流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第二十四話.本当のこの世の本質

 地に伏せた相手を見降ろした。彼のシンボルだった翼は折れ曲がっており、もう飛ぶことはできなさそうだ。うめき声を上げ、床に爪を立てている。まだ息がある様子だった。少なくとも、宇田海との電波変換は解けない。

 

『宇田海君……』

 

 モニターを見ると、天地が顔を覗かせていた。ルナに支えられ、深呼吸を繰り返している。

 

「く、シタッパーの統制が……?」

 

 どうやら、彼が倒れたことで部下達も消滅したらしい。モニターの向こうでは他の客達も息を吹き返し始めていた。

 

『宇田海君。なんでこんなことをしたんだい?』

「……なんで?」

 

 力尽きたはず、もう立てないはず。

 

「分かっているですよ? 天地さん……あなたは……」

 

 にもかかわらず、徐々に拳が作られる。胸から湧き上がってくる。

 

「私の研究成果を自分の物にしたじゃないですか!?」

『……え?』

 

 

『あれは、私の研究成果です!』

「ま、待ってくれ! 宇田海君!! 誤解だ!!」

 

 投影装置のディスプレイに映る、怪人と化した宇田海に否定を示す。

 

「僕は、誰かの研究成果を奪うなんて、そんな酷いことはしない! 誓っても良い!」

『嘘です! 私は見たんですよ! あなたが子供達に私の『フライングジャケット』を、自分の発明だと自慢しているところを!』

「誤解よ!」

 

 まだふらつているルナが話に割って入り、必至に叫ぶ。

 

「天地さんは、ジャケットはあなたの発明品だって言っていたわよ!?」

『見え透いた嘘をつかないでください! そこの眼鏡の少年が訊いていたじゃないですか!?』

「ぼ、僕が訊いたのは……」

 

 指差されたキザマロはたどたどしくも、はっきりと答えた。

 

()ケットの設計図ですよ!?」

『……え?』

 

 脳内にこだまする少年の言葉を反復し、目を見開いていた。

 

 

 スバル達が天地の研究室を見学させてもらい、宇田海が装置の隙間から様子を観察していた時のこと。キザマロがおもむろに壁に掛っているあるものを指差した。

 

「それは最新の研究成果で、『ロケット』だよ? 僕の発明品だ」

「これが、ロケットの設計図ですか?」

 

 めいいっぱい広げて張り付けられているそれに見入っていた。背伸びして、小さい自分との距離を少しでも詰めようとしている。それを見て、天地はちょっと大きめのお腹を膨らませてふんぞり返る。

 パタリとしまったドアの音には誰も気付かなかった。

 

「あれ? これは何ですか?」

 

 すぐ隣に掛けられている、翼の生えた四角い機械に目を移す。

 

「ああ、これは僕の発明品じゃないんだ。さっきの宇田海君の発明品だよ?」

「へ~、どんなものなんですか?」

 

 申し訳なさそうに帽子越しに頭をかいた。

 

「すまないね。僕のじゃないから詳しくは言えないんだ。ただ、すごいってことは断言できるよ? よくできている。僕も、うかうかしていられないな」

 

 より一層お腹をふくらまして見せた。

 

 

 ゆっくりと首を振った。

 

「嘘です……そんなこと……」

『よくできている』って褒めていましたよ!?」

「嘘です……そんなの嘘です!!」

 

 

『嘘に決まっています! そうか、君達もグルなんですね!? 天地さんと一緒に、私を騙そうとしているんですね!? 騙されません! もう、絶対に騙されませんよ!!』

 

 人は他人を疑えばどこまでも疑うことになる。それは全てを知る事のできない人の(さが)なのかもしれない。

 

 

 底知れず人を信じようとしないその後ろ姿から、スバルは目を反らせなかった。

 

「宇田海さん……」

「はっ、こいつは重症だな?」

「フフフ、どうやっても無理だよ」

 

