流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
2013/5/3 改稿
コダマタウンの一大イベントが終わった。静けさを取り戻した、会場だった展望台でスバルとミソラは共に眼下の光景を見下ろしていた。家族や友人へ、今日味わった感動を自慢しようと家路につく者達が見える。
「色々とありがとう」
「僕は何もしてないよ。それより歌は良いの?」
「良いの。ただがむしゃらに歌っても駄目だって分かったから。何のために歌うのか、もう一度考え直して……答えを出してからまた歌いたいの」
強い子だなと感じた。
もう前を向いている。追い詰められ、挫折したミソラはもういない。手すりから身を乗り出し、風を受けて微笑んでいる姿を素直に美しいと感じた。
「これから大丈夫?」
「大丈夫だって!」
元気いっぱいにウィンクして見せる。
「決めたんだよ、強くなるって! これからはなんだって一人で頑張って行くんだから!」
「……そっか」
「そう、一人で……」
気付いた。
見落としてしまいそうな小さな光をスバルは見逃さなかった。
「ミソラちゃん!?」
スバルの手が示す場所に手をやる。
ピチャリとした感触。
指先が濡れていた。
「あれ? おっかしいな~? なんで……なんで……」
陽気に振舞おうとする言葉と違い、声は萎んでいく。
「あ……あ……」
今更湧いてきた感情は止まらない。
ブレーキの効かない車のように。
「うわあぁぁぁぁぁん!!」
溢れた。
ミソラの思いがそのまま形になって、ミソラの熱を奪っていく。
「なん、で……ウッウウ……私……頑張ら、なきゃ……頑張らなきゃ、いけないのに……ッウ、グス……な、んで? ……ヒグッ、アッ、アゥゥ……」
一人という言葉を理解していた。しかし、今になってようやく孤独を理解した。今のミソラには母も、ファンも、歌すら無い。本当の意味での一人ぼっち。
今初めてミソラの心は孤独を理解した。
押しつぶす。
孤独と喪失感。それらが
ミソラの小さくて華奢な体を押しつぶす。
自分を責めた
強くなんてない
元気なわけがない
平気でいられるわけがない
誤認していた自分自身を殴りつけたかった
俯くミソラに手を伸ばし、声をかけようとする。
「あ……」
なんて言えばいいんだろう?
手を止めた。伸ばそうとした手を途中で戻し、半歩踏み出した足を下げる。
何も変わって無い。
結局、自分は何もしてあげられない。
アマケンの屋上の時と同じだ。何も声をかけられない。触れてあげることができない。一歩にも満たない距離を進むことすらできない。
弱い自分をさらけ出して、説得した気になって、彼女が踏み出した姿を見て自分も強くなったと誤解していたにすぎなかった。
彼女の泣きじゃくる姿を見ていることしかできない。
「励ましてやれよ?」
「ロック?」
「お前が望んでいたことだろ?」
トランサーから語りかけるウォーロックの言葉受けて、もう一度ミソラを見る。ハープが側に出てきているが、慰めの言葉が見つからないのだろう。背中を
たくさんの本を読んだ。
宇宙の知識を詰め込んだ。
11年間で得られたあらゆる文字を検索する。
けど、何も引っかからない。
一人だけど頑張れ?
応援するよ?
無責任な言葉だ。
無力と言う単語が心臓を握りつぶす。
もう一度、頭をひっくり返して情報の大河に足を踏み入れる。
見つからない。
どんな立派な言葉を探しても、彼女の力になれそうな言葉は見つからない。
あきらめまいと歯を食いしばる。
――ブラザーだ――
その中で見つけた小さな石。
――これはな、人の絆を強くする物なんだ――
拾い上げたそれは夜空に浮かぶ星の様に小さく、何よりも輝いていた。
「……父さん……」
――一人じゃ解決できない問題も誰かと繋がれば乗り越えられる――
――誰かが自分を強くしてくれるし、自分も誰かの力になれる――
――そうやってできていった絆はどんなものよりも勇気をくれるんだよ――
夢にも出て来た、父に教わった言葉。
ミソラの足元に滴り落ちる雫から視線を上げる。両手を握るようにして目を覆い隠している。その隙間からは
「僕にできる?」
たった一言で、この子の涙を止めることができるのなら。
――一人じゃ解決できない問題も誰かと繋がれば乗り越えられる――
乗り越えられる? 僕も? 彼女も?
――誰かが自分を強くしてくれるし、自分も誰かの力になれる――
僕でも、この子の……力になれる?
――そうやってできていった絆はどんなものよりも勇気をくれるんだよ――
この子の生きる勇気になれる?
