流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第二十話.この世の本質

 天地研究所。通称アマケン。元NAXA職員だった天地が立てた研究所だ。高い技術力と、豊富な研究成果で、NAXAとの共同プロジェクトを手掛けたり、サテラポリスから捜査協力を依頼されるほどだ。

 そんな研究所が、観光客相手に作った展示品。好奇心旺盛なこの年頃の子供達を夢中にさせる。無料で招待してもらったスバル達4人は一つ一つを丁寧に見て回る。

 

「おお、すげぇぞこれ!」

「うわあ……感激です!」

 

 ゴン太とキザマロは目の前で動く何かに興味津々と行った感じだ。行儀が良いとは言えないだろうが、目の前の展示品は子供心をこれでもかとくすぐる。

 

「おい、スバル! お前も見てみろよ!」

「う、うん」

 

 首根っこを掴み、小柄なスバルをひょいと片手で持ち上げる。

 

「あれ? もしかして、スバル君は、あまり興味がないのですか?」

「いや……宇宙は……好きだよ?」

「お、そうなのか?」

「じゃあ、あっちのあれ! 書いている内容分かりますか?」

「う……うん、これは……」

 

 男二人に挟まれ、ゆっくりする暇もなく次々と連れ回される。大好きな宇宙について二人に解説するものの、めんどくささが先に来てちょっと憂鬱そうだった。

 ちなみに勤勉なルナは、男二人のテンションについて行けず、一人で見て回っている。しかし、三人が必ず視界に入るように移動する速度は合わせている。いざというときは注意するつもりだろう。この辺が、彼女の責任感の強さを表している。

 そんな四人の様子を、天地は少し離れたところで見守っていた。

 

「これは? これはどういう意味ですか!?」

 

 キザマロも知識を吸収するのが好きな少年のようだ。次から次へと、興奮を隠しきれないように質問してくる。スバルもだいぶ慣れたようで、先ほどよりも丁寧に答えてあげていた。

 しかし、ゴン太だけは二人から距離を置いた。お腹が減ったのだろう。興味が薄れてしまったようでいる。

 

「腹減ったな……」

 

 ポケットに手を突っ込んで、お菓子を取り出した。それを口に放り込もうとした時だった。

 

「ちょ、ちょっと!」

「え?」

 

 一人の職員が駆けつけ、ゴン太に注意を促した。

 

「こ、ここは飲食禁止です。お菓子をしまってください」

「ゴン太、どうかしたの?」

 

 ルナが騒ぎを聞きつけ、駆け寄ってきた。

 

「お、宇田海君じゃないか。どうかしたのかい?」

 

 騒ぎを聞きつけ、天地が駆けつけてくる。スバルとキザマロも後に続く。

 

「こ、この子が、お菓子を食べようとして……」

「ゴン太、あんたが悪いわ!」

「……ごめんなさい」

 

 駆けつけた時には、ゴン太が素直に謝罪しており、お菓子をしまっていた。ゴン太に注意をした長身の職員に、スバルは見覚えがあった。

 

「……あ、宇田海さん」

「え? あ、ああ……えっと……スバル君でしたか?」

「あら? スバル君、知り合いなの?」

 

 ルナが尋ねてくる。どう返事をしたら良いか分からず、スバルは返答に困ってしまった。

 

「ちょうどいい、皆にも紹介しておくよ。彼は宇田海君。僕の助手だ」

 

 天地に紹介され、宇田海は高いところにある頭を気持ち程度に下げた。

 

「助手と言うことは、すごい発明とかしているのですか?」

 

 キザマロの言葉にぎくりと反応する。体が縦に大きいのですぐに分かる。

 

「あ、あの……僕はこの辺で……他にも仕事ありますし……」

「そうかい? ありがとう」

「い、いえ……そ、それと、この前頼まれた『酸素供給装置』の取り付けが終わりました。実験結果は上場です。実用には充分だと思います」

「なら、今日から使えるね?」

「……ご、誤作動が起きる可能性が、あるかもしれません。な、何度か実験して、安全性を確かめたほうが良いかもしれません……」

「ふむ……なら、まだ稼働はさせないでくれ。今日の夜にでも、また実験してみよう」

「は、はい……それでは……」

 

 スバル達には分からないが、どうやら仕事の話らしい。簡単な報告を済ませ、宇田海は近くの装置の点検へと向かって行った。

 

