流星のロックマン Arrange The Original   作:悲傷

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第百四十一話.脱出

 スバルとウォーロックの役目は終わった。もう彼らがここですることは何も無い。後はウェーブロードを伝って地球に帰るだけだ。

 紫色に融解した扉をくぐったとき、ロックマンは自分の体に違和感を覚えた。それは疑問から確信へと変わる。足の電波変換が解けていた。

 

「な、なんで!?」

「っ!! 走れスバル!!」

 

 考えなかった。ウォーロックの慌てたような大声に、はじき出されるがごとくスバルは走り出した。尋ねようとしたが、必要なかった。近くの電子機器が火を吹いたからだ。連鎖するように辺りの機械が次々と小規模な爆発を生んでいく。

 

「俺たちの戦いに『きずな』が耐えられなかったんだ! この辺りの電波が乱れちまってやがる。電波変換の維持ができねえ!!」

 

 そう言っている間に、電波変換が解けてしまった。こうなってしまっては、スバルはただの小学五年生だ。小柄な体で必死に脱出を図る。

 

「通信室を目指すぞ! あそこにはウェーブロードの橋が架かってる。電波が安定しているはずだ!!」

 

 答える余裕すらなくスバルは無我夢中で駆けた。近くのパイプが爆発し、酸素と思われるガスが噴出する。火が回り始める。

 居住区画を通過していると、目の前に大吾の部屋が見えた。巨大な電子パネルが割れ、中からが噴出した炎が辺りを焦がす。燃え行く大吾の部屋に目を凝らしてしまう。

 その直後に爆発が起こる。大規模なもので、『きずな』の一部が完全に消失した。密閉された空間に穴が生まれてしまう。内部にある空気が外へと流れ出し、スバルを浚おうとしてくる。運良く、壁に体が引っかかった。ウォーロックが慌てて生きている電脳に入って隔壁を下ろす。

 そのとき、右手から嫌な音が鳴った。トランサーを腕に固定するベルトが千切れたのだ。大吾のトランサーが宇宙へと流れていく。声を出す暇すら、手を伸ばす余裕すらなかった。

 隔壁が閉まると、ウォーロックが戻ってきた。

 

「スバル、諦めろ!!」

「う……うん!!」

 

 スバルは気を奮い起こしてその場を後にした。大きな爆音が聞こえる。かなり近い。転がるように居住区画を出ると、背中に強い熱気を感じた。チラリと振り返ると、そこは炎の海へと変わっていた。

 炎と爆発の包囲網をかいくぐり、スバルは目的の場所を発見した。通信室の入り口が見えたのだ。まるでスバルを迎えてくれるかのように、扉は開きっぱなしになっている。まだ中に火は回っていないようだった。

 

「やった、これで……」

 

 つかの間の安心。それを嘲笑うかのように炎がスバルの前を遮った。続いて、通信室の天井が崩れて機器を押しつぶした。もう、ウェーブロードの橋は崩れ落ちてしまっただろう。あの場所に行っても、電波変換すらできないかもしれない。

 

「そ、そんな!?」

「チクショウが!!」

 

 唯一の脱出手段が閉ざされてしまった。宇宙で生きられる電波変換をすることもできず、地球の方角も分からなくなってしまった。『きずな』も、音を立ててスバルを焼き殺そうとしてくる。今までに無い、死の恐怖がスバルを襲った。

 

「どうしようもねえのか!?」

「こ、これじゃあ…………え?」

「どうした?」

 

 突然、スバルが呆けた。目は虚ろな様でありながら、何かを探しているようだった。ウォーロックの心配する声も聞こえていないようだ。ゆっくりと後ろを振り返る。すると何の前触れも無く元来た道を戻り始めたのだ。

 

「おい、どこに行くんだ!?」

「こっち!!」

 

 スバルが先行し、ウォーロックが後を追いかける。一つ角を曲がると、先程とは違う通路を走り始めた。この方向はスバルが行ったことの無い、初めて通るルートだ。それにも関わらず、スバルは迷うこと無く進んでいく。いくつか角を曲がると、一つの部屋に飛び込んだ。そこだけはまるで別世界のように無事で、火も無ければ機器一つ壊れてはいなかった。

 

「スバル、ここは……?」

「そうか! そういうことなんだ!! ロック、機器の電脳に入って! この部屋はモジュールになっているんだ! 切り離せるんだよ!! 脱出ポット代わりだ!!」

「え? あ、おう。とりあえず切り離したらいいんだな?」

「急いで!!」

「任せておけ!!」

 

 ウォーロックが機器の電脳に飛び込む。そのとき、背後で大きな爆音が響いた。この周辺ももう持たないだろう。

 

