流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第二十八話.震える手

 真っ赤だった顔は今は真っ青だ。目の前にいる少女の服と同じだ。

 

「乙女のトランサーを見たのよ! 調査だって言って! 信じられないわ!!」

 

 コダマ小学校、5-A組の学級委員長、ルナである。五陽田刑事に対する不満を惜しみなく並べていく。トランサーは個人情報の塊だ。勝手に見られて嬉しい物ではない。

 お供のゴン太とキザマロも同じ目にあったのだろう。不機嫌そうな顔をしている。だが、それ以上に怖れが勝った表情をし、数歩距離をおいている。

 

「そういうわけで、アナタなんかにかまっている暇はないの! 行くわよ!」

 

 展望台を出た直後に遭遇した時は不幸だと思ったが、それほどでも無かったらしい。上下に激しく揺れる髪の毛を見送った。

 

「どうするキザマロ?」

「明日はライブですし……早く帰りたいです」

「体力残しておきたいよな?」

「……逃げますか?」

 

 耳を疑った。二人が委員長に対して恐怖しているのは、普段の様子から察してはいた。それにも関わらず、機嫌を損ねるような行動を自らとると言うのだ。命知らず過ぎる。

 

「明日、何かあるの?」

「何かあるってもんじゃないぜ!?」

「あの(ひびき)ミソラちゃんの生ライブですよ!」

「しかも、このコダマタウンでやるんだぜ!」

「もう、ビッグニュースですよ! 学校ではこの話題で持ちきりです!」

 

 アマケンの時とは比べ物にならないほど興奮して説明してくる二人。あの時とは立場が逆だ。

 

「響ミソラ? 有名人なの?」

 

 この質問がいけなかった。数メートルほど後ろに飛びのいた二人。人を見る目ではない、物を見る目をしている。開いた距離の分だけ目の前の物を傷つける。

 

「知らねえのかよ!」

 

 今度は挟み込むように眼前まで迫ってくる。鼻をふくらませ、荒い息を吹きかけてくる。ゴン太など牛そのものだ。オックス・ファイアになっていた時以上だ。生温かい空気に挟まれて身の毛がよだつ。今の二人ならFM星人すら追い返しそうだ。

 

「響ミソラ! 今や国民的人気歌手ですよ!?」

 

 熱の入った二人の説明が始まった。まずいと直感が告げてきた。これは小一時間続くウンチク話しに入る前兆だ。逃げ出す口実を探す間に、二人がトランサーからのルナの声に飛びあがった。

 

「キザマロ、俺達ブラザーだよな?」

「ええ、もちろんです! 危ない橋を渡るときは一緒です!」

 

 彼らにとって、ルナとは獅子よりも恐ろしい存在らしい。がしりと暑苦しい友情の握手を交わすと、一目散に地平線の向こうへと消えて行った。決死の逃走とは、彼らのことを言うのだろう。

 哀れと言う単語をぼそりと吐きだした。

 

「……で、五陽田ってのは?」

「サテラポリスの刑事さんだよ。アンテナ刑事さん」

「ああ、あいつか」

「ゼット波って言うのを調べてるんだって」

「それは俺やFM星人……電波体から発せられている電磁波だな」

 

 やっぱりと頷いた。今朝のやり取りを詳しく話した。

 

「このままだと、動きにくくなるな……よし、消すぜ!」

 

 

 スバルは激しく後悔していた。この宇宙人と組んでから、悔んだことなどいくらでもある。しかし、今ほど後悔したことは無い。

 

「ロックバスターを生身の人間に打ち込むなんて……」

 

 ロックマンとなったスバルの前には、シューっと煙を上げて倒れている五陽田がいた。サテラポリスはエリート集団。彼も例外ではないだろう。しかし、それに似つかわしくない間抜けな顔になっている。

 アングリと閉まらない顎には、巻くようになった舌。短い髪はアフロのようにぼさぼさに焦げ、瞼を退けるように開かれた目はそれぞれが別のものを映している。あの部下を泣かせていた迫力のあった面構えはどこにもない。

 

「手加減しただろ?」

「そういう問題かな?」

「いいじゃねぇか。お前のデータも消しといたんだからよ?」

 

 トランサーの中にあった捜査データは既に消してある。要注意人物としてスバルの名前が記されてあったが、その項目も今は純白だ。それ以外の全ても同じ真っ白だ。彼の携帯端末はうんともすんとも言わない、ただの金属の塊に過ぎない。

 目覚める前に、こそこそとその場を後にした。

 

 

 スバル達が無事に逃げ去り、目覚めた五陽田が涙ながらに喚き叫び、部下達に慰められる。そんな日が沈みかけたころに一つの影がコダマタウンに降り立った。

 水色のボディに、ピンク色のオーラ。弦楽器のような容姿だ。貼りついた目と口は疲れを訴えていたが、町の風景を見渡して不満を描きだす。あの大都会に比べれば、ここは田舎と言っても良いかもしれない。

