが掲げる雷。それは気持ち程度に開いた目に射し込んで来る太陽の光と同じく、神々しいとさえ思えた。

 本当に神々しいものがハープに届けられた。場に似つかわしくないそれは、日の光を淡く色どり、三人を包み込んだ。

 

 

 不安だった。手足のように自在に操っていた弦が()ねてしまっていないか、思った通りの音色を歌ってくれるのか、心配だった。だが、行きすぎた不安だった。ギターの形をしたトランサーでしかなかったそれは、楽器としての本来の役目に戻れたことを喜んでいた。

 応えるように、ミソラも喉を震わせた。発せられた美しい歌声は、口元の空気が隣の空気へ、そのまた隣へと伝え、広がって行く。街を包み込んでいく。

 そのほとんどは、車道を走るエンジンや工事現場の作業音などにかき消されてしまい、聞こえた者はわずかだった。しかし、ある三人にはしっかりと聞こえていた。

 

 

「これはなんじゃ?」

「……音楽のようだのう?」

 

 クローヌとクラウンが面を上げる。そう、届けられたのはあの音色。ハープがもう聞くことが無いと思っていたあの歌声。

 

「……ミソラ?」

 

 聞き間違えるわけがない。しばらくは歌わないと言っていた彼女の歌声だ。

 

「なるほど、この歌はキサマのパートナーのものか?」

 

 クローヌの言葉に、ゾッと胸を抉られた。髑髏が不敵な笑みを浮かべており、クラウンもなるほどと言う顔をしている。二人の表情に全身の体温を奪われた。

 

「確かに、ハープにパートナーがおってもおかしくない」

「ならば、話は簡単じゃ」

 

 その言葉、嫌な予感しかしない。まさかと言う前にクラウン・サンダーの姿が消えた。ウェーブロードを飛び移り、ドンドン離れていく。彼が向かう方角はこの歌の音源。

 

「ミソラ!」

 

 

 聞こえて! 聞こえたのなら、戻って来てよ! 

 

 紡がれた音と歌詞は少女の純粋な願いを秘め、彼女の大切な人を探しに行く。そして、一人の人物を導いた。シュンと一筋の光が少女の前に飛び降りる。

 

「ハープ!」

 

 伝わった。願いがかなったと声と胸を高鳴らせた。

 

「キサマか、小娘?」

 

 だが、それは裏切られた。目の前で姿を現したのは見たことも無い電波人間だった。

 

「だ、誰?」

「探し人が違ったか?」

 

 自分に最初に投げかけたミソラの言葉を聞いた時から、クラウン・サンダーは抑えきれない笑みを見せていた。

 

「ミソラ!」

 

 ようやく、ハープがその場に追いついた。彼女が遅れたのはほんの数秒だ。だが、遅すぎた。

 

「ハープ!」

 

 ミソラとハープの目が合う。ミソラは歓喜に満ちた笑みに、涙を付け加えていた。だが、ハープはそんな呑気なミソラに力の限りに叫んだ。

 

「逃げなさい!」

「え? ……えぇっ!?」

 

 よく見ると、ハープの体は傷だらけだ。怪我の理由は尋ねるまでもなかった。ハープの言葉から犯人を特定するのは簡単だ。先ほど現れた骸骨を睨みつけた。

 

「あなたがハープを苛めたの!?」

「苛めた? 愚か者が、尋問と呼べ! 戦で使われる常套手段じゃ!!」

 

 嬉しさでは無く、悲しみの涙を流す少女に詫び入れる様子も無く、クラウン・サンダーは自分の行動を正当化した。この一言で、ミソラにとってのクラウン・サンダーの存在価値は決まった。悪であり、恨むべき対象でしかない。

 

「許せない……ハープを苛めたアナタを、私は絶対に許さない!」

「ほう、ならばどうするつもりだ? ワシと闘うのか、小娘?」

「もちろんよ! 私達だって戦えるんだから!」

 

 目の前で行われる二人のやり取り。ハープは生きた心地がしなかった。

 

「止めて、ミソラ!」

 

 耐えられなかった。こんなことにならないようにと考えて、ミソラの元を去ったのだ。また、自分のせいでこの少女が危険な目に会おうとしている。

 

「私のことは良いから!」

「なんで、私達パートナーでしょ!? 一緒にいようって約束したじゃない!?」

 

 引き下がらないミソラに、ハープは頭を抱えて目をつぶった。ハープにとって、ミソラは世間一般で言う『素直で良い子』だ。だが、ちょっと頑固で引き下がらないところがある。強い精神の持ち主と言えば聞こえはいいが、今の状況では発揮してほしくない部分だ。

 

「お願いだから、もう私に関わらないで」

「なんで? なんでそんなこと言うの?」

 

 ミソラを納得させるには、全て説明するしかないだろう。しかし、それでも納得してもらえるとは思えない。ミソラはそれほどまでに頑固で心優しい。

 

「何でも良いでしょ! もう、あなたと一緒にいたくない。ただそれだけよ!」

 

 だから撥ね退けることにした。

 

「っ……ハープ?」

 

