流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
……なんだかんだ言って、オリジナル設定が増えてきてる気がする……
コダマ小学校の事件は収束を迎えつつあった。外傷を負ったものがほとんどいなかったため、しばらくすればほとんどの者が平然とした顔で教室へと戻って行く。そんな平穏を取り戻しつつある中で、一台の白い車が駆けつけていた。大きめの車に、大柄な男が運ばれて行く。担架に乗せられてだ。それを見て、キザマロに大きなお腹を押さえつけられながらにゴン太が泣き叫ぶ。
「先生~!」
運ばれて行くのは育田だ。放送室で倒れているところを発見された時には、全身のいたるところに火傷を負っており、病院へと向かうところだ。
ゴン太を皮切りに、涙を流しながら走りだそうとする、5-A組をはじめとする生徒達。それをルナが持ち前の貫録で押さえつける。しかし、そんな彼女の様子はいつもと比べるとしおらしい。本当はルナだって育田の元へと駆けだしたい。だが、教師がいない今こそ、委員長である彼女が踏ん張らなければならない。責任感の強い彼女は、健気に役目を果たそうと歯を食いしばっていた。
少し離れた、
「どういうことなの? なんで!? なんで先生があんな重症なの!!?」
「落ち着け。スバル」
「落ち着いてなんていられないよ! なんで先生だけなの!? 今まで……ゴン太も、宇田海さんも、千代吉って子だって、何ともなかったじゃないか!」
スバルには疑問でならなかった。今までスバルが倒した三体の電波人間達は、倒したとしても、取り憑かれていた人間は無事だった。ゴン太も宇田海も気を失ってはいたが、大きな怪我は無かった。
しかし、今回だけは違った。
「良いか、スバル? 前にジャミンガーと闘った後に言ったよな? 『俺達は互いの意識がしっかりとあるから、やられたら互いの存在が消える』とな?」
「分かってるよ! だから何?」
「だから落ち着け」とウォーロックはトランサーの中で両手をプラプラと振る。
「俺達とは逆に、とりついているウィルスやFM星人の意識が強ければ、消えるのはそいつらだけだ。だからだ、ジャミンガーの時はウィルスだけが消えて人間は無事。オックス・ファイアの時は、オックスだけが消えて、ゴン太は無事。ここまで言えば、分かるんじゃないか?」
スバルにはだいたいでは分かってしまった。
「とりつかれている人間の意識が強かったら、その分ダメージを受けるの?」
「まあ、そんなところだな。お前だって、戦った後は多少体が痛かったことがあっただろう?」
オックス・ファイアと戦った後のことを思い出す。寝る直前まで体のあちこちに痛みが残っていたことはまだ記憶に新しい。
「今回、リブラ・バランスが消される直前、リブラと育田が互いの意識を奪い合ってたからな。ちょくらダメージ貰っちまったんだろうな」
一応は納得した。しかし、現実を受け入れらない。落としていた視線は拡散してきたサイレンによって振り向かさせられる。育田を乗せた救急車が校門を出るところだった。
「で、キャンサーに取りつかれてた千代吉だったか? あいつらは俺たちと同じで人間の意識がちゃんとあった訳だが……あの時は、止めを刺されていなかったからな。気絶程度ですんだんだろうよ?」
もう、スバルは聞いていなかった。ウォーロックの「宇田海は……まあ、あいつがキグナスを追い出した後だからな。これは今回の話とは関係ないか」は独り言で終わっている。ただ、スバルは街並みへと消えていくランプの光を見送っていた。
◇
「では、本官はこれにて」
「はい。また後日」
サテラポリスの五陽田警部を玄関先で見送り、スッと踵を返した。これで問題は無い。学習電波暴走事件の真相は謎のままだが、育田の操作ミスと言うことで、話はとりあえずと言う形で落ち着きそうだった。後は責任を感じた育田が、病院から送って来たこの辞表届けに自分がハンコを押すだけだ。
危険性ゆえ、学習電波は無くなってしまった。しかし、これでようやくコダマ小学校を進学校へと変える一歩が踏み出せる。
保護者が学校選ぶ時に、重要視するのは成績だ。成績を上げなければ、子供達を他校にとられてしまう。この小学校の将来を考慮すれば、この方針が最も正しいはずだ。
コダマ小学校をより良いものにする。自分の仕事はこれからだと確信していた。
「校長先生」
玄関沿いの廊下に足をふみれいると、ふいに声がかけられた。振り向いてギョッとする。確か、目の前にいる少女は5-A組の学級委員長だ。「今は授業中だよ、学級委員長が代理の先生を困らせちゃいけないよ?」と教師らしい言葉を吐きたかった。だが、言えなった。なぜなら、彼女の後ろにずらりと生徒達が並んでいたからだ。多分、5-A組の生徒たちだろう。だが、一クラス分より人数が多い。中には明らかに低学年の子がいる。それも複数だ。20、30では収まらない数だ。