「所長さん、俺腹減った……」

「ハハハ、元気が良いな。でも、食堂は十一時からだから、後三十分後だね?」

 

 三十分。食いしん坊なゴン太には途方もない時間だ。絶食しろと言われているようなものだ。

 

「ええ!? そんな~!」

「ゴン太! 所長さんが、せっかく案内してくださっているのよ! 失礼でしょ!?」

「う、うう……」

 

 小学生の失礼などかわいいもの。天地はそう思っているのだろう。素直なゴン太とお説教をするルナのやり取りを見て、豪快に笑っていた。

 

「すまないね、もうちょっと待ってくれよ?」

 

 天地の優しい対応を見ても腹は膨れない。食事を愛するゴン太は、胃袋の訴えを受けて涙目だ。

 

「……そうだ! 後で僕の研究室を見せてあげよう!」

「ほ、本当ですか!?」

 

 声をあげたのはキザマロだ。ゴン太は「そんな事よりも」と言いかけ、ルナに足を踏まれた。スバルも興味があるようで、天地が次に何をい出すのか気になっている様子だった。

 それを聞いているのがもう一人。すぐ近くで作業をしていた宇田海だ。

 

「ああ、最新の研究成果もあるんだ。特別に見せてあげるよ」

 

 手が止まる。助手である宇田海の研究成果は、天地の研究室に保管されている。まさかという疑惑が心臓を直接掴まれたかのような痛みを与える。

 色々な意味ではしゃぐ、賑やかな小学生四人を引き連れ、天地は得意げにその場を後にした。

 

「だ、大丈夫だ……天地さんは違う……はず……」

 

 

 十一時になり、ゴン太が吠え、ルナが唸り、食事の時間となる。それぞれの食事を終えた時、天地がここのお土産名物を持って来てくれた。流星饅頭というそれを、もちろんゴン太が口に頬張る。しかし、スバルにはちょっと手が伸びなかった。

 

「あら? スバル君は甘いのが苦手なのかしら?」

「……嫌いじゃないけれど……カレー食べた後だから……」

 

 白いトレーの脇には、大嫌いなニンジンがしっかりと避けられている。

 

「おいしいですよ?」

「ぶわなぎゃぞんだじょ!」

「ゴン太、食べながらしゃべるのはやめなさい!」

「ちなみに、僕の解析では、今のゴン太君は『食わなきゃ損だぞ』と翻訳されます」

「いつも通りの解説、ありがとうキザマロ」

 

 スムーズな3人のやり取りだ。

 

「キザマロ君は、ゴン太君の解説役なんだね?」

「はい。分析と調査ならお任せください」

 

 小さい胸をグンッと張ってみせた。体は小さいが、情報収集力と解析能力は高い。ゴン太とは対称的な面でルナ学級委員長を補佐するのが彼の役目だ。

 しかし、今の微細な変化には流石に解析できていなかったようだ。

 

「と、言うわけで、水を汲んできますね?」

 

 横目で隣の巨漢を見ると、その数秒後にゴン太の顔が青くなる。どうやら、喉に詰まらせたらしい。

 

「私も行くわ。スバル君もいる?」

「あ、ありがとう。委員長さん……」

「委員長で良いわ」

「あ……なら……委員長……」

 

 それに気付いているのかいないのか、天地は四人のやり取りをただじっと見守っていた。彼の顔から笑みが消えることはなった。

 

 

 食事を終えて、天地の研究室へと足を踏み入れる。大小の大きな装置が並べられ、機械の部品やスパナなどが床に置かれている。どうやら、片付けもそこそこに作業を進めているらしい。研究者の忙しさを物語っていた。大きなモニターが設置され、その周りにもパソコンなどの機械が並んでいる。本棚には難しそうな本が並べられており、中にはアメロッパ語で書かれているものもある。

 その向かいの壁には、なにかの設計図が貼られている。隣には、宇田海の発明品、『フライングジャケット』が掛けられていた。

 装置を見て、訳が分からないと言う顔をしているゴン太のそばをスバルは通り抜ける。その時、巨大モニターの脇にある一枚の絵に目が止まった。

 

「あの……これ……?」

「それかい? 僕が三日徹夜した時に見えたんだ! 妖精か何かかな? それを描いたんだけど、結構かわいいだろう?」

「そ、そうですね……」

 

 トランサー内でも、ウォーロックが笑いをこらえているのが分かった。カタカタとちょっと動いている。スバルもあいまいな笑みを浮かべながら、ビジライザーをかける。描かれた自分の姿を見て、楽しそうに笑っているデンパ君達がいた。

