流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
ただ、逃げろと自分に言い聞かせていた。途方もない時間を、ただ駆け抜けることにのみ集中した。移動による疲労も睡魔も全てを投げ捨てた。そして、今も自分のはるか後ろにいる追跡者達への意識を完全に絶った。
逃げる。ただそれだけを果たす。戦士としての誇りなどいらない。あるのはこの憎しみだけで良い。そして、あの男の……友人の頼みを聞く。
本来ならあいつが使うはずだったこの道を自分が使っている。運命という言葉があるなら、これがそうなのかもしれない。だから、自分はこれを使った。行かなくてはならない。あいつの故郷に。
そして、必ず果たす……
□
「よろしくな、スバル君。僕は『天地マモル』。NAXAでは、君のお父さんの後輩だったんだよ」
もうおじさんと呼べる年だろう。しかし、人を和ます不思議な魅力がその笑顔に込められていた。星河大吾は誰からも慕われれる存在だったが、彼もその類だろう。性別問わず、この人と話していると誰もが笑みを返してしまいそうだ。
「ど、どうも……」
一人だけ例外がいた。星河大吾の息子、星河スバルはおどおどと視線を天地から逸らしながら、呟くような返事を返した。
「フフ、緊張しているのかな?」
そうではないと分かっているが、彼はそうやって笑い飛ばした。今この少年に必要なのは、説教では無いということを彼は理解していた。そんな事よりもと、彼は持って来ていた鞄に手を入れる。
「そうだ、今日はお土産があるんだ」
とりだしたのは緑色のレンズに、白い枠でできたサングラス。まず、店頭では見かけないデザインだ。
「これはね、”ビジライザー”って言って……君のお父さん、大吾先輩が使っていたものなんだ」
少年は少しだけ興味を示したみたいだ。視線がしっかりとビジライザーに吸い付いている。
「僕がNAXAを退社したときに、思い出にってもらってきたものなんだ。この前研究室の整理をしているときに出てきてね。僕よりも君が持っている方が良いと思って、持って来たんだ」
そう言いながら、スバルの額にかけてくれた。天井に向かって真っすぐに立つ後ろ髪と、ビジライザーが綺麗にマッチしていた。
「うん、似合ってる。使い道は分からないんだけど、ファッションに使うだけでも十分だよね?」
天地は笑って言っている。あかねも満足そうにそれを見ていた。スバルも左腕につけているトランサーを開く。暗くなっている画面を鏡代わりにして確かめる。確かに、悪くは無い。そう思ったときに、あかねが口を開いた。
「スバル、トランサーの電源が入ってないんじゃないの?」
「あ、そうだ……」
スバルの左手についている機械は、携帯端末だ。皆が利き腕とは反対の手に、この機械を装着している。電源を入れると、ディスプレイに明りが灯った。
「トランサーの電源はいつも入れて置くようにって、言ってるでしょ。お気に入りの”バトルカード”を確認したり、”ブラザー”だって……」
「ブラザーはいないから、誰も僕の
その言葉に、あかねは何も言わなかった。言いたいことがあるが、言えば息子を傷つけることになる。だから、言いたい事を飲み込んだ。
「それじゃ、行ってきます」
踵を返すと、赤色のブーツに足を突っ込み、玄関のドアを開けた。3年間、父がこの場所を通っていない。それを意識するとドアノブが少し重く感じた。
「……いつもあんな感じなの。大吾さんがいなくなってから、ずっと……」
「……ところで、スバル君はどこに?」
「学校の裏山にある、展望台……毎日、あそこに行って空を眺めているみたい。……父さんが見えるかもしれないからって……」
天地は黙って聞いていた。別段気を悪くしたわけではない。彼はこの程度のことで気分を損ねるような器の小さい男ではない。ただ、今のこの家族が悲しかった。尊敬していた先輩の奥さんと子供さんがだ。
「ダメよね? 前に進まなきゃって、分かっているのに……3年間ずっと、私達の時間は止まったままなのよ……」
この二人を目に入れると、胸が痛い。返す言葉一つ、思いつけなかった。そして、そんな自分にまた情けなさを感じていた。
□
「あれだな!?」
間違いない。あいつが言っていた通りだ。周りの星々とは違う。その青さは生命の輝きを、眼も眩まんばかりに放っていた。黒に染められたその世界において、荒っぽい自分ですらその惑星に神々しささえ感じてしまう。
「あれが地球か……」
あそこがあいつの故郷。そして、やつの矛先にあるものだ。
「思い通りにはさせねぇからな……」
無理やり抑え込んでいた疲労も睡魔もどこかに消えていた。
加速する。見えた目的地に向かって。そして、その残虐さを秘めた爪を巻き込むように、拳を握った。
「俺は、必ず果たして見せるぜ! ……復讐をな!」