流星のロックマン Arrange The Original 作:悲傷
第十七話.来襲
スバル達が住むコダマタウンにお情け程度の明りが灯り始める。辺りは暗く、街灯と家から漏れる光が町に静かな夜を奏でている。それとは対照的に、闇に逆らう町がある。
その名はヤシブタウン。コダマタウンが郊外だとすると、ここは大都会に分類される。若い男女の隣をスーツ姿の男性がすれ違い、そのわきの道路では
クラックションを鳴らして車が通り過ぎる。あるビルの大スクリーンの中では、ピンク色の服を着た少女が堂々と歌っており、道行く人々がそれに耳を傾ける。
色とりどりのネオンで化粧を施されたこの場所で、集った者達は夜の時間を、思い思いに楽しんでいる。これが、闇のない街だ。
まぶしすぎるその光景を見下ろしている影が一つ。この街の広大さに比べてはるかに小さいそれは、景色の一部に紛れていた。一見、水色のU字型をした弦楽器だ。竪琴と言う物に分類されるだろう。頭の両端からわき出ているピンク色のオーラが、ただの楽器ではないことを示していた。そのオーラが控え目なボディの色と相まって、一見ピンク色というイメージが当てはまる。
この淡い雰囲気を醸し出すそれは生命体だ。それを示すように、その体の最も面積の広い、湾曲した場所には細長いつりあがった目と、少し小さめな口がある。顔立ちからはどこか女性を思わせる。
「おしゃれな街ね。こういうの、嫌いじゃないわ」
先ほどとは違う小さな、しかし、ここから一番よく見えるスクリーンに目を向ける。少女が歌っている曲のリズムに合わせるように、体を揺らしている。
多分踊っているのだろう。即興で作ったようで動きは少ないが、リズムは寸分も違っていなかった。
「なにを遊んでいるだい?」
かけられた声にムスッと頬をふくらました。
「ちょっと! 女の時間を奪うなんて、デリカシーが無いと思わないのかしら? エセ紳士さん?」
「フフフ、心外だな」
視界を覆わんばかりの大きな翼を広げ、声の主が姿を現した。その二つの翼は白に青を少しばかり混ぜたような色をしている。白いボディからは翼と同じ色をした長い首が生えている。その先に、体と同じ色の頭と対称的に真っ黒な鋭い
見るからに白鳥を連想する姿だ。しかし、その目に静穏さは無く、鋭く冷酷な赤色が秘められていた。並び立つ二人の姿はどう見ても地球の生物とはかけ離れていた。
「任務を放棄して遊んでいる君に、逆に怒られるなんてね?」
「エセ紳士っていうところは否定しないのね?」
「フフフ。本物の紳士なら、地球を滅ぼそうとなんてしないさ」
そう、彼らはFM星人。先日、スバルとウォーロックに倒されたオックスの仲間だ。
「そうそう、その話。オックスったら、もうやられてしまったのね?」
「先日の公園の事件、君も知っていたんだね?」
エセ紳士ながら物腰丁寧な口調で白鳥が話す。しかし、どこか冷たい雰囲気を醸し出していた。
「ポロロン、仕事熱心なことね」
「さぼり魔の君には、彼の爪……いや、角の破片データでも飲ませてあげたいよ」
「止めなさいよ! 牛臭くなるじゃない!!」
「死んだ仲間にずいぶんな言い草だね」
「仲間? クスクスクス! やめてよ。アナタ達とは偶々同じ任務に当てられただけの仲よ。そもそも、孤独を愛する私たちFM星人に、仲間なんて言葉は似合わないわ」
「フフフ、それもそうだ」
仲間と言う言葉に、女のFM星人は口角を上げた。
任務とはいえど、個々が好き勝手に動いているだけだ。彼らの間には、仲間意識など無いに等しい。
「……やっぱり、ウォーロックに倒されたのかしら?」
「それしかないだろうね。僕ら以外のFM星人が来ていて、そいつが裏切ったりしていない限り」
「それは無いと思うわ。アナタ達二人の次に私が派遣されたのよ。そして、オックスが負けたのは私がこの星に来た日よ? 半日じゃ流石に準備ができないわよ」
