流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


三章.響き合う
第二十六話.夢


「辛いのは分かる。けれど、そろそろ来ないかい?」

 

 いつもそうだ。大人たちはこう言ってくる。今は笑っているが、この前はずいぶんと高圧的だった。

 

「黙っていたら分からないよ? 学校に来ないかい?」

 

 席を立ち、二階へと駆けこんだ。大人たちの声がする。自分を叱責する声が鳴りやまない。ベッドにくるまっても、下の部屋から聞こえてくる。

 

「僕の気持ちも知らないくせに……」

 

 蹴飛ばすように布団からはい出ると、ベランダへと出た。窓の下へと目を向ける。

 あまり高くない。室外機に足をかけ、身を乗り出す。母が作り上げた、色彩豊かな花畑が真下に見える。それらを囲うレンガ造りの花壇。そこにうまく落ちれば……

 ぞっと背中を走る悪寒。足がすくみ、転げるようにベランダへと戻った。今日も苦しみからは逃れられなかった。窓の鍵を閉めてもそれは薄れない。

 階段を上がってくる音がする。逃げるように、布団の中へともぐりこんだ。教師と名乗る大人たちを帰した母親が、部屋へと入ってくる。

 そっと外を覗き見る。つま先から膝、腰へと徐々に視線を上げていく。母は怒っても、悲しんでもいなかった。緩めた頬と目。隠れるように布団を抱きしめた。

 

「スバル……」

 

 布団の下は暖かい。

 

「……良いのよ?」

 

 それを通り越し、包み込んでくるような、言葉だった。こみあげてくる嗚咽を抑えられなかった。布団越しに背中を撫でてくれる。もう止まらない。流れ落ちるそれは止まらない。そのまま泣き疲れ、眠りへと落ちていった。

 

 

 白。一面がそれで満たされた世界を歩いていた。道があるのかすら分からない。なぜ歩いているのかも分からない。しばらく歩くと、緑色が見えた。

そこに向かっていく。

 誰かいる。オレンジ色の半袖シャツに、膝までの半ズボン。鍛えられた筋肉質な体。そばまで来ると、その男性は振り返った。

 

「スバル!」

「父さん!」

 

 大好きな父の元まで無邪気に駆け寄ると、隣に座り込む。腰掛けた草むらはふわふわとスバルを出迎えてくれる。

 

「スバルは今年で何歳になるんだ?」

「八歳だよ!」

「小学二年生か。ハハ、大きくなったな!?」

「うん!」

 

 大きい手のひらで、小さい頭を鷲掴みにするように、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくれた。どこにでもある父親の愛情表現が、少年には何よりもうれしい。宇宙の本や天体望遠鏡をもらうことなんかよりも、ずっと。

 

「大きくなったスバルに、大切なことを教えてやるぞ? 父さんの新しい研究についてだ!」

「何? 何っ!?」

「それはな……」

 

 人差し指を立て、自慢げに話しだす。

 

「ブラザーだ!」

 

 ニッと向きだした歯が、白く光った。

 

「ぶらざー?」

 

 ヒョコと首をかしげて見せる。

 

「そう、ブラザー。これはな、人と人の絆を強くする物なんだ」

 

 今度は逆方向に首をかしげる。

 

「ハハハ! スバルにはちょっと早かったかな?」

 

 肩に太い腕が回される。重すぎて、背中が曲がってしまうが、これが大好きだった。この逞しい腕に、頬をこすり付けるように傾ける。

 

「ただ、これだけは覚えておいてほしい……」

 

 

 

―一人じゃ解決できない問題も誰かと繋がれば乗り越えられる―

 

―誰かが自分を強くしてくれるし、自分も誰かの力になれる―

 

―そうやってできていった絆はどんなものよりも勇気をくれるんだよ―

 

 

 

 やっぱり、この少年には分からない。まだ幼すぎた。けど、それでも分かる。父の笑みと言葉から……

 

 

 

 

 ガツンと鈍い音が響いた。

 

「アイツツツ……」

 

 赤くなった額を押さえつける。ベッドから転げ落ちたみたいだ。きょろきょろと辺りを見る。いつもの自分の部屋だ。満点の青空を迎えた土曜日の朝だ。

 

「……全部夢か……」

 

 共に落ちていた布団を戻し、腰かけた。思い浮かぶのはあの時自分を救ってくれた母の言葉と、それ以前に見た父の笑顔。

 

「ブラザー……か……」

 

 夢に出て来た父の言葉は、幼い頃の記憶だ。ずっと忘れていたようなことが、今更になって鮮明に思い出される。

 

「父さん……」

 

 昨日の青い流れ星を思い出した。あんな事を願ったからだろうか?

