流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
ウェーブロードを伝って廊下に飛び出し、放送室へと向かう。途中、デンパくんやナビが何体もふらついていたり、倒れているのを目撃し、改めてこの学習電波の有害さを確認した。
「電波世界の人達までこんな風になるなんて……」
「この学習電波って奴は、ロクなもんじゃねえな。こんな授業受けるくらいなら、育田の話の方がよっぽど楽しいぜ?」
勉強なんて一切していないウォーロックもスバルの意見に素直に頷いた。
二人は放送室のドアをすり抜け、部屋の中に設置されている機械へと駆けよる。これが学習電波の発生源だと確かめ、電脳世界へと入り込んだ。
◇
学習電波は物騒な上に、容量がとてつもなく大きいのだろう。放送室の電脳内は教科書を模した電子データが建築物の用に建ち並んでいる。一つ一つが三階建ての家のようだ。しかも、データ整理がずさんらしい。まるで、教科書に囲まれた迷路だ。この電脳内で働いているデンパくん達も、迷路のせいで作業が滞っている様子だった。彼らも学習電波の影響で良好な状態とは言えない。可愛らしい表情を歪めている。
そんな迷路を潜り抜けると開けた空間に出た。学習データである馬鹿でかい教科書が無秩序に立ち並んでいる。そのさらに奥を見ると、見上げるような巨大モニターが浮かんでいる。それは幾つもの小さい長方形に切られ、学校のあらゆる場所を映している。中には5-A組の様子も見える。やはり、ルナ達が涙を流す人形にされていた。
そのモニターの前には操作用の機械が設置されている。おそらく、機械を操作するプログラムデータだ。大きさは、人が3,4人並んで座れそうなテーブル程だ。
先ほどまでその機械を操作していたのだろう。機械の前に立ち、モニターを眺めている影が一つ。こちらに背を向けているため、顔は見えない。しかし、ロックマンには、それが誰なのか分かった。
「学習電波を止めろ! ヒカル!」
全身が黒で塗りつぶされている相手が振り返ると、額には一本の角があることが見える。右手には重厚な黄色い装甲。以前、ロックマンに敗北を与えたジェミニ・ブラックだった。
「ククク、面白いだろ?」
「何が面白いんだよ!?」
画面向こうの悲惨な世界を蹂躙する笑みにスバルは激怒した。ルナ達がどれだけ苦しんでいるのか分からない。いや、分かった上で楽しんでいるこの男が許せなかった。
「なんで……なんでこんなに酷いことができるの?」
「好きなんだよ。こんな風に誰かが苦しむ姿を見るのがな」
ヒカルの感覚はスバルとは対極に位置するらしい。言葉の通じる相手ではないとスバルは悟った。
「ちなみに、お前が逃がそうとしたお友達はご覧のとおりだ」
モニターの一つが今まで映していた場所とは別の場所を映す。そこには、草むらの上で横たわっている緑色の髪の少年が見えた。間違いない、ツカサだ。
「ツカサ君!?」
「お友だちにずいぶんと無茶をさせるよな? 途中で足滑らせてこのありさまだぜ? 馬鹿な野郎だ」
ツカサは勇気を出して、スバルと学校の皆を助けるために危険を承知の上で行動してくれた。そんな優しいツカサを馬鹿にするヒカルが許せなかった。
「すぐに学習電波を止めるんだ!」
学習電波を止め、すぐに医療の知識があるものにツカサを見せる。スバルは即決した。
「俺を止めたきゃ、分かるよな?」
ヒカルの言葉に、スバルは頷いた。
以前の敗北から未だに力の差を分かっていないロックマンが滑稽なのだろう。ジェミニ・ブラックは「ククク」と笑って見せた。
ジェミニ・ブラックに電波変換しているヒカルの隣に、ジェミニが姿を現す。黒い仮面が相手を見下すような笑みを見せる。どうやら、わざわざ相手をコケにするためだけに出て来たらしい。