――どんなものよりも勇気をくれるんだよ――
「でも……」
それは誰かと繋がると言うこと
親しい大切な人ができると言うこと
絆を持つと言うこと
得られた絆を失うかもしれないと言うこと
父を失った時のように
――勇気をくれるんだよ――
「怖い……」
手足がブルブルと震えてくる。
父を失った時に学んだはずだ。
失うことの恐ろしさを。
――勇気を――
胸に刻まれた深い傷が悲鳴を上げてくる。
ギュッと瞼を閉じ、痛む胸を力の入らない指で掴む。
「怖いよ……父さん」
――勇気を出せ!スバル!!――
「っ!!」
はっきりと聞こえた。
夢には無かった父の声。
星を握りしめた
「僕は……」
足を持ち上げた。
重い。
今ままに感じたことのないずっしりとした重さだった。
けど、引きずろうとは思わない。
地から離し、前へと突き出した。
伸ばした手はゆっくりと、しかし行き先に迷うことなく肩へと向かう。折れてしまいそうな薄い肩を、めいいっぱいに広げた手で覆うように掴んだ。
覗き込んでくる碧色の瞳。嗚咽は止まっていないが、驚いたように見つめてくる。その先で、スバルの震える唇が動く。
「ぼ……僕の……」
今度は吸い込まれない。
一度目をつぶり、震える自身の体を食いしばる。手から伝わる柔らかい生地の感触と、その下から伝わってくる鉄のように冷たい体温。
辛いのは、自分だけじゃない。
勇気を……ください
もう片方の手で父の形見のペンダントを握りしめ、閉じていた瞼を今までにないほど力強く開き、ミソラの瞳を見た。
そこに映る自分の顔は自分でも嫌になるほど情けない。今にも泣き出しそうだ。
かっこ悪い。
でも、それでいい。かっこ悪くても良い。
ただ、この一言を言えるのなら……
震える唇で、ミソラに思いの限りの言葉を伝えた。
「僕の、ブラザーになってください!」
ミソラを見つめる
後ろの木々
隣にいるハープ
肩に置いた自分の手
縞模様のミソラの袖
見えない
拭ってあげたい涙にまみれた瞳だけを見る
それが細められた
「……うん」
トランサーのブラザー一覧を開く。誰一人としてそこには記されていない。生涯無縁と思っていた新規登録の項目を選ぶ。
「じゃあ、行くよ?」
こくりと頷き、スバルの左手へトランサーの機能を持ったギターを向ける。
ピピッと言う音がなり、表示されていた文字が変わる。
画面を確認するとミソラがいた。
「よろしくね、スバル君」
「うん。よろしく」
ミソラの涙は無くなっていた。目を閉じ、ギターを両手で抱きしめる。
「温かいんだね? ブラザーって……」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ? だって、私達繋がっているから! 広い世界の中で私は一人じゃないって確信が持てるから!」
そこにあったのは新しいものだった。
楽しさ、悲しみ、そのどれとも違う。
力の籠った目を開いた。
「私、新しい一歩を踏み出せる気がする。ううん、絶対に踏み出せる! 私もスバル君も新しい自分になれるはずだよ?」
町を見下ろせる場所まで行き、手に持っていたギターを構える。
演奏が始まる。
今日聞いたものとは違う、始めて聞く曲だった。
そよそよと耳をくすぐるだけの風に力強さを与えていく。
耳を澄ます暇もなく、ミソラは曲を終了させた。
「また新しい曲?」
「うん! 今の気持ちを曲にしたの! テーマはスバル君だよ!」
「ぼ、僕~?」
照れくさくなり、頬に爪を立てた。
「もちろんまだ未完成だよ? 出来上がったら一番に聞かせてあげるね!?」
にっこりと笑って見せた。
彼女は何度も笑顔を向けてくれた。始めて会った時も、母の話をしてくれた時も、舞台の上でもだ。
そのどれよりも、今のミソラは一段と輝いていた。
心臓がこれでもかと血液を送り出す。
頭が沸騰したように熱くなる。
ミソラも、その周りの物も赤で塗りつぶされる。
目は一点にとどまらず、それぞれが別の方向へ向けられ、グルグルと動き回る。
口がからからに渇く。
飲み込もうとした唾がつっかかる。
肺がまともに機能してくれない。
パクパクと口を開いても酸素が取り入れられない。
呼吸が速くなる。
「どうしたの?」
「ふぇ!? あ、なななな何でもないよ!?」
「?」
挙動不審なスバルに何も気づいていな様子だった。
スバルは大きく息を吸い込む。高鳴る心臓は収まらず、言葉にできない感情が湧きあがる。
この空気を読まずに、割って入ったのがあの男である。
「ごようだ~! ゼット波大量感知! どこだ~!?」
桃色だった世界があっという間にむさくなる。
見下ろした広場で五陽田刑事がアンテナをぐらぐらと揺らしていた。FM星人を相棒に持つ二人は急いで逃げなければならない。しかし、この展望台の出入り口は一つ。逃げ道も一つだ。その進路上に居座っている。
様々な意味で邪魔だ。
「行くよ、ハープ!」
「ええ!」
ギターを五陽田に向けて構えると、中にいるハープに合図を送る。
「え?」
「おい……」
「パルスソング!」
中年親父はひでぶっと叫び、横たえた体から煙をたち上げ始めた。
「やったね?」
惨劇を背景にミソラは満面のブイサインを向けてくる。
スバルも同じく返しておくが、同じと呼べるか微妙なラインだ。ヒクつく指でかろうじてVを形作る。
「ロック……ブラザーってこんなに効果あるものなの?」
「俺に聞くな」
広場が騒がしくなってくる。駆けつけてくる数人の影は五陽田の部下達のものだ。
「……あれは無理だね……」
「逃げようか、ミソラちゃん?」
「うん!」
差し出されたスバルの手を取り、合言葉を叫ぶ。
「電波変換 星河スバル!」
「響ミソラ!」
オン・エア!
二人の声が重なり、響き渡る。
青とピンクが寄り添うように空へと飛んでいく。良く見ると、青がちょっとだけ先行している。
倒れた五陽田と、彼に駆け寄るサテラポリス達がグングンと小さくなっていく。彼らにいたずらっぽく笑い、スバルの手と重ねられた自分の手を見つめた。
強く握りしめ、引っ張ってくれる彼の手を、優しく……けれど力強く握り返した。
このシーン無くして、スバルの成長は無かったと私は考えています。だから、名シーンではなく、神シーンと銘打ちました。