 

「さてと……後は機会を見て近づくだけね……ポロロン」

 

 

 ギターを手に取る。数回弦を弾いてみると、よくチューニングされた音がなる。窓からは日差しが差し込んでくる。春に似つかわしい、ポカポカとした陽気が部屋に満ちてくる。身に沁み込む空気を受け、手に持っているそれの頭を見る。

 この楽器はトランサー機能を兼ね備えている。約束までの時間を宣告する、ディスプレイに描かれた数字。歪む。直線を並べただけの画面が濡れていく。

 

「……もう嫌……嫌だよ……ママ……」

 

 

 翌朝のスバルは珍しく早起きをした。と言っても、トランサーの住人は二桁になった数字を見て不満そうだ。

 カードショップ、BIGWABEの看板が見えてくる。壊れた公園は既に解放されており、それと同日にこの店は開店した。先日に起きた公園の火事。憩いの場所を失い、落ち込んでいたコダマタウンの人達のためにと数日予定を早めてくれたらしい。

 子供達の好奇心を誘う豊富な品ぞろえと、最新知識にあまり詳しくないご老人にも丁寧に説明してくれる店長さんの人柄がこの店の売りだ。おかげで大人気になっており、公園と共にこの町の名物になりつつある。

 無論、今一番の話題は響ミソラのライブだが。

 

「やあ、スバル君。いつもありがとう(てき)な?」

「……いえ……」

 

 店長の『南国(なんごく) ケン』がさわやかに迎えてくれる。金色に染めた髪と、焼けた肌に赤色のレンズをはめたサングラス。店の模様には、サーフィンのボードや南の島を思わせる植物。どうやら本物の様だ。植物特有の爽やかな香りがツンと鼻を突く。

 言うまでもなく、彼はサーファーだ。見るからに遊んでそうな容貌だが、先ほども言った通り人の良い店長さんだ。平日のお昼ごろにも訪れるスバルの事情はだいたい察してくれているようで、追及はしないでくれている。ちなみに、『的』は彼のユニークな口癖だ。

 

「そう言えば、町がなんか騒がしい的じゃない?」

「どうせライブでしょ?」

「いや、なんか様子がおかしい的な?」

 

 窓の外を見て見ると、右往左往と人が行きかっている。すぐに興味を無くし、棚の商品へと目を通し、欲しかったカードをレジへと持っていく。と、ドアがバンと開かれた。

 

「スバル!」

 

 入ってきたのはあの二人だ。ぜぇぜぇと荒い呼吸をしている。

 

「いらっしゃい……的じゃないみたい的な?」

「……どうしたの?」

 

 キョトンとするスバルにゴン太が掴みかかり、切れる呼吸を押しのけて言葉を吐いた。

 

「ミソラちゃんが失踪しちまったんだ!!」

 

 脳に与えられた情報はたったの一文だ。聞き取れなかったわけではない。長距離を全力疾走したような呼吸をしているが、彼の発音はハッキリとしていた。スバルも聴覚に異常があるわけではない。一言一句逃さずに捕らえている。一行の文章を受け入れて事態の重大さを理解するという作業は、少年には難しすぎた。

 あり得ないような事件だからだ。

 どうせ嘘でしょ? ドッキリでしょ? 興味ないアイドルなんかで騙されないよ? そう返そうかと考えるのが普通だ。

 しかし、できなかった。良く見るとゴン太の目が血走っている。視線を斜めに下ろすと、キザマロも同じだ。

 一歩足を引いた。昨日がFM星人を追い払えるならば、今は倒せるだろう。それぐらい恐ろしい雰囲気を放っている。

 数秒の沈黙の後、南国が店に設置してあるテレビのチャンネルを変えようとする。それより早く、緊急ニュースが割り込んだ。ゴン太の言葉を裏付けている。

 

「今朝早く、ホテルから失踪しちゃったんです!」

「うおおお! ミソラちゃん!!」

「うわあああ!!」

 

 目から血の涙が噴水のように噴き出る。さらにスバルは二歩引く。

 

「……で、何?」

「探してるんだよ、俺達!」

 

 開いた三歩分の距離を一気に詰めてくる。今は零歩分だ。むさい。

 

「僕ら、ミソラちゃんファンクラブの会員で、情報を共有して探してるんです!」

「スバル! お前も協力しろ!」

「見つけたら、僕らに連絡をください! 赤紫色の髪をしています!!」

「うおおおおおお!!」

「ミソラちゃ~~~~~ん!!!」

 

