流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第二十一話.本当の来襲

 アマケンのシンボルがロケット型のアンテナなら、目玉施設は疑似宇宙空間と言える。

本物の宇宙服を着て、重力も酸素も無い真っ暗な空間を浮遊するツアーだ。そこに、スバル達はいる。

 案内役のミトレと言う名の女性スタッフに連れられ、展示品となっている惑星の模型を見て回る。

 

「さて、ここで問題! この土星のワッカは何でできているのでしょうか!?」

「ハイハイ! 大きいドーナッツ!」

 

 爆笑が起きる。スバル以外のお客さん達が、ゴン太の可愛らしいとは言い切れない回答に笑っていた。その横で、ルナが困った顔をし、キザマロが苦笑いをする。いつものトリオの光景だ。

 代わりにと指差されたのはスバルだ。周りの目が一斉に向けられる。大勢の人の前にさらけ出されるなど、不慣れな事だ。

 

「え、えと……塵や氷が集まっていて、それが輪のように見えています……だったかな?」

 

 宇宙大好き少年のスバルには簡単すぎる問題だったが、たどたどしく答えた。

 

「お見事! 大正解です!」

 

 途端に称賛の声が上がり、簡単な拍手が起こる。

 

「やるじゃないの!」

「流石ですね?」

「見直したぜ!」

 

 ルナ達も次々とスバルを褒めていく。別段、悪い気持ちはしなかった。説明を終えて、次の惑星へと案内される。スバルも付いていき、移動するわけだが、肩に置かれた天地の手に首を曲げた。

 

「どうだい、楽しいかい?」

「……え? そ、そうかな……?」

「ふふ、大分良い笑顔になったよ?」

 

 天地とは正直言ってあまり自分とは関係の無い人だ。父親の後輩だったらしいが、ただそれだけだ。

 家族ではない赤の他人。ただのおせっかいなおじさんだ。

 でも、それは最初の話だ。今は違う。悪意の欠片も無い笑い顔を見ると、照れくささが出てしまった。そうしている内に、次の展示品に追いついた。

 

「さて、次は……」

「私がショーを見せてあげますよ?」

「……え?」

 

 和やかな雰囲気はたったの一言でかき消された。ざわめきが参加者達に広がり、きょろきょろとあたりを見回す。パニックにならないよう、ミトレは制止しようとするが、遅かった。一人が指差した先を見て、彼女の思考までもが停止してしまったからだ。

 皆がその一点に釘づけにされ、息を飲み込んだ。

 

「宇田海君!?」

 

 この部屋の中央に設置されている投影装置。疑似宇宙空間をより宇宙に似せるための役割を果足している丸い球体だ。球体を支えるように、ディプレイと操作パネルが取り付けられている。それの一番上に天地の助手の宇田海が立っていた。

 それだけならまだ普通の光景だ。しかし、常識から逸脱した彼の姿が、怖れを放っていた。この空間で、宇宙服を着ずに生きていられる人間などいないのだから。

 

「宇宙服は!? なぜ無事なんだい!?」

 

 落ち着けと自分に言い聞かせていた。しかし、自分の意識はなかなか思い通りに行かない。生気を感じさせない、その代わりに憎しみのみが込められたその目は、人の物とは思えない。それが、天地の精神を不安定にさせる。

 

「そんな物いりませんよ。私はアナタのおかげで生まれ変われたんですから。アナタに裏切られたおかげでね?」

 

 宇田海から天地へ視線が移された。ツアー参加者達が所長を指差し、ひそひそと疑惑を口にしている。

 

「裏切った? 生まれ変わった?」

「裏切りは心当たりがあるでしょう? そして……生まれ変わった私を見せてあげます!」

 

 宇田海の細長い左手がまっすぐに上に掲げられる。

 

「電波変換 宇田海(うたがい)深佑(しんすけ) オン・エア!」

 

 まばゆい白い光が宇田海の全身から発せられた。

 

「で、電波変換だって……!?」

「スバル、おいでなすったぜ!」

 

 スバルの目の前で起きた現象。自分とウォーロックとの間で行われている物と同じだ。

 光が収まった時、中から現れたのは……怪人だった。青色がメインとなった服装に、頭には白鳥の頭を模したかぶり物。なにより、背中には白い翼が大きく広げられていた。

 鳥人間。おそらく、彼を見たときに誰もが持つ印象だろう。

 

「キグナス・ウィング。僕の新しい名前です」

 

 次々と起こるあり得ない現象。混乱に陥ったツアー客達が我先にと出入り口のあった地球の模型に殺到していく。案内役もあたふたとするばかりだ。

 しかし、鍵がかかっているらしく、押せど引けども開く気配が無い。ルナの指示で、ひと際質量のあるゴン太がやってみるが、びくともしない。

 そんな彼らをよそに、天地は宇田海だった人物と向き合う。

 