 キグナスが自慢げにキグナス・ウィングから姿を現す。おそらく負け惜しみだろう。しかし、いつでも逃げ出すための注意は怠らない。

 

「この世の本質は裏切りなんだよ。人を信じる方がバカなんだ。あの天地とか言う男はこいつを説得しようとしているみたいだけど、無駄だよ。そういう意味では僕の勝ちだね?」

「っ!!」

 

 左手を突きだし、照準を合わせる。しかし一向に打とうとしない。

 

「スバル、なんで撃たないんだ?」

「……撃ったら、確かにキグナスは倒せるよ? けど、宇田海さんは?」

「知るかよ。あんな奴」

 

 スバルの意志を無視し、光を溜め始めた。

 

「ダメだよ!」

 

 とっさにウォーロックの口を押さえつけ、左手を下に向ける。

 

「……僕は、宇田海さんに……天地さんと分かり合ってほしい」

「……ちっ! お前は本当に甘いぜ」

「フフフ、無駄な努力だよ」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべるキグナスを、ただ歯ぎしりをして睨みつけることしかできなかった。

 

 

「どうやったら、信じてくれるんだい?」

『……天地さん。あなたは私を信用していますか?』

 

 俯き何かを考えている。表情は見えない。

 

「当たり前だ。信用している」

『なら……ヘルメットを脱いでください』

「……え?」

 

 面を上げると、ニンマリとした笑みが張り付けられていた。

 

『実は、最初から酸素供給装置を動かしています。天地さんに頼まれたあの装置です』

「……あれか……」

 

 うなずく天地にミトレが質問を投げかけるので、丁寧に答えた。それでも彼女の疑惑は晴れない。ツアー客達もざわざわと騒ぎ出した。

 

「で、でも! それが本当に実用段階でも……本当に作動しているのかも分からないんですよ? 第一、私達を殺そうとしていたのに、なんでそんな……」

『ほら、やっぱり。信用できないでしょ。これが人なんです。裏切りこそがこの世の本質だから人は疑うんです! 他人なんて信用できない。信用したら、バカみたいな目に会うんです!!』

 

 しまったとミトレは唇を噛みしめた。

 

「だっ……だって!」

「……ヘルメットを……取れば良いんだね?」

 

 ざわめきをかき消すほどの、落ち着いた静かな言葉だった。

 

 

「ええ、そうです。たったそれだけのことです」

『……分かった』

 

 天地の返答に動揺していたのはスバルも同じだった。

 

「フフフ! ハハハハハ! なんて愚かな人間なんだ!!」

「う、うるさい!」

「ハハハ!! 見ているといいよ、ウォーロックに取りつかれている愚かな地球人! できるわけがないんだよ!? 虚言、疑惑、不信、裏切り……人間の醜さが見られるよ!? ハハハハハ!!」

 

 右拳をぎりぎりと握る。骨が軋むほどに。もう一度、モニター向こうの様子を見る。

 

「天地さん……」

 

 

 ルナ達も、ミトレも、ツアー客も、全ての目が天地に向けられる。興味と疑惑と心配が込められているそれを受け、天地は宇田海の目を見つめ返していた。

 

『さあ、取ってください。できるものならね。どうせ、できるわけが……!!?』

 

 天地の両腕が上がる。皆が息を飲む前で、ゆっくりと、耳元に手を運ぶ。DVDのスローモーションのように、ルナはそれを見ていた。天地に手を伸ばそうとする。早く動かない。天地よりも遅いくらいに。手はヘルメットを挟み、上へと持ちあがる。動きに合わせて届けられる衣服の摩擦音。

 一瞬遅れて、ルナの口が開く。

 ためらいを知らない腕が伸ばしきられる。肌が、漆黒の世界にさらされた。

つんざくような悲鳴が、空間に響き渡った。

 

「……ふぅ……」

「あ……あら?」

 

 大声をあげたルナの目がぱちぱちと開閉させる。

 

