流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
満身創痍。
倒れたスバルを4つの文字で表すならば、これがふさわしい。
「僕は……君を助けたいんだ……僕は……」
それでもミソラを案じる思いは変わらない。
「ウォーロック、良いの? やられちゃうわよ? その子の心を壊して乗っ取っちゃったら?」
左手のウォーロックを覗き込んだ。一体化している今、彼にはスバルの体を操ることもできる。今まで戦った二人から可能性は充分にあった。
「バカかお前? 最初に約束しただろう? 俺が貸すのは力だけだ。乗っ取ったりなんかしねえって。それより、さっさと立て! 助けるんだろう?」
鼻で笑って見せる相棒の励みに答え、立ち上がった。
◇
ハープは歯を食いしばった。
ミソラは優しすぎる女の子だ。その証拠に、彼女が襲った人間達は誰一人と絶命に至っていない。本気で音符攻撃を放っていれば、生身の肉体など跡形も残らないにも関わらずだ。「消えちゃえ」と言いながらも、ミソラはそんな残酷なことは望んでいない。
同様に、スバルにも全力で攻撃できないでいる。
さっきの誘惑にのせられ、ウォーロックがスバルの心を乗っ取れば……
意識が完全に乗っ取られた彼らを倒せば、消滅するのはウォーロックだけだ。スバルは助かる。それをミソラに説明すれば、全力で攻撃してもらえると考えていた。
体を乗っ取ったウォーロックが相手になれば、こちらも被害を受けるだろう。しかし、いくら戦闘能力で劣る自分達でも、ぼろぼろになった今の相手に負ける要素は無い。
「お願いだから……使わせないでよ」
最後の手段を抱きしめた。
◇
腕や足が痺れている。体内から悲痛の声が上げられる。音という特性が体の内部にまでダメージを伝えてくる。
それ以上に心が痛い。
伝わらない
助けられない
無力さを自己嫌悪する
ヒーローになりたいわけではない
かっこ悪くても良い、ただ目の前の少女の力になりたい
だから、立ち上がらなければならない。
彼女と向き合わなければならない。
相棒の言葉を胸に、折れそうになる心を奮い立たせる。
「力に、なりたいんだ」
「……なんで、そこまでするの?」
「君の気持ち……分かるから……」
「君に! 私の何が分かるって言うのよ!?」
ギターを銃のように構え弦を放ち、ロックマンの体を貫く。
途端に煙が上がり、青い体は茶色い物へと変わっていた。
「ヘンゲノジュツ!?」
バトルカードの一種だ。自分の体をとっさに茶色いぬいぐるみと入れ替え、その隙をつき相手へ攻撃するものだ。
気が付いた時にはスバルが目の前にいた。
両手を掴まれ、ギターごと上へと持ち上げられる。
「これで君の攻撃手段は封じたよ?」
「ミソラ、私ごと叩きつけなさい!」
ギターと一体化したハープが叫ぶ。
頭を殴りつけようとするが、腕が下がらない。
「僕だって男だ! 女の子に力で負けるつもりはないよ!?」
「なら、これでどう?」
コンポが召喚される。二人の両脇にだ。
しかし、今二人は接近している。このままショックノートを撃ち込めば、ミソラもただでは済まない。
「私は耐えられるけれど、怪我だらけの君には無理だよね? 今まで威力を抑えていたけれど……本気で行くよ!」
これが決まれば終わり。
直前で相手が手を離せば仕切り直しだ。
「ショックノート!」
掛け声とともに、白い音符が放たれる。今まで以上の速度と大きさを誇るそれが、二人に襲いかかる。
手の緩みを感じ、笑みを浮かべた。手を離した。これで仕切り直し。
後方に下がろうとする。
「え?」
それより早く、体が後ろに飛んだ。
彼の両手が自分を突き飛ばしていた
踏ん張るように地に足をつけている
二つの白に挟まれようとしている今も怯えは無く、ミソラの目を捕らえていた
爆音と爆音がぶつかり合う。同じ高さと大きさを持った音は、共鳴現象を起こした。振動は互いの存在を相乗し、威力を跳ね上げる。
自分の場所にまで届いてくる爆風に思わず目をつぶった。
パラパラと降りかかるオレンジ色の水晶達はウェーブロードの破片。その向こうには、ロックマンがかろうじて立っていた。ヘルメットにはヒビが走り、バイザーは一部が欠けている。左手はだらりと下がり、ひざは曲がり、いつ倒れてもおかしくは無い。ウォーロックの頬にも焼け焦げたような傷跡が付いている。
「なんで……私を庇ったの?」
「言ったはずだよ? 君には……これ以上傷ついてほしくないんだ。そして、君を助けたい……君の力になりたいんだ……」
スバルの言葉がズキリとミソラに突き刺さる。
意地を張るように、胸に入ろうとしてくるものを塞ぐように言葉を吐きだす。
「偽善者ぶらないでよ! 君には分からないよ、私の気持ちなんて……」
分かるわけが無い。
他人の気持ちを知れる人間などいないのだから。自分にしか分からない。
◇
ミソラの気持ちは分かっている。
「分かるよ! 僕だって……」
救えるかなんて分からない
何をすればいいのかも、今になっても分からない