子供集団の先頭に立っていたルナがずいっと一歩前に踏み出す。それに合わせるように、視界を覆いつつくす大群が前に出る。そろっているわけでもないし、足音もバラバラだ。だが威圧感だけは素晴らしかった。大人一人の足を一歩下げるには充分すぎた。
ルナがスッと横にずれる。それを合図にしてルナの後ろに立っていた、ゴン太とキザマロを始めとする数人が持っていた紙をひろげた。廊下の端から端まで届き、一番大きいゴン太が背伸びをしても広げきれない高さを持った一枚の紙だった。ノートの切れ端をセロハンテープで繋いであるので、正確には一枚では無い。その紙群は色とりどりの文字で埋め尽くされていた。
「育田先生を免職にすると聞きました。育田先生を教師のままでいさせてください。これは、育田先生の復帰をお願いする署名です」
書いてあるのは生徒達の名前だった。綺麗な黒い文字、赤で書かれている文字、一文字一文字違う色で書かれている文字、それぞれの性格が出ていた。中には、漢字では無くひらがなだけで書かれている名前もある。どうやら、まだ自分の名前を漢字で書けない年の子まで参加しているらしい。個性を主張する一つ一つの文字と、べたべたに貼られたセロハンテープが、少年少女たちの賢明さを物語っていた。
これは校長も舌を巻くしかなかった。文字の数は半端ではない。おそらく、参加したのは全校生徒と言っても過言ではないだろう。
だが、ここで引き下がる校長では無かった。
「し、しかしね~。ここに育田先生の辞表届けもあるんだよ?」
ようやく邪魔者を追い出せたのだ。子供ごときに計画を邪魔されてたまるものか。なにより、どれだけあがこうが所詮は子供だ。大人には逆らえない。立場でも力でも子供は大人に勝てない。
加えて、何人もの教師達が校長の味方だ。そこまで思考を巡らせていると、生徒達の後ろから数人の教師がやってくるのが見えた。援軍が来たとほっと胸をなでおろす。
「まあ、君たちの言い分も分かるが……」
「なら、私達の言い分もにもご理解を」
反対してきた声は、小学生のしゃべり方でも声でも無かった。「え?」と声の方を向くと、生徒達をかき分けて、先ほどの教師達が前へと出て来た。
「今まであなたの権力に怯えて言えませんでしたが、僕は育田先生を尊敬しています」
「私もです。あんな教師になりたいって思ってました」
「……教師仲間からいじめを受けるのが怖くて……今までずっと見ないふりをしていました。けど、今回ばかりは引けません!」
若い男性教師に続いて女性教師と気の弱そうな中年の教師が講義を申し立てて来た。校長は頬をヒクつかせながら、ちょっと髪が白くなってしまった老齢の教師を見た。
「私もこの年になって、本当の教師とは何なのかを育田君から教わりました。子供達には彼が必要だと思います」
それでも、ここで退いてはなるものかと言葉を探す。そうだ、教師が敵に回ったと言ってもほんの数人だ。ほとんどの教師は自分の味方だ。なにより、故意では無いとは言えど、事件を起こしてしまった教師を置いておくなど、学校の最高責任者として承認できない。責任と言う名の権力を振りかざす事を決めた。
「オオゴエ校長先生。そこまでですよ」
渋っていた校長が背後からの声に、飛び上がるように振り返った。集団の最後尾にいるスバルにもはっきりと見えるほど跳躍していた。校長が振り返った時に、天体観測で鍛えられたスバルの目は声の主を捕らえていた。
「……あれ? 売店のおばちゃん?」
先日、ウォーロックに梅干し呼ばわりされた売店のおばちゃんだ。しわしわの顔で、よれよれと足を運びながら近づいてくる。
「これだけ、かわいい生徒達に親しまれて、先生達からも尊敬されている。そんな育田先生は、コダマ小学校には無くてはならない人材ですよ?」
おっとりとした口調で、物腰柔らかく、しかし強い主張込めた言葉だった。そのおばちゃんの一言で、とうとう校長も折れた。腰をがくりと90度曲げた。
「分かりました」
歓声が舞い、飛び交う。育田の復帰を祝い、吠える。ゴン太なんか号泣だ。キザマロを腕に抱えて潰してしまいそうだ。ルナも今ばかりは普段の威厳を忘れて皆と喜びを分かち合っていた。
「やったね!? スバル君!!」
「う、うん……」
普段はスバルと同じで大人しいツカサも大喜びだった。彼はあの事件で足をくじいてしまい、ギブスに松葉杖という姿だ。そのため集団の中に入れず、後方に下がるしかなかった。スバルは、そんな彼を不憫に思い、側についていたのである。それに、集団の中に身を置くのが嫌だったのでちょうど良かった。
「どうしたの?」
「いや……こう言うのなれてなくて……」
共に喜びを分かち合う皆の姿を見て、スバルは左頬をポリポリと書いた。ウォーロックがトランサーから「ツカサに抱きつけ」とからかってくる。そんな趣味は、断じて無いと小声で反論しておいた。
