流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/6/8 改稿

勉強に関する設定変更


第四十五話.三年ぶりの登校

 教科書とノート、それに筆記用具。これらが勉強に必須と言われていたのは大昔の話だ。歴史の授業で習ったことを思い出すと、今はなんて便利なのだろうと科学の力に感嘆の声が漏れる。

 教科書は電子書籍となってトランサーに登録されている。ノートと筆記用具の代わりに、タッチパネルとタッチペンが当たり前だ。紙の書籍もあるが、小学生の勉強道具はこれで全部だ。今はランドセルなんて誰も背負っていない。そんな大層な物なんて必要ないのだ。持っていく物なんて、せいぜい体操着や水着ぐらいだ。手ぶらで学校に行く生徒も珍しく無い。

 スバルがする事といえば、ほんのわずかなことだった。学校から送られてきたメールのファイルを開けて、教科書のデータを取り込み終わったら、毎日の勉強で使っていたタッチペンが壊れていないことを確かめる。時間割票を開いてみると、明日は体育の授業がないらしい。どうやら、忘れ物はなさそうだ。

 ちょうどその時、トランサーの居候がメールの着信を告げた。

 

「明日だね? 大丈夫?」

 

「大丈夫だよ! ミソラちゃんが側にいてくれるんでしょ?」

 

「なんか恥ずかしいな。うん。いつだって、私の心はスバル君の側にあるよ?」

 

「だから、何も怖くないよ」

 

「そっか、良かった」

 

 その後もしばらくメールを続け、スバルはベッドへと潜り込んだ。そして、ようやくウォーロックも瞼を擦りながら眠りへと戻って行った。

 

 

 翌朝は晴天だった。春にしては濃い青がコダマタウンを包んでいる。その空の下で、人々は家を後にしてそれぞれの場所へと足を向ける。

 小学生達が向かう場所は皆一緒だ。コダマタウンの小学校、コダマ小学校である。お日様に笑い返しながら登校していく子供達の中に、今日から新しく混じる少年がいる。厳密に言えば、新しく混じるのではなく、戻るのである。

 

「本当に大丈夫?」

 

 朝食を済ませて赤いブーツに足を突っ込ませようとしている、いつもより(はる)かに早起きした息子にあかねは声をかけた。学校に通ってほしいと言う気持ちは本心だ。しかし、いざこの時が来ると期待よりも不安が強くなってくる。これが母親という生き物なのだろう。

 

「大丈夫だよ。心配しないで?」

 

 母とは対照的な表情を返し、スバルはドアノブに手をかける。

 鉄一枚の向こうから聞こえてくるのは外の世界。ついこの間、異星人と出会うと言う衝撃的な経験の翌日、母の期待を布団にくるまりながら背中で流した日。自分は窓の向こうを別世界として見ていた。そこに加わらなければならないと分かっていても、その現実から逃げ続けていた。

 逃げることを止め、少年は開けなれたはずのドアを重々しく押しのけた。目に飛び込んでくる白い光が視界を阻んでくる。

 それを払いのけ、一歩を踏み出した。

 

 

 登校の最中はずっと下を見ていた。人が多すぎるからだ。そして、皆と同じ場所に足を向けている。

 ただそれだけのことが怖かった。

 その分、周りとの距離が近くなっているようで、誰かと関わりを持ってしまいそうで、繋がりができてしまいそうで……

 杞憂だ。

 分かっている。人は自分が思っているほど自分に興味など持っていない。びくびく歩いているスバルなぞ、視界の隅に映る背景の一部にすぎない。それでも誰かの肩が近くにあることがスバルには怖かった。

 昨日のミソラのメールを開いた。そこに書かれている文字を読む。

 

――いつだって、私の心はスバル君の側にあるよ――

 

 充分だった。スバルは前を向き、胸を張って見えて来た校門へと歩み始めた。

 

 

 職員室の前で育田が出迎えてくれた。彼が言うには、あかねが復学手続きをした次の日に、学級委員長のルナと共にスバルの復学をクラスに知らせてくれているらしい。

 

「皆喜んでいたぞ? お前が来るこの日を楽しみにしてたんだ」

 

 辛かった。育田の励ましの言葉はスバルの胸を圧迫した。

 

 

 クラスの面子とは会った事などない。知っているのは四人だけだ。知らない人間達の輪の中へ入る。内気なスバルにとっては試練だ。飢えた肉食獣達が(たむろ)する檻の中に放り込まれる様な気分だ。

 檻の入口の前に立っていた。育田の低くて大きな声がドアから漏れてくる。それ以外は何も聞こえない。

 

 気の強いルナ

 

 声変わりを迎えつつあるゴン太

 

 甲高い声のキザマロ

 

 先日までうっとおしいだけだったはずの三人の声を、耳が恋しいと訴えていた。

 

「よし、入ってくれ!」

 

 ビクリと背を伸ばした。途端に速まる鼓動と呼吸。前に出さなくてはならないはずの足が動かない。

 右手で胸を抑える。

 そこにあるピンク色の温かい光を確認する。

 