だから、震える唇を必死で抑え、ただ自分の気持ちを叫んだ。
「父さんがいないんだ!!」
「……え?」
肩で息をしている。空気を求めるように、限界にまで開かれるスバルの口元には赤い筋が伝っている。今攻撃をすれば、勝てる。
なのに、できない。
スバルの声に聞き入ってしまったから。
「僕も……父さんがいないんだ。三年前に……居なくなっちゃったんだ! だから……大切な人を、失う辛さも……嫌なことを……無理やり、やらされようとする辛さも……分かるんだ」
震えてくる。
スバルの全身がだ。
三年間スバルを拘束し、捕らえて離さない闇。
スバル自身も振り切れず、いつしかあらがうことすらしなくなった現実に今改めて向き合う。
それが彼女の手を取った理由であり、今を救える唯一思いついた手段。
自分の心の傷口をえぐり、言葉を紡いでいく。
「……僕も、色々と……辛い目に合ったんだ。僕の場合は……学校に行くことだったけれど……誰か親しい人ができてしまって、その人が、父さん……みたいに……居なく……なったらって。そう思うと……怖くて……怖くて仕方ないんだ!」
今でも一番思い出したくない思い出だ。
母から伝えられた父の行方。
目の前からいなくなってしまった大好きな背中。
絶望と喪失感。
光を奪われ、暗闇に落とされ、何も見えなくなった。
あんな思いは、二度としたくない。
「それで、誰かと関わるのが……すごく怖くなって……学校にも行けなくなって……学校の先生とかが、僕を学校に……校させようとしてきて……それが本当に嫌で、生きることが辛くなって……逃げ出したいって……し、死んでしまいたい……そう思った事もある」
一昨日の夢を思い出す。
学校に来いと言う教師達。
それが嫌で、二階から身を乗り出し、花壇へと……
思い出しただけで全身が冷たくなる。
瞼を全力で閉じる。現実を阻む最高の行為。
自分を戒めるように左手の二の腕を、悲鳴が上がる程掴む。
今引いてはいけない。
彼女のために
閉じたくなる目を無理やり開き、未だに座り込んだままの彼女の瞳に向き合う。
「けれど、そんな時……僕を救ってくれたのは……母さんの一言だったんだ」
今でも覚えている。
泣きじゃくる自分の背中をなでてくれた手の温もりも一緒に……
三年間、あれが自分の支えだったから。
――学校なんて、行かなくていいのよ――
――いつか、自分から行きたいと思えるようになったときに行けばいいんだから――
「たったそれだけのことだったけれど、僕にはとてもうれしかったんだ! それが無かったら……きっと僕は……自分を傷付けていた」
スバルの言葉が胸に響く。
展望台から身を乗り出した自分を思い出していた。
「……だから、母さんを失った悲しみも……歌を歌いたくないって言う……君の気持ちも……分かるよ……」
異星人の二人は、ただじっと成り行きを見守っていた。
ウォーロックはスバルとの約束のために。
ハープは聞きながらも両手に抱えた心を眺めていた。
「……僕は……君の……力になりたいんだ!」
何も言えない。
スバルを見れなくなってくる。
「歌わなくって良いんだよ? 歌いたくなったら、また歌おうよ? 今度は、君と……君の母さんとの絆の歌を、愛してくれているファンの人達のために」
目頭が熱くなってくる。
視界がぼやけてくる。
「だから……もう……自分と、自分と母さんとの絆の歌を……傷付け、ない……で……」
右足から力を抜いたかのように、体が大きく斜めに傾き、青白く光った。
赤い服と藍色の半ズボンの少年が金色のペンダントを揺らす。
「っ!?」
姿が変わると同時に、倒れるという現象は電波の道をすり抜けて終わる。力なく閉じられた目。彼の手は重力に逆らうそぶりも見せない。
人形が投げ捨てられたかのように、地面へと向かって行く。
「いやあああああああああ!!!!」
駆けた。
ウェーブロードから飛び降りるミソラの目の前で、スバルは風を切りながら真っ逆さまに落ちていく。
「届いて! お願い!!」
限界にまで、腕をちぎる思いで手を伸ばす。
届かない
眼前にいる彼が遠い
あと少しなのに届かない
地面が無情に迫ってくる。
「ミソラ、蹴りなさい!」
考えなかった。ハープに言われるがままに足を延ばす。堅い感触があり、それを蹴飛ばした。
タイミングを合わせてハープが召喚したコンポだ。
勢いを増し、スバルに並ぶ。
正面から抱き締めるようにスバルを抱え込み、地面にふわりと着地した。
そこは、偶然か運命か、あの展望台。
ぐったりとする彼を堅い灰色の上へと寝かせる。
横にしたスバルの目は開かない。
「ごめん……ごめんね……スバル君……」
スバルの頭を抱きしめていた。いつの間にか流していた涙が、彼の頬へと落ちる。
体が弾け、ピンクの粒子が渦を巻きあげる。
電波変換を解かれたミソラと、意識を取り戻さないスバルを包み込む。
一瞬の絵が消えた時、少し離れた場所にハープが姿を現していた。
彼女の瞳には、肩を震わせる背中と華奢な腕に支えられる少年がいた。
二人を隠すように瞼を下ろした。
「私達……いえ、私の負けね……」