流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
綺麗に整列した机達に囲まれ、育田は一人の男と対面していた。
「学習電波の導入には反対かね?」
「反対です! あれは体に悪影響を及ぼすと聞いています。まだ体ができあがっていない子供なんですよ! それに、私は子供達を勉強しか出来ない人間になんてしたくない!!」
瞳が見えないほど細い目をまっすぐに校長に向け、ひるまず反論した。
コダマ小学校を進学校にするというこの校長の方針を好きになれなかった。勉強ばかりしてもろくな大人になれないのは彼の持論であり、真実だ。有名大学を卒業したにも関わらず、無能な政治家達がたくさんいるのが証拠だ。
育田は大切な生徒達をあんな愚かな存在にしたくなかった。だから、学校のカリキュラムを無視した授業を行っている。
「教師を辞めたく無かったら、私に従いたまえ」
それだけ言い残し、校長は職員室から出て行った。
ぽつりと残された育田に冷ややかな視線が浴びせられる。他の教師達だ。どうやら、今の時代に育田の様な教師は希少な存在らしい。少数派は叩かれる。いつの時代でもそうだ。
自分の机に戻り、写真立てを手に取る。そこには幾つもの写真が並べられている。
この学校を卒業した、育田が送り出した子供達。
そして、7人の我が子。
一人一人の違う顔をなぞって行く。
◇
グランドの上空で二つの影が向き合っていた。
一人はスバルとウォーロックが電波変換したロックマン。
もう一人は蟹だ。蟹の姿を象ったような頭と、2、3頭身ほどしかない小さい体。手は蟹特有のハサミになっている。
「キャンサー、お前、ガキにでもとりついたか?」
キャンサー・バブルと名乗った赤い電波人間の隣に、蟹の幽霊の様な電波体が姿をあらわにする。
「おいらは
敵意を向けるウォーロックに対して陽気な態度で答えて来た。どうやら緊張感とは無縁のFM星人らしい。
「と言うわけで! この
ハサミを向けてくるキャンサー・バブルを無視して、良い機会だとウォーロックに話しかけた。
「前から訊きたかったんだけれど、”アンドロメダの鍵”ってそんなに大切なの?」
「……とにかく黙ってアイツの相手をしてやれ。キャンサーは害の無い馬鹿だ。さっさと終わらせるぞ?」
確かにと頷きそうになるほど当てはまってはいるが、ものすごく失礼なので突っ込まないことにしておいた。「無視するなチョキ」と叫んでいる相手にウォーロックの口を向けてバスターを放った。緑色のエネルギー弾が地団太を踏んでいたキャンサー・バブルの顔面に食い込み、大きい顔の表面を湾曲させる。
「こ、こら! いきなりなんて卑怯チョキ!」
さっき照明を落としたことを忘れているのか、心底悪いと思っていないのか。どちらにしろ
「拘束するチョキ! バブルポップ!」
両手のハサミをパクリと開き、中から数発の泡を飛ばしてきた。
拘束という言葉から、ハープ・ノートと戦った時にロックマンが使ったチェインバブルと似た性質なのだと予測できた。捕まれば泡の牢獄に閉じ込められ、身動きが取れなくなるだろう。幸にも、泡の動きはそれほど速くない。バスターを乱発するだけで簡単に撃ち落とした。
「わ~ん! 撃ち落とすなチョキ!」
戦いの最中に泣きだした。いじめているみたいで気分がよく無い。
「泡に閉じ込めて、このブーメランカッターでチョキチョキにしてやるはずだったのに!」
大きなハサミとなっている両手を高く掲げて、短い両足をウェーブロードに叩きつけている。
「なるほど、ブーメランか。気をつけないと……」
スバルがボソリと言った言葉に、相手はギクリと身をこわばらせた。顔には隠そうともしていない焦りが現れていた。
「な、なんでオレっちの技を知っているチョキ!?」
「千代吉、気をつけるプク! こいつ、エスパーかも知れないプク!」
横に出て来たキャンサーも心底焦っている様子だった。二人は全身に冷や汗を浮かべ、得体のしれない存在を見るような目をしている。どうやら、キャンサーも挟見千代吉も、決して賢いとは言えないらしい。相手にするのが色々な意味で辛くなってくる。頭が痛い。
「ばれているなら使う必要はないチョキ! 最強の技、ダイダルウェーブ!」
二つのハサミを、絨毯をめくり上げるように下から上へと持ち上げる。途端に大量の水が生まれて持ち上がり、ロックマンに襲いかかる。ロックマンの視界も、キャンサー・バブルの視界も水壁で満たされる。
「今プクよ!」
「フフフ、見えないところからの攻撃を食らうが良いチョキ! ブーメランカッター!」
両手のハサミが腕からプツリと切り離され、クルクルと回転を始める。徐々に回転速度を上げ、コマの用に回り出す。
「行け! 挟み撃ちにしてやるチョキ!」
ハサミの無くなった腕を見えないロックマンへと向けると、二つのカッターが空を駆けだした。今もロックマンへと迫って行く水の壁を突き破っていく。
キャンサー・バブルには未来が見えた。悲鳴と共に倒れるロックマンと、勝ちどきを上げる自分の姿だ。
「ファイアバズーカ!」
