流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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2013/5/3 改稿


第十八話.信用

 僕はできる限り、呼吸をゆっくりと吐いた。これが、多分一番呼吸音を落とせる方法だと思ったんだ。ロッカーは思ったよりも薄い鉄板で作られているみたいで、ちょっと体重をかけるとガコンと音が鳴ってしまいそうで怖い。ビジライザーが邪魔で、うまく覗けない。仕方ないから、一度それを外して、ポケットに突っ込む。

 もう一度、落ちて来た鳥人間を観察する。茫然とたたずんでいる。ロックも警戒しているみたいだ。緊張が左手から伝わってくる。いつでも電波変換できるように、トランサーをギュッと握りしめる。

 ちょっとだけ、心が落ち着く……なんでだろうね? 観察を再開するよ……って、動いた! 花畑から出てきて、翼を……

 

「え?」

 

 スバルが見ている目の前で、観察対象は翼を取り外した。よく見ると、翼は彼の背中から生えているのではなく、『翼を取り付けた機械』を背負っていただけだった。深い溜息と共に、それをそっと地面に置く。

 

「なんで安定しないんだ? すぐに落ちてしまう。最低でも、ここからアマケンに行けるぐらいの飛行距離は欲しいのに……。何が悪いんだ? 翼の動きはほぼ完ぺきに再現しているはずなのに……」

 

 ブツブツと何かを呟いている。年齢は二十代半ばぐらいだろうが、それにしては少々声が高い印象を受ける。

 

「なんだよ。ただの地球人か……紛らわしいな」

「普通? ……の人、みたいだね?」

 

 少し失礼な言葉が出そうになり、それをごまかす。

 男は目元に大きなクマを持った彼は高い身長と、スバル以上に細い体のせいで、非常に貧弱そうに見える。よく見ると、彼の青い服装はどこか見覚えがある。どこかの制服のようだ。彼の左胸には文字が刺しゅうされている。

 

「AMAKEN?」

 

 聞き覚えがある単語に思わず声が漏れた。

 

「だ、誰ですか!?」

 

 気付かれ、目が合ってしまった。何か悪い気がして、物陰から身を出す。

 

「い、いや、えっと……珍しい物を見て……それ、なんですか?」

「っひ!?」

「ひ?」

「うあああ!!」

 

 翼が生えた機械を指さすと、半狂乱のような悲鳴を上げて取り出した袋に放り込んだ。それを必死に抱きこむ。ただ、見たことのない機械を指差しただけなのに涙目になっている。

 

「み、見ないでください!」

「……え?」

「こ、これは誰にも見られたくないんです! お、お願いですから、今見たものは、わ、忘れてください!」

 

 コンビを組んでから初めて二人は同じことを感じた。変わった人だと。とりあえず、あまり深く追求しないほうが良さそうだ。

 

「えっと……スイマセン」

「あ……い、いえ、こちらこそ……お、お騒がせして、スイマセンでした」

 

 長身の男は、自分が謝罪していないことに気づき、すっくと立ち上がって頭を下げた。細身と思っていたが、予想以上だ。爪楊枝が折れたら、ちょうどこんな感じだろう。

 

「スバル、こいつは何をしていたんだ?」

 

 ひそひそとロックが話しかけてくる。この長身の男が何をしていたのか気になるらしい。スバルも気になっていたところだ。見られたくないと言っている物を見るわけではないので、訊いてみても良いかと思い、尋ねてみた。

 

「あの……」

「は、はい?」

 

 スバルは人と話すのが苦手だ。そんな彼が初対面の人に質問する。かなりハードルが高い内容だ。オドオドと視線を逸らしながら、言葉を搾り出した。

 

「……何をしていたのかなって……」

「え、えっと……じ、実験です。こ、この展望台……ひ、昼間なら、人がいないと思っていたんですが……」

 

 スバルの質問に、長身の男も視線を逸らしながら答える。少年と大人が目を逸らしながら、たどたどしい会話をしている。ちょっと見慣れない光景だった。

 ただ、実験と言う言葉に科学が大好きなスバルは興味を示してしまった。

 

「……実験? どんな実験なの?」

「あ、あの……それ以上は聞かないでください?」

「え?」

「い、いやなんです。他人に、自分の発明とか実験とか知られるのって……」

 

 どうやら、彼は科学者か発明家らしい。相手が嫌がっているのだ。スバルもこれ以上踏み込むことはやめた。ウォーロックも興味がなくなったらしく、静かになっている。

 

「お~い、宇田海(うたがい)く~ん!」

 

 のんびりとした低い声が、その場に入り込んできた。声の大きさからすると、おじさんのものだ。振り返ると、小太りの男性が階段を上がってきたところだった。

 

「あ、天地さん?」

「あれ、スバル君じゃないか?」

 

 先日、ビジライザーをくれた、天地だった。元NAXA職員で、スバルの父親の後輩だ。階段を上りきり、笑顔を絶やさずにこっちに歩いてくるのが見えた。

 

「天地さんは……この子と知り合いですか?」

「ああ、大吾先輩の息子さんだ。二人とも、顔見知りかい?」

「い、いえ……今会ったところです」

 

 言葉を詰まらせるように話す長身の男に対し、天地は気軽に返す。宇田海と呼ばれた彼は今も何かに怯えたように背中を丸めている。

 

「そうそう、調査資料がそろったから、そろそろ戻ろうと思うんだが……」

「わ、私、先に車に戻っています! お邪魔でしょうから!!」

 

 さっきの謎の機械を抱え、一目散に走り出す。あっという間に姿が見えなくなった。意外と足が速いらしい。

 