「屑は勝算を測ることもできねぇのか?」
「ケッ、お生憎様。こっちはさっき、すげえ力を手に入れたばかりでな。負ける気がこれっぽちも起きねえんだよ!」
スバルに目を合わせると、ウォーロックの考えを分かっていると言うように頷いた。
「フン、なら少しは遊べそうだな?」
「ああ、ちょっと屑をもて遊んでやれ」
それが開戦の合図だった。ジェミニ・ブラックは右手にエレキソードを展開し、一直線にロックマンへと向かってくる。
前回の敗北から学んでいる。ジェミニ・ブラックの強さを。先ほどの戦闘による疲れとダメージまで残っている。そして、今はルナやツカサ達を助けるために一刻の猶予も許されない。だから、二人は決めていた。最初から全力で行くと。
「見せてやれ!」
「うん!」
頷き、両手を大きく交差した。
「スターブレイク!」
掛け声と共に交差していた両手を開くと、緑の光がロックマンから発せられる。
突然の発光に少々たじろぐものの、ジェミニ・ブラックはこの程度では怯まない。足を止めずに距離を詰める。
緑の光の中央から影が飛び出した。
「グリーンドラゴン!」
全身が緑色となったロックマンだ。ヘルメットには二本の竜の角が後方に向かって生え、両肩には鱗の様な装甲、右手の甲からは二本の爪が装着されている。左手のウォーロックの鼻先には金色の髭が生えており、竜を思わせる。
AM三賢者の一人、ドラゴン・スカイの力を引き出したロックマンの姿だ。
「バトルカード、タイボクザン!」
左手に草の力を秘めた剣を生み出す。
「前にそれでやられたのを忘れちまったか!?」
ジェミニ・ブラックが駆けて来た勢いのままにエレキソードを振り下ろした。対するようにロックマン・グリーンドラゴンもタイボクザンで迎え撃つ。黄と緑の閃光が駆けた。
「なんだと?」
ジェミニ・ブラックが驚いた分だけ瞼を持ち上げた。今、エレキソードとタイボクザンはお互いの目の前で立ち止まっている。このように均衡する状態は以前に何回もあった。だが、前回とは様子が違う。以前のロックマンは、ジェミニ・ブラックの片手に両手で対応してようやく互角だった。だが、今は片方だけだ。ジェミニ・ブラックの右手に、ロックマン・グリーンドラゴンの左手だけで対応している。
「これが、お前らの新しい力か?」
「そうだ! やってやれ、スバル!」
ジェミニの言葉にウォーロックが答え、スバルは左手により一層力を込めた。途端にエレキソードが持ち上がり、ジェミニ・ブラックが後方に退く形となる。
「なに!?」
予想以上の力に動揺するジェミニ・ブラックにスバルは剣をしまい、ウォーロックの頭を向ける。
「ウッディシュート!」
ロックマン・アイスペガサスの時の力がアイススラッシュなら、ロックマン・グリーンドラゴンの力はこれだ。十枚の新緑の葉が刃の弾丸となってジェミニ・ブラックに降り注ぐ。
広がるように撃ち出されたそれを全力で回避しようとするが、数枚がジェミニ・ブラックの背中を傷付ける。
それだけで充分だった。ジェミニ・ブラックは理解した。以前のロックマンでは無いと。
「ジェミニサン……」
右手に雷のエネルギーを溜め、ロックマンへと向き直る。彼の視界に飛び込んできた。黒い塊だ。その形状は弾丸だ。ジェミニ・ブラックが技を放つより早く、それは彼の体に着弾した。黒煙がジェミニ・ブラックを包み込む。
「前に食らわせれなかったからな。いてえだろ?」
前にジェミニサンダーでかき消してやった『プラスキャノン』だった。ズキズキと焼け焦げた左肩を右手で抑えて立ち上がる。
再びタイボクザンを装備したロックマンが向かってくる。その少し後ろを見てほくそ笑んだ。先ほどの攻撃を受けた時、爆炎に紛れて飛ばした自分の左手が見えた。ジェミニ・ブラックの技、ロケットナックルだ。それと挟み撃ちするように、エレキソードで斬りかかった。
