流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
時計が夕方頃を知らせてくる時間に、スバルはコダマタウンの地を蹴っていた。展望台と学校の目の前にあるバス停へと向かうためだ。
つい先ほど天地から連絡があった。ペンダントの正体が分かったとのことだった。
天気予報が言っていた通り、今朝と違ってもう雲は無く、青い空が見えた。バス停を目前にした横断歩道に立ち止まったところで、肩に手がおかれた。振り返ると無表情だった顔をしかめた。
「アナタ、いつになったら学校に来るつもりよ?」
「行かないって言っただろ?」
理由は青い服を着た金のドリルがあったからだ。自分のクラスの学級委員長、ルナに毎度お馴染みの返答を返す。
「いい加減に来なさいよ!」
「いい加減に僕にかかわらないでよ!」
平行線な意見のやり取りだ。
「なによ、もやしか青ネギか……ゴボウみたいにひょろっとしているくせに、変なところで頑固なのね?」
なぜ自分はこんなに野菜に例えられるのだろうか。そんなに貧弱そうなのだろうか。
そんな疑問よりもルナの言葉にカチンと来た。眉と頬がピクリと釣りあがったのを自覚した。なんとかギャフンと言わせたい。思考を巡らせ、ピンと閃いた言葉を口にした。
「僕が野菜なら、君は衛星女だね?」
「衛星? 人工衛星のこと?」
左手についた赤いトランサーを掲げて見せる。この行為で大抵の人は察しがつく。
誰もが持っている携帯端末、トランサーは最も有名な三つの人工衛星によって管理されている。ちなみに、それぞれがペガサス、レオ、ドラゴンと命名されている。
「衛星って言うのは、一つの惑星の周りを回っている星のこと。地球の場合は月だね?
君の名前はアメロッパ語で月でしょ? 僕の周りをいつもつけまわしているストーカーの君にはふさわしいと思うよ? 衛星女さん?」
「ミソラのストーカーのお前が言うな」という突っ込みは無視した。あれは不可抗力だ。スバルの閃きは抜群だった。悔しそうなうめき声と共に、二つの縦ロールが持ち上がっている。
「誰がアナタなんかの衛星になるもんですか!!」
「委員長!」
「落ち着きましょう!」
言うまでもないが、お供二人も一緒だ。ずっとルナの後ろに立っており、二人のやり取りを見守っていた。慌てて委員長を押さえつけ、ゴニョゴニョと耳打ちしている。また何かを企んでいるらしい。
咳払いをすると、いつもの高貴さを感じさせる女性の雰囲気に戻した。
「今度、学芸会があるの。私達のクラスは劇をするのよ。それにあなたも出てもらうわ」
「委員長が脚本、監督、主演を勤める一大イベントなんです!」
「皆の評判も良いんだぜ! これはコダマ小学校の歴史に刻まれるぜ!?」
「だから、学校には行かないって! しつこいよ!」
ルナの眉がピクリと動く。ゴン太とキザマロが肩に手を置くと、ふーっと息を吐き出した。
「そうはいかないわ! あなたには大事な役をやってもらうつもりなんですから!」
「知らないよ! 勝手に決めないでよね!」
「どうしても出てもらわないと困るの。ちょっと舞台を見て行きなさいよ? あなたも出てみたいと思うはずよ?」
すぐそばにある学校の校門を親指で指して見せる。バス停とコダマ小学校の校門は目と鼻の先だ。
「出ないってば!」
「学校はすぐそこよ? 放課後だし、誰もいないわよ?」
「嫌だって言ってるだろ!」
「大事な大事~な役なの! 一目見て行きなさいよ!!」
どうやら引き下がる気が無いらしい。バスが車でもう少々時間がある。その間、ずっと言われ続けるのもいやだし、本来の目的が果たせれそうになり。
とうとう、スバルが折れた。
◇
校門の前まで来る。眼前に広げられているグランドには、放課後に残って遊んでいる生徒達がちらほらと見える。人を避けて来たスバルはこのまま引き返そうかと考えてしまう。しかし、首を縦に振ってしまってからずっとスバルの後ろに控えているゴン太とキザマロがそれを許さない。仕方なく、ゆらゆらと振動しているドリルを追いかける。まるで、観念した囚人が連行されて行く様だ。そんな風変りな四人に集まる注目。ただ空気になりすまして受け流し、校舎の中に入る。入口である玄関の風景は三年前と少し変わっている様子だった。