 スポーツカーの最高速度を思わせるスタートダッシュで、掃除の時に掃い切れなかったわずかばかりの塵埃を舞い上げ、BIGWAVEから立ち去って行った。

後には事態とテンションについて行けないスバルと南国が残された。

 

「えっと……僕の分まで頑張って……的な?」

「……南国さんもファン?」

「彼らほどじゃ、無いけれど的な?」

 

 そして、あの二人とは今以上に距離を置くことを誓った。

 

 

 外に出ると、南国の言うとおりだった。老若男女問わず、ミソラの名を叫びながら町中を詮索している。

 コダマタウンは異常事態だ。いつもは杖をついている老人が声を張り上げて走り回っているほどだ。警察も出ているが、民間人の協力者の方が多い。中にはサテラポリスまでいる。しかし、すぐに駆けつけた五陽田警部にどなり散らされていた。おそらく、彼らもファンなのだろう。任務をさぼって、こちらを優先していたらしい。

 町の雰囲気に当てられて興奮気味に吠えている犬の側を駆け抜け、スバルはとある場所へと足先を向ける。

 

「おい、協力するのか?」

「ううん……ちょっと心当たりがあるんだ」

 

 キザマロが言った事が頭から離れない。ロックとのやり取りをしている間に、あの歌声を聴いた場所へとつく。階段を一段飛ばしで駆けあがり、少し前に機関車が暴れた広場に足を踏み入れた。ここには、誰もいない。もともと、ここに来る人なんてほとんどいない。額を拭い、きょろきょろとあたりを見渡す。

 

「なんでそんな必死になるんだ?」

「そんなの分からないよ。それより、探すの手伝ってよ!」

「……なら、一番上、見晴らし台に誰かいるぜ? 周波数を感じる」

 

 整っていない息を無視して走り出した。さっきよりも一段一段の差が大きい。その分足を大きく開く必要があるが、これも二段ずつ踏みつけて行く。それにつれて、微かに何かが聞こえて来た。足を止め、余計な雑音を排除した。

 

「……グ、エ……ス」

 

 聞き覚えのある声。忘れられない声だ。また昇り始める。今度はゆっくりとだ。一段一段がいつもと昨日とも違う。立ち入ることを拒むようなジャッリとした感触。それを踏み越えていく。

 別世界を見せてくれたあの場所。そこに昨日の少女がいた。空しくさびれた空間にぽつりと佇んでいる。世界を変える力を持った魔法の杖が、背中にあることすら忘れたかのようだ。その力が使えないと言うのが正しい。

 

「エグ、グス……ウッ、ウウ……ヒック、エッエッ……」

 

 自分を抱きしめるように二の腕を掴み、俯き嗚咽を漏らしていた。頬と鼻を伝った涙がポタポタと足元で弾かれている。

 

「あの……」

「ふぇ!?」

 

 少女の顔が上げられた。女の子にまるで興味の無かったスバルを魅了して止まなかった昨日の澄んだ綺麗な瞳は今は涙で汚されていた。月の無い夜にここぞとばかりに輝く星々が恥ずかしくなるほどの、本物の宝石なぞ石ころにすぎないと思わせる美しさを秘めた輝きは一切無かった。

 

「響ミソラ……ちゃん。だよね?」

 

 人間関係を絶ってきたスバルですら気付く。知っている。めったに御目にかかれない色だと言うことを。春の甘い香りを届ける日差しの下で、赤紫色の髪が風に流されていた。

 昨日の赤い少年だ。この癖っ毛のある茶色い髪と白と緑のサングラスが特徴的だったからすぐに分かった。

 一昨日に助けを求めた流れ星は青かった。目の前に居るのは真っ赤な男の子だ。

 けど、そんなことどうでも良い。

 

「お願い……」

 

 この願いを叶えてくれるなら……

 

「……助けて……」

 

 枯れそうになっていた声でかろうじて意志を伝え、涙でびしょぬれになった震える手で彼の胸を掴んだ。

 

 

 冷たかった。服越しに氷を当てられたかのように胸に浸透してくる。昨日の彼女はどこにもいない。ピンク色の歌の妖精はどこにもいない。

 歯をギリッと食いしばる。気づけばその手を取っていた。光を失った翡翠の目に自身の顔が映る。

 

「僕に……ついて来て!」

 

 少し、本当に少しだけ、翠に染まった自分の周りに光が灯った。それを確認して走り出した。握っている手が付いてこれるように、速すぎず、遅すぎないように。彼女も力の限り握り返してくる。さっき胸を掴んでいた時とは大違いだ。

 別にヒーローぶる気は無い。ただ、彼女を放ってはおけなかった。昨日出会ったばかり。互いに何も知らない存在なのに。今のスバルの願いはただ一つだけだ。

 伝わってくる温もりをもう一度確かめ、彼女が痛がらない程度に力を加えた。


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