「……なんだったんだろう、あの人……」

「すまないね、宇田海君は人と話すのが苦手でね。ちょっと疑り深いけど、良い奴だよ」

「……そうですか……」

「彼は僕の助手でね。アマケンの優秀なスタッフなんだよ。僕と同じ、元NAXA職員なんだ」

「……ヘェ……」

 

 興味ないため、適当に返す。今更に、先ほどのAMAKENと言う文字の意味を思い出した。

 天地が運営している天地研究所のことだ。ちょっと田舎気味な、ここコダマタウンの数少ない観光名所だ。

 

「それにしても、スバル君も元気そうで何よりだ。学校には行けるようになったかな?」

 

 嫌な話題を振られ、無視を決め込んだ。

 

「やっぱり、そんな直ぐには行けないか……よし! 今度の土曜日、僕の研究所に遊びに来ないかい?」

「え……いや……」

 

 三十歳前後なのに、無邪気さを感じさせる笑み。脅されているわけでもないし、悪意など一切込められていないのに、なぜかものすごく断りにくいオーラが出ている。

 

「宇宙について深く研究しているんだ。『疑似宇宙空間』っていう施設もある。うちの目玉展示物でね、宇宙服を着て、無重力を体験できるんだ。面白いよ! きっと君も楽しめると思うんだ! それに、見せたいものもあるんだ!!」

 

 スバルの興味を熟知しているのか、的確なところを突いてくる。天地の人懐っこさと言葉だくみさ。スバルの嫌とは言えない気の弱さと宇宙へのあこがれ。断りきれる要素などまるで無い。行きますと口が動いてしまった。

 

「決まりだな! じゃあ、楽しみにしているよ?」

 

 スバルに一番の笑みを見せて、天地は展望台を後にした。後には、重いオーラを発するスバルが取り残された。なぜか体が重く感じる。

 

「ねぇ、ロック……電波変換したら、あっという間に家に帰れるよね?」

「電波変換は道具じゃねぇ。って言うわけで却下だ」

「……ケチ!」

 

 だから気付かなかった。物陰から発せられる、眼鏡の光に。

 

 

 天地はトランサーにナビカードを挿入し、車内のモニターに転送する。と、車が動きだした。車の運転専門のナビが、人間に代わって操作している。自動走行という奴だ。今はこれが主流。

 一応、天地がいつでもマニュアル操作できるようにハンドルを握っているが、彼が運転することはまずない。その助手席には先ほどの宇田海が座っており、渡された資料に目を通している。

 

「こ、これが、この前の公園で起きた事件の捜査資料ですか?」

「ああ、信じられないくらいのZ波が検出されたよ」

「……た、確かに……」

 

 ぱらりと次の資料に目を移す。

 

「サテラポリスの依頼で、これを調べることになっているんだ。君にも手伝ってもらうけど、良いかい?」

「……はい……」

「……あ、しまった。君には別に頼みたい仕事があったんだ」

 

 ハンドルから両手を離し、頭をかいた。別に危ない行動ではない。自動走行なのだから。

 

「施設の『疑似宇宙空間』なんだが……やはり、雰囲気よりも、安全面を優先させようと思うんだ。今のあの施設……稼働したら、重力どころか酸素が無いだろ? 何かの拍子でマスクが取れたりしたら、大惨事になる。だから、酸素を供給する装置を作って欲しいんだ。できれば……土曜日までに」

「……わ、分かりました」

「ありがとう。助かるよ」

 

 宇田海は資料を戻し、トランサーを開いた。自分の研究資料をいじくっているようだ。『フライングジャケット』という項目の他に、『酸素供給装置』を新たに作成する。それが終われば、すぐに参考資料の検索を始めている。まじめで仕事熱心な事がうかがえる。

 

「……なぁ、宇田海君」

「な、なんですか?」

「突然なんだが、僕とブラザーを結ばないかい?」

「……え?」

 

 驚いた顔で天地を見た。いつも通りの、優しそうな顔で天地も振り返る。前方不注意かもしれないが、これもナビが運転しているので問題ない。

 

「知り合ってからずいぶんたつのに、僕達はお互いのことをほとんど知らないだろ?」

「わ、私は……別に……」

「お互いを知ることは大事だと、僕は思うんだ。そこから信用が生まれて、普通じゃできないことだってできるようになる」

「…………」

 

 宇田海は何も話さず、ただ沈黙を保っている。トランサーのブラザー一覧を開く。スバルの物と同じく、そこには誰の顔も名前もない。

 思い出したくない記憶が脳裏をよぎる。

 

「ぶ、ブラザーなんて……信用できるから結ぶものでしょう? あ、天地さんの理論から言うと、手順が逆ですよ?」

「良いじゃないか、逆でも。相手を知ること、相手を信用することから始めるブラザーだって、あっても良いと思うんだ。人は相手の全てを知れないし、自分で自分に気づけないこともある。何年もブラザーをしていて、初めて互いに気づけることがあるなんて良くある話しだよ。今結ぶのも、後から結ぶのも大差ないはずさ。そこから、互いを互いに知って行けばいい」

 

 宇田海は何も返さなかった。長めの髪が眼のクマまで隠しているため、表情が見えない。

 早かったかなと天地は前方に目を戻した。しかし、それはすぐに横に向く。

 

「……い、良いですよ?」

「お、本当かい!?」

「……ええ……ブラザーを結んでください」

 

 おどおどする宇田海に、人を惹きこむような笑みを返した。

 

 

 AMAKENと書かれた表札が掲げられている。その門を一台の車が通り過ぎる。

駐車すると、中から二人の男が出てくる。小太りの男と。対称的にやせ細った男だ。すぐ近くの建物へと入って行く。

 その様子を、屋上から見下ろしていた。

 

「……フフフ……」

 

 白い鳥のような、しかし、明らかにそれでは無い何かが、鋭く赤い目を細めた。


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