「早く!!」

「急かすな!! よし、電脳は生きているな。まずは、隔壁を……」

 

 すぐに扉が閉まった。これでこの部屋は密閉された状態だ。だが、『きずな』の大きな振動が今も伝わってくる。閉まったばかりの扉がバリバリと不安を誘う音を立てている。

 

「そして……切り離し!!」

 

 スバルの体が飛んだ。だがそれは一瞬のことで、部屋の振動はどんどん小さくなっていく。

 

「スバル、成功だぜ!!」

「アイタタ……よくやってくれたよ」

 

 ウォーロックをねぎらいながら、スバルはモジュールに設けられた少し大きめの窓の外を見た。ウォーロックも横に並ぶ。進行方向の逆側に、小さくなっていく『きずな』が見えた。真っ暗な宇宙の中にポツンと取り残されたそれは、己の身を糧に燃え上がっていく。

 

「聞こえたんだ……」

「あ?」

「父さんが……こっちだって……」

「そうか……」

 

 ウォーロックはスバルの肩にそっと手を置いた。

 二人が見守る中、『きずな』はその寿命を終えた。真っ黒な大地の中で、小さな花火がひっそりと咲き散った。

 

 

「よっしゃ! 繋がったぜ!!」

 

 電子パネルにウォーロックのガッツポーズが映った。それはすぐに荒い波がかかった天地へと変わる。

 

『スバル君! よかった、やっと繋がった!!』

「天地さん。こっちは無事です。地球ももう大丈夫! 今から、脱出用モジュールで帰ります」

『そうか、良かっ……て君たち!?』

 

 天地が後方へと下がった。画面いっぱいにミソラの顔が映る。

 

『スバル君! 無事なの!? 怪我は無い!?』

「ミソラちゃん!? 大丈夫。このとおりピンピンしてるよ」

『良かった、私心配で……キャ!』

 

 涙ぐむミソラが横にずれる。

 

『あーあー、こちら委員長! スバル君、無事で何より。道草食わずにさっさと帰ってきなさい!!』

『やっぱりお前はヒーローだぜ! 帰ってきたら牛丼奢ってやる!! ブルオオオ!!』

『グズッ! ズバル君、あびがどうござびばず!!』

 

 目を赤くしたルナと、号泣するゴン太とキザマロが画面に狭っ苦しく映る。頬を膨らませたミソラがなんとか戻ろうとしているようだが、流石にスペースが足りない。彼らの隅っこで、ツカサの遠慮がちな顔が映ったのをスバルは見逃さなかった。

 可愛らしい画面の取り合いは長くは続かなかった。天地の大きな体が、彼らをゆっくりと押しのけたのだ。

 

『君たち、ちょっと離れてくれ。スバル君、操作は大丈夫かい?』

「はい、ウォーロックが電脳から操作して、オートパイロットモードにしてくれたから、問題ないです」

 

 スバルの隣で実体化したウォーロックが胸を張って踏ん反り返る。もちろんハープが横槍を入れる。

 

「へっ! 俺様にかかれば朝飯前よ」

『ポロロン、別に調子に乗るようなことでも無いわよ』

「おいハープ!!」

 

 ウォーロックが怒鳴ると、大きな衝撃がスバルを襲った。体が宙に浮き、地震のように激しく揺さぶられる。照明が怯えるように点灯し、機器からはバチバチと不気味な音が聞こえてくる。

 

「なっ、なにっ!?」

『スバル君!? どうし……だい! ス……ル君!?」

 

 画面の荒波が増えて、あっという間に灰色のごちゃ混ぜ世界へと変わる。天地の音声が途切れだし、聞こえなくなった。

 揺れはすぐに収まった。体を強く打ち付けてしまったスバルは痛みに悶えながらも体を起き上がらせようとする。そのとき、鮮明な機械音声が聞こえた。

 

『システムダウン システムダウン』

 

 一瞬耳を疑った。最悪の事態が頭に浮かぶ。それを無理やり思考の隅に押しのけて、先程の音声こそ機械の誤作動のはずだと言い聞かせる。

 

「ロ、ロック……」

「分かった!」

 

 スバルが言い終わる前に、ウォーロックが電脳に飛び込んだ。スバルは機器に歩み寄り、祈るように画面を見つめた。数分後にウォーロックが出てきた。その表情は暗いものだった。

 

「……ダメだ。システムエラーでオートパイロットのプログラムがぶっ飛んじまった。操作はまだできるが……地球の方向がわからねえ」

「それじゃあ……」

「ああ、宇宙のど真ん中で迷子だ……」


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