しかし、それは爆音によってかき消される。
ダイダルウェーブの正面に大穴が開けられている。そこから青い影が飛び出した。ウォーロックの姿は岩の様な大砲に変わっている。バトルカードのファイアバズーカだ。破壊力抜群の大砲で水の壁を瓦解させたのだ。
一応解説しておくと、キャンサー・バブルが逐一攻撃目的を解説してくれたため、挟み撃ちになる前にダイダルウェーブを突破してきたのである。
それにも気付かずに信じられないと目を大きく開いてたじろぐキャンサー・バブルに向けて、新たなバトルカードを繰り出した。
「ホタルゲリ!」
光をまとった足が見開いた大きな目に叩き込まれる。人は突然目に光を射し込まれると、一時的にではあるが視力を失う。それは電波生命体でも変わらない。
「ど、どこチョキ! 敵はどこチョキ!?」
彼は忘れてしまっている。最後に行った自分の攻撃の特性を。彼が放ったのはハサミでできたカッターだ。そして、ブーメランだ。戻ってくる。多大な質量の水を突き破った二つの刃は衰えとは無縁の速度で戻ってくる。視界の無い彼に受け止めることなど不可能だった。自分の両手に、彼曰くチョキチョキに切り刻まれ、間抜けな悲鳴と共にウェーブロードの上を滑って行く。
「な、何するチョキか! お前ら!」
頭に乗っかった自分が放ったハサミに怒鳴りながら腕につけて行く。二つ目のハサミをつけようとしゃがんだところで、ブンと黄色く鋭い物が鼻先に突きつけられた。
ロックマンが向けるのはライメイザン。雷属性の剣だ。水属性のキャンサー・バブルには、さっきのホタルゲリと同じく弱点となる武器だ。
「キャンサー・バブル。君は電波体で戦うのは初めてだね?」
「ギクリ!」
口でギクリと言う奴を初めて見たと、冷ややかな目で訴える。
「み、見逃して欲しいチョキ! オレっちが悪かったチョキ!」
「キャンサー、てめえは俺達の敵じゃねえ! 失せろ!」
スバルの代わりに答えたのはウォーロックだ。倒せる敵を見逃すと言うウォーロックらしかぬ行為だった。多分、害の無い馬鹿と言うのが理由だろう。
「あ、ありがとうチョキ!」
「お、おいらも任務は辞めるでプク。地球で千代吉と暮らすプクよ」
キャンサー・バブルが立ち上がり、中にいるキャンサーもお礼を述べた。大きい二つの目を細め、ドでかい口でにこりと笑って見せる。本当に害のない存在らしい。
無邪気とも言える笑みに笑い返した。
「……え?」
ロックマンは視覚が伝えてくる情報について行けなかった。目の前のキャンサー・バブルは閉じていた目を限界以上に見開いていた。横に広い顔の真ん中から黄色い柱が突き出ており、口にも少し届いている。自分のライメイザンに少し似ているが違う。ロックマンの左手の剣先は地に向けられており彼を貫いてはいない。
「使えないなお前は」
「な……んで、ロック、マンと……戦っ、たら、友達に……なって、くれるって……」
「嘘に決まってんだろ」
涙まみれの訴えを当然のごとく切り捨てた。絶望に歪むキャンサー・バブルを剣ごと持ち上げる。
「殺す価値もねえ。失せろ」
無造作に払った剣先からキャンサー・バブルを放り投げる。
ウェーブロードからグランドへと投げ出され、埋もれるように横たわった。赤と白が渦巻く光と共に電波変換が解け、一人の紫色の服を着た少年・・・挟見千代吉へと姿を戻す。
その隣でキャンサーが千代吉の名を叫んでいる。この男の言葉が嘘ではないとするならば、千代吉もキャンサーも命に別状は無いだろう。
「なんてひどいことを……」
二人の会話からだいたいの事情は察することはできた。
友人を求めている千代吉に甘い言葉を呟いてそそのかし、ロックマンにけしかけ、用が無くなれば何の躊躇もなく切り捨てる。信じる方も信じる方だが、千代吉の年齢を考慮すると騙されるなと責めることはかわいそうだ。なにより、疑うことを知らない年の子を平気で騙すなど、人として許されない非道な行為だ。
ギリッと歯を食いしばり、スバルは目の前の男に敵意のまなざしを送った。
「君、何者なの?」
「スバル、構えろ!」
相手の周波数を探っていたウォーロックがスバルに注意を促す。
ウォーロックがここまで警戒したことは無い。それを知っている相棒はすぐさま電気を纏った剣を構えた。
「……知り合い!?」
「いや、初めて会う。だが……この周波数は知っているぜ」
今のウォーロックに顔があれば、おそらく見たことのない表情を見せていただろう。緊張が左手から伝わってくる。
「屑でも俺のことを知っていたか」
相手の体から黄色い光が形となって浮かび上がる。電気の塊の様な体に、黒い仮面が一つだ。
「知らねえ訳がねえだろう……」
次に電波変換した人間の姿をもう一度確認する。
黒い電波人間だ。
オレンジ色をした短めの髪と黄色い角が生えたヘルメット。何もつけていない身軽な左手と違い、右手には肩から腕先までを角と同じ色の装甲で固めている。
「何者かって? 俺は……ヒカル。そして相棒は……」
冷や汗を流すスバルに、黒い仮面の主が冷たい声で答えた。
「ジェミニ……FM星王の右腕だ」