雷を掴んだ拳がロックマン・グリーンドラゴンの背中を捕らえた。途端に白い煙がロックマンを覆い、そこに飛びこんでしまったジェミニ・ブラックの視界を奪った。見えない相手に剣を振るが、何もとらえなかった。直後に背中を鋭い斬撃が襲った。地に倒れつつ背後を確認すると、ヘンゲノジュツを駆使して後ろに回っていたロックマンがいた。
行けると確信した。あの手も足も出せなかったジェミニ・ブラックを追い詰めている。このスターフォースの力の凄まじさに四肢が震えてくる。抑え込むように新たなバトルカードをウォーロックに渡す。その時に彼と目が合う。彼も興奮を抑えきれない様子だ。目と口が笑っていた。
「バトルカード、ポイズンナックル!」
右手を毒々しい紫色の拳へと変化させ、倒れているジェミニ・ブラックに向けて、左足から踏み込んで大きく右拳を振りかぶった。
左足が地面から離れた。支えが無くなり、標的よりはるか手前、自分の左足が置いてあった場所を殴りつけていた。左足の変わりに右手を使い、右足と二つの支柱で体を支えている不安定な状態だ。殴りつけようとした時の加速を抑えきれず、横に倒れそうになる。
「調子に乗るな!」
スバルの顔面に黒い脚が突き刺さる。ロックマンの左足を払ったジェミニ・ブラックの足が
、今度はロックマンの顔を怒りに任せて蹴飛ばしていた。崩された体勢からそれにあらがうことはできず、転がって行く。バイザーに入ったヒビが威力を物語る。
「お遊びは終わりだ!」
以前圧勝した相手に、ここまで痛めつけられたのが悔しいのだろう。負け惜しみの様な台詞と共にエレキソードを振り下ろしてきた。
対し、素早くブレイブソードで応戦する。スターフォースの力に加えて、重みのある剣を使っている。今回は押し負ける要素が無い。爪先に力を込めて体重をかける。しかし、それは容易く受け流された。斜めにしたエレキソードの上を滑って行く。しまったと後悔した直後にエレキソードの一閃が右横腹から左胸に向かって駆け抜けた。一瞬遅れてやってくる残虐な痛み。
それでもあきらめまいと、背後に回ったジェミニ・ブラックに斬りかかる。相手も同じ構えだった。鏡のように向かい合い、左手と右手が交差する。二度、三度と撃ち会う度に、力量差が出て来た。力は互角だ。ただ、早い。ジェミニ・ブラックの方が早い。一撃を放った後に、次の一撃へと移行する動きが早い。ブレイブソードを選んでしまった事を後悔しても遅かった。少しずつ、少しずつ、ロックマンの剣が振りきれぬままにエレキソードを迎え撃つ形になる。振り切っていない剣と、振り切った剣。どちらの威力が高いのかは考えるまでもない。そのため、ロックマンは剣を振る時間を稼ごうと、徐々に退いて行く。ドンとロックマンの後退を止める力が加わった。教科書の形をした、家ほどの大きさのあるデータだ。ロックマンの動きを制限する壁となっていた。
ここぞとばかりにジェミニ・ブラックはエレキソードを打ち付けた。背中が伸びきってしまったロックマンは、ジェミニ・ブラックの体重をかけた剣を、腕だけで支えるしかない。右手で左手の剣を押すが、やはりびくともしない。
「はっ! いくら力が強くても、使い方がなっちゃいないな」
ジェミニ・ブラックの挑発だ。分かっていても、どうしようもない。ギリギリとエレキソードが鼻先に近づいてくる。拒もうと、より一層力を加える。その瞬間、圧力が無くなった。勢い余って両手を開いてしまったロックマンは無防備という言葉そのままだ。