「確かに酸素だ。ただ、薄いな。改良の余地がありそうだね」

「しょ、所長……」

 

 安堵の声がミトレと周りから漏れた。

 

「あ、ああ……」

「良かったです」

「ちびりそうだったぜ……」

 

 ルナ達も同じだった。ぐったりと肩と首を落とす。

 

『……なぜです?』

 

 一人、違う反応を返している者に視線が集まる。彼の目が己の心中を語っていた。

 

『なぜ……なんです? もし……もし、僕が嘘をついていたら……酸素が無かったら……真空だったら……どうするつもりだったんです?』

「その時はその時だよ。それに、僕は言ったはずだよ? 君を信用しているって」

 

 呆然とする宇田海に、天地は平然と答えた。いつもの笑みに戻っている。

 

『たった……それだけのことで……』

「それに、君は科学技術や発明が大好きな人だからね? 自分が作ったものを、人を殺す為に利用するとは思えなかったんだ」

 

 

 ただ、黙って聞いていることしかできなかった。

 

『何度でも言うよ? 僕は君を信用している。だから、君も僕を信用してくれ。って、クサイかな、この台詞? ハハハ』

 

 スバルとウォーロックも同じだ。キグナスですら、声を潰されていた。

 

『……宇田海君。なんで、この世の中にブラザーバンドがあるか、知っているかい?』

「そ、そんなの……便利だからに決まっています!」

 

 目を閉じ、優しく首を振った。

 

『違うよ。ブラザーバンドがこの世に必要とされる理由。それはね……』

 

 

 

―繋がりこそが、この世の本質だからだよ―

 

 

 

「……っ!?」

 

 言葉が出なかった。

 

『宇田海君、君の過去に何があったのか僕は知っている。だから、君が世の中に絶望してしまうのも理解できる』

「あ、ああ……」

「あんなの信じちゃ駄目だ。また君を騙すつもりだ!」

 

 天地の言葉に頭を抱え込む。キグナスの口調が変わる。しかし、それに気は行かない。

 

『けどね、それがこの世の全てだなんて思わないでほしいんだ』

「違う! 裏切りこそがこの世の本質だ! それが全てだ!」

 

 天地の目はずらされることなく、こちらに向けられていた。キグナスの言葉も、何も耳に入らない。

 

『もっと、目を凝らすんだ』

「凝らすな! また、惑わされるぞ!?」

『そうすれば、見えてくるはずだよ。裏切りとは全く違う、この世界の明るい部分が……!』

「止めろ! それ以上しゃべるな!」

 

 がくがくと震えてくる口が抑えられなかった。

 

『この世界は、そんな悪い物じゃない! 君も、きっとそう思える! だから……』

「宇田海! 僕を、僕を信じるんだ!!」

「うううう……」

 

 

 

『僕の言葉を信じるんだ! 宇田海君!!』

 

 

 

「うああああああああああああああ!!!!」

 

 体が崩れて行く。白い影が体から浮き上がり、徐々に鳥のような姿へと変わっていく。キグナス・ウィングが白い光を放った。

 途端に、体が宇田海とキグナスの二つに分裂する。宇田海は膝を崩すように前に倒れ、キグナスは空へと放り出された。

 

「ば、バカな!?」

 

 ありえない。脆弱な地球人がFM星人を退けるなど。

 

「そ、そんな……こんなことが……?」

「よそ見している場合か!?」

「はっ!?」

 

 茫然としていたキグナスが振り返ると、既にウォーロックの頭がこちらに向けられていた。待ってましたとばかりに、二人はめいいっぱいに凝縮した光弾をお見舞いした。

 緑色の光の塊が、眼前に迫り来る。

 

「ギャーーーーー!!!」

 

 撃ち抜かれた場所から粒子へと変わって行く。キグナスの体はバラバラになり、消滅していった。

 

「へっ、ざまあみやがれ!」

 