 スッと、胸の鼓動が収まり、大きく息を吸い込む。

 

 引き戸に手をかけ、ガラリと軽い音を鳴らした。一斉に向けられる好奇の視線を感じつつ、視線を床へと逃がしながら育田の隣まで足早に進んで正面を向く。

 教室全体が見渡せるその場所でじっと下をうつむいていた。チラリと一瞬間だけ教室を見た。全ての目がスバルを見ていた。同時にルナ、ゴン太、キザマロの見慣れてしまった顔が確認できた。少し落ち着いたものの、やはり顔を上げる事が出来ない。

 心が邪魔して、礼儀の基本ができない。

 

「休学していた星河スバル君だ。今日から復学することになった」

 

 つい口を滑らして言ってしまいそうな、『新しい仲間』という単語を使わなかった。育田なりの気遣いだ。戻るという意味を含んだ言葉をさりげなく混ぜて5-A組の面々に紹介した。

 スバルはぺこりと頭を下げる。視線は下げられ、先頭で座っているルナの足先すら見えない。教室がざわめく。話題は自分だと分かっている。耳を塞ぐわけにもいかず、全ての神経を自分の爪先を見ることに集中させて気を紛らわす。

 育田が一言で教室を静かにさせた。鶴の一声とはまさにこのことだろう。

 促され、静まり返った教室の真ん中を通って指定された自分の座席へと向かう。一番後ろの席だった。席についた時、隣の少年が声をかけて来た。本来ならばどう対応すれか分からずに戸惑うところなのだが、この声に対しては違った。

 

「……ツカサ君?」

 

 数日前に屋上で出会った緑色の髪と紫色の服装が似合う少年、双葉ツカサだった。

 

「まさか、こんなに早く君と一緒に居られる時が来るとは思わなかったよ。しかも、こんなに近くでね?」

「隣同士だね? よろしくね?」

「うん、よろしく」

 

 不思議だ。ミソラの時もそうだが、ツカサが相手だとすんなりと言葉が出た。

 その様なやり取りをしている内に育田が一時間目の授業を始めた。確か、一時間目は算数だ。トランサーを操作して、算数のファイルを開く。机と一体化した電子パネルに教科書データが表示される。ここに、これから数式や大事なポイントを書き込んでいくのだ。

 

「先生、授業よりも面白い話して!」

 

 ゴン太の発言にスバルは笑いそうになった。授業時間に授業をしないなんて考えられない。そんな教師など居る訳がない。

 

「そうだな、今日は星河も来たことだし……特別だぞ? よ~し、教科書しまえ~」

 

 居た。しまりは無いがおおらかな声で教師なのかと疑いたくなる指示を出し、ブラックボードと呼ばれる電光版のデータを消した。

 他の生徒達も同じように机の電子パネルから画像を消していく。動揺しているのはスバルだけだ。

 

「育田先生の授業はね、ほとんど教科書を使わないんだ」

 

 ポカンとするスバルにツカサが優しく教えてくれた。

 信じられなかった。学校に通っていなかったスバルの三年間は教科書や本とのにらめっこだった。電子書籍や本に書かれている内容を知識にする作業がスバルの学業だったからだ。

 しかし、育田先生の授業は違うとツカサは言う。

 

「ははは、星河にとっては初めての授業になるな」

 

 育田がスバルの様子に気づいたのだろう。笑みを含んだ教室中の視線がスバルに注がれる。

 

「勉強ばかりしていてもろくな大人にはなれないぞ? 教科書なんかよりも大切なことを教えてやるぞ?」

 

 本に書かれている文字よりも大切な物などあるものか。事実、試験では教科書に書かれていることをどれだけ吸収したのかを問われ、受験ではそれが数字化されて人生が左右されるのだ。

 スバルは持論を掲げて反論したかったが、雰囲気に呑まれて机の上を片付けた。

 

「今日は……そうだな、ブラザーバンドについて話そう」

 

 スバルにとって、未知の授業が始まった。

 

 

 休み時間、スバルは廊下の片隅でポツリと立っていた。お手洗いに向かったり、廊下でおしゃべりをしている人の波から少し距離を置いていた。誰にも知られたくない秘密と会話するためだ。

 

「学校っておもしろいじゃねぇか?」

「ロックがそう言うなんて思わなかったよ」

「お前はどうなんだ?」

「育田先生だよね? 面白かったよ」

 

 育田の授業は地球人だけでなく、異星人にも好まれたらしい。事実、一時間目の授業が終わった時、スバルの胸は言葉にできぬもので満たされていた。

 スバルは人並み以上にブラザーというものを知っている。父の発明品だからだ。しかし、それは文章としてしか知らない。

 育田が話してくれたのはそれによって得られた彼の体験談だった。感動、笑い、悲しみを織り交ぜたあの話は自分にはできないし、今日から寂しくなると言っていたティーチャーマンもしてくれたことは無かった。

 母の言っていた言葉を思い出し、やはり良い先生だと認識を改めた。

 