「おーおー、今日は賑やかじゃのう?」
杖と石造りの床がぶつかり合う音がこっそりと鳴り響く。スバルとツカサの元に、一人の老人が杖をつきながら近づいてきた。スバルは気付いた。ウォーロックが売店のおばちゃんを梅干し呼ばわりした時、そのおばちゃんと談笑しながら焼きそばパンを食べていたおじいちゃんだ。どうやら、今日もおばちゃんと焼きそばパンに会いに来たらしい。
ツカサが丁寧に説明しようとすると、おじいちゃんは杖をついていない方の手で制止した。どうやら、最初の方から見ていたらしく、状況は把握しているらしい。
そこで、スバルは質問してみる。
「おお、カオリさんのことじゃな?」
どうやら、おばあちゃんはカオリと言う名前らしい。
「あの人は、クルスガワ カオリさん。この学校の理事長じゃよ」
「……理事長?」
理事長などという役職など聞いたことがない。スバルとツカサはそろって首を傾げる。そんな二人に、おじいちゃんは笑いながら教えてくれた。
「校長先生より偉いんじゃよ」
「ええっ?」
「あのおばあちゃんが!?」
傾げていた首がざっとおばあちゃんならず、理事長へと向けられる。
「子供達を間近で見守りたいと言うてな。普段は売店のおばちゃんをやっとるんじゃ」
スバルとツカサの動作と、アングリとした表情が可愛らしいのだろう。ホッホッホッとおじいちゃんは笑っている。騒ぎに紛れて、こっそりとウォーロックが耳打ちする。
「地球人って、見かけによらねぇんだな?」
「うん……そうだね……」
◇
数日後、無事に退院した育田が学校に戻り、いつも通りの5-A組の授業が行われた。包容感のある育田の声や、生徒たちの笑い声が聞こえる。その教室の前に一つの影が通る。教室の様子を確認すると、にっこりとしわだらけの顔をさらにしわくちゃにした。
「さてと、焼きそばパンの用意でもしますか」
◇
授業が終わり、劇の練習へと向かうクラスの面々。
「さあ、スバル。拷問の時間だぜ?」
「止めてよ、ロック。笑えないから」
今日も木の役をやらされるのかと思うと憂鬱なこと極まりない。スバルも嫌々ながら皆の後に続こうとする。
「星河」
すると、育田に呼び止められた。何か用事があるのかと、近づく。
「星河……その……」
物言いにくそうに、育田はアフロ髪の中に手を突っ込んだ。多分頭をかいている。
「事件のことなんだが……」
バッとその場から逃げ出したくなった。ウォーロックが言うには、リブラ・バランスになっていた間、一時ではあるが意識を保っていた。ロックマンの正体にきづいた可能性が高い。
「先生、全然覚えていないんだ」
ほぅと、安心したのをばれないように、小さく息を吐いた。
「青い服を着た人と、黒い服を着た人がいたような気はするんだけれどな?」
再びギクリと体が強張る。
「まあ、そんなことは置いといてだな……星河」
どうやら大丈夫らしい。脅かさないで欲しいと表情の下で訴えた。
「先生な、なんだかお前に助けられたような気がするんだ」
育田は教室の天井を仰いでいた。記憶が語っているのだろうか? ちょうど、ルナの席の上あたり。スバルがマジシャンフリーズでリブラ・バランスを氷漬けにした場所だ。
スバルは思い出した。あの時、自分が育田に言った言葉を。
「だから……変と思うかもしれないが、言わせてくれ」
育田は腰をかがめ、スバルの肩に手を置いた。
「お前のおかげで、勇気をもらえたよ。ありがとう」
◇
再びこのクラスに起きてしまったトラブルに、ルナは頭を抱えていた。
「ごめんね。委員長」
「こればかりは仕方ないわ。怪我が治ってないんじゃね……」
「そうだ。僕の代役に、スバル君はどうかな?」
一斉にクラスの視線がスバルに集まる。
「……え? 僕っ!!?」
きょろきょろと全ての視線を窺うスバル。クラス中の目がスバルに期待の眼差しを送っていた。そんな目立つ役なんて御免こうむりたい。だが、スバルの反対の言は、ルナの大きな声がかき消した。
「なるほど。名案ね! どうせ、木の役なんていらなかったわけですし」
ツカサの意見があっさりと追ってしまった。これは納得がいかない。スバルが意見しようとすると、ピリッとした殺気に射抜かれた。その源はルナの鋭い双眼だ。戦闘とは違う質の威圧感に、学校のヒーローは黙らされてしまった。
復学してきたばかりのスバルには、委員長のルナの権力に逆らう術などあるわけがなかった。
追加設定ですが、人間側の意識が強ければ強いほど、ダメージや怪我の影響を受けてしまうと思っていて下さい。
ちなみに、学校の理事長さん設定は原作改変です。原作では、引退した元理事長さんという設定ですが、こっちでは現役です。いやね、あの校長を説得して、丸く収める立ち位置の人がほしかったんですよ。