タイミングを測り、剣を引いてしゃがんだジェミニ・ブラックの剣が、ロックマンの体を下から切り上げた。ロックマンが痛恨の一撃を受けて倒れ込んだところ、脇腹から強く蹴りあげられた。サッカーボールのように、地面を転がって行く。薄れる意識の中、ウォーロックの声が聞こえる。かろうじて聞き取れた言葉は、ビックバンだった。
「スターフォースビックバン……」
全身を襲う激痛と疲労。それでも、懸命に相手を見据えて立ち上がり、両手を広げる。ロックマン・グリーンドラゴンを包むように、無数の緑の葉が舞いを始める。その舞は規則正しく、一枚一枚が等間隔に並び、渦を巻くように同じ方向に進んで行く。中央に立っているスバルも片足を軸に回転し、徐々に速度を増していく。それに呼応し、葉の動きも苛烈になって行く。
ロックマンの切り札だと、ジェミニ・ブラックも悟った。対抗するように、右手に電気のエネルギーを集める。
先に準備ができたのはロックマンだった。
「エレメンタルサイクロン!」
新緑の渦がロックマンから解き放たれた。自然の力を暴力へと変換した姿が、ジェミニ・ブラックへと向かって行く。
「ジェミニサンダー!」
同じく、切り札とも言えるジェミニサンダーを放った。黄色い閃光が迎え撃つ。二人の切り札がぶつかり合う。
勝負は一瞬で決着がついた。ジェミニサンダーはエレメンタルサイクロンを穿ち、葉の群れを霧散させ、茫然としているロックマンを飲み込んだ。
負傷した肩を押さえながら、しかし悠々とジェミニ・ブラックは歩み寄る。黒煙が晴れる中、教科書の壁にもたれるように倒れているロックマン・グリーンドラゴンが見えた。すぐに緑の光を放ち、スターフォースの力が解けてしまったロックマンへと戻る。
「言ったろうが? 使い方がなっちゃいないってな……」
体が動かない。ぐったりとした目でスバルとウォーロックは、ヒカルとジェミニを見上げた。右手に生成されるエレキソード。自分たちの命を奪う剣が明るく、残酷に輝いていた。
ジェミニ・ブラックの体が、黒煙が混ざった赤と共に横に吹き飛ぶ。ロックマンが力の無い目で、起き上がったジェミニの視線の先を見る。ゆっくりと、二人に近づいてくる巨大な影が一つ。
「どういうつもりだ? 手柄を横取りする気か? リブラ!?」
「今はリブラ・バランスだ」
リブラ・バランスだった。ロックマン・アイスペガサスが放った、マジシャンフリーズが溶けてしまったのだろう。体のあちこちから水滴を垂らしているのが見えた。
ジェミニ・ブラックは今にも掴みかかりそうに歯ぎしりを浮かべた。リブラ・バランスは
一度は敗北したくせに、手柄を横取りするためにフレイムウェイトをお見舞いしてきたのだ。怒りを覚えないわけがない。「手柄は私の物だ」とか「手柄をバランスよく分けよう」などとほざいてくるのだろう。そんな気は毛頭ないと言い返す気でいた。しかし、リブラ・バランスの言葉に手柄を要求する言葉は無かった。
「学習電波は止めさせてもらったよ」
「……え?」
「……なんだと?」
どうやら、二人が戦っている間に学習電波を止めたらしい。
ロックマンとジェミニ・ブラックは唖然とした。学習電波を放出していたのはリブラ・バランスだ。彼が止める理由が無い。
「何のつもりだ?」
お楽しみを邪魔され、指が自然と内側へと曲げられる。火傷の痛みが憤怒の念を助長する。
「子供達を……私の生徒達を守るためだ」
その怒りがふっと吹き飛んだ。心が晴れたのではない。全くの予想外な発言に、思考が混乱し、怒りを感じる余裕が無くなったからだ。
現状を理解しようとしているヒカルとは違い、スバルはまさかと察した。今の言葉はリブラ・バランスが言っていた言葉では無い。
「せ……先生……なの?」
天秤に似ているせいで、無機質さを感じさせる体だ。だが、その中で唯一、最も生命を感じさせる場所。大きな図体と比べると、遥かに小さいその目の奥では、男の静かな決意が秘められていた。