流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
とろみのある茶色い液体がポコポコと泡を吹く。かき混ぜていたおたまを手放し、ガスを切って火を止めた。
家に帰ると母のあかねはおらず、今日の昼ごろのやり取りを思い出した。急なパートが入ったため、夜はいないと言うことだ。
作ってくれていたカレーを温めなおして一人で夕食につく。だだっ広いリビングの中でスバルが発する音が響く。そこに混じるのは電子音だ。ウォーロックがスバルの部屋に置いてあるテレビとは比較にならない大画面でお気に入りの刑事ドラマを見ている。
ビジライザーをかければ、テレビの前で浮遊している彼が見えるだろう。そして、始まったドラマが気になると同時に、別のことを気にしている様が確認できた。いつもよりも音量が小さいことにきづきもせず、スバルはスプーンを手に取った。
ニンジンがたくさん入った母のカレーだが、スバルはしっかりとそれを除けてよそっている。それでも不法侵入してきたオレンジ色の容疑者達が時々出てくる。見なかったことにして、それをトレーの端に追いやる。後でこっそりと鍋に戻すのが彼の手段だ。邪魔ものがいなくなった白と茶色の混合物を口に運ぶ。奏でられるハーモニーには苦味が一切無く、こっちの方が良いと満悦に噛み砕く。このニンジン抜きカレーなら朝昼夜に出されても文句も不満も一切ない。
しかし、今日はその表情に曇りがあった。顎の動きを止めず、母の味のする料理を噛み締めながら、向かいの席へと視線を移す。昨夜の母の言葉が耳に残る。
――そろそろ、学校に行ってみない?――
――あなたには友達が必要だと思うの――
――優しそうな先生だったわ――
――一度、会ってみない?――
スプーンを突っ込むと、またもや奴らが引っかかって来た。手に持った金属は、食器から手錠へと役目を変えて先ほど取り出した奴の元へと連行する。すぐに本来の役割へと戻して口に運ぶ。玉ねぎの甘味が程良い。
なのに、どうしてもあの事が頭から離れない。
――あなたには大事な役をやってもらうつもりなんだから――
――皆が揃わない教室なんて寂しいじゃない――
――先生が出席取る時、毎回お前の名前を呼ぶんだぜ?――
――君が帰ってくるのを、誰よりも待っているんですよ?――
いつの間にか止めていたスプーンを動かし、再びカレーの中へと突っ込んでいく。その様子を、ウォーロックはテレビを見ながらも窺っていた。
今度はカレー色に染められた白米と共にジャガイモがくっついてきた。それを放り込む。
――何か相談したいことがあったら、いつでも私のところに相談に来てくれよ?――
細かく砕いたもの達をごくりと飲み込んだ。美味しい。なのにスバルの表情は晴れず、スプーンを持った右手が動かない。
――これは予感だけど、君が学校に来てくれれば、もっと学校が楽しい物になりそうな気がする――
――僕らは、気の合う友達になれるかもしれない――
カチャリとスプーンを置いた。まだ半分以上残っているのにそれ以上は手が動かなかった。本来ならば、目の前の量をに加えて、さらに半皿ほどおかわりをするところなのだが、育ち盛りの胃袋は何も寄せ付けないと訴えていた。
◇
自分でよそった分を残すのは母に失礼だと考え、無理やり胃袋に押し込んだスバルは洗面台に立っていた。スポンジに適当な量の洗剤をかけてスプーンに絡ませる。汚れを落とされた銀色の光沢はさらに磨きを増していく。それを確認したところ自分の顔が映った。歪んだ鏡とにらめっこだ。
――温かいんだね?ブラザーって――
蛇口をから水を流して泡と汚れを落とす。スバルが使ったスプーンは傷一つついていない新品の様なつやを出す。手についていた洗剤も共に洗い流し、スプーンを乾燥棚の上へと置く。
――大丈夫だよ? だって、私達繋がっているから!――
――広い世界の中で私は一人じゃないって確信が持てるから!――
再び洗剤を吸い込んだスポンジを手に取って、大きい皿へと手を伸ばす。
――私、新しい一歩を踏み出せる気がする。ううん、絶対に踏み出せる――
ゴシゴシと皿を擦る音だけが響く。
――私もスバル君も新しい自分になれるはずだよ?――
手を止めた。母親、ルナ、ゴン太、キザマロ、育田先生、ツカサ君、そしてミソラの言葉が次々と浮かんでくる。
「学校のことか?」
姿は見えないがウォーロックの声がキッチンの入口付近から聞こえてくる。どうやら、ドラマは終わったらしい。
「なんでそう思うの?」
「なんとなくだ」
説明すると長くなるので誤魔化しておいた。本当は察しがついている。ミソラとブラザーを結んでからスバルは学校を気にし始めた。ルナ達の誘いを散々断っていたのにも関わらずだ。その三人に連れられ、今日久々に校内に足を踏み入れた。そこで出会った二人の人物、育田道徳と双葉ツカサ。この新しい出会いもスバルにとっては悪いものではないと言えた。そして、一番大きな要因がずっと一緒に過ごしていた母だろう。責任感の強いスバルが学校を意識しないわけが無かった。
なにより、ウォーロックも彼の相棒となってもうすぐ一ヶ月だ。
「分かってるんだ……けど、けど……」
スバルの言葉は続かない。手も止まったままだ。茶色と、無数の白い泡を生み出す液体が溶け合い、混ざり合う。
「ミソラに会ってみたらどうだ?」
「……なんでミソラちゃんなの?」
鼻で笑う音が聞こえて来たので、ムッと眉を寄せた。またからかわれるのかと思ったからだ。だが、ウォーロックが言った言葉と口調はまるで違っていた。
「お前らブラザーなんだろ? ブラザーは悲しいことも、苦しいことも分かち合えるんだろ?」
父親の言葉だ。スバルの父親について、相変わらず一切話してくれないこの異星人は大吾からブラザーの内容を教えてもらうほど親密だったことが窺えた。
それでもためらうスバルにウォーロックは尋ねた。
「このままで答えが出るのか?」
出す自信など無い。結局、しぶしぶとウォーロックの提案を了承した。代わりにメールを送ると言うウォーロックがトランサーに入ったのを確認し、スバルは洗い物を再開した。
トランサーを見なかったため、彼は気付かなかった。ドラマが終わるには時間が早すぎると言うことに。