 

「父さんが……僕にブラザーを作れとでも言っているのかな?」

 

 どこまで行っても、憶測は憶測にすぎない。気持ちを切り替えて、服を着替え始めた。

 

 

 車を止めトランサーを開いた。

 

「ムゥ……やはり”ゼット波”が高いな……怪しい……」

 

 頭のアンテナをかきむしり、表示される数値を眺めて歩き出した。

 

 

 着替え終わり、トランサーに居ついた異星人を起こす。覗き込むと、あの居候がいない。

 

「あれ? どこにいっちゃったのかな?」

 

 ビジライザーをかけて見るが、やっぱりいない。見えるのはウェーブロードと……近づいてくるティーチャーマンとデンパ君だ。

 

「ねぇ、ロックを見なかった?」

「ウォーロックサンデスガ、ケサハヤクデテイキマシタヨ?」

「なんでも……『孤独の周波数を感じたから調べてくる。すぐに戻る。と、スバルに伝えておいてくれ』だそうです」

 

 ビジライザーを手に入れてからは、この家に住みついているデンパ君やナビ達とは顔見知りだ。

 

「……何やってるんだろ?」

「スバルさん、今日の授業始めますか?」

「……ううん、後にするよ」

 

 いつも勉強を教えてくれている教育専門ナビの提案を拒否し、玄関へと降りて行く。

 

「僕と電波変換できないときに、FM星人に見つかったらどうするつもりなんだよ。まったく、世話のかかる宇宙人だな」

 

 独り言をぼやきながらドアのカギを開ける。

 

「ごようだ~!」

「……うわあ!?」

 

 途端に扉が外側から開かれた。突然の出来事に驚くスバルの脇を通り過ぎ、一人の男がずかずかと中に入ってくる。

 

「何だ、このゼット波の数値は!? なぜ、このウチだけ異常なのだ!? ムゥ……じっくりと調査する必要あり……この町に、一体何が起ころうとしているのだ!?」

 

 トランサーを触りながら、きょろきょろと勝手に家の中を見回す男。ありえないほど異常な行動を取るおっさんの背中から目が離せない。事態を把握することができない。

 

「け、警部!」

「入っちゃダメですよ!」

 

 別の、まだ若そうな二人の男性が玄関の外で突っ立っている。警部と呼ばれた男を見る。

 ベージュ色のスーツに、頭にはヘッドギアとそのパーツのアンテナが髪から飛び出している。

 先日からこの辺りで調査をしているサテラポリスの刑事だと言うことにようやく気付いた。しかし、言うべきことは言わなくてはならない。

 

「あ、あの、勝手にウチに入らないでください……」

「あ……ああ! すまない! 本官は周りが見えなくなる性質(たち)でな。警戒しないでおくれ?」

 

 スバルは彼を何度も見かけていたので、彼を不審人物と思うことは無い。変質者と思っていてもだ。

 別の家だったら大変だっただろう。顔もちょっと怖いので公園で遊んでいる小さい子とかを泣かさないことを祈るばかりだ。

 

「気をつけてくださいよ。警部?」

「さっきも、公園で小さな女の子を泣かせて母親に怒られましたからね?」

「ええい! しゃべっていないで、さっさと調査に行け!!」

 

 もうやらかしていた。部下二人に指示を出し、冷たい眼差しを向けるスバルに向き直った。

 

「失礼! 本官は五陽田(ごようだ)ヘイジ。サテラポリスの刑事だ」

「あ……はい」

 

 町で何度も見かけているので顔は知っている。

 

「ところで、星河スバル君」

「え? な、なんで僕の名前を?」

「本官はサテラポリス。住民の名簿は既に町の方から貰っているよ」

 

 ちらりと自分のトランサーに目をやった。どうやら、調査データは全てそこに入っているらしい。

 

「調査のために、事情聴取に協力してほしいんだが……良いかね?」

「あ……はい」

 

 ずいっと顔を近づけてくる。断れるものも断れない。

 

「最近、体に異常を感じたことは無いかね?」

 

 『宇宙人と融合して、電波の体になってます』なんて言えない。首を横に振る。

 

「怪物の様なものを見たことないかね?」

 

 『毎日宇宙人と顔合わせてます』もちろん言えない。同じように首を振る。

 

「ちょっと、トランサーを失礼」

「え? うわ!?」

 

 有無を言わさず左手を持ち上げられた。中の情報を検索される。

 

「フム……ゼット波が高いな。何か変な使い方をしたとか、故障したとかは無いかね?」

「あ、ありません」

 

 トランサーで宇宙人が居候している事実を伏せて、知らないと通しておいた。

 

「そうかね……」

「あの、ゼット波って?」

「ゼット波は宇宙から来た電波のことだ。調査中ゆえ、まだ断言できないが……人体に悪影響を及ぼす可能性がある。体に異常を感じたら、すぐに本官達に連絡をいれるんだよ。それじゃ、ご協力ありがとう!」

 

 最期はずいぶんとかしこまった敬礼をし、丁寧にドアを閉めて出て行った。どうやら本性はまじめな人らしい。過ぎ去った嵐の余韻でその場から動けない。しばらくしてウォーロックのことを思い出し、慌てて外に飛び出した。

 

 

 その場所に来て辺りをうかがう。誰一人としてこの場には居ないようだ。

 

「うん、やっぱりここがいいな」

 

 背負っていた黄色いギターを降ろし、首からかける。

 

「昨日、偶然見つけたけど……この場所、最高かも」

 

 赤紫色の前髪をそっと揺らしてくるからっとした風に微笑み、右手に持ったピックで弦を弾いた。

 

 

 

 偶然なのか……それとも……


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