「君は三日も前に到着していたのかい? 今まで何をしていたんだい?」
白鳥は呆れたように竪琴に話しかけた。
「ポロロン。遊んでいたわけじゃないわよ?」
「嘘だよね?」と言いたかったが、流しておいた。
「単純な戦闘能力だけをみたら、私はウォーロックには勝てないわ。だから、周波数が合う上に、孤独の周波数を発している人間を探していたのよ」
FM星人がとりつく人間は誰でも良いわけでは無い。己と相性が合い、心満たされない者を懐柔する必要がある。そのため、白鳥似のFM星人は地球に到着していながらも、未だに任務を開始することができないでいた。そして、それぞれがバラバラに動いている一番の理由でもある。
「じゃあ、さっきのダンスはなんだったんだい?」
「地球破壊計画のために、人間を研究しているのよ。音楽は人の心を支配するもの。私の得意分野よ」
「遊んでいたことに対して、綺麗に言い訳したね?」
「あら? 何のことかしら? ポロロン!」
白鳥はそれ以上は何も言わず、呆れたように肩をすくめた。もとより、この場で彼女の怠慢を追及するつもりはない。
「まあ、良いけど……職務怠慢で王に怒られたくなかったら、任務を遂行した方が良いよ?」
「あら、告げ口する気かしら? 陰湿な男は嫌われるわよ」
「まさか、そんなことしやしないよ。僕は僕が立てた手柄を主張するだけだ。だから、君の手柄はゼロになるかもね?」
スッと姿が消える。周波数も感じないことを確認し、ごろんとその場で寝そべった。
「あ~あ~……地球破壊計画とか、正直どうでもいいのよね~」
彼女が三日間さぼっていた本当の理由だ。訳の分からない理由で、遠い星に出張して来いなんて言われたのだ。気分屋な彼女には憂鬱でしかない。しかも、来てみればその星は自分たちの星とは比べにものにならないくらい美しい。人間の多い場所を覗いてみると、好奇心を掻きたてる物が至る所にある。
もう任務なんてどうでも良い。しかし、王からお怒りを食らうとなると、話は別だ。
「はぁ……やっぱりやるしかないわよね。気が乗らないわ……」
体を起こし、もう一度スクリーンを見る。さっきとは別の曲が流れてくる。
「……あら、この娘……」
ずっと画面に映っているピンク色の服を着た少女をじっと見る。けど、耳を傾けているわけではないらしい。
「ポロロン、やっぱり私、この星が好きかも……楽しくなりそうだわ……」
□
「暇だ!」
「……そう」
ところも時間も変わり、ここはコダマタウン。まだ空は明るいが、スバルは展望台に来ていた。今日は昼から月が見える日だ。それを観察しに来ている。
「オイ、スバル。この数日、お前の行動をしっかりと分析させてもらったぜ。お前、昼間は家で勉強して、機械をいじくって、夜は展望台で空を観察する。それの繰り返しじゃねぇか!?」
「僕の勝手でしょ。宇宙とか、空を見るのが好きだし」
「俺は暇なんだよ! 宇宙も空も面白くねえ!!」
「知らないよ。居候のくせに」
宇宙からの来訪者にとって、スバルの趣味は退屈すぎた。ウォーロックは我がままで怒鳴り、スバルは冷めた態度でスルーする。最近、二人の間ではこんなやり取りが多い。
「僕が勉強している横で、テレビ見させてあげてるんだから、感謝してよ」
「テレビだけじゃつまらねぇ! 俺は外に出て刺激が欲しいんだ!!」
「だったら、勝手に暴れたら? ウェーブロードにも電波ウィルスはいるんだから」
「ウィルス退治がしたいんじゃねぇ。外に出かけたいんだよ! お、そうだ! 明日から学校に行こうぜ!?」
「ヤだよ。君もドリル頭になったの?」
「俺をあんな面倒な女と一緒にするな!」
「充分面倒だよ。だいたい、父さんの事はいつになったら教えてくれるの?」
「そのうちな」
「またそれだよ」
これでもう三日ははぐらかされている。