観察していると一人の男性が通りかかった。彼は四人を見つけると近づき、気安く話しかけてきた。
「委員長達じゃないか。どうした?」
「先生!」
「
ゴン太の台詞に聞き覚えがあった。ご丁寧にキザマロの高い声が答えを導いてくれた。
「僕達の担任、
ルナの相手をしている肌黒い男を観察する。
まず真っ先に、髪が爆発したかのようなモジャモジャのアフロヘッドに目が行く。糸の様な細い目と対照的にずんぐりとした大きな体には研究者が身につけるような白衣を纏っている。ロープが首にかけられており、両端にはフラスコが括りつけられている。二つのガラス容器の中には、黒と白の液体が大きな体に合わせて波を打っていた。
「スバル、フラスコの中身が何か分かるか?」
ゴン太に分からないと首を横に振ると、キザマロが解説した。
「コーヒーとミルクだそうですよ。あれで、いつでもカフェオレを飲むことができるらしいです!」
なら、カフェオレを水筒に入れておけばいい。酸化していそうな黒い液体と、腐りそうで怖い白い液体を観察していると、それが近づいて来た。
「君がスバル君か。昨日お母さんとお話しをしたんだよ」
母が言っていた言葉を思い出す。人の良い先生だと言っていた。確かに、顎鬚までパーマになったようなその顔は抱擁感が漂っていた。
「スバル君は、遂に学校に来てくれると言ってくれました! この私のおかげで!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 劇のセットを見るだけの約束でしょ!?」
あり得ない単語を平然と吐くルナを咎める。これを先生が本気にして、毎日登校するはめになっては困る。
特に二文目を強調して言う委員長とスバルの様子に教師は察してくれたらしい。
「なるほど、読めたぞ。委員長、君が無理やり連れて来たんだな?」
「ち、違いますよ! 私はスバル君のためにって……ほっとけなかったから……」
優しい女の子を意識させる桃色のオーラを被るルナを見て、子供3人、大人1人、異星人1人は嘘だと確信していた。
子供達と同じ目をしていた育田がスバルの肩に手を置く。
「学校なんて無理してくること無いよ?」
「……え?」
今度は別の4人が同じ声をあげた。異星人は子供4人の反応の意味が分かっていないらしい。
教師としてあり得ない、あってはならない発言に目を丸くする子供達に育田は笑って言う。しかし、細い目の奥にある瞳の光は真剣そのものだ。
「人生にはね、学校で学ぶ公式なんかよりもよっぽど大切なことがたくさんある。学校はね、それを学ぶための一つの手段に過ぎないんだよ? 今のスバル君は学校よりも大切な何かを抱えているんだろう。それが解決した時……彼が本当に学校に行きたいと思う時。我々はその時を待っていよう?」
本当の教師と言うのは彼の様な人を言うのだろう。
公式を教えることなぞ誰にでもできる。時間はかかるかもしれないが、教師がいなくとも教科書があれば一人でもできる。
しかし、子供と教科書だけでは学べないことがこの世には数え切れないほどある。同じく、大人だけでは学べないことも星の数以上にある。だからこそ、子供達よりも長い時間を生きている育田が学んできたこと、育田にしか伝えられない事を伝えようとしている。そして、それを通じて子供たちから学べることを学ぶ。それが育田道徳の教師としての姿勢だ。
スバルにはそこまで分からなかった。しかし、今まで何度か自宅を訪ねて来た教師達とは全く違う人種なのだと言うことは理解できた。
「さて、私はそろそろ失礼するよ? 子供達と遊んであげる約束があるからね?」
「先生の子供って確か……6人兄弟だったっけ?」
「違うよ、7人だ!」