 そんな様子を、宇田海は大きな装置の隙間から見ていた。作業から戻ったら、偶然この場と遭遇したのだ。疑ってはいけない。天地を信じる。そう決めたはずなのに、いざとなると、足が動かなかった。聞き耳を立て、こそこそと隠れてしまっている。

 

「あれ・んで・か?」

 

 キザマロが壁の一面を指差している。どうやら、何かについて質問しているようだった。壁の位置を見てぎょっとする。装置の隙間からでは見えないが、そこは、自分の発明品がある場所だ。おそらく、キザマロは自分の装置について質問している。

 

「そ・・、最新・発・品で……、」

 

 おそらく、『最新の発明品』と言っている。自分の発明品も最新のものだ。目を少し横に動かす。目元は見れないが、天地の鼻の途中から腰辺りまでが見えた。すこしずつ、彼の目に疑惑が含まれ始める。

 

「『・ケット』だよ」

 

 『ジャケット』。確信した。自分の発明品だ。心音がどんどん大きくなっているのが分かった。頬を伝う汗が冷たく感じる。

 

「僕の発・品・よ」

 

 身を引き裂かれるような言葉だった。天地は、彼の目の前で断言したのだ。

ジャケットは自分の発明品だと。自慢げに話す天地の口が、悪意に満ちているように見えた。少なくとも、今の宇田海には悪そのものだった。

 

 

「お、同じです……これじゃあ、あの時と同じです……」

 

 屋上で一人、宇田海は空を見上げていた。そこに映るのは、以前の上司に裏切られた日のこと。そして、先ほどの出来事。

 先日、自分にブラザーバンドを結ぼうといってくれた天地に向かって、宇田海は力のない声で訴える。

 

「『信用している』と言ってくれたじゃないですか……? ブラザーになろうと、笑ってくれたじゃないですか……? だから、私も信用しようとしたのに……」

 

 記憶の天地から答えは返ってこない。彼の悲しみだけが、ただ広い世界に無情に吸い込まれ、消えていく。

 

「だから言っただろう? 『誰も信用なんてしちゃいけない』って」

 

 見計らったように、そいつは再びその場に現れた。

 

「これで分かっただろう? 裏切りこそがこの世の本質なんだよ」

「……キグナス……すいません、私が間違っていました……」

 

 ほくそ笑んだ。あの疑い深い彼はもうどこにもいない。もう誰も信用できない。できるのは、友人だと言い聞かせて来たこの得体のしれない異星人のみ。

 ようやく機会が来た。

 

「あの天地と言う上司に……君を裏切った奴に、罰を与えてやろう?」

「私が……天地さんに……罰を?」

「フフフ、心配はいらないよ。さあ、宇田海。僕を受け入れるんだ!」

 

 雄大に両翼を広げると、宇田海は恐る恐ると両手を小さめに広げた。キグナスの体が白の塊に変わり、宇田海の中へと吸い込まれていった。

 

 

 宇田海の中。心を司る場所。一心同体となったキグナスは、そこに侵入した。

 ゆらゆらと歪み、形を変え続け、いつ崩れてもおかしくないその不安定な世界は、人の心そのものだ。今、この世界の色は黒と紫が混ざったようなものだ。常に配合の比率が変わっているようで、色彩に変化が出ている。

 

 

 イヤダ……ウラギリナンテ……ダレモシンヨウデキマセン……

 

 

 中央に、周りと呼応するように色を変える小さな球体が一つ。いや、これに合わせて、周りが変わっている。そこから声は上がっていた。宇田海の心理そのものだ。小さいそれは、体の持ち主の心そのもの。ガラスの用に脆そうだ。

 

「大丈夫だよ。君は、ただ僕の言うことを聞いていれば良いんだ……フフ」

 

 それを前にして、キグナスの目が鋭くなり……躊躇なくそれを破壊した。赤黒い破片が飛び散り、霧散した。

 

「フフ……フハハハハ!!」

 

 心を破壊され、自我の制御を失えば、もはや人間ではない。FM星人の傀儡にすぎない。

 憎しみは憎悪へ。憎悪は復讐へ。宇田海を導く。陥れる。

 

 

「大丈夫だよ。僕は君の理解者だ。僕にまかしておくんだ」

 

 感情の見えない不気味な目で、宇田海はただ一度、首を大きく縦に振った。


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