「そんなことより、FM星人の襲来に備えな。今にも空から降ってくるかもしれねぇぜ?」
「そんなまさか……それに、FM星人達が地球を滅ぼそうとしているというコトが、まだ僕には信じられないよ」
「この前、あんな目に合ったばかりだぞ。それでもまだ信じられないか?」
空ではなく、コダマタウンの模様に目をやった。緑が多いこの町に、一か所だけ異端な場所がある。住民たちの憩いの場所だった公園だ。真黒に焼け焦げたその場所では、もう復旧作業が始まっている。
あの場所は、事件現場として重要参考資料になるはずだった。しかし、サテラポリスは壊れた遊具などを回収してその場を治めることにした。表向けはただの火事と言うことにし、異常な形に壊れた物が人目に付く前に撤去したのだ。
こうして、住民の不安を抑えることにしたのである。彼らの判断は功を制したようで、町に流れていた一時の不安は、もうかなり薄れていた。温和な町と言えば聞こえは良いが、平和ボケしているとも言えるかもしれない。
こんな裏の事情があったということを、スバルは知らない。町の様子に少々疑問を感じたが興味が無かったため、追求しようとも思わなかった。
公園は、後一週間もすれば子供達の遊び場に戻るだろう。そのころには、あのカードショップも開店するはずだ。町の話題はどちらかと言うと、そっちの方が多い。もとの賑わいが来る日も近いだろう。
「確かに、あれはすごく怖かったよ? けど、公園が一つ壊れただけじゃないか。あれじゃあ、地球どころか、このニホンを壊すことも難しいよ?」
「……AM星っていう星があった……」
「……ロック?」
まじめな時の口調だった。さっきまでとは違う空気が流れる。
「FM星の隣に存在している兄弟星だ。FM星と同じく、電波生命体が住んでいた」
「ロックや、この前のオックスみたいな?」
「ああ、俺が見ている目の前で……潰された」
「潰された?」
「AM星そのものは今も存在しているんだが、もう星としては死んじまっている。誰も住めなくなっちまったんだ。そんな実績と、それを成し遂げるだけの力を、奴らは持っている。油断しない方が良いぜ?」
あまり実感の湧かない話だが、いつにない真剣なウォーロックの目と言葉に疑いが持てなかった。
こくりとうなずき、先ほどの警戒しろという言葉を思い出し、上を仰いだ。
「……あれ?」
はるか上空に何かが見える。白が大きく広がっている。それの真ん中には、青っぽい縦棒がとりついている。
「なにあれ? ……鳥?」
白いのは翼だった。よく見ると、それは上下に大きく動き、体を空に持ち上げようとしているように見える。
珍しいそれに、見入るように観察していると……右、左と揺れ始め、段々振れ幅が大きくなっていく。応じて、高度も段々下がってくる。
「なんか、危なくない? ……って、うわあ!」
ドシンと地面が揺れるのではないかと思うほどの音が鳴り、思わず目をつぶった。危険に気付いた時には、それは空での支配権を完全に失い、まっ逆さまに、この展望台に落ちて来た。
「な、なに? 今の……」
「気をつけろ、スバル!」
ぎょっとして、トランサーを見る。
「え? まさか……」
「俺の知っているFM星人に似ていた。もし、あいつだったら……かなり面倒だぞ」
「う、うぅ……」
こう聞かされて、ボーっと突っ立っている気にはなれない。恐いが、FM星人が落ちたと思われる、広場へと駆けだした。
生い茂っていた花々の一部が押しつぶされている。中に誰かいる。スバルは側にあった、何かを閉まっているロッカーの陰に身を隠した。
「……イ、イテテテ……」
落ちて来た主が身を起こした。
人間では無い。確信には充分だった。一見、ただのやせ細った男性だ。しかし、人では無い証拠がある。そこに目を向ける。
太陽に照らされ、白を放つ大翼が彼の背中から生えていた。