ゴン太の質問に対して、自慢げに両手で七本の指を広げてみせる。
「本当に子供好きですよね?」
「子供は宝だよ! 子供を守るためなら私は命だって惜しまない。もちろん、君達生徒もね?」
ポンとスバルの両肩に、毛むくじゃらの手を置いた。
「スバル君、何か相談したいことがあったら、いつでも私のところに相談に来てくれよ?」
「え……あの……」
肩に置かれた手と育田の髭だらけの顔を交互に見やる。その動作で人生経験の多い育田はすぐに胸中を察してくれた。
「初対面の私に相談するのはちょっと気が引けるかな?」
「その……」
的のど真ん中を縫い針で射抜いたかのような正確さだった。見透かされた心を隠すように俯いてしまうスバルの肩に、育田は両手を置いて腰を落とす。
自分の目線まで降りて来た細長い目を窺うように見上げた。
「気にしなくて良いんだぞ。何か新しいことをするときは皆戸惑うものだ。けれどな、ちょっとの勇気で良いんだ。ちょっと勇気を出して一歩前に進むんだ。そうするとな、意外とすんなりと身になじんだりするものなんだ。だから、困ったことがあったら私に相談しなさい。分かったね?」
「…………はい」
ニッとした毒気の無い笑みはスバルを心洗われたかのような気持ちにさせる。
スバルの返事に満足したのか、子供達と過ごす時間を楽しみにしているのか。おそらく両方だろう。鼻歌を交えた軽い足取りで廊下の向こうへと消えて行く育田をスバル達は見送った。その途中、本当にフラスコからカフェオレを作って飲んでいるのが見えた。子供達の前でお腹を下さないか心配だ。
「先生はああ言っていたけれど、やっぱり学校には来るべきだと思うわ」
途端にスバルは表情をムッと変化させる。育田の言葉を全面的に否定する台詞だからだ。
「だって、皆が揃わない教室なんて寂しいじゃない。先生だって、本当はそう思っているはずだわ」
そこは否定できなかった。あれだけ子供を愛している男だ。スバルが学校に来てくれたら泣いて喜んでくれるだろう。
「先生が出席取る時、毎回お前の名前を呼ぶんだぜ?」
「君が帰ってくるのを誰よりも待っているんですよ?」
一つだけ空いた席を、糸の様な目をさらに細くして寂しそうに見ている様が想像できる。
チクリと胸が痛くなった。
◇
スバルのクラスメイト達は今日も体育館で練習していたらしい。舞台のセットがそのまま残されていた。町中を模した背景が用意されており、角が生えた赤いお面が床に転がっている。それと共に並べられた青色のお面を手にとった。こっちにも視界を確保するための穴が空けられている。それを見て非常に嫌な予感がした。
「これって……?」
「フフフ、あなたも気に入ったかしら? 今回の舞台の名前は……」
脚本、監督、主演、学級委員長を兼ねているルナは声高らかに宣言した。
「『ロックマンVS牛男』よ!」
「ロックマン!?」
嫌な予感的中。ウォーロックと電波変換したスバルの仮名が題名に入っている。そう、スバルが手に取ったお面は、ロックマンを真似たものだ。隣のお面は、スバルが公園で戦ったオックス・ファイアをモデルにしたものだ。
「あら? 知ってるの?」
全力で首を右へ左へと往復させる。
「ロックマンってのは、ピンチの時に現れる謎の存在なんだぜ!」
「僕達も助けられましたからね?」
「今でも覚えてるわ! 私達は二度も助けられたのだから!」
ルナが描いた劇はロックマンとオックス・ファイアの戦いを再現したものだった。ちなみに、背景が公園ではなく町中なのはルナの配慮だ。コダマタウンの人達にとってはあまり良い思い出ではないため、戦いの舞台は町中に変えたらしい。町を襲った牛男をロックマンが倒すというシナリオなのだろう。
大人しいスバルにしては珍しくチッと舌打ちした。覚えていやがった。それだけ嫌な事態だ。好ましくない事態だ。目立つのが苦手なスバルには絶対に避けたいシナリオだった。
「あ、あのさ~君達の架空上の存在かなんかじゃ……」