 

 二時間目からは流石に普通の授業だった。国語の授業を終えて復習していると、その作業を邪魔するように大きい声が聞こえて来た。スバルから少し離れた場所では委員長トリオが何やら談義をしている様子だった。

 教室の後ろには学芸会で行うと言っていた劇のセットが置いてある。監督であるルナはそれを見ながら劇について何か考えている様子だった。そんなルナの思考を妨げるようにゴン太が空腹を訴え始めた。まだ給食までは時間がたっぷりとある。

 スバルは興味ないため会話の隅々まで聞いていたわけではない。しかし、ルナがゴン太の我がままにある決定を下したというのは理解できた。理解できた理由は二人の声がでかいからだ。キザマロの高いが細い声がかき消されそうなほどにだ。聞いていたと言うよりは、聞こえていたという方が正しい。三人のいつものテンションに鼻で笑いそうになった時、ポンと肩に手がおかれた。顔を上げると細くて白い指が見えた。

 

「今から購買に行くんだけれど、アナタも来る?」

 

 どうやらパンを買う予定らしい。しばらく思考した後、こくりと頷いた。

 

 

 購買に着くとゴン太が雄たけびを上げるのは容易に想像がついていた。しかし、むせび泣くとは思ってはいなかった。両手を地につけて大きく項垂れているゴン太の周りには黒い線が行く筋も連なっているようにも見える。

 

「ごめんね~。焼きそばパンはちょうど売り切れたのよ」

 

 売店に座っている老婦人がキザマロに背中をさすってもらっているゴン太に、丁寧に説明してくれている。吹けば飛んでいきそうなおばあちゃんを見て、口の悪いウォーロックは素直すぎる感想を漏らした。

 

「なんだ、梅干しみてえなばあさんだな?」

 

 あまりにも失礼すぎるウォーロックの発言に、スバルはちょっと強めの拳骨をトランサーに当てておいた。

 売店のおばちゃんならず、おばあちゃんが視線を移す先には、丸テーブルの隣に用意された、ちょっとオシャレな白い椅子がある。それに座っている一人の男性がむしゃむしゃと最期の焼きそばパンをほおばっていた。売店のおばあちゃんと同じく、しわしわのおじいちゃんだ。

 涙を込めた恨めしそうな眼で見てくるゴン太に、そのおじいちゃんはニンマリと笑って見せる。早いもの勝ちと言うこの世の法則を教えてくれる、ありがたい授業だった。

 

「焼きそばパン以外じゃダメなの?」

 

 スバルの質問に答えたのは、この世の終わりという顔で未だにうつ伏せているゴン太ではなく、呆れた表情をしたルナだ。

 

「コダマ小学校の焼きそばパンは別格なのよ。学外から出前の注文が来るほどにね? ちなみに、そこのおじいさんは出前の常連さんよ?」

 

 学校が出前なんてして良いのだろうか? 杖を片手に持っているおじいちゃんとは言えど、部外者が学内に入っていいのだろうか? 問いたかったが、止めておいた。

 そんな事よりもとルナは売店から見える様々な学校の施設を指差し、一つ一つを詳しく説明してくれた。彼女の厚意を素直に受け取っておいた。

 

 

 ゴン太のテンションが低いままに理科の授業が終わった。スバルはちょうど電子パネルの画像を消そうとしたところだ。

 

「スバル君、ちょっといいですか?」

 

 キザマロが話しかけて来た。トランサーには理科の教材データが映っている。

 

「確か、宇宙について詳しかったですよね? 理科って得意でしょうか?」

「……苦手じゃないけど?」

 

 どうやら分からないところがあり、スバルの解説が欲しいらしい。画像を消すのを止めて、丁寧な説明を始める。その様子に気付いた別の生徒が覗きこんでくる。しばらく解説を続けていると数人に囲まれていることに気付いた。学校に来てなかったにも関わらず、勉強のできるスバルに尊敬の眼差しが送られてくる。

 

「なんでスバル君って勉強できるの?」

「そ、その……家でやってたから」

「うわ、すっげえ! 俺だったらゲームしてるよ!」

 

 女の子の質問に答えると、男の子がぼやく。彼らの目に込められた尊敬の念が強くなる。

 クラスメイトに囲まれてしどろもどろするスバルを、ツカサは教室の端からじっと見つめていた。

 

 

 ルナから給食の指導を受けていた。どっちから並ぶとか、牛乳は一本までとか細かいところまでもだ。ちょっとうんざりしたが今回もルナに感謝した。

 久しぶりで慣れない給食を終えたスバルの元にゴン太が近づいてくる。

 

「スバル、ドッジボールやろうぜ!」

 

 脇にボールを挟み、キザマロを含めた数人のクラスメイトを引き連れている。

 

「いや……あの……」

 

 ゴン太の後ろから幾つもの視線が発せられる。

 スバルへと集中するそれらから逃れるようにその場から駆け出した。背中に浴びせられる幾つもの声がスバルの足を早めた。


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