 ハープの言葉に数歩後ずさった。

 ミソラの声が痛い。それでも、ハープはミソラを退け、この場から立ち去らせたかった。この子には、もう傷ついてほしくないから。ミソラの顔を見ないために背を向けた。

 

「分かったでしょ? 私達はもうパートナーでも何でもないの」

 

 何も返ってこない。もしかしたら、ミソラは泣いているかもしれない。でも、これで良い。彼女が危険な目に会うよりはよっぽど良い。後は自分がこの場を立ち去るだけだ。

 

「なら、この小娘がどうなってもよいのだな?」

 

 順調なハープの計画を邪魔して来たのが、ずっと成り行きを見守っていたクラウン・サンダーだ。振り返ると、ミソラに手を向けていた。その手に、雷のエネルギーが溜まっている。ミソラが受けたらひとたまりもなく消炭なるだろう。ミソラの命はクラウン・サンダーのさじ加減ひとつで決まる。

 ミソラの身に振りかかろうとする危険。だから、ハープはそれを払う。

 

「ええ、その子がどうなろうが、私が知ったことじゃないわ!」

 

 クラウン・サンダーの目を睨みつける。彼の漆黒の目も、ハープの言葉の真意を探るように見ていた。数秒の後に手はゆっくりと下された。

 

「そうか……」

 

 危機を乗り切った。ほっとつきたくなる息を、グッとこらえる。

 

「ならば……やはり、ウォーロックの居場所はキサマに聞くしかないわい」

 

 またもやハープの身に危険が迫る。クラウン・サンダーの手が、次は自分に向いた。だが、それで良い。ミソラの危険が回避できるのならば、これで良い。自分はやり遂げたのだ。徐々に強くなっていく目の前の光をじっと見ていた。

 ハープの目がそのすぐそばで動くものを捕らえた。年相応の、しかしまだまだ小さい体を必死に持ち上げ、安全柵を超えようとしていた。

 

「……ミソラ……?」

 

 クラウン・サンダーも背後の様子が気になり、振り返った。手の光が僅かに小さくなる。状況をつかめないハープに、ミソラはフードを都市風に煽られれながら語りかけた。

 

「ハープ、あなたはスバル君の時も助けてくれたわ。だから……」

 

 その表情に、恐怖なんて微塵も無い。その理由は、彼女が笑って告げてくれた。

 

「信じてるよ?」

 

 ハープは目を疑った。ミソラが体を宙を舞わせた。あの時と同じだ。ミソラを説得しようとしたスバルが、力尽きた時と同じだ。ミソラは大空へと飛び出していた。

 

「ミソラアアァァァッ!!!」

 

 思考なんて無かった。大地へと向かい、生の世界から去ろうとするミソラに飛びついた。一番起こってほしくない事態が起きようとしている。

 パーカーをなびかせ、大気を切り裂いているミソラはハープから目を離さず、微笑みを絶やさなかった。思っていた通りだ。やっぱり、全部嘘だった。短い時間ではあったが、ずっと一緒だったのだから。それくらい分かる。手を伸ばし、必死に向かってくるハープにミソラもそっと手を伸ばした。

 二人の手が触れあった。

 

「ハープ、行くよ?」

「……ええ」

 

 観念したように、ハープは頷いた。

 

「電波変換 響ミソラ オン・エア!」

 

 ミソラとハープからピンク色の光が発せられる。二人はピンクの光の塊と化し、形を崩し、交わる。一つの存在へと変わり、大地へと叩きつけられるはずだったミソラは、途中にあったウェーブロードへと、体操選手の様に華麗に着地した。

 

「ミソラ! あなた……」

「ハープの馬鹿!」

 

 「なんて無茶をするの!?」とハープが言う前に、ミソラが怒鳴った。出鼻をくじかれ、ミソラの説教が続く形なってしまう。

 

「なんで、なんで勝手にいなくなったりしたのよ!? 私、寂しくて!」

「ミソラ、だから私は……」

 

 だが、二人の会話に割り込む者がいる。上空から二人の前に躍り出て来た。

 

「ヤレヤレ、予定とは違ってしまったが……まあ、良いわい。我々が勝ったら、アンドロメダの鍵のために、ウォーロックの居場所を教えてもらうぞ?」

「ワシは戦えたらそれでよい。さあ、小娘! このワシを……クローヌ十四世を楽しませるのじゃ!!」

 

 降りて来たのは、ミソラの無事を見て、かいていた冷や汗をふき取るクラウンと、すでに戦闘態勢のクラウン・サンダーだ。どうやら、ハープ・ノートからウォーロックの居場所を聞き出すつもりらしい。クラウンは、ハープを庇った事からそこまで非道な人格の持ち主ではないだろう。交渉内容に、勝ったらと入れているあたり、先ほどの様な尋問は好きではないらしい。しかし、このクローヌと言う男は違う。相手が女だろうがお構いなしだ。

 そんな悪趣味な奴に、ミソラは容赦しない。なにより、こいつはハープを傷付けたのだ。

 

「ハープ、話は後。戦うわよ!」

「はぁ……もう、やるしかないわね!!」

 

 ハープも意を決し、ギュッと口をかみしめた。

 二人の孤独な戦いが始まる。


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