「皆そう言うわ。けど、アナタと仲良さそうな天地さんも絶対にいるって言っていたわよ?」
今度はゲッと声が漏れた。まだ覚えている人がいた。しかも人望の厚い天地だった。よく考えてみると、天地はキグナス・ウィングと闘っているロックマンに話しかけてきた。そんな彼が覚えていないわけが無い。今回ばかりは、脳裏に甦る彼の笑みが憎らしく思える。
「颯爽と現れ、怪人を倒し、華麗に去っていく! ああ、愛しのロックマン様! 素敵ですわ!」
美女に好意を寄せられて嫌な気分になる男はいない。ましてやルナ程の美人ならば大抵の男が手を上げて喜ぶだろう。ただ、残念ながらスバルには良い気分とは言えなかった。
どうやら、ルナの中ではロックマンはアイドルか何からしい。
「あの方は……そう! まさにヒーロー!」
「ヒ、ヒーロー!?」
違った。もっと幻想的なものだった。意外とロマンチストなのかもしれない。
「アナタ、さっきからずいぶん挙動不審ね?」
「え? いや、そんなことは……」
「もしかしてあなた、ロックマン様……」
ギクリと心臓が飛びあがった。
「ロックマン様のファンになったのね!? 良いのよ! 照れなくても! あなたとはまるで対照的な存在ですものね?」
どうやら、もやしとヒーローを重ねる事は出来なかったらしい。再びカチンときたが、嫌味が含まれている委員長の言葉は受け流しておくことにした。とりあえず、自分が注目されることは無い。一応ホッとしておくことにした。
左手が引っ張られた。
両足が床から浮き、後ろに倒れ込んだ。床に鈍重な物がめり込み、脆い物が砕け散る不快な音。一瞬遅れて3つの悲鳴が広い閉ざされた世界にこだまする。
音と共に破片が舞い、ガラスと木が混じったゴミ屑に手をかざして目を守る。
一瞬の出来事だった。
スバルが恐る恐る手を下ろすと、さっきまでいた場所を黒い物体が突き破っていた。
照明だ。
舞台の上から吊り下げられ、劇を盛り上げるために使われる大がかりな機械だ。その分重量がある。落ちてくる高さを考慮すると、当たれば大けが程度では済まない。凶器と化したそれは自身と床を破壊し、横たわっていた。
「な、なんですか!?」
「まるで、スバルを狙ったような…………」
ウォーロックが引っ張ってくれなければ、今頃横たわっていた面子の中にスバルも含まれていただろう。
命の恩人が頭上のウェーブロードを見るように促す。ビジライザーを下ろすと、体育館内のウェーブロードに誰かいる。不敵な笑みを浮かべ、電波の道を伝いながら壁をすり抜け、外へと出て行った。
「ごめん、ちょっとトイレに……」
ルナ達から逃れるために、ありきたりな嘘をついて後を追いかけた。
◇
体育館を出て、すぐにトランサーを開く。
「ロック」
「ん?」
「ありがとう」
「ああ、気にすんな」
人目のつかない場所を探す。と言っても、もう時間が放課後なため校舎内にはほとんど人がいない。監視カメラの死角となっている場所を探す。
「しかし、お前がヒーローか……ククク……」
「止めてよ、笑わないでよ……嫌だよ、ヒーローなんて……」
ちょうど良さそうな場所を見つけ、左手を天井にかざした。ロックマンへと変身し、ウェーブロードへと昇る。
相手は校舎の壁際にいた。こっちに来いと言うように、先ほどと同じく壁をすり抜けていく。
後を追いかけて外へ出ると、そこは校庭だった。整備されたグランドの上空に広がるウェーブロードに出て、今まで日光の影に隠れていた相手の姿をようやく視認できた。
「なんだ、お前か……」
どうやら、またもやウォーロックの知り合いらしい。つまり、FM星人だ。
小柄で赤いそいつはハサミとなった片方の手を突きつけた。
「オレっちの名はキャンサー・バブル! 裏切り者のウォーロック! アンドロメダの鍵をいただくチョキ!」
原作ではストーリーに絡まなかったキャンサー・バブルの登場です。
ちなみに、キャンサー・バブルのしゃべり方ですが、アニメでは「オイラ……プク」ですが、ゲームでは「オレっち……チョキ」です。紛らわしい……