「宇田海君? その格好は?」

「言ったはずです。僕は生まれ変わったんです。その力を見せてあげます。いきなさい、シタッパー!」

 

 キグナス・ウィングが両手を上に仰ぐと、どこからともなく、黄色のひよ子のような鳥達が現れる。数は十は下らない。悲鳴を上げる観客達へと襲いかかって行く。

 ルナが両手をめいいっぱい前につき出す。それがシタッパーを押し返すはずだった。手をすり抜け、体を通り抜け、途中で消えてしまった。

 他の客達も同じだ、次々とひよ子達に襲われるものの、人体に危害を加えることなく姿を消していく。

 そして、天地とスバルにも。

 

「宇田海君、何をしたんだい?」

「あまり騒がない方が良いですよ? あっという間に……無くなりますから?」

 

 ざわめく客達をよそに、冷静に対処しようとする天地だからこそ分かった。気づけた。彼の責任感が肺から一気に空気を吐きだす。

 

「皆さん! 呼吸を落ちつけて! 体を動かさず、浅く呼吸してください!」

「ばかやろう! 落ち着いてなんていられ……」

「酸素が無くなります!」

 

 反論しようとした若い男性客を声で押さえつける。

 

「彼は、私たちの酸素ボンベに細工をしたんです! どういう理屈かは分かりません。しかし、その可能性が高い」

 

 天地はキグナス・ウィングに視線を移した。キグナス・ウィングは不敵な笑いを浮かべ、気持ち程度の拍手を返した。

 

「正解です。さすが、人を騙すだけあって、心を読むのが得意ですね」

 

 その言葉に、また一同はパニックに陥る。司令塔を失ったアリ達がバラバラになるように、逃げまどうように。しかし、またも天地が大きく叫ぶ。今度は案内をしていたミトレも止め、ルナもゴン太とキザマロに指示を出し、それを手伝おうとする。

 

「大丈夫です! 異常を感じた外のスタッフ達が救援に来てくれるはずです。今は、私の言うとおりに呼吸をしてください」

「天地さん、あなたは甘いですね。それでどれだけ持ちますか? 皆ここで窒息死すると言う運命に変わりはありませんよ?」

 

 不安を煽る。それに、天地とさっきのスタッフが冷静に対処していく。

 

「皆さん、落ちつ……うぅ……」

「所長?」

 

 天地の様子に、ルナが気付き、そばへ寄る。

 

「……いい人のふりをして、大声を出すからそんなことになるんだ。もう酸素が無くなってしまいましたね」

 

 キグナスの言うとおり、天地は青白い顔をし、目を見開いていた。呼吸が段々浅く、早くなっていく。

 

「皆さん! 落ち……着いて……ください……。僕、みたい……なり、たく……」

「所長さん、もうしゃべらないでください」

 

 天地の声が聞こえなくなる。ハァハァと言うか細い呼吸音だけだ。それをみて、ようやくツアー客達の混乱が収まり始めた。自分に襲いかかる顛末をみて、汗が冷えたのだろう。結果的に、皆を落ちつける形となった。

 その様に満足したのか、キグナスの体が白い光に変わり、投影装置へと入って行く。暗くなっていたディスプレイが光ると、中にはキグナス・ウィングの顔が浮かび上がる。

 

「僕はここからゆっくりと眺めさせていただきます。皆さんが苦しみ、もだえる様子を。さあ、天地さん、踊ってください。死のダンスを」

 

 静かに響く、背筋が凍りそうな声。自分達の命を握っていると語っていた。

 

「宇田海、君……なぜ? 僕が裏、切った……って?」

「まだごまかすつもりですか?」

「は、話して、くれ! きっと、誤解、だ……」

「そうやって……そうやって、心配するふりをして私を騙すんです……もう、騙されない!」

 

 それでも、決死の思いで訴えかける天地の言葉。しかし、キグナスに……宇田海には届かない。

 一連の流れを、スバルは展示されている惑星の一つの裏から見ていた。ウォーロックの手には大きなタンコブをつけたシタッパーが握られている。

 

「スバル、やるしかねぇぞ?」

「……ぼ、僕がやるの?」

「シタッパーを消滅させるには、キグナスを倒すしかない」

「……こ、恐いよ……」

「状況を良く見てみろ」

 

 天地が苦しそうにしている。いずれ、ここにいる皆もそうなる。そして、逃げたとしても、あのFM星人がウォーロックを狙っている限り、いずれは戦うことになる。

 

「なんで、僕ばっかりこんな目に……」

「行くぜ!」

「……」

 

 天地をもう一度見る。女性スタッフとルナが心配そうに覗きこんでいる。どうやら、かなり危険らしい。

 頭を振って、左手を持ち上げた。

 

「電波変換 星河スバル オン・エア!」

 

 一着の宇宙服が、展示品の影に隠れて漂っている。中身が無いそれの存在には、誰も気づかなかった。


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