 スバルもふぅと一息をつき、うつぶせに倒れている宇田海を見た。

 

『宇田海君! 大丈夫かい!?』

『宇田海君!?』

 

 天地と、側にいたミトレが懸命に呼び掛けてくる。騒ぎが大きくなる前に、ロックマンもその場を後にした。

 早くスバルとウォーロックに戻り、皆と合流しなければならない。空っぽになっている宇宙服が見つかる前に。

 

 

それから数時間後。

 

「ええっ!? わ、私がそんなことを!?」

 

 医務室へと運ばれた宇田海は目を覚ました。以前、スバル達が車の電脳世界で闘ったジャミンガーと同じく、自然と現実世界に戻ることができた。

 しかし、記憶のあちこちが飛んでしまっているらしい。天地達からの質問を信じられないという目で聞いているほどだ。

 

「そうか、覚えてないか……」

「覚えていないで済むか!?」

 

 肩幅の広いスタッフが宇田海に掴みかかる。天地は許してもこの男は納得していないようだった。尊敬する天地を危険な目にあわせたのだから当然だ。

 他にも似たような反応を示す者もいれば、天地の気を汲んだ者もいる。今、宇田海に手を上げようとしたこの男を必死に取り押さえようとしている二人、ミトレと医務室専門の男性スタッフがそうだ。

 結局、もうしばらく休んでもらうことにし、天地は部屋を後にした。

 

「天地さん……」

「なんだい?」

「ぜ、全然記憶が無いのですが……この言葉だけは覚えています……」

 

 

 夕方といえば人々が自宅へと帰り始める時間だ。都会はそうでもないらしいがこの町ではそうだ。よって、スバル達もこの場所を去るところだ。

 

「おじさま、今日はありがとうございました」

 

 ルナにならって、ゴン太とキザマロも頭を下げる。

 

「いや、すまなかったね? あんなことになってしまって……」

「そんなことないですよ! 色々勉強になりました!」

「そう! 満足満足! 流星饅頭最高!!」

 

 がっくりと二人はため息をついた。

 

「ゴン太らしいわね?」

「らしいですね?」

「ハハハハ」

 

 そんな四人の様子を、スバルは数歩離れた場所で黙って見ていた。

 

「それじゃあ、また遊びにおいで」

「はい! それでは」

 

 ルナを先頭に、トリオがいつものフォーメーションで歩き出す。それを見送りながら、天地はスバルの肩に手を置いた。

 

「繋がりこそ、この世の本質」

 

 宇田海に言ったことと同じ言葉だ。

 

「実はね、これはある人に教わった言葉なんだ。誰だと思う?」

「……さあ?」

 

 見当もつかないと返す。

 

「NAXA時代の僕の先輩。僕が一番尊敬している人さ」

 

 視線はスバルではなく別の物を見ている。たどって行くと、アマケンシンボルのアマケンタワーが視界の中央に入った。

 

「っ! まさか……」

 

 察したスバルにこくりと頷いた。

 

「そう、君のお父さんだよ」

 

 先ほどまで天地が見ていたアンテナを見た。

 

「どうだろう? 君の心にも届くと良いけど……」

 

 今も父親を探してくれているそれは日を浴び、オレンジ色に照らされていた。父が残してくれた言葉。天地を介して伝えられたこの言葉。スバルはただ聞き流して良いとは思えなかった。

 

「父さん……僕は……」

 

 それ以上は続かなかった。ゴン太の太い声がする。

 

「おーい!」

「何してるんですか?」

「おいて行くわよ!?」

 

 振り返ると、ルナとキザマロも含め、三人が手を振っている。

 

「じゃあ、天地さん! さようなら!」

「ああ、母さんによろしくね?」

 

 お別れの言葉を言って、慌てて走り出した。

 

「ちょっと、待ってよ!」

 

 

 

 

 あれ? なんでだろう? なんでこんな事を言ったんだろう? それに……足